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強くなりたい理由:ザウバーの回想

 ノヴァ討伐以降、『白銀の弓矢』に舞い込む任務はめっきり減ってしまった。雇い主であるジェラルドら政府の人間が、傭兵に頼むことができないような事業の準備にかかりっきりなのである――一般の国民には知らされていない会議で決められた純粋装具の発掘調査の再開がそれである――。任務があっても、首都のパトロールや害獣駆除といった比較的小規模なものしか依頼されず、その分報酬も少額だった。それでもリーゼは、村に金を送るために腐らずに頑張り続けた。


 任務が無いとある日、リーゼは家の外で自身の装具を振るって訓練していた。彼女の相手になっているのはコウで、剣戟に付き合っている。ファルシオンの刃にマイアの粒子をまとわせてコウのブロードソードめがけて攻撃を仕掛けており、刃同士がぶつかるたびに鋭利な金属音が響き渡る。リーゼの額には玉のような汗が浮かんでいるが、コウは涼しい顔をして彼女の攻撃をさばいている。

 その様子をじっと見つめているのはネオンとザウバーである。ネオンはどちらかというとリーゼの方へ頻繫に視線を移しており、彼女の所作に見惚れているかのように模擬戦の様子に食いついている。

 一方でザウバーは二人の戦闘こそ見ているが、その姿を見てとある思いに駆られていた。


――俺は、リーゼやコウみたく強くなれているのか?


 ザウバーはここまでの任務を経て、自身の強さに疑問を持ち始めていた。

 レノや彼が操っていた獣の討伐の任務では比較的小さい獣こそ容易に仕留めていたものの、ヘビやクマ、『ドラゴン』といった大きめの獣に対しては致命的なダメージを与えることができなかった。レノはリーゼとネオンの力で倒しているので、彼が行ったのは実質的に露払いのみであった。

 アイドでの任務でも、彼が成し遂げたのは傭兵を一人無力化したことのみであった。『貪食の黒狗』の首魁のライトには押され気味であり、討伐対象のノヴァに至っては複数人で組んでも全くと言っていいほど通用していなかった。

 自身の装具が鍛えられ強化されても、ザウバーは自らの力が現時点で通用していると思うことができなかった。とどめを刺すのはリーゼやコウで、彼女らへの援護もネオンの力の方が大きい。

――……まだまだ強くならないと。リーゼたちを守れるくらいでないと、()()()に顔向けできない。

 ザウバーは無意識のうちに自身の装具である二挺の拳銃を取り出し、物思いに耽っているような目つきで見つめ始めた。


 ザウバーの傭兵としてのルーツは、この二挺の拳銃と、これの以前の持ち主である。



――五年前。ザウバーが一三歳のとき。

 彼の一家は首都フラックスから少し離れた工業都市『コンテ』に住んでいた。父であるカール・マクラーレンはこの都市で有名なマイアスの加工会社の社長で、母親のクリスティン・マクラーレンも会社の経営に参加している。またザウバーには五歳年上の兄――名はスターリング・マクラーレンという――がおり、彼が次期社長だとカールに指名されているので、経営者としての教育を受けていた。かといってザウバーは蔑ろにされていたわけではなく、両親や兄から愛情を受けて何不自由なく暮らしていた。

 そんなある日、マクラーレン家の邸宅の広々とした食事室に家族四人と複数人の使用人が集まっていた。しみ一つないきれいなテーブルの周りを囲んでいる豪奢な装飾が施された椅子に、カールとクリスティンがスターリングとザウバーと向かい合うように座っている。

「皆に話がある」

 カールが話の口火を切る。

「近頃コンテの周りが物騒なことになっている。夜盗や武装した浮浪者がうろついて、通りがかった人たちを脅して金品を強奪しているそうだ。逆らったり逃げたりした人は殺されている事例もある」

