鎧と刃
ザウバーたちは、ノヴァの注意が一人に集中しないように四方八方に散開した。その中でザウバーとコウ、ビストとミアータ、アバンとシルビアは二人一組になって行動している。
まず動いたのはビストとミアータ。ビストが大斧を構えると同時に、ミアータの杖の先端に火が灯る。
「いくぞミアータ。ありったけのマイアを奴にぶつける」
「分かってる!」
ビストが斧を持つ力を強めると、刃の周りで突風が巻き起こり始めた。するとミアータが灯した火が刃に吸い込まれるように引き寄せられ、突風は炎を帯びた。周りに陽炎が起こるほど熱せられたそれを纏った大斧を持ち、ビストが突進する。
「食らいやがれ!」
ビストが直進しながら斧を横に薙ぐようにして振ると、炎を纏った暴風が作り出されノヴァを襲う。それに対抗しようとノヴァは短剣を鋭く前方に突き付ける。彼の刺突はマイアを纏い、まるで槍のように一撃が伸びた。
白い粒子でできた鋭利な刃が炎を纏った風を突き破り、突進してくるビストにまで襲いかかる。しかしビストはそれを横に跳んで躱しがら空きの懐へと刃を振るう。
「これでぇ!」
ビストが声を上げた直後、斧の刃がノヴァの腹部を直撃した。電流が流れるような音と激しい火花がまき散らされるが、ノヴァは微動だにしない――彼はマイアを脚部に集中させて地面にめり込むほど足に力を入れていた。
「今だミアータ!」
ビストが叫んで後方へ跳躍すると、それに返事をするようにミアータが腹の底から声を上げた。杖の先端の光が強くなり、灯っている炎も大きくなる。
その瞬間、ノヴァの身体が発火した。今までの過程の中でビストがミアータの炎をノヴァに擦り付け、それを彼女が装具の力で増幅させたのだ。炎は火柱となり天を突き、ここにいる全員が思わずたじろぐほどの熱気を放つ。
「剥がれろ……剥がれろ!」
ミアータの額からは汗がしたたり落ちていた。熱気のせいではなく、マイアのコントロールで莫大な体力を使っているからである。これが突破口となればという一心で、彼女はノヴァを燃やし続ける。
しかし、ミアータは見てしまった。
人影が火柱から出ようとしている姿を。
「これで……私を倒せると思うなよ」
呻くような声でノヴァが炎の中から出てきた。彼を覆っているマイアの粒子は脱落しておらず、身体の周りで火の粉が舞っているだけである。その姿をミアータは愕然として見つめながら立ち尽くしていた。
「そんな――」
火柱からゆっくりと出てきたノヴァは一転して加速し、隙だらけのミアータに向かって突進する。またしても彼女の脚は動かなくなってしまった。
「避けろミアータ!」
ビストが咄嗟に飛び出し、ミアータを庇うようにして立ち塞がる。既に迎撃の態勢に入っており、得物でノヴァを仕留めようと腕に力を入れる。
「貴様が先に殺されたいか!」
「うるせぇぞ!」
両者が刃を一振りした。
耳をつんざくような金属音が響き渡った後、押し負けたのはビストだった。マイアの残滓が散る中、男の巨体がふわりと宙に浮く。
ノヴァは不敵な笑みを浮かべると、その場で跳躍しビストの真上まで高度を上げた。その邪悪な笑みを見た途端、ビストの身体と表情が凍り付く。
「ビストぉ!」
ミアータとヴェルデが悲痛な叫び声を上げた。このままでは彼は――。
しかし、ビストは斬られなかった。
彼が宙に浮きノヴァが狙いを定めた一瞬の出来事の間に、コウが割り込んできたのだから。
コウが跳躍してノヴァを蹴り飛ばし、地面へと叩きつけた。
コウの着地と同時に、ビストの身体が地面に激突した。すぐさま彼のもとへミアータが駆け寄って介抱するが、ビストは自力で立ち上がった。
「おのれ……!」
ノヴァは体勢を立て直してすぐにコウの方へと突進し始めた。頭を蹴られて勢いよく叩きつけられたのにもかかわらず彼はピンピンしている。
そしてすぐに二人の剣戟が始まった。ノヴァが全ての怒りをぶつけるように、時々唸りながら短剣を振り回す一方、コウはそれらを最小限の動きでさばいていく。ノヴァの攻撃は大振りなので、コウは易々と剣を使って対処できている。
「……違う」
「何が違う!? さっきから貴様は――」
「これは……『ネオ・ソウル』じゃない」
