明かされた真実
リーゼたちが黒いフードの人物の正体に動揺を隠せない中、トーリアが突然ミラに頭を下げた。
「姐さん……本当に申し訳ないっス! 私たちが不甲斐ないばかりに、姐さんに任せてしまうなんて……」
「謝らなくていいのよ。貴女たちはよくやってくれた。あそこまで強くなってたのは想定してなかった私の責任よ」
ミラは全く怒っている様子は無く、それを聞いたトーリアを安堵させた。
マントを脱ぎ棄てて姿を露わにしたミラは、妖艶な笑みを浮かべてリーゼたちの方に向かってくるが、天井の瓦礫が溜まっているところでその歩みを止めた。リーゼたち四人は、ミラを凝視するだけで何も行動を起こさない。
「あら、皆固まっちゃって。まあ無理もないでしょうけど」
「……トーリアとリオって聞いて嫌な予感はしたけど、なんで『ソウル舞踏団』が――」
「あら? 団員の名前まで調べてるなんて、熱心ね」
ミラは口を隠してクスクスと笑う。しかし、その笑みはすぐに冷たいものへと変わった。
「貴女達、フィル・キャマーっていう議員に奪われたカバンを探すように頼まれてここまで行かされたでしょう?」
「どうしてそれを!?」
驚愕するリーゼをよそに、ミラは饒舌に語り始めた――まるでこれらのことを喋られても気にしないかのように。
「知ってるのかって? そりゃ、私たちがあの議員を動かしたからよ」
言っている意味が分からないという風に、リーゼとザウバーは固まったままである。
「動かした……だと?」
「ええ。アイツに妻がいるなんてのは嘘。ミゼが奴と寝てくれたら、すぐに嘘の任務の内容を整えてくれたわ」
「嘘……ですって?」
リーゼがやっとのことで言葉を絞り出すが、ミラは意に介さない。
「それに、架空の妻がカバンを奪われたってのも嘘。ミゼが演技してくれたおかげで奴は二つ返事で取り計らってくれた」
「議員も騙したってのか……!」
「ええ。アイツは私たちに相当入れ込んでて、定期的にまとまったお金を出してくれたけど、もう用済みだから消したの。もうすぐこの腐った国は崩壊するから」
そして、ミラはこの殺伐とした空気には不釣り合いな満面の笑みを見せた。
「全てはあなたたちをおびき出すための嘘。騙して悪いと思ってるわ。だけどごめんなさいね。私たちにはやらなくちゃいけないことがあるから」
全て聞き終えたとき、リーゼは地面にへたり込みそうになっていた。自分たちだけを巻き込んだだけならまだしも、依頼主も被害者である完全な虚構だとは毛ほども思っていなかったのである。
しかし、リーゼは地面に膝をつけなかった。気力を振り絞り、ファルシオンをミラに向けて彼女を睨みつける。ザウバーも同じく、ミラに銃を突き付けて抵抗の意思を示している。
「やらなくちゃいけないこと……? 何をやろうとしてる!?」
「今に分かるわ」
ミラは不敵な笑みを浮かべると、ドレスの裾をたくし上げ、ホルダーに収まっている刃物を抜いた。
「これ、見覚えあるでしょ?」
その刃物を見て、リーゼたち四人は瞠目した。
波刃となっている両刃、刀身に描かれた蔦のような文様、そして異様な量のマイア――その特徴を兼ね備えたものを、リーゼたちは一つしか知らなかった。
ミラが持っているものは、純粋装具『ネオ・ソウル』である。
あまりの事態に言葉が出ないリーゼたちを尻目に、ミラは純粋装具を構えた。刀身に描かれた文様が仄かに赤い光を放ち始める。
「なぜ、あなたたち四人をここに連れてきたと思う?」
ミラに問われても、リーゼたちは皆目見当がつかないという風に口を開かない。コウにいたっては、ミラの純粋装具を凝視して激しく身震いしている。