 ザウバーは背筋が凍る思いでカールの話を聴いている。その恐怖は表情にも出ており、唇を真一文字に引き絞っていた。

「私たちは近々、大事な会議のためにフラックスへと行かなければならなくなった。しかし、さっき言った通りコンテ周辺を物騒な奴らがうろついている。そこでだ」

 すると、クリスティンが食事室の出入口の方を向いた。

「お入りなさい」

 クリスティンが優しい声で入るように促すと、ドアがゆっくりと開かれた。

 そこから、一人の女性が出てきた。


 金色のショートヘアで、碧い眼はキラキラと輝いている。肌は白く背はスターリングよりやや低い程度だが、全体がすらりとしており無駄な脂肪はついていない。身にまとっている服はこの邸宅に似つかわしくないほど色あせてヨレヨレになっているが、まったく気にしている様子はない。


 ザウバーはその女性を凝視していた。風変わりな彼女の見た目を珍しがっていたのもあったが、彼が特に注目していたのは彼女が腰に携えている二挺の銃だった。彼は今まで猟銃のような銃身が長いものしか見たことがなく、その物珍しさに興味を惹かれたのだった。


「彼女は会議の時期まで私たちが雇った傭兵だ。自己紹介を」

 この時世において、傭兵はまだ国の管理下には置かれていなかったため、金さえ積めば誰でも好きなだけ雇えるようになっていた。

 カールが促すと、テーブルの前まで歩み寄った女性が歯を見せて笑った。


「はじめまして。アタシは傭兵のイブ・メルセデス。依頼主であるマクラーレン家の皆様を命を賭して全力でお守りします」


 これが、ザウバーと傭兵イブとの出会いだった。



 とある休日、ザウバーは邸宅の外に出て中庭で散歩をしていた。何もやることがなく暇を持て余しているとき、彼はよく庭をぶらりと歩く。彼は散歩しながら、うららかな昼下がりの空気を満喫していた。

 ザウバーはふと空を見上げた。すると彼の視界に、邸宅の屋根にあがって周りを見渡しているイブの姿が収まった。彼女の目付きは真剣そのもので、ネズミ一匹通さないと言わんばかりの気迫を出している。

 その姿にザウバーが釘付けになっていると、イブと彼の目が合った。ザウバーがハッとしたような表情でイブを見つめていると、イブは口角を上げて屋根から跳び上がった。

 イブは高い所から降りてきたのにもかかわらず、ザウバーの目の前に無事に着地した。着地の衝撃で風が巻き起こり、ザウバーは腕で顔を守った。

「どうした? ザウバーぼっちゃん」

「あんた……イブ……だっけ。何してるの?」

 まだ声変わりしていない幼い声で、ザウバーがイブに問う。彼女は彼にだけは敬語を使っていないが、ザウバーは気にしていなかった。

「邸宅の周りの警護だよ。泥棒とかほかの傭兵とかが侵入しないように見張ってるんだ。でも今は真昼間でカールさんとか使用人の皆さんがご在宅だ。怪しい奴は見つからねえな」

 そう言うとイブは踵を返し、再び屋根まで跳び上がろうとする。

「待って」

 ザウバーがイブを呼び止めた。彼女は目をしばたたかせて彼を見つめた。

「その……イブが持ってる銃を、見せてくれないかな?」

 ぽかんとした表情を見せていたイブだったが、ザウバーが言ったことを把握するとすぐに笑顔を見せて二挺の拳銃を抜き取った。

「依頼主様のお願いなら何なりと。坊ちゃん、『装具』に興味があるのかい?」

「装具?」

 ザウバーがこてんと首をかしげると、イブが拳銃から弾倉を抜き取って彼に見せた。ザウバーは覗き込むようにして見つめると、そこには弾が無く、その代わりに透明な石のような塊が詰められていた。

「『マイアス』ってのは知ってるかい?」

「知ってる。『マイア』っていう力が詰まっている鉱石のことでしょ?」

「まあ、カールさんの会社がマイアスの加工会社だからそこは知ってるよな。装具ってのは、マイアスの中に眠っているマイアの力を使って攻撃する武器だ。普通の武器の戦力とはわけが違う」

 理解した風にザウバーが数回うなずいた。

「他に質問は? アタシが答えられる範囲なら大丈夫だよ」

「これ……俺が見たことある銃よりも小さくて銃身が短いけど……誰が造ったの?」

 ザウバーの目の付け所に驚きつつも、イブは笑顔で話し始めた。

「この銃は、コルベッタって鍛冶屋に造ってもらったんだ。アタシも出来上がったものを最初に見たときは驚いたよ。こんなちっこいので威力はあるのか、銃身が耐えられるのか、ちゃんと弾は命中するのかってね」

