軍人の帰還
リーゼたち『白銀の弓矢』が首都に帰還してからしばらく経った後、アイドに赴いていたアバン・シルビア・ポールは首都に帰還した。ともに帰還した一般兵たちを労って解散したあと、三人は揃って兵糧部へと歩を進めた。三人ともボロボロになった軍服を新調し、これから会う人物に失礼のないような身なりとなっている。
三人は建物の奥へと足を運び、とある応接室のドアの前で立ち止まった。ポールが扉をノックする。
「誰だね」
「ポール・ユイットであります。アバン・テーシア、シルビア・ファルとともに只今帰還してまいりました!」
「……入れ」
不機嫌そうな声に不穏な空気を感じる三人だったが、そのような雰囲気はおくびにも出さず、失礼いたします、と声を張り上げると扉を開けた。
まず見えたのは、いつにも増して険しい表情でソファに座っているジェイだった。彼の周りには一人もおらず、テーブルには大量の書類が積まれている。扉を閉め、三人がジェイの前に整列する。
左からアバン、ポール、シルビアと整列して、三人が姿勢を正す。しかし、向かい合うジェイは何も言葉を発さない。不気味な静寂が辺りを包み込む。
「……まずはノヴァ・デイトン討伐、ご苦労だった」
ようやくジェイが言葉を発した。だがそれは重苦しく、三人を安堵させなかった。
「君たちがまとめた調査結果の報告書、兵糧部の面々で読ませてもらった」
ジェイがテーブルに積まれている書類に視線を落とす。
これらはアイドに赴いた軍人たちが、ノヴァが起こした騒動と彼が地下で何をしていたかをまとめた報告書だったのだ。ノヴァが戦闘時に口に出した言葉や彼が使っていた短剣――この報告書では、この短剣はマイアを過剰に注入した装具だと結論付けられている――について、そしてデイトン邸の地下で何が行われていたのかが詳細に記されている。無論、ノヴァが雇った『貪食の黒狗』についても書かれている。
しかし、この中には『白銀の弓矢』が介入したということは書かれていなかった。手柄はすべて国軍のものということになっている――ノヴァに止めをさしたのはシルビアのショートソードの一突きと書かれている。
「ここに書かれていることは、すべて真実なのか?」
「勿論です! これに書かれているものは、我々が精査して見つけ出した真実しか記されておりません!」
ポールが声を張り上げ、アバンとシルビアがそれに対して頷く。
「真実、か……」
にわかに、三人はジェイから殺気のような雰囲気を感じた。これ以上口を開いてはいけないという空気をひしひしと感じている。
「では……『純粋装具『ネオ・ソウル』が八年前にとある女性らしき人物によって盗み出された』という記述も、真実なのだな?」
ジェイは三人を怒りの形相で睨みつけていた。彼の質問に、ポールは首を縦に一回振ることしかできない。
「お前たち、このことは決して口外するな。我が国の威信に大きくかかわるからな。ともに調査した兵士たちにもそのことを一人残さず絶対に伝えろ」
「……かしこまりました!」
三人が声を絞り出すように返事をし、震える腕で敬礼する。
「そして……逃亡している『貪食の黒狗』を探し出して見つけ次第皆殺しにしろ。そのためには一個師団を総動員しても構わん。『白銀の弓矢』は、あの老いぼれの言うことを信じれば直接ノヴァに接触しなかったようだから後回しでもいい」
「……かしこまりました」
敬礼の姿勢を解いた三人の声は完全にしぼんでいた。威圧感と恐怖で声を出すどころではないのである。
「お前たち三人には後々勲章が授けられるだろう。その時にまたお前たちを呼び出す」
「ありがたき幸せ」
三人が同時に深々と頭を下げる。彼らにとって非常にめでたいことであるが、三人の表情は固いままだった。
「では、もう下がってもいいぞ」
「はっ! 失礼いたしました!」
再び敬礼をし、三人は部屋の外へ出た。扉が閉まり三人の足音が遠くなるのを感じると、ジェイは大きくため息をつき頭を抱えた。
彼にとって、そしてこの国の上層部にとって恐れていた事態が起こってしまった。純粋装具を紛失した挙句何者かに盗み出されてしまったことが、限られた人間以外にも知れ渡ってしまった。そのうえこの国の軍人だけならまだしも、どこの馬の骨かも分からない傭兵団にその事実を掴まれてしまった。この由々しき事態に彼は頭を悩ませる。
ジェイはテーブルに積まれている報告書をまとめ、それを持って応接室を出た。これからの対策をたてるための会議に出席するためである。
彼は険しい顔のまま、会議室へと歩を進めた。道中、議員たちが彼に挨拶したが、彼はそれに一言も答えることなく会議室へと突き進んでいった。
ジェイへの報告を終えたポールたち三人はすぐに兵舎に行き、デイトン邸の調査に関係した兵士たちを一人ひとり取調室に呼び出し、今回のことを口外しないように契約書を書かせた――三人の契約書はすでに兵糧部に提出されている――。すべてが終わったのは日が傾きかけている時刻で、三人は取調室の中で疲弊していた。
「しかし……純粋装具が誰かの手にわたっているとは……」
「アバン……その話はもういいだろう」
面倒ごとは嫌いだとばかりにポールがアバンを窘めるが、アバンは厳しい表情を崩そうとしない。
「ジェイ副長官のお言葉から察するに、それは本当のことだと思うが……一体誰の手にわたっているのか」
「我々が考えても仕方のないことだろう。余計なことに首を突っ込むな」
「むしろ我々は余計なことに巻き込まれた側なのでは?」
シルビアの言葉に、ポールは一本取られたとばかりに目をつむって短く唸るだけだった。
「……それでも」
アバンの言葉に、ポールとシルビアが再び注目する。
「これは由々しき事態だ。上層部が気にする問題だが、この国を守る軍人として白を切るわけにもいかないだろう。我々はその事実を頭の片隅に入れておくだけでも損は無いと思う」
アバンの決意のような言葉にシルビアは微笑み、ポールはため息をついた。
「アバンの言う通りだ。それは忘れず、今やるべきことをやろう」
「……軍人の務めと言われれば、反論はできんな。私はあまり深入りしたくないが」
二人の反応を確認したアバンに笑みが生まれた。
三人が取調室を出たところで、彼らの長かった戦いは終了した。
だがこれで終わりではない――三人は今回の事件を心に留めるようにしっかりとした足取りで歩いていた。