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『ネオ・ソウル』

 コウから放たれた純白の衝撃波は、倉庫の中の何もかもを凍らせていた。床や壁、落ちている瓦礫や柱には、氷が分厚く張っていた。すでに凍り付いていたシリオンだったものは、衝撃波によってバラバラに砕けており、氷の欠片としてミラの足元に転がっている。

 その状況の中でも、ミラは五体満足で生き残っていた。規格外の量のマイアを何重にもわたって張り、衝撃波を防いでいたのだ。しかし、彼女が放出したマイアはすべて凍り付いており、白い嵐が収まると音を立てて崩れ去り霧散してしまった。ミラは身体を震わせながらそのさまを見届けることしかできなかった。

 そしてミラは、彼女の目の前で立っているコウの姿に絶句した。


 コウの身体は、鎧を模した氷に覆われていた。彼の周囲には霧状の冷気が漂っており、パキパキと氷がひび割れるような音が鳴っている。

 しかし、氷や冷気に全身が囲われているのにもかかわらず、コウの身体は無事である。彼の身体と氷の鎧の間に、白く光る無数のマイアの粒子が緩衝材のように挟まっているからだ。

 今まで焦点が合っていなかった目は一転してミラの方をしっかりと見つめている。まるで狩りの目標を定めたかのように、彼の視線はぶれていない。


「……一体、何が起こっているの?」

 ミラが身構えながら独り言ちるが、それに返答する者は誰もいない。コウは無言でミラを見つめながらブロードソードを構えているだけだ。

 だがただ一つ、ミラは理解した――ここで本気を出さなければ命は無い、と。

「……予定には無かったけど、やるしかないわね」

 ミラが短剣を構えると、それに描かれた紋様が赤く光り始め、彼女は大きく息を吐いた。それを見たコウの目が大きく見開かれる。

「『ネオ・ソウル』……()を斬った剣……」

 コウが呟くと、彼は弾丸のような速さでミラめがけて飛び出した。

 ミラがそれに気付いたとき、コウは既に彼の剣の間合いまで詰め寄っていた。そしてその一瞬後、ミラは反射的に短剣でコウの一撃を防御していた。

 二つの刃の間で散ったのは、火花ではなく氷の破片。コウの攻撃を受け止めた短剣の刃には氷が張っている。コウが繰り出した一撃は、ミラを短剣もろとも凍らせようとしていた。

 ミラは一刻も早くその状態から逃れようとコウから一旦距離を取り、刃からマイアを放出しようと力を入れる。しかし、紋様から赤い光が発せられない。

「この……!」

 ミラは毒づき、マイアを短剣の持ち手から放出することで刃に張られた氷を砕く。すると息を吹き返したかのように、再び刃の紋様が赤く光り始めた。

――この氷……装具の活動を停止させるっていうの? 厄介ね!

 ミラはコウから距離を取ろうとするが、彼は瞬時に彼女に追いついて剣を振るう。剣の軌跡は氷の微細な破片で白く輝いており、それを振り払うようにしてミラは剣戟を繰り出す。コウの胴体ががら空きになったところを見計らって彼女は突きを繰り出すが、あっさりと刀身で防御されてしまう。

 すると、ミラの刃の先端に氷が張り始めた。彼女は短剣の持ち手からマイアを爆風のように放出して氷を砕きその場から脱出する。その衝撃でコウの身体は後ろに吹き飛び、ミラから大きく離れてしまった。それでも、氷の鎧に守られているコウの身体には傷一つついていない。

――今の状態でやりあっても、やはりこちらが凍らされるだけ。でも……

「この距離なら、充分」

 結果的にコウと大きく距離を取ることに成功したミラは、不気味に微笑んでいた。彼女はその場から動かず、短剣を胸の前に掲げて目をつむる。

 コウは動きを止めたミラに突撃しようとしたが、その場で足を止めてしまった。

 彼女周りの床に張った氷が瞬時に融解し、湯気となって白く舞っている。床に張られた氷は彼女を中心として同心円状にどんどん融解していく。


「捻れながら、我は我をる」


 ミラが奇妙なことを呟き始めた。それを聞き、コウは瞠目し自身の周りを氷河のように分厚い氷で囲い始めた――規格外の量のマイアがそれらを創りだす。


「着火し、爆裂せよ」


 ミラから言葉が紡がれるたびに、彼女の周りに炎が集まっていく。それらは彼女を守るように渦を巻いている。


「錆で覆われる遠き絶望」


 炎の勢いは苛烈になり、ミラが立っている床の周りが赤熱して溶解し始める。コウはあまりの高温に近付くことすらできず、氷の中で耐え忍ぶことしかできない。


「――始まりに返り、道を失え」


 ミラの周りで渦巻いていた炎が、凝縮し始めた。彼女は火の玉の中にすっぽりと覆われてしまった。


「――掴め、そして離すな」


 火の玉が、収縮した。




「『ネオ・ソウル』」




 火の玉が爆裂し、爆炎が襲い掛かる。その威力は倉庫を崩壊させてしまうほどであり、さらには周囲の倉庫や市場をも襲った。コウは炎に呑み込まれないように氷山のような大きさの塊の氷を自身に纏わせていたので、炭になることはなかった。