 イブは拳銃を手元でくるくると回し始めた。

「でもアイツはすげえ技術でこいつを造ってくれた。威力も申し分ない。何百発撃っても銃身は無事。命中率も大丈夫だった。アイツはまるで自分の身体の一部のようにマイアを操ってたよ」

「コルベッタっていう鍛冶屋さん……すごい人なんだね」

「ああ、今のアタシはこの装具とコルベッタって鍛冶屋のおかげだ……っと」

 会話を途中で切り上げたイブはいたずらっぽく笑みを浮かべた。その顔をザウバーが訝しんでいると、イブが彼に自身の二挺拳銃を差し出した。

「使ってみる?」

 その提案に、ザウバーは声を上げて驚いた。

「……いいの?」

「ああ。昼間は少しだけ暇だからアタシが見てるときは使ってもいいよ。それに坊ちゃん、初めて会ったときにアタシの拳銃ばっか見てたから、そういうの使いたいんだろうなって前から思ってたし」

 初めて会ったときのことを指摘され、ザウバーは赤面してうつむいた。その様子を見てイブは目を細めた。

「坊ちゃんに怪我はさせられないから、本当に少しの時間だけだぞ」

「うん、分かった!」

 こうして、ザウバーは装具に触れ始めた。


 初めて二挺拳銃を使用したときは、銃口が一瞬強い光を放つだけで終わってしまった。そのうえ装具を使う際には体力を著しく消耗するので、ザウバーはすぐに膝をついてしまった。イブは少しの時間だけ触らせるだけのつもりだったが、ザウバーは諦めず、イブに懇願して何度も何度も立ち上がって装具に力をこめ続けた。使用人やスターリングが止めようとしてもザウバーは諦めず、ただ装具と向き合おうとした。その執念はイブですら舌を巻くほどで、会議のためにフラックスに向けて出発する直前には銃口から一発のマイアの光弾を発射できるほどまで彼は成長していた。

「坊ちゃん、なんでアタシの銃に興味を持っただけでここまで根性見せながら使いこなそうとするんだい?」

 訓練が終わったとある日の夜、イブはザウバーの服についた砂ぼこりをほろいながら尋ねた。

 するとザウバーは疲弊しているのにもかかわらず、真剣な表情でイブの方を向いた。

「俺……強くなりたい。使用人の人たちにはいつも迷惑かけてばかりだし、将来は兄さんが会社を継ぐから、だったら俺は将来父さんや母さん、兄さんや使用人の人たちを悪党から守れるように鍛えたいって思ったんだ」

 ザウバーの大きな決意をきき、イブは破顔して彼の頭を乱暴に撫でた。

「偉いなぁ、坊ちゃん! その心意気、すげえ立派だと思うぞ!」

「そ……そうかな?」

 照れくさそうに笑うザウバーを、イブは優しく見つめる。

「アタシは、任務を受けたからには誰一人として怪我一つさせずに守り通すって決めてるんだ。たとえ敵と刺し違えても、依頼主は絶対に守るってね。……なんだかアタシの信条と似てるな」

 ザウバーはイブの眼差しから、確固たる意志を感じていた。

「任務が終わってアタシがここからいなくなっても、その気持ちは忘れるなよ」

 その言葉でザウバーから笑みが消え、彼は寂しげな目でイブを見つめた。ここまでよくしてもらったイブにいつの間にか親密な感情を覚えていたのだ。だが、その表情に気が付いたイブは顔をクシャっとさせて笑った。

「そんな寂しい顔するなよ坊ちゃん。最後は笑顔で終わろうぜ!」

 イブはザウバーに対して明るい態度を崩さなかった。そんな彼女の顔を見てザウバーはつられて笑みをこぼし、彼女と一緒に邸宅へと入っていった。



 出発当日、マクラーレン家はカールら四人と使用人数名、そしてイブがフラックスへと赴くこととなった。マクラーレン家が自前で用意した屋根付きの大きな馬車二台を使った大移動となった――御者は使用人が務めている――。イブが乗る馬車が先頭である。大量の馬の足音が響き渡る移動の様子は見る者の目を引き、大きく目立っていた。

