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傭兵の帰還

 リーゼたちがフォルスに到着したときには既に日が傾いていた。遠回りはしたが夜になる前に到着することができたので、リーゼは胸を撫で下ろした。

 フォルスに着くと、リーゼはザウバーに一つ頼みごとをした。彼女の服はアバンとの戦いでボロボロになっており、一部肌が露出している。このような格好で町を出歩くのは通行人の目を引いて恥ずかしいので、服を買って着替えたいことを伝えた。それをザウバーは二つ返事で許可し、町の中の小さな服屋へと四人は足を運んだ。リーゼが服を選んだり試着したりしている間は、コウがネオンをおぶっていた。

 最終的にリーゼは無地の白い半そでシャツにグレーの薄手のジャケット、砂色の七分丈のパンツを選択した。彼女は満足げにそれを着こなし、買い物は終了した。



 日没後、リーゼたちは朝方ぶりに宿に入った。部屋は二つ取られており、ザウバーとコウ、リーゼとネオンの二人ずつがそれぞれ泊まる構図になっている。

 リーゼはネオンをベッドに寝かせて湯浴みを済ませる。その後ネオンが眠っているベッドの端に腰かけると、彼女に眠気がずしりとのしかかってきた。これが彼女に、戦いが完全に終わったことを実感させた。

 リーゼがネオンの隣で横になり、彼の安らかな寝顔を半開きの目で覗き込む。

「よく頑張ったね、ネオン君」

 ネオンにリーゼが微笑みを投げかけ、彼の頭を優しく撫でる。

 リーゼがネオンの隣で寝息を立てるのに、時間はかからなかった。


 皆が寝静まった真夜中、ザウバーは妙な感触で目が覚めた――自身の左腕に、まるで氷のように冷たい感覚が張り付いているのである。何事かと思い、彼は眠い目をこすりながら左腕の方を見る。

――たしかそこにはコウがいたはず……。

 ザウバーが左腕を見ると、そこにはコウがしがみついていた。コウは安らかな寝息を立てているが、ザウバーの左腕を離そうとしない。その年不相応な行為にザウバーは微笑む。

――今日くらいはいいか。

 冷たさは気になっているものの、ザウバーは再び目を閉じ眠りについた。




 リーゼたちは起床してすぐに宿を出て、馬車に乗って首都を目指した。しかし、その中でもネオンだけはまだ体調が優れていない様子である。

 馬車に揺られながら目を半開きにしてぼうっとしているネオンを、リーゼは心配の目つきで見つめた。

「ネオン君……大丈夫?」

「……大丈夫、です」

「本当に? 体が痛いとか熱っぽいとかは無い?」

 まるで実の母親のようにネオンを心配するリーゼを見て、ザウバーは笑みを浮かべている。

「もしかしたら、昨日の疲れがまだ抜けてないんじゃないか?」

「……そうか。ネオン君も一生懸命戦ったからね」

 ザウバーの言葉で、リーゼは落ち着くことができた。ネオンがマイアを使い敵を攻撃し、ピンチになったときには刃を首元に突き付けられてきたことを彼女はすっかり失念していた。更に、まだ体ができあがっていない子供である。身体的にも精神的にも疲労するのは仕方がないことだ。

「着いたら起こしてあげるから、寝ててもいいよ」

「……ありがとう、ございます」

 リーゼは彼女の肩にネオンの頭をのせる形で彼を寝かせると、耳元ですぐに寝息が聞こえてきた。それを聞いてリーゼは胸をなでおろし、安心して馬車に揺られて首都を目指すことができるようになった。



 騒動が起こったのにもかかわらず、フォルスと首都を繋ぐ道は特に交通規制が敷かれていなかった。そのため、リーゼたちは半日もかからずに首都にある議事堂に到着した。

 ザウバーが許可を得て四人が議事堂の中へ入り、応接室で待っているジェラルドのもとへと歩を進める。目的地に到着すると、ザウバーがドアをノックした。

「誰だね」

「『白銀の弓矢』、ただ今帰還しました」

「……入りたまえ」

 ジェラルドの許可を得てザウバーがドアを開け、四人が応接室へと入る。そこにいたジェラルドは少々くたびれているような雰囲気を出しており、その顔からは覇気を感じることができない。横には彼の秘書らしき男が立っている。