 コウとミラが戦っていた倉庫は完全に吹き飛ばされ、周囲は更地になっていた。幸いにも市場周囲の一般市民は既にその場から退避していたので、巻き込まれた者はいない。

 しかし、ミラとコウが立っている場所は異様なことになっていた。ミラが立っているところの周囲は『ネオ・ソウル』の熱によって燃え盛っている一方で、コウが立っているところの周囲は凸凹に氷が張られている。その境界線では、ミラの(マイア)とコウの(マイア)がせめぎ合うようにして蠢いており、熱気と冷気がぶつかり合って湯気が立ち込めている。


 炎の中から現れたミラは、舞踏会用のドレスを模したほむらを纏っていた。彼女が立っている周りの地面は赤熱しており、陽炎が彼女の姿をぐにゃりと歪ませる。

 その姿を見たコウは、まるで獲物を見つけた猛禽類のように目付きが鋭くなった。ブロードソードの切っ先をミラに向け、白い息を大きく吐く。対照的に、ミラは余裕そうに妖艶な笑みを浮かべながら『ネオ・ソウル』をコウに突き付ける。

「これで対等かしら? それとも、私の方が有利になっちゃった? なにせ炎は氷を溶かすから」

 コウを煽るようにミラは言葉を投げかけるが、コウは厳しい表情を崩さずに臨戦態勢を解かない。微動だにしないコウのもとへ、ミラは一歩ずつにじり寄る――その度に、地面に張られた氷が音を立てて消えていく。

「じゃあ、終わらせましょうか」

 そう言うと、ミラの姿が陽炎を残してコウの目の前から消えた。

 その一瞬後、氷が融解する音が聞こえたかと思うと、ミラがコウの背後を取っていた。尾を引くように炎が纏われた『ネオ・ソウル』の刃先は、コウの背中に突き刺さる。

 しかし、彼女の不意打ちともいえる一撃はコウ本体に届くことはなかった。『ネオ・ソウル』の刃は炎をまとっていたのにもかかわらず、コウの鎧を溶かすどころか傷一つ付けることができていない。

「……簡単には終わらないのね」

 ミラの顔から笑みが消えた。それと同時に、彼女の周りの炎が勢いを強める。

「じゃあこれはどうかしら」

 『ネオ・ソウル』から放たれた炎は勢いそのままに、二人を呑み込んだ。コウが立っている地面の氷が瞬時に消し飛ぶほどの火力の中に、二人は取り残される。その中でもミラは己の身が消し炭にならないように、纏っている炎にマイアを重ね掛けして自身を防護している。ミラの目の前が見えなくなるほどの炎の中で、彼女は勝ちを確信していた。

 その炎の中で、ミラは悪寒を覚えた。彼女が火焔として放出したマイアの中に身を置いてもなお自身を殺そうとする大きなマイアの流れを、ミラは感じ取ったのだ。

 ミラが後方に跳躍してすぐに距離を取った一瞬後、彼女が立っていた場所から轟音を巻き起こしながら巨大な氷の針が生えてきた。それはコウの周りを囲うように続々と顔を出し、赤熱した倉庫の瓦礫はおろかミラが放出した炎まで吹き飛ばした。瓦礫の破片はミラのもとまで飛来してくるが、彼女はそれを難なく『ネオ・ソウル』の刃で切り裂いていく。

 ミラが苦虫を嚙み潰したような表情で無数の氷の針を睨みつけていると、それらが一斉に砕けて霧散した。微細な氷の粒に光が反射し輝くさまは、ここが純粋装具同士がぶつかる戦場だということを忘れさせるかもしれない。

 その先には、全くの無傷で立っているコウの後ろ姿があった。鎧を構成する氷には溶けた痕跡が全く見られず、ミラの攻撃が全くの無意味だったという事実を彼女に突きつける。

「……驚いた。まさか私の『ネオ・ソウル』の能力が通用しないなんて」

 ミラは呆れて笑みを作ることしかできなかった。どれだけ熱しても、どれだけ炎をぶつけても、コウの氷はびくともしないのだから。

 するとコウが踵を返し、ミラの方を向いた。彼の視線はミラのみに向かっており、ミラはそれに射貫かれたかのように微動だにしない。

 刹那、今度はコウが瞬時に間合いを詰めて一撃を繰り出していた。ミラの頭に振り下ろされた一撃を彼女は難なく受け止めるが、その瞬間およそ金属同士が激突したとは思えないような音と衝撃が周囲に轟いた。

 コウがミラの脇腹を狙って刃を振ったかと思えば、彼女はそれを難なくいなし逆にコウの胸を一突きしようと腕を伸ばす。互いに急所を狙っては弾かれ、周りを燃やし凍らせながら一歩も退かずに決定打を繰り出そうとする――二人はそれを無言で何十合と繰り返していた。



 純粋装具の持ち主同士の命のやりとりは、まだ始まったばかりである。



 

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