 馬車はコンテを出ると、うっそうと茂る森の中へと入っていった。この経路に沿っていくつかの小さな町に入ってしばらく進むと首都に着く。その町で人の休憩や馬の手入れをするために時間をとると、二日かかって首都に到着する予定となっている。

 移動一日目は何も起こることなく無事に進むことができた。移動二日目は一日目よりも早く出発したので、空がまだ薄暗い中馬車を走らせた。

 町を抜けて森の中の道を突き進んでいくマクラーレン家一行。二日目も一日目と同じように問題なく進むと思われた。

 しかし、道を半分程度進んだところでイブが馬車を停止させた。何事かと思い、後ろからスターリングが頭を出してイブの馬車を覗いた。

「傭兵、何かあったのか?」

「頭引っ込めろ!」


 イブが怒鳴った直後、木の上から何かが降ってきた。しかしそれはイブの拳銃に撃ち抜かれ、野太い悲鳴を上げて虚しく馬車の前に落ちた。

 そこにいたのは、大量に出血しているわき腹を押さえながら呻いている大柄な男だった。彼のそばには手斧が落ちており、スターリングをはじめとしたマクラーレン家四人は背筋が凍るような思いでそれを見つめている。


「木の上から奇襲か。残念だがそいつはもうお見通しだよ。隠れてないでおとなしく全員出てきな!」

 イブがすごんで少し経つと、木の上や茂みの中からわらわらと男たちが出てきた。全員が武器を持っており、馬車を囲むように位置していた。マクラーレン家を襲撃する意思を持っていることは明白だった。

「上物を見つけたと思ったんだが……まさか『白銀しろがねの弓矢』が出てくるとはな……」

 集団を束ねていると思われる眼帯をした大男がつぶやくように言う。イブの姿を見たことで、自分たちの形勢が不利であることを悟ったようだ。

「ほお、アタシの通り名も随分と売れたもんだ」

 イブは馬車から降りて拳銃を男たちにつきつけた。一対多の状況にもかかわらず、彼女は不気味に笑っていた。

「この馬車には指一本触れさせないよ。試してみる?」

 男たちに向かって挑発するイブを、ザウバーは震えながら恐る恐る見つめていた。いくら彼女とはいえ、十人近くに囲まれているこの状況を打開できる策を彼は考えることができなかった。

「……やれ!」

 眼帯の男はやけを起こしたように大声を張って周囲の男たちに突撃させた。雄たけびを上げながら、男たちが各々の武器を振り上げて走り寄ってくる。

 しかし、イブは動じなかった。

 彼女はまずマイアを足にまとわせて空高く跳び上がり、馬車の後方から攻めてきた男たちに発砲した。マイアの光弾は男たちの頭を正確に撃ち抜いており、近寄ってきた者たちは短い悲鳴を上げた後倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 滞空している間、イブは残りの男たちの足元に向けて引き金を引いた。何発もの光弾が地面をえぐり、土煙を巻き上げながら足止めに成功した。

 男たちがうろたえている中、イブは着地して残党を狩り始めた。土煙越しでもイブは正確に男たちの胸部を撃ち抜き、一人ずつ絶命させる。一人だけ土煙を突っ切ってイブに突撃した男がいたが、彼女は彼の得物であるナイフでの攻撃を易々とかわし、眉間を撃ち抜いてあっさりと倒してしまった。

「さあ、お仲間は全滅したよ。最後はあんただね」

 イブはこの一瞬の間で、眼帯の男以外のならず者たちを馬車に触れることすらさせずに葬った。その事実に眼帯の男はおろか、ザウバーですら絶句して身震いした。

「……くそっ」

「逃がさないよ!」

 男は藪の中に紛れて逃走を試みたが、イブはその男も殺そうと銃口を向けた。彼女は銃を乱射して眼帯の男を倒そうとしたが、藪が焼き切れただけで肝心の男をとり逃してしまった。イブは心底悔しそうな顔をしながら舌打ちをして銃をホルスターにしまう。一方で、カールたちは敵が無事排除されたことで安堵のため息をついた。

