推測と瞬間
昼食をとったリーゼたち四人は、再び外に出ていた。ザウバーとコウが互いの武器を用いた模擬戦を行うためである。
リーゼとネオンは木陰で二人が戦う様子を見つめている。一方ザウバーは模擬戦なのにもかかわらず闘志を燃やしていた。彼の口元には笑みが浮かんでおり、今にも動き出したいという気持ちがその表情から表れている。反面、コウは普段通りの無表情である。
「ザウバー、コウ、くれぐれも怪我だけはしないでね」
「分かってるよ。マイアの出力の調整には気を遣うつもりだ」
リーゼの心配の言葉に対して、ザウバーは笑いながら答え、コウは無言でうなずいた。
ザウバーがホルスターから二挺の拳銃を抜き取ると同時に、コウがブロードソードを鞘から引き抜いた。
誰が宣言するまでもなく、模擬戦が始まった。
まず動いたのはザウバーだ。彼はすでに引き金を引いており、銃口が発光したと同時に光弾が一発ずつ射出される。
しかし、コウはこれに対して前進していく。このまま突っ込めば光弾に直撃するのにもかかわらずである。リーゼは彼の行動を怪訝に思いながらそれを見つめている。
すると、コウは二発の光弾が着弾する直前にブロードソードを横に振るった。それと同時に、彼の目の前で光弾が破裂しマイアの粒子でできた防御用の壁が形成される。コウの斬撃はその防御壁を両断し霧散させた。
――まさかコウのやつ、俺が撃った弾の種類を推測して斬ったのか?
ザウバーは内心驚きつつも、突進してくるコウの攻撃を避けるために後退した。彼は後退しながらも引き金を引き続け、コウを近づけないようにする。
「これならどうだ?」
ザウバーがばらまいた光弾は次々とコウに襲い掛かる。ザウバーが模擬戦だというのに一切手加減をしない風に積極的に攻撃を仕掛けていく一方で、コウは次々とくる光弾をブロードソードで捌いていく。自身が放った弾がいとも簡単に切断されていくさまを見たザウバーは驚愕して引き金を引く指を止める。コウが斬り損ねた弾は破裂したが、それらはすべて防御用の弾であったため彼を止めることはできなかった。コウの背後で無意味な壁が次々と出来上がっては霧散する。
――いや、違う。コウは俺の弾の種類を推測して斬ってるんじゃない。
ザウバーは後退するのをやめ、コウに銃口を向けながら止まった。コウもまた動きを止め、ブロードソードを構えながらザウバーの出方を窺う。模擬戦にもかかわらず、実戦のような緊迫した空気が漂っていた。
「コウ……、俺の弾が『見える』のか?」
突然ザウバーが放った言葉に、リーゼとネオンは困惑しながらザウバーを見つめた。コウは変わらず無表情でブロードソードを構えながらザウバーを見つめるのみである。
「ザウバー……、どういうこと?」
「さっきの攻撃で分かったんだ。コウは俺が撃った弾の中で妨害用のだけを斬って無力化した。防御用のは妨害用と比べて無害だと考えたんだろうな」
リーゼに説明すると、ザウバーはコウの方に顔の向きを戻す。
「お前にはマイアが『見える』。ルシディティの任務の時も、俺たちを襲ってきたネズミの中にマイアを感じたって言ったよな」
ザウバーはコウに問いかけるが、コウは黙ってザウバーを見つめるのみである。
「どういう理屈かは分からないが、お前にはマイアが『見える』から俺の妨害を事前に察知して防ぐことができた。違うか? コウ」
ザウバーの問いかけに、コウはザウバーの言っていることについてまるで身に覚えのない風に首を傾げた。
「……分からない。多分、そうなのかも」
「おいおい……自分のことなんだから」
「自分の、こと――」
ザウバーが苦笑しながら言った直後、コウは眉間にしわを寄せて俯き黙りこくってしまった。その様子をリーゼが意外そうに見つめるなか、ザウバーはにわかに慌てだす。
「コウ……怒ってるわけじゃないからな! だからそんな暗い顔しないでくれよ……」
「ん……大丈夫」
コウはそう言うと剣を構えなおし、いつもの無表情に戻ってザウバーの方を見つめ始めた。彼の調子が戻ったことを察したザウバーもまた戦闘態勢に入る。
「じゃ、再開するぞ」
「うん」
コウが小さく頷くと、ザウバーは疾風の如く駆け出してコウの懐まで迫った。コウは一瞬反応が遅れたのか、ザウバーが眼前まで迫っていても動き出すことができず剣を構えたまま立ち尽くしたままだ。
――コウは俺の弾を見てから剣を振っている。この読みが正しければ……!
ザウバーはコウの腹に銃口をつきつけた。およそ模擬戦とは思えない速さと動きにリーゼとネオンが唖然として見つめている中、ザウバーは引き金を引こうと指を動かす。
ザウバーは、このまま距離をとって撃ち続けても埒が明かないと考え、コウにできた隙を見計らい接近し、彼が反応する前に無力化しようと考えていた。ザウバーは、コウが弾を判別する暇なく彼に撃ち込めば弾が当たると考え、そのためには至近距離で発砲するしかないと行動に移した。
――これで……!