コウの目の色が変わったことは、ノヴァ以外の全員が感じ取った。特にザウバーは、これまでのコウからは感じ取れなかった殺気のようなものを感じ取っている。しかし彼はそれに惑わされることなく攻撃の機会をうかがっている。
「『ネオ・ソウル』ではない、だと?」
刹那、ノヴァの声の調子が低くなった。コウが反撃のためにブロードソードを一振りすると、ノヴァは後方に跳躍してその場で静止する。
「ふざけるなぁっ!」
突然ノヴァが激高した。それと同時に、彼の周りを高濃度のマイアが覆い始める。肌を刺すような緊迫した空気にザウバーたちは包まれた。
「これは私が八年もかけて苦心して造り上げた、本物の純粋装具なんだぞ! 何が違う!? 何故違う!? アレと同じ物を私は造ったんだぞ!」
ノヴァが血走った目でコウを見つめる。コウは対照的にとても冷めた目でノヴァを見つめている。
「あの恩知らずの小娘どもめ……っ! あいつらが『ネオ・ソウル』を盗んだせいで、私はこの八年間死んだ方がましな目に遭ってきたんだぞ! 政府も私をこんなところに追放しおって……! どれだけ恥辱の時を過ごしてきたか……っ」
まるで無意識のうちに出てきたかのようなノヴァの恨み節に、コウを除くザウバーたちは驚愕した。その話が全て本当ならば、純粋装具が誰かの手にわたっていることになる。
「私を……私の『ネオ・ソウル』を侮辱した罪は重いぞ」
「これは『ネオ・ソウル』じゃない」
「まだ言うかあぁっ!」
ノヴァがコウに向かって突進する。彼が通ったあとには白い軌跡が残っていた。コウは顔をしかめてノヴァの攻撃を受け流すと、すぐさま背後に回り込んで刃を振り下ろす。この一瞬の動作に、ノヴァは反応できなかった。
「しまっ――」
コウのブロードソードが、いとも容易くノヴァの背中を切り裂いた。
ノヴァは悲鳴を上げながら地面に倒れ伏し、彼の背中には縦に一筋の切り傷が刻まれていた。コウの斬撃はマイアの鎧を切り裂き、ノヴァ本体を攻撃することができたのだ。
「おのれぇ……っ」
ノヴァが震えながら立ち上がろうとするが、その隙をザウバーたちが見逃すはずがない。
「コウ、今だ!」
「分かった」
コウはザウバーに指示され、更に攻撃を加えようとする。ブロードソードの刃が鋭く光り、まだ塞がっていない本体へと向けられる。
しかし、彼の攻撃は通らなかった。ノヴァが急速に方向転換し、短剣の刃がブロードソードにぶつかっていた。つばぜり合いは起こらず、そのまま剣戟へと発展する。
すると突如ノヴァの足が止まった――否、止められた。
彼の足は、土に埋もれていた。彼が踏みしめたものではなく、ヴェルデが鉤爪を地面に突き刺し遠隔操作で地面を操作してできたものだ。
「今よ!」
ヴェルデが吠えると、ノヴァの後方からライトが迫ってきた。背中のマイアの鎧は完全に塞がっていたが、彼はそれを突き破ろうと大剣の刃にマイアを集中させる。もはや彼の大剣は光の塊のようになっていた。
「終わりだ」
ノヴァの前方からはコウのブロードソード、後方からはライトの大剣が襲いかかる。これでまた一撃を与えられるとザウバーたちは確信した。
両者の刃が当たるかと思われたその瞬間、ノヴァが獣のような雄たけびを上げた。それと同時に高濃度のマイアが彼の周りに放出され、その衝撃でコウとライトは吹き飛ばされ彼の足を包んでいた土も吹き飛んだ。
「コウ!」
「団長!」
ザウバーをはじめとした傭兵たちが仲間を案じて叫ぶが、コウとライトに外傷は付いておらず両者とも無事に着地した。
次に動いたのはノヴァだ。彼は間髪入れずにコウの方へ向かい短剣を頭上に振り下ろす。コウはその動きも見極めており、すかさず剣の腹で防御する。ぶつかった瞬間鋭い金属音が響き渡り、マイアの白い粒子が飛び散る。
それをコウは無言で押し返し、すぐにノヴァの懐へと踏み込んで剣を横に薙ぐ。ノヴァは唸り声を上げながらコウの一撃を短剣で弾き返すが、コウはすぐにもう一撃をノヴァの頭に振り下ろす。ノヴァはそれも弾き返すが、彼はコウ相手に防戦一方になっている。
「くそっ……貴様だけは……貴様だけは!」
「私も忘れないでもらおうか!」
そこでいきなりアバンが刺突剣を構えて乱入してきた。彼は瞬時にノヴァの側腹部に刺突剣を打ちこみ、電流を放出した。
電流はたちまちノヴァを飲みこみ、彼の動きを止めた。コウは一旦後ろに下がって様子を窺っているがブロードソードの刃はノヴァの方を向いたままである。