「……もう怪しい気配はないね。先に進むよ」

 最後の一人を取り逃がしたことを根に持っているのか、イブはぶっきらぼうに言い放って馬車を進め始めた。直後に、マクラーレン家が乗っている馬車も動き出し、ザウバーたちは揺られ始める。

 馬車が再び動き出しても、ザウバーの胸の高鳴りは止まらなかった。彼はイブの動きを全く視界に捉えることができなかったが、流れるような素早い動きと銃の腕を見て彼女への尊敬の念を更に強めた。

 自分もいつか彼女のように強くなりたい――ザウバーはフラックスに着くまで興奮状態で馬車の中で過ごしていた。



 フラックスの宿泊施設に無事に到着したマクラーレン家は、会議の会場へ赴くまで一歩も施設の外に出ることができなくなった。外にいるときに万が一ならず者たちに襲われたらということで、カールが提案したものであった。

 しかしザウバーは宿泊施設に入る前に、イブと話がしたいことをカールに告げて許可をもらい、少しの間外でイブと話していた。

「ねえ、イブ」

「なんだい坊ちゃん」

「さっきの戦いでさ、『白銀の弓矢』って言われてたよね」

 イブはザウバーにそう訊かれ、先ほどの襲撃でならず者の首領らしき男が言ったことを思い出して苦笑した。

「ああ、あれね」

「なんでそう呼ばれてるの? 今使ってるのはこの銃だよね」

「この銃を使う前は、装具じゃない銀色の弓矢を使って傭兵やってたんだ。主に害獣の駆除とか、……あまり大きな声じゃ言えないけど人殺しの依頼とかで使いまくったんだ。んで、ついた名前が『白銀の弓矢』ってわけさ」

 ザウバーは数回うなずいた。

「さ、夜は危ないから、坊ちゃんも早く中入りな」

「イブ」

 イブが踵を返して見回りを始めようとすると、ザウバーが彼女を呼び止めた。イブは足を止めて彼の方に向き直った。

「なんだい?」

「俺が強くなったら……俺が強い傭兵になったら『白銀の弓矢』って名前をもらっていい?」

 ザウバーは先ほどの戦いでのイブの姿を目撃して、その通り名に憧れを抱き始めていた。その通り名に恥じないように強くなりたいと思い始めていた。

 すると、イブは呆気にとられたような顔をした直後声を上げて笑い始めた。よほど可笑しかったのか、指で涙をぬぐい始める。

「……笑わないでよ。真面目に言ってるんだから」

「ごめんよ坊ちゃん。いきなり面白いこと言い出すもんでさ」

 不機嫌そうな顔をするザウバーを、イブは笑顔でなだめる。

「まあ、坊ちゃんが欲しかったらあげるよ。アタシは特に通り名にこだわりは無いし。それに――」

「それに?」

「坊ちゃんはもう充分強いよ。もし戦う側になったら、坊ちゃんならその通り名をもっと広めてくれるはずさ」

 ザウバーはイブに優しく言われ、胸の内がくすぐったくなるような感情を覚えた。彼は頬を紅く染めながらうなずく。

「もう中に入って寝た方がいいぜ、坊ちゃん」

「うん。おやすみなさい、イブ」

 ザウバーは形容できぬ高揚感に包まれ、宿泊施設の中に入っていった。



 マクラーレン家は首都には十数日ほど滞在していたが、その期間は矢のように速く過ぎ去った。カールたちにとって会議は実りあるものだったようで、カールやクリスティン、そしてともに会議に参加していたスターリングは満足げに首都を出発した。

 帰りの道は、行きのときに使ったところと同じところだった。移動一日目では、ならず者たちに襲われたところを警戒しながら進んでいたが、怪しい者たちは現れず無事に進むことができた。