「私たちはね、貴女と手を繋いでるカワイ子ちゃんと、そこで震えてる少年に用があるの」
「……なんで、ネオン君とコウに」
リーゼが辛うじて口を開き、ミラに尋ねる。
「ああ、あなたたちには純粋装具の知識が無いんだっけ?」
「ネオン君とコウが、それとどう関係するっていうの!?」
リーゼが声を張り上げると、ミラはそれを愚問だと言いたげに口角を上げた。
「まだ分からないの? その二人は純粋装具を持っているのよ」
リーゼとザウバー、そしてネオンは目が点になった。
「……へ?」
「その様子だと、本当に分からないみたいね。そもそも、このカワイ子ちゃんが持ってる純粋装具は私がレノに依頼して探させたものよ。レノ・ロック……勿論、聞いたことあるわよね?」
リーゼはパンクしそうな頭の中で、レノと戦った記憶を手繰り寄せた。
確かにレノは、レアフォーム山で純粋装具を探す任務を受けたと語っていた。彼の探し物がネオンの首飾りであり、彼の依頼主がミラだったとは――リーゼはそれを思い出し息を吞む。
しかしその事実で一番困惑していたのはネオンだった。彼は首飾りを掴み、泣きそうな顔になりながらそれを見つめるだけである。
「この首飾り……、純粋装具、っていうの? これのせいで、僕が住んでた町が酷い目にあったの……?」
「ネオン君落ち着いて!」
リーゼが必死になってネオンを宥めるが、彼の感情の動揺を示すかのように首飾りから光が放たれる。
それを見たミラの顔から笑みが消えた。彼女は『ネオ・ソウル』を胸の前で構え、狙いをネオンへと絞る。
「……思ったより早く出始めた。ここで力を使われると困るわね」
ミラから放たれる殺気は、リーゼたちの視線を釘付けにした。リーゼは、ミラのような妖艶な雰囲気の女性のどこからそのような邪気が発されているのかと言わんばかりの顔をしている。リーゼは一歩も動かず、冷や汗を浮かばせながらネオンを庇うようにして立つ。
「庇っても無駄。貴女ごと斬るから」
「私は……私たちは絶対死なない。ネオン君も生かしてみせる!」
リーゼは精一杯声を出すが、その声は震えており、虚勢を張っているようにしか見えない。それを見抜いているのかミラはクスリと笑うが、彼女が放つおぞましい殺気は消える気配すら見せない。
ミラが純粋装具を構え、ネオンの下へと近寄り始める。リーゼたちはその場から逃げようとするが、まるで足と床が一体化してしまったかのように動けないでいる。ミラと彼女が携えている純粋装具が、形容できぬほどの恐怖をリーゼたちに植え付けている。武器こそ向けているが、ただのポーズになり果てていた。
しかし、ミラはリーゼたちに近づくことはできなかった。
コウが雄たけびを上げながら飛び出し、ブロードソードでミラを弾き飛ばしたのである。
ミラの顔から笑みが瞬時に引っ込み、コウに対してすぐに警戒の体勢をとる。コウは歯をむき出しにしてミラに鋭い視線を向けながら、剣戟を繰り出す。
その彼の攻撃は、今まで見せていた相手をじわじわと追い詰めるような正確無比な連撃とは打って変わって、力任せの単発攻撃で相手を追い詰めるような様相を呈していた。刃同士がぶつかり合う鋭利な音は大きく響き、白い火花がコウとミラの間で散る。ミラはコウが繰り出す一撃一撃を刃で受け止め続けることしかできていない。
「『ネオ・ソウル』……!」
コウはミラの純粋装具の名を呟くと、剣戟を繰り出しながら苦しそうに呻き始めた。ミラはその様子を訝しみつつも、コウの攻撃の手が一瞬緩んだのを見逃さず、刃を横に薙いでコウを弾き飛ばした。彼は無傷で済んだものの、息を荒げて左手で頭を抑えながら苦しみ始めた。額には脂汗が滲んでおり、目は充血している。その獣のようなさまを見て、リーゼとザウバーは言葉を失っている。
