宿での密会
リーゼたちが任務を終わらせた日の夜、コルベッタは宿に戻っていた。と言っても、外出禁止令を破って外に出たので宿の従業員たちはカンカンに怒っており、彼は宿を追い出されそうになった――多額の金を払ってなんとか追い出されることは免れたが――。
コルベッタはとある部屋へと向かっていた。複数人のものと思われるいびきが漏れて聞こえてくる部屋の前に立ち、ドアを三回ノックする。
「どちら様?」
「俺だ」
「……どうぞ」
女性の声が聞こえてくると、コルベッタはドアを開けた。
目の前に広がった光景を見て、彼は顔をしかめた。
狭い部屋に五人の女性たちが酔いつぶれており、いびきをかいて気持ちよさそうに寝ている――その寝姿は共通してあられもないが――。彼女らはそれぞれ色の異なるドレスを着ている――青、白、紫、灰、深緑――が、既にしわだらけになっている。
「……なんとかならんのか」
「ごめんなさいね。あとでそれぞれの部屋に戻すの、手伝ってくれないかしら」
声の主は、赤いドレスを着たミラだった。彼女がコルベッタを呼び出したのである。
「しかし何故『ソウル舞踏団』の女性たちがこんなところで酔っ払ってるんだ?」
「あら、知らないの? あのノヴァが死んだからお祝いしてたのよ」
うら若き女性らしからぬ暴言を吐き、ミラは微笑む。彼女はグラスに赤い果実酒を注ぎ、それをクルクルと回した。彼女の横には既に空けられた酒の瓶が三本置かれている。
「本当は私たちが手を下したかったけどね……。そのためにここに来たんだけど、ちょうどアイツの悪事がばれて傭兵団に討伐されちゃった」
「お前が殺したかったのか」
「ええ。あのゴミクズは何回殺しても殺し足りないけど」
満面の笑みでそれを言ってのけたミラはグラスに口をつけ、果実酒を飲む。赤い液体が艶めかしく光に照らされ、ミラの口の中に運ばれる。
「……アイツに、墓参りのついでにお前に会えと言われた」
「それで? アレの気配は感じ取った?」
ミラに問われたコルベッタはため息をつく。
「ああ、怖いくらい感じたよ。特に『アンチ・パターン』は覚醒しかけている。『コラプス』もその片鱗は見せている。早く回収しないと」
「そうね……。貴方の言う通りね、ベラード」
ミラにそう呼ばれたコルベッタは、ナイフのように鋭い視線を彼女に向けた。屈強な男性すらも怯え竦んで立てなくなりそうな威圧感だが、ミラはどこ吹く風とばかりにコルベッタを見つめている。
「そんなに怖い顔しないでちょうだい」
「よく言うよ。無神経な女だ。お前も酔ってるんじゃねえのか?」
コルベッタは毒づくとため息をついた。
「話を戻そう。アイツによれば、ノヴァは純粋装具である『ネオ・ソウル』を造りだそうとしていたらしい。……アイツの感知能力には驚かされるよ」
「『ネオ・ソウル』?」
その名前を聞き、ミラは声を出して笑い始めた。目元に涙が浮かぶほど笑った後、彼女は涙をぬぐって邪悪な笑みを湛えてコルベッタを見つめる。
「あのゴミ、アレを盗られたことまだ気にしてたのね」
「傭兵団を雇ってマイアスを強奪してまで造りたがってたらしいからな」
「アレなら既に私のものなのに」
そう言ってミラはドレスの裾をたくし上げた。
彼女の右の太ももには、ホルダーに取り付けられた鞘に収まった短剣があった。
「まあ、引き続き『アンチ・パターン』と『コラプス』には注意しろってことだ。そろそろ手中に収めることも考えなきゃな、クオーレ」
コルベッタの言葉に、ミラは息をフッと漏らすようにして笑った。しかし、その目は笑っておらず、まるでコルベッタの額を貫かんとする勢いの視線だった。
「何それ、さっきの仕返し?」
「とりあえず、こいつらをなんとかしなきゃな」
無理矢理話を終わらせたコルベッタは、ミラの指示に従ってドレスの女性たちをそれぞれの部屋まで背負って戻す作業に入った。