「どうなさったのでしょうか」

「いや、君たちをアイドに派遣したのを議会の中でジェイ副長官に詰問されてね……いや、気にしないでくれ。君たちへの処分は無いだろう。座ってくれ」

 『処分』という言葉を聞きリーゼは不安げな表情になったが、ザウバーとコウが何も反応せずにソファに座ったのを見て慌てて彼らの隣に座った。

「それで……突き止めてくれたか? ノヴァは何をしようとしていた?」

「お話しいたします」

 騒動の詳細は、ザウバーが全て説明した。『貪食の黒狗』についてのことやノヴァが行っていたこと、行おうとしたこと、彼の最期――それら全てを話し終わったとき、ジェラルドの表情は硬くなっていた。

「そうか……そういうことが……」

「奴は純粋装具を造り政府に復讐しようとしていました。さらに奴の言葉が本当だとすれば、純粋装具が八年前に何者かによって盗み出されたことになりますが――」

「そのことなんだが」

 ザウバーが話していると、突然ジェラルドが語気強くザウバーの説明を止めた。何事かと思いコウ以外がジェラルドを瞠目して見つめる。

「このことは……忘れてくれ。口外もするな。報酬はこの前提示した以上にはずむ」

「ちょっと待ってください! いきなり仰られても――」

「リーゼ」

 混乱しているリーゼを、ザウバーが制する。彼女はザウバーの方を向くが、ザウバーは彼女をけん制するような目つきで見ていた。その視線が合うと、彼女は下を向いて黙ってしまった。

「分かりました。では自分とコウには依然提示された条件の通りの三百万アール、リーゼとネオン君にはその倍の六〇〇万アールでいかがでしょうか」

 ザウバーが提示した条件に、リーゼとネオンは驚きのあまり声が出なくなった。ジェラルドもギョッとしたような顔をしたが、すぐに確認に入る。

「……これでいいのかね?」

「はい。褒美はノヴァを倒したリーゼに与えるのが相応しいと思いまして。そして、我々はアイドで見たことや聞いたことを決して口外しないことを約束します」

「……理解が早くて助かる。すぐに君たちの口座に金を振り込もう」

 ジェラルドが安心したようにため息をつく。しかしすぐにハッとしたような表情になった。

「……その前に、そのことを約束するために契約書に名前を書いてくれ。すぐに手配させる」

 ジェラルドの言葉を聞き、秘書らしき男はすぐに部屋を出た。彼はすぐに戻ってきて、リーゼたち――もちろんネオンも含んでいる――は契約書に名前を記し、機密保持の契約を果たした。

「これでよし。あとは金を振り込んでおく。財務管理課に行けば、振り込まれているのが分かるだろう」

「ありがとうございます。また難儀なことがあれば、何なりとお申し付けください」

 ザウバーがお辞儀をすると、リーゼたち三人も頭を下げた。リーゼは腑に落ちないと感じながら、応接室を出た。



 財務管理課に向かう道中、リーゼは顔を曇らせていた。先程のことがどうしても気になるのである。

「ザウバー、どうしてジェラルドさんはあんなに純粋装具のことを気にしてたの?」

「声を小さくしろ、リーゼ」

 ザウバーに小声で諫められたリーゼはシュンとして黙ってしまった。

「……ジェラルドさんが前に説明してただろ。純粋装具は普通の装具よりも強大な力を持ってる、って。恐らく純粋装具自体が国家機密になるほどのものなんだろう」

「それをなくしたってことは……とても危ない状況なんじゃ――」

 リーゼがつられて小声で言うと、ザウバーは深刻そうな表情で頷いた。口外しないことを約束したとはいえ、知ってしまった以上リーゼは不安な気持ちに駆られていた。このような強大な兵器が八年も前に野に放たれ未だに行方が分かっていないのだから無理はない。彼女の顔は曇ったままだった。

