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蠢く女たち

 リーゼたちが扉を開け、倉庫の中に踏み出した。

 そこに広がっていた光景は、薄暗くてガランとした寂れたものだった。倉庫を支えるための柱が何本もたっているが、貨物の類は一切見られず、床に溜まったほこりが舞っている。光源は開けっ放しの出入口から入ってくる陽光のみだが、それでも倉庫の奥まで見ることができている。

 リーゼとコウは武器の持ち手に手を添えながら恐る恐る倉庫の中を進んでいく。柱の陰に敵が潜んでいる可能性を考え、リーゼはネオンを庇うように位置取っている。ネオンは倉庫の薄暗さと雰囲気の不気味さを感じているのか怯えた表情でリーゼと手を繋いで進んでいる。

――ここに、カバンを奪った犯人がいるかもしれない……。

 リーゼの緊張感は、一歩一歩進むごとに高まっていった。がらんどうの倉庫の中で、リーゼたち三人の足音のみが響き渡る。

 すると、倉庫の中を半分ほど進んだところで、コウが突然歩みを止めてブロードソードを引き抜いて構えた。リーゼはそれに驚いてコウとともに止まり、ファルシオンを抜く。

「コウ、どうしたの?」

 緊張で声が上擦ったリーゼを一瞥もせず、コウは目を見開いて正面を凝視し続けている。

「……来る」

「来る? もしかして、カバンを奪った犯人が?」

 リーゼの問いには答えず、コウはただ真っすぐをじっと見つめている――まるで何かに怯えているかのように。


 刹那、リーゼたちの耳に乾いた足音が不気味に響いた。リーゼとネオンも驚きで目を見開き、音がした方を見る。


 すると、倉庫の一番奥の柱の陰から、黒いフードを被った人物が姿を現した。

 暗がりで顔は見えず、黒いマントを羽織っているため体の輪郭すら分からない。しかし、その人物がただならぬ雰囲気を醸していることは、リーゼたちはその人物と離れていても感じ取ることができた。肌を刺すような緊迫した空気の中、リーゼたちと黒いフードの人物は互いに動きを止める。

 その空気の中でも、リーゼは目線を黒いフードの人物から逸らさなかった。フィルの妻の証言通り、黒いフードで顔を隠している。倉庫で隠れていたところを見つかって、逃げられないと悟って観念して出てきたのだろうか――リーゼはその人物の行動の心理を考えていた。

 意を決して、リーゼは前に一歩踏み出した。

「あなたが、昨日の夜に女の人からカバンを奪った人!?」

 リーゼが声を張り上げて問いかけるが、フードの人物は一切答えない。しかしその人物は微動だにせず、リーゼたちのところから逃げ出す様子も無い。結局リーゼの叫びが倉庫内でむなしく響き渡っただけで、フードの人物は一切動かなかった。

 リーゼはその状況で焦りを覚えた。フードの人物は何をしてくるか分からない。一瞬で逃げ出すかもしれないし、こちらに危害を加えてくるかもしれない。膠着した状態の中、彼女のファルシオンを握る手が強くなる。


 しかし次の瞬間、リーゼの腕が後ろに引っ張られた。

 彼女が目を白黒させて後方を見ると、コウが彼女の腕を掴んでいるのが見えた。三人は後ろに吹っ飛ぶように退避しており、リーゼとともに突然後ろに引っ張られたネオンは短い悲鳴を上げながらもリーゼの手を掴み続けていたので置いて行かれることはなかった。


 すると三人が後退した直後、轟音を上げて天井が粉砕された。屋根を形成していた青いレンガが瓦礫と化して倉庫内に落下していく。瓦礫が降ってきたところは、ちょうど三人が立っていた場所であった。コウが気付かなければ三人とも瓦礫の下敷きになっていただろうとリーゼは考え、背筋が凍るような感触を覚えた。彼女らの後方で、先ほどの一撃によって市場にいた市民や商人が悲鳴を上げて逃げ回っているが、彼女らは目の前のことで気が動転しており気づくはずもない。

 息を荒げながらリーゼが瓦礫の方を見ると、そこにはいつの間にか動きやすそうな薄手のドレスを着た四人の女性が立っていた。四人のドレスの色はそれぞれ異なっており、左から青、灰色、紫、白となっている。四人とも笑みを浮かべているが、目は笑っておらず、三人を絶対に逃がさないとばかりに威圧感を放っている。

 さらに、その四人のうち三人は武器を手に持っていた。青ドレスの女性は金属製と思われるクロスボウ、灰色ドレスの女性はひも状のむち、紫ドレスの女性は柄が黒い大鎌を携えている。白ドレスの女性は武器こそ持っていないものの、他の三人とは違い白色の髪留めを頭に付けている。

「一体……どういうこと? 何が起こってるの……?」

 震える声でリーゼが呟くが、目の前にいる武装した女性たちは一言も答えない。その後ろで微動だにしていないフードの人物も一切口を開かない。

 その代わりに、フードの人物は爪先を地面に二回打ち付けた。乾いた音が小気味よく響く。


 それを合図にしたかのように、ドレスの女性たちが四人一斉に飛び出してきた。

 四人が殺到した先には、ネオンがいた。



 その頃、兵糧部の小さな会議室にいたフィルと彼の秘書は、そこを出ようとしていた。兵糧部の議員を対象にした会議がこれから始まるので、議事堂に出向かなければいかないからである。