 しかし移動二日目、ようやくコンテに戻ることができると誰もが考えていた矢先、それは起こった。


 行きのときに通った林道を馬車で進んでいると、馬車の中にいたイブが突如動き出した。彼女の両手には二挺の拳銃が握られており、指は引き金にかけられていた。


 そして、彼女が引き金を引いた瞬間、木の上から突然矢が放たれた。イブが放った光弾はその矢を弾き飛ばし、そのまま射手を撃ち抜いた。それを確認した御者がすぐに馬車を止めると、中にいたカールたちは混乱に陥った。


「どうしたんだ、傭兵!?」

「どうやらまた敵さんのお出ましのようだ。少し戦法を変えてきたな」

 イブは辺りを見渡すと、二挺拳銃を構えて周りの木の茂みめがけて乱射し始めた。すると次々と男の悲鳴が上がり、絶命した弓を持ったならず者が木から落ちてきた。

「こんなに隠れてやがったか」

 イブが殺気をまといながら馬車から降りる。すると、それを狙っていたかのように短剣を持った複数人の男が雄たけびを上げながら茂みから現れた。イブの目の前に現れた男たちは彼女によって胸を撃ち抜かれたが、イブの背中側の茂みから飛び出した男たちはそのまま馬車まで駆け寄り馬や馬車の中の人を襲おうと武器を振り回そうとする。

 しかし、それをイブが見過ごすはずがなかった。彼女はすぐにマイアを足にまとわせて跳躍し、すぐに反対側に回り込んだ。突然()()()()()イブにならず者たちは思わず足を止めてしまい、その僅かな隙を突いてイブはならず者たちの胸を撃ち抜いて全員を倒した。

 刹那、野太い男の叫び声がイブの背後から近づいてきた。振り返ると、以前イブたちを襲った眼帯の男が斧を構えながら走り寄ってくるのが彼女の視界に入った。

「またお前か」

 しかし、その男が持っている斧は他の男の武器とは様子が異なっていた――刃の部分が白く光っているのである。

「装具持ちか」

 イブはすぐに眼帯の男に照準を絞り、銃口を向けた。しかし、彼女はまたしても背後から殺気を感じとり、思わず振り向いて引き金を引いた。放たれた光弾は、後ろから不意打ちを仕掛けようとしたならず者の頭部を貫いていた。

「くそっ……!」

 ならず者を撃ち抜いた直後、イブは跳躍してその場から退避した。眼帯の男への攻撃が間に合わないと判断したからである。

 男に注目している間にも、ならず者たちは続々と馬車に近づいていた。イブは一人一人を銃で撃ち殺していたが、眼帯の男とその周りのならず者の波状攻撃のせいで処理の速度が落ちてしまっていた。

「逃げるなよ、『白銀の弓矢』!」

「お前の相手は後だ。周りの雑魚を片付けてからじっくり相手してやるよ!」

「ずいぶんと威勢がいいなぁ」

 眼帯の男が笑みを浮かべた。何事かと思いイブが振り返ると、一人のならず者がカールたちが乗っている馬車のドアを開けようとしていた。イブは目を見開いて、背筋が凍る思いで馬車の方へと向かおうとするが、眼帯の男の部下である数人の男たちが壁を作るように彼女に押し寄せて串刺しにしようと武器を振るってきた。


 ならず者の手によって、馬車のドアが開けられた。

 邪悪な笑みを浮かべ手斧を持った男が突然姿を現し、カールやスターリングは男を凝視しながらその場で凍り付いたように動かなくなり、クリスティンは悲鳴を上げた。

「金目のモンはありがたく頂いていくぜ、てめえらを殺してからな!」

 ならず者が舌なめずりをして手斧を振り上げる。その刃の先はカールの頭を向いていた。

 これまでか――カールが振り上げられている斧の刃を見つめながら思ったその直後だった。


 ザウバーの雄たけびとともに、ならず者の体が車外に投げ出されていた。

 ザウバーがならず者に体当たりしたのだ。


 しかし、勢い余ってザウバーも馬車の外に出てしまった。彼は吹き飛ばされたならず者の上に覆いかぶさるようにして倒れてしまった。

「坊ちゃん!」

 それを見たイブは、襲い掛かる男たちの胸を撃ち抜いた後、馬車に近づいてくる男たちを撃ちながらザウバーのところへと一目散に駆け寄った。

「この……ガキぃ!」

 ザウバーに体当たりされたならず者は頭に血が上っており、ザウバーを引きはがすと斧を振り上げた。鈍く光る刃を目の当たりにしたザウバーは、恐怖のあまり身体が石のように動かなくなってしまった。