 財務管理課に到着し、四人は各々の口座に報酬が振り込まれているかを確認した。リーゼとネオンは、本当に六〇〇万アールが振り込まれているのを見て絶句していた。二人とも今にもくずおれるのではないかという勢いで脚を震わせている。

「驚いたか?」

 ザウバーがリーゼに尋ねると、彼女は肩を震わせて彼の方を向いた。

「……こんな大金、見たことなかったから、つい……」

「でもこれで村の方には結構な金額を送ることができるだろう。よかったじゃないか」

「……うん。ありがとう、ザウバー」

 リーゼはザウバーに感謝していた。想定外の出来事のためとはいえ、これだけ多くの金額が振り込まれたのはザウバーの交渉のおかげであると考えていた。彼女は一転して笑顔になっていた。

 幾分落ち着いたリーゼは、ネオンの方を向いた。彼は未だに口座に記された金額をかじりつくように見ている。

「ネオン君?」

 リーゼがネオンに呼びかけると、彼はどうしていいか分からないといった表情でリーゼの方を向く。

「僕……こんなにもらっちゃってもいいんでしょうか……?」

「うん。ネオン君は一番頑張ったから!」

「でも……こんなにもらっても……」

 ネオンはいきなり大量の金が手元に入ったことでどうしていいか分からなくなっているようだった。もじもじしているネオンを見て、リーゼとザウバーは微笑んでいる。

 すると、ネオンが何かに気づいたような顔になった。

「リーゼさん」

「何、ネオン君」

 ネオンはリーゼの顔を真剣に見つめている。


「あの……僕のお金、リーゼさんにあげます! リーゼさんが使ってください!」


 ネオンの発言の意図を、リーゼとザウバーは汲み取ることができなかった。だがしばらく経って頭の中の整理を付けると、リーゼは口に両手を当ててひどく驚いた。ザウバーも口を半開きにして驚愕している。

「え……? どうして?」

「僕がこんなにもらっても使い切れないですし……それに、あの時リーゼさんが大変な目に遭ったってことを知ったので……」

 リーゼはネオンの言う『あの時』を、少し考えて思い出した。

 ノヴァ討伐後にアバンと口論をしていた時、彼女は感情的になって自身が傭兵になった理由を思わず告白していたのだ。それは当然その場にいたネオンにも聞こえていた。


――私がお金を必要としてるのは、住んでた村がめちゃくちゃになったから。一刻も早く元の村に戻れるように直していかなくちゃならないからお金がいるの!


「ネオン君……私、そんなつもりで言ったんじゃ――」

 リーゼは首を横に振って必死に遠慮するが、彼女の目には涙が浮かんでおり声は震えている。

 リーゼはネオンの気持ちを嬉しく思いそれを無碍には出来ないと考えた一方で、彼にお金を出させるわけにはいかないと悩み始めた。自身の目的のためには自分で稼いだ金で村を立て直していくことしか彼女の頭の中にはなかったのである。

 すると、ザウバーがリーゼの肩に手を優しくのせた。彼女は思わずザウバーの方を見る。

「受け取ってあげようじゃないか、リーゼ」

「……受け取れないよ。せっかくネオン君が頑張ったものを……」

「ネオン君がそう決めたんだ。彼の意見を尊重してあげよう」

 リーゼが再びネオンの方に視線を移すと、彼は真剣な眼差しで彼女を見ていた。リーゼを助けたいという彼の確固たる意志が存在しているのを、彼女は感じ取った。


 リーゼは涙を拭って微笑んだ。その顔を、ネオンは見惚れているかのように凝視する。


「……ありがとう、ネオン君。甘えさせてもらうね」


 その言葉に、ネオンは満面の笑みで答えた。ザウバーも微笑みながら数回うなずく。



 話し合いの結果、ネオンがリーゼに渡す金額は三〇〇万アールになった。これで、リーゼの報酬の八割の四八〇万アールとネオンから受け取った三〇〇万の合計七八〇万アールが村の復興支援の費用に回されることになる。予想だにしていなかった金額に、リーゼの心は温かくなっていた。





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