 フィルが地図をしまい、秘書に今後の予定を確認していると、会議室の扉がノックされた。二人は扉の方へ視線を向ける。

「誰だね?」

「失礼いたします。フィル議員がこちらにいらっしゃるとうかがったのですが」

 扉越しに聞こえてきたのは、おっとりとした女性の声だった。するとフィルはその声を聞き目の色を変えて勢い良く立ち上がった。

「その声は……ミゼか!?」

「はい」

「おお……入ってくれ!」

 フィルは秘書を押しのけて扉まで急ぎ、それを開けて扉越しにいた者と対面した。

 そこにいたのは、動きやすそうな薄手の緑色のドレスを着てリング状の白いイヤリングをつけた女性が立っていた。ミゼとフィルに呼ばれた女性はフィルを見るなり、艶めかしい笑みを浮かべて彼に抱き着いた。

「こら、他の人の前だぞ……」

「いいじゃありませんか、()()()

 フィルは口ではミゼが抱き着くのを拒否しているが、顔はにやけており、しっかりと彼女の背中に腕を回している。フィルの秘書はその場の空気を察して先に会議室を出た。

 扉が閉まると、フィルとミゼは椅子に座って寄り添いあった。ミゼはフィルの顔を覗き込むように見つめながら彼の太ももを撫でている。

「私のカバンを探してくれる傭兵さんは、ちゃんと『白銀の弓矢』っていう傭兵団と指定してくださったのですか?」

「ああ勿論。お前のため、いや、『ソウル舞踏団』のためなら、私はなんだってするよ」

「本当に? 嬉しいですわ!」

 ミゼが喜びの声を上げると、フィルの目が細くなり頬が緩んだ。

「まさかわたくしたちのためにここまでしてくださるなんて……。資金援助の件といい、旦那様には感謝しかありませんわ」

「流石に妻ではないお前を妻として扱ってばれないのかと冷や冷やしたが、『白銀の弓矢』は政府の人間にはとても従順なようだ。傭兵という立場を弁えている。私の言うことを疑いもせずに聞き入れてくれたよ」

「無理を申してしまって本当にごめんなさいね。傭兵さんは政府の人しか雇っちゃいけないってミラ団長から聞きましたから」

 フィルとミゼが見つめあい、笑みを交わす。するとミゼは、フィルの太ももから彼の胸の辺りに手を移動させ、そこを慣れた手つきで撫でまわし始めた。そうされながら、フィルは鼻の下を伸ばしてミゼの肩を引き寄せる。

 するとそこで、フィルは我に返ったような顔で立ち上がった。ミゼがキョトンとしながら立ち上がったフィルを見上げる。

「どうなさったんですの?」

「そうだ。これから会議に行かなければ。秘書も待たせている」

「まあ……。お忙しいのですね」

 ミゼはフィルと離れてしまうのが寂しいと表情で訴えたが、フィルは名残惜しそうに会議室を去ろうと歩き出した。しかし、ミゼはフィルの腕を掴んで彼をその場に留めた。

「あの……旦那様」

「どうした?」

「もう一つだけ、お願いをきいてくださいませんか?」

 ミゼは切迫しているような表情でフィルを見つめていた。彼女の様子に困惑しながら、フィルは身体をそちらに向けて頷く。

 ミゼのイヤリングが、妖しく光り始めた。


「団長からのお願いですわ。死んでくださいませ」


 屈託のない笑みを浮かべたミゼが、マイアの張られた手刀でフィルの胸を突いた。

 肉が焼ける音とフィルのくぐもった悲鳴が同時に聞こえる中、ミゼは容赦無く手刀を奥深くまで突っ込んでいく。ついにフィルの胸を手刀が貫通したとき、フィルは白目を剥いて事切れていた。ミゼが手を勢い良く引き抜くと、フィルだったものはその場にくずおれて床に倒れ伏した。

「先生、いかがなさいました――」

 秘書がフィルの倒れた音をききつけ、扉を開けた。しかし、彼がフィルを発見したときはもう遅く、彼の足下に死体が転がっていた。

 それを見て秘書は絶叫して腰を抜かし、這うようにしてこの現場を逃げ出そうとした。しかしそれを易々と見逃すミゼではなく、彼女の凶刃は秘書にも向かっている。イヤリングの光が増すと、彼女の手にまとわれているマイアがそれに比例するように増え始めた。それほど時間が経たずに、ミゼの手に長大なマイアの刃が形成された。

「邪魔者は消えてくださいな」

 ミゼの顔には笑みが貼りついているが、その声は氷のように冷たく、逃げる秘書の心に突き刺さる。


 ミゼが腕を振り下ろし、秘書の身体を両断せんとした。


 しかし、刃は届かなかった。

 彼女の目の前に、マイアの壁が突然形成されたのだ。

 マイアの刃は、その壁を断ち切ることができなかったのだ。


「……何故あなたがここにいるんですの?」

 彼女の目の前には、憤怒の表情で二挺拳銃の銃口をそちらに向けるザウバーの姿があった。



 

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