 だが、その刃がザウバーの頭に振り下ろされることはなかった。ならず者がイブによってこめかみを撃ち抜かれ、その場に倒れ伏したからだ。それからすぐに、茫然自失となっているザウバーのもとにイブが駆け寄って彼を介抱した。

「大丈夫かっ! それとカールさんたちもっ!」

 カールたちとザウバーを交互に見て、イブが焦燥しながら尋ねる。ザウバーに怪我がないことを確認したイブは胸をなでおろし、思わず笑みを浮かべた。

「よかった……皆無事で――」


 イブが立ち上がろうとしたその時、彼女の周りを薄暗い影が覆った。

「傭兵! 危ない!」

 スターリングの叫び声でイブは身体を真後ろに方向転換させたが、遅かった。


 イブの胴体が、眼帯の男の斧によって切り裂かれた。

 鮮血が辺りに飛び散り、ザウバーの顔にも降りかかる。

 二挺の拳銃は乾いた音を立てて地面に落ち、イブは呆然としたような表情で膝をついたあと地面に倒れこんだ。


 何が起きたのかザウバーたちが理解するには、少し時間がかかった。事態を最初に把握したのはザウバーだったが、彼は狂ったように悲鳴を上げながらうつ伏せになったイブの身体を揺すり始めた。

「イブ! イブぅっ! ねえっ! 起きてよ……起きてよぉっ!」

 ザウバーが泣き叫びながらイブの身体を激しく揺さぶっても、彼女は顔を上げない。カールやスターリングがザウバーを制止しようと声を上げているが、彼の耳には全く届かなかった。

 そうこうしているうちに、眼帯の男がほくそ笑みながらザウバーたちに刃を向け始めた。それに気づいたザウバーはようやく男の方へ視線を向ける。

「邪魔者は消えたな。生き残ったのは俺だけだが……手こずらせやがって」

 眼帯の男が動き始めた。目の前でへたり込んでいるザウバーには目もくれず、馬車の中のカールたちに狙いを絞っていた。

 しかし、男の動きが止まった。同時に、カールたちが凍り付く。


 ザウバーがへたり込んだ状態で、眼帯の男にイブの銃を向けていた。


「ザウバー、何してるの!?」

 クリスティンが悲鳴のような声を上げるが、ザウバーは男を凝視しており動くことはない。彼の指は引き金に添えられており、いつでも撃てるように準備されている。

「おいおい……、ただのガキが装具を使えるってか?」

 眼帯の男はザウバーを嘲るが、ザウバーは震える手で銃口を男に向けている。

「ま、てめえはここで大事な家族が殺されるのを見てるんだな」

 ヘラヘラと笑いながら眼帯の男がザウバーを通り過ぎようとした。


 その瞬間、ザウバーが腹の底から叫び声を上げ、引き金を引いた。


 銃口が光り、空気を切り裂くような音がしたと思う間もなく、眼帯の男の胸には風穴が空いていた。


 男の顔から笑みが消え、その巨体が地面に倒れ伏した。



 耳鳴りがするほどの沈黙がザウバーたちを包んだ。いまだに事態を把握しきれていないカールやスターリング、クリスティン。倒れた男を呆然として見つめているザウバー。時が止まったかと思うほど、動きは無かった。

 しかし、いち早く我に返ったザウバーはすぐにイブを仰向けにした。彼女の顔からは血の気が失われており、胴体には縦に一本の傷が痛々しく刻み込まれている。出血の量は著しく、彼女の上着全体を血に染めている。