ザウバーの指が引き金を引こうとしたその時、ザウバーは首に衝撃を感じ、身体が宙に浮きあがる感触を覚えた。口から息が漏れる音は短いうめき声のように聞こえ、ザウバーは思わず手の動きを止める。
コウは、片腕でザウバーの首を掴み彼を持ち上げていた。剣はいつの間にか鞘に収められており、持ち上げているザウバーを彼は無表情で見つめるだけである。
引き金を引こうとしているザウバーの指が動いていないのを確認すると、コウはザウバーの首を掴んでいる手の力を抜き彼を離した。コウの手から離れたザウバーはパニックになっているのか何もできず、呆気なく尻餅をついた後は地面に貼りついてしまったかのようにその場から動けなくなってしまった。息を荒げながら、コウの顔を見上げるのみである。
ザウバーがそのまま動かないでいると、コウは剣を抜いた。太陽の光にギラリと照らされた刃に、ザウバーの目線が集中する。
しかし、剣の切っ先がザウバーに向けられる前に、彼は手放した銃を拾い目にも留まらぬ速さでコウの眉間に向けて突きつけた。その行動をコウは予想していなかったのか、彼はハッとしたような表情で銃口を見つめるだけである。
「俺の……勝ちだ」
引き金が引かれようとした――その時だった。
コウに銃口が向けられ引き金を引く指が動き始めたその数秒の間で、ザウバーは首を掴まれて地面に押し倒されていた。ザウバーはコウの左手によって首しか抑えられていないが、まるで地面と一体化しているかのようにピクリとも動かない。彼はコウに尋常ではない力で地面に押し付けられていることを感じ、銃を向けて拘束から逃れようと抵抗する。
しかし、それでもコウは追い討ちをかけるがごとく、右手で持っていたブロードソードを切っ先をザウバーの顔に近づける。このまま手が止まらなければ、ザウバーの頭部は串刺しになる。
「コウ……!」
ザウバーが今度こそ引き金を引こうと、指に力を入れた。
「そこまで! 二人ともそこまで!」
ザウバーとコウの様子に危機感を覚えたリーゼが叫びながら、二人のもとへ駆け寄ってきた。二人のもとに着くやいなやリーゼはザウバーからコウを引きはがした。
「コウ、何やってるのっ! ザウバーを殺す気!?」
リーゼが顔を真っ赤にしながら、コウの両肩を掴み彼を前後に激しく揺らしながら詰問する。その気迫は、遠くから見つめているだけのネオンを怯えさせるほどである。それにもかかわらず、コウはいつもの無表情で揺れに身を任せているかのように動じていない。
「……一気に近づかれたから、身体が勝手に動いた。ごめん」
「またそれ? 勝手に動いたって……」
リーゼがコウの肩から手を離すと、呆れながら彼を睨みつけた。すると、彼女の後ろからザウバーが近づいていた。服は汚れているものの身体に傷は無く、彼はリーゼに苦笑いを見せていた。
「まあまあ、そんなにコウを責めるなよ。少なくとも殺気は感じなかったから俺を殺す気はなかっただろう」
「ザウバー、大丈夫?」
「ああ。痛みは特に無い」
服に付いた砂ぼこりをほろいながらザウバーが答える。リーゼはザウバーに目立った傷が無いことを確認すると、ほっと胸を撫でおろした。いつの間にか、ネオンもそこに着いていた。
続いてザウバーは、コウの近くに歩み寄った。コウがきょとんとしてザウバーを見つめている中、ザウバーは微笑を浮かべている。
「コウは本当に強いな。反応速度はともかく、腕っぷしも強いとは思わなかった。軽々持ち上げられたときはビックリしたよ」
「……うん」
ザウバーの賞賛にも、コウは淡白な反応しかしなかった――なぜ褒められているのか分からないという風にその場で立ち尽くしている。
――まだまだダメだな、俺。もっと強くならないと
ザウバーは顔こそ笑っていたが、心中ではコウに一撃も与えることができなかったことを悔やんでいた。もっと強くなるためにコウと模擬戦を行ったはずなのに、何の成果も得られなかったとすら思っていた。
彼はふっと息をつきながら、拳銃をホルスターに戻す。拳銃を戻す手に、力が入っていた。
すると、コウがいきなり後ろを向き始めた。それを不思議に思ったリーゼとザウバーが、コウが向いた方向を見る。
「あれは……」
リーゼたちの眼には、彼女らの家に大きな馬車が近づいてくるのが見えていた。それが近づいてくるにつれて、その外観から政府のものであると彼女らは察した。
リーゼたちのすぐ近くで御者が馬を止め、馬車のドアを開ける。そこから現れたのは、リーゼたちが見知らぬ若い男性だった。ジェラルドの秘書とは違う風貌の男にリーゼは身構えそうになったが、その男がリーゼたちの前で恭しく一礼をすると、彼女は警戒を解いた。
「お初にお目にかかります。私は、フィル・キャマー議員の秘書です」
「議員の秘書ということは……任務か?」
「さようでございます。今は大丈夫でしょうか」
ザウバーが尋ねると、男が肯定した。リーゼは今までジェラルドが依頼した任務しか受けたことが無いので困惑したが、ザウバーは顔色一つ変えず秘書と名乗った男とやり取りしている。
「大丈夫だ。その馬車に乗ればいいんだな?」
「お話が早くて非常に助かります。では、こちらへ」
リーゼたちは、秘書に促されるまま馬車へと乗り込んだ。
リーゼは漠然とした不安を抱えながら、馬車に揺られ始めた。