コウの視界には、ノヴァと戦ったときにフラッシュバックした光景がちらついていた。
黒いフードの人物が『ネオ・ソウル』の特徴そのままの短剣を持っている。それに彼が切り裂かれる瞬間がスローモーションで映り、視界一面に赤が映り込む――その光景の端々が今彼が見ている光景に挟み込まれるようにして再生された。
「『ネオ・ソウル』……、刺した……、斬った……、血……」
猛獣のような目をして、コウがブツブツと呟く。
「『ネオ・ソウル』……これだ……。これが『ネオ・ソウル』だ……!」
――一人で二つの純粋装具を相手にするのは流石にきついか……。
ミラはネオンとコウを交互に見やり舌打ちした。ネオンの首飾りは今にも力を解放しようとしており、コウはでたらめな挙動でミラに襲い掛かってくる。彼女は少し思案し、後方で待機していたドレスの五人の方を見やった。
「あなたたち、もう一度出番よ。私は首飾りの子をやるから、あなたたちは全員で力を合わせてそこにいる剣を持った男の子を足止めしてちょうだい!」
ミラは、コウを『ソウル舞踏団』の団員に対処させることに決めた。ミラに呼ばれた五人の女性たちは彼女に従い、すぐさまコウの方へと飛び出していく。それを確認したミラはすぐに標的をネオンに変更するが、彼女が視線をそらした隙にコウがブロードソードを構えて襲い掛かろうとする。
しかし、コウの刃はミラに届くことはなかった。ミラと彼の間に、プティがクロスボウを撃ちこんで足止めしたのである。それによりコウの注意は一瞬ではあるがボルトを放ったプティに逸れ、その隙を突いてミラはネオンのところへと走り出した。
「姐さんのとこには行かせないっス!」
クロスボウでの足止めから間髪入れずに、トーリアの大鎌がコウの首を襲う。目にも留まらぬ速さで繰り出された一撃だったが、コウはまるで歯牙にもかけないという風に一撃でトーリアを吹き飛ばした。
「まだまだぁ!」
トーリアが後退しても、今度はシリオンの鞭の尾がコウの首に巻き付いた。シリオンはほくそ笑んでコウの首を絞めるが、彼は腕一本でそれを外そうと躍起になっている。コウは逆にシリオンの鞭を引っ張って拘束を解こうとするが、さながら綱引きのようにシリオンも負けずに自身の得物を奪われないように引っ張る。引っ張り合いには、リオも加勢した。
「シリオン、リオ! そのまま頑張ってください! 私が仕留めますわ!」
動かないコウを見て絶好の機会とばかりに、ミゼが邪悪な笑みを浮かべながら彼に近づく。彼女の手にはロングソードのような形状のマイアの塊が纏われており、その先端はコウの額に向けられている。さらに彼女の後ろにはクロスボウを構えたプティがマイアを装具に纏わせたまま待機しており、逃げ場のない布陣を敷いている。
ミゼの雄叫びとともに、マイアの刃がコウめがけて突かれた。しかしコウは絶体絶命な状況にもかかわらず、ブロードソードの刀身でミゼの攻撃を防御し、あまつさえ彼女に向かって刃を横に薙いだ。ミゼはそれを防御して後ずさるのが精いっぱいで、コウの一撃が強かったのか彼女のマイアはかき消されてしまった。
「まだ抵抗するか……!」
苦虫を食い潰したような顔でシリオンが毒づくが、隣で彼女を支えているリオの顔には笑みが浮かんでいる。それを怪訝に思ったトーリアは、コウを警戒しつつ彼女に問いかける。
「なんで笑ってるんスか? リオ」
問われたリオは、まず目線でミラが向かっていった方向を示し、それから口を開いた。