「イブ! しっかりしてっ! お願いっ」

 ザウバーが涙ながらに声をかけると、ようやくイブは反応し彼の方にゆっくりと顔を向けた。

「……坊ちゃん、ありがとうな、アタシの代わりに、守ってくれて……」

 イブの顔には、笑みが浮かんでいた。それを見たザウバーは胸を握りしめられるような感触に襲われる。

「でも……イブが……」

「泣くなよ……男の子だろ?」

 ザウバーの涙は頬を伝い、彼女の顔に滴っている。それでもイブは気にすることなく力を振り絞ってザウバーの方に顔を向け続ける。

「なあ、坊ちゃん……」

「何?」

「今、銃……持ってるだろ?」

 ザウバーは思わず持っている銃に目を向けた。すると、もう一つの銃をイブが震える手で拾い、彼に手渡した。

「それ……あげるよ。アタシはもうダメだ」

「そんな……俺はまだ……。それにイブはまだ生きれるよ!」

「坊ちゃんはもう十分強いよ……。これ使って、皆を守ってあげな。坊ちゃんなら、きっと使いこなせる。なんなら好きなように弄ってもいい」

 そこまで言って、イブは咳き込んで血を吐いた。かなり無理をしていることがザウバーにも伝わっていた。

「坊ちゃんなら……、もっともっと強くなれる。坊ちゃんのまっすぐな心なら……必ず……人のために……その、力を……」

「……イブ? イブ!?」

 消え入りそうなイブの声をザウバーは聴こうとしたが、その続きは語られることはなかった。


 イブは目を半開きにしたまま、その動きを止めた――呼吸も、鼓動も止まった。

 彼女の目から光は失われていたが、その目はザウバーをずっと見つめていた。


 ザウバーがイブを揺すったが、何も反応は無い。その直後、彼の背後からクリスティンの嗚咽が聞こえてきた。

 すべてを悟ったザウバーは、獣のような叫び声を上げて慟哭した。




 イブの死後二年経ち、すっかり成長したザウバーは親元を離れて首都へ向かっていた。彼は、軍に入り経験を積んでコンテに戻ってくると家族に伝えていたが、本心ではそのつもりは一切なく、家族に嘘をついてでも傭兵として生きていきたいと考えていた。

 彼の荷物には、イブが使っていた二挺拳銃がしっかりと存在していた。それを取り出し、じっくりと見つめる。

――お前のように強くて立派な傭兵になるから、見ててくれよ、イブ。

 ザウバーを乗せた馬車は首都へと進んでいく。彼はイブの想いも荷物に詰めて、新たな地へと旅立っていくのだった――



 自身の思い出に耽っていたザウバーは、鋭い金属音とリーゼの悲鳴によって我に返った。見るとそこには、尻餅をついて悔し気な表情をしている丸腰のリーゼと、そんな彼女にブロードソードの切っ先を突き付けているコウの姿があった。リーゼのファルシオンは彼女の背後に転がっており、この訓練がコウの勝利に終わったことを示していた。

「……また負けた。どうしてコウはこんなに剣術がうまいのさ」

「……分からない。勝手に身体が、動く感じ」

 ブロードソードを鞘に収めると、コウはリーゼからすぐに背を向けてザウバーのもとへと歩き出した。それを見たリーゼはファルシオンを拾い、コウを追うようにして足早にザウバーのもとへと動き出した。そのような二人を見て、ザウバーは微笑んでいた。

「なあ、コウ」

「何?」

「飯のあと、俺とちょっと戦ってくれないか? 俺の力がお前にどこまで通用するのか試したいんだ」

 ザウバーの提案に、リーゼは目を丸くして彼の方を見つめた。

「拳銃で剣と戦うの?」

「ああ。この前の戦いで俺は剣を使うやつと戦って勝てなかったから、戦い方を身に着けたいんだ。それに模擬戦闘だから、俺は防御用の弾と妨害用の弾しか使わない」

 リーゼはザウバーの説明を聞いてひとまず納得した。その説明をコウもちゃんと聞いていたのか、ザウバーが言い終わると彼は首を縦に一回振っていた。

「決まりだな。よろしく頼む」

「分かった」

 ザウバーたち四人は休憩のために住み家へと入っていった。リーゼやコウ、ネオンが昼食を楽しみにしている中、ザウバーは休憩後の模擬戦闘に向けて今から気合が入っている。


 仲間のために、イブのために、強くなりたいという想いを心中に宿しながら。



 

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