「もうすぐ片が付くかもね~」
リーゼたちは、ミラとは戦わずにコウが脱出するのを期待して逃げ回っていた。強大なマイアを有する純粋装具持ちと戦っても勝ち目は無いに等しいとザウバーが推測し、リーゼとネオンに提案したのだ。
彼らの予測では、コウは五人の女性をすぐに蹴散らしてこちらと合流できるとしていた。しかし、コウが思った以上に彼女らに手間取っており、その間リーゼたちはミラの攻撃を死に物狂いでかわしながらコウを待っている。
それでも、限界がきてしまった。ザウバーが防御用の壁を展開するが、ミラには紙のようにいとも容易く斬られてしまう。妨害用の弾は、炸裂する前にミラによって両断されてしまいこちらも効果を発揮できない。
「ちょろちょろ逃げ回って……。でもこれで終わり」
そう言うとミラは、ザウバーの目の前まで瞬時に近づき短剣を振り下ろした。ザウバーはかろうじてそれを避けるが、剣を振っただけで衝撃波が発生したため、彼はそれに巻き込まれて倉庫の壁まで吹き飛ばされた。吹き飛んだザウバーは床を転げまわり、壁に衝突してようやくその動きを止めた。
「ザウバー!」
リーゼが悲鳴のような声でザウバーに向かって叫ぶ。彼は呻きながら立ち上がろうとしているが、リーゼに向かって刃を向けているミラには間に合いそうにない。
リーゼの目の前までミラの刃が迫る。それでもリーゼは覚悟を決め、ファルシオンにマイアを纏わせて迎撃の体勢をとった。
「私が……ネオン君を守る!」
盾のようにネオンの前に立ち塞がり、リーゼは眼光鋭く光らせながら叫ぶ。ザウバーが動けずコウが足止めされている今、ネオンを守ることができるのは自身しかいない――彼女は決死の覚悟でミラと相対する。
「随分と威勢がいいけど――」
ミラが短剣を左から右へ薙ぐ。
「貴女じゃ、絶対に勝てない」
甲高い金属音がしたかと思うと、リーゼの身体はネオンを置き去りにして後ろに吹き飛んでいた。彼女はそのままの勢いで倉庫の壁に叩きつけられ、全身の激痛と肺から空気が全て抜けたかのような感触に同時に襲われた。
「ぐ、あっ――!」
それでもなおリーゼは咳き込みながら全身の力を振り絞ってかろうじて立ち上がり、一人になってしまったネオンのもとへと歩を進める――全身を激しく打ち付けており、その痛みがあって歩くことしかできないのである。リーゼが叩きつけられた壁には、そこだけひびが入っている。それによって、ミラが放った一撃がどれだけ強大かを窺い知ることができる。
「やめて……」
リーゼは消えそうな声でミラに呼びかけるが、ミラはその場で石のように固まってしまったネオンの心臓に今にも刃を突き立てようとしていた。ザウバーはようやく立ち上がりミラに銃口を向けているが、彼女はそれを気にすることなくネオンの方を見つめている。
ネオンの顔は、恐怖に満ちていた。彼の首飾りは光り続けているが、攻撃には移ろうとしない。ネオン自身がミラに怯え竦んでいるからである。彼は今、リーゼがアバンに痛めつけられていたときよりも遥かに強い恐怖と絶望を感じているのである。
「リーゼさん……ザウバーさん……助けて……」
ネオンの絶望に満ちた表情を見ても、ミラは動じなかった。笑みを絶やさず、刀身の紋様をネオンに見せつけるようにして刃を向けている。
「抵抗は無し、ね」
ミラが確認を取るかのようにネオンに言うと、彼女は刃を振り上げた。
「やめてぇっ!」
「やめろ!」
リーゼとザウバーが同時に叫ぶが、ミラは歯牙にもかけない。
刀身の紋様から放たれる赤い光が強くなった。
瞬間。
ネオンの胸に、短剣の刃が深々と刺さった。