しかしアバンの一撃はマイアの鎧を貫通しておらず、電流を食らっても怯んでいる様子はない。その防御力にアバンが驚愕する中、ノヴァが不敵な笑みを浮かべる。
「無能な軍人ごときに私と『ネオ・ソウル』が負けるはずがない!」
電流を流されてもノヴァは短剣を振り上げた。
「死ねぇ!」
刃が振り下ろされる直前にアバンは電流を止め、全力で後退していた。ノヴァが攻撃を空振りした隙を狙いポールがマイアの光弾を敵めがけて撃ちこむが、同じ手は通用しないと言わんばかりに飛んできた弾は全て短剣で斬られてしまった。
「くそっ!」
ポールが毒づくが、彼の方にノヴァは来ない。
ノヴァは怒りに任せて吠え、アバンとシルビアの方へ突進する。
「来るぞシルビア殿!」
アバンが合図をしてシルビアが頷くと、両者がその場で跳躍した。その直後には、ノヴァが短剣を地面に突き刺して周りを吹き飛ばしていた。突風と瓦礫が宙に舞う中、アバンとシルビアはそれを避けるのに精いっぱいだった。
「ここだ!」
ザウバーが叫ぶと、二挺拳銃の引き金を引いて土煙が昇るところへ光弾を乱射し始めた。光弾が何かにぶつかって破裂する音が聞こえる――ノヴァに命中している証拠だとザウバーは察する。彼は歯を食いしばりながら引き金を引き続ける。
しかしそこで、ザウバーは殺気が自身に向けられていることを感知した。強烈なマイアが此方に向いているのを感じ取ったのだ。
「攻撃はここまでか……!」
口惜しそうにつぶやくと、ザウバーは防御用の光弾を放ちながら後退する。そして彼が察した通り、ノヴァが弾丸のように突っ込んできた。ノヴァはザウバーが放った光の粒子の壁をいとも容易く切り裂きながら目標へと近づく。まるで空気を切り裂くように抵抗なく壁を突破するさまを目の当たりにしたザウバーは顔を顰めながら光弾を撃ち続ける。
「なんて奴だ……」
半ば呆れるようにザウバーが呟くと、目の前まで迫ったノヴァの一撃をひらりと躱す。それでもなお食いついてくるノヴァに向かってザウバーは光弾を撃ち続けるが、まるで手応えが無い。
「思い知れぇ!」
ノヴァが吠えると、短剣に刻まれた紋様が更に白く光り始めた。それと同時に、刃の周りを取り囲むように白いマイアの粒子が浮き上がり始めた。
「逃げて!」
ザウバーに向かって叫んだのはミアータだった。彼女は杖を振るうと、小さい火球を数個飛ばしてノヴァをかく乱しようとする。それらはノヴァを覆うマイアの鎧に阻まれて消えてしまったが、彼女の狙いはそれではない。
「小賢しい!」
「黙れ爺!」
乙女らしからぬ口調でミアータがノヴァに言い返すと、彼女の杖の先端が光りノヴァを中心として火柱が上がった――小さい火球で自身のマイアを付着させ、それを種として彼女の力で炎を増幅させたのだ。一瞬でもいいから時間稼ぎになればいい――この一心でミアータは火柱を見つめる。幸いその間にザウバーは後退して逃げおおせることができた。
しかし、ノヴァの力はザウバーたちの力を超えていた。
ノヴァは自力で火柱から抜け出すと、短剣を頭上に掲げた。すると刃の周りを浮遊している数多の粒子がナイフのような形になって彼の周りを取り囲み始めた。
「死ねぇっ!」
号令のようにノヴァが叫んで短剣を振り下ろすと、四方八方にマイアの刃が射出された。何百本という刃がザウバーたちを襲う。
それぞれが身を守るために防御用のマイアを張ったり刀身を盾にしたり、剣で弾き返したりと、なんとか刃の餌食にならないように行動する。しかし、数十本受け止めたところでマイアの防御壁や土の壁が崩壊し、ザウバーとミアータ、ヴェルデは爆風で吹き飛ばされてしまった。刀身を盾にしても数発受けたところで限界が来てしまい、ライトですら宙に舞った後地面に叩きつけられた。全て剣で弾き返したアバンとシルビア――ポールは二人の陰に隠れてやり過ごしていた――、ビストも、刃の雨をやり過ごしたところで膝をついてしまう。
その惨状の中、コウだけは平然と立っていた。それを確認したノヴァがコウを憎悪たっぷりに睨みつける。
「貴様……! 何故……!」
「やっぱり、これは『ネオ・ソウル』じゃない」
コウがきっぱりと言い放つと、ノヴァが言葉にならない叫び声を上げながら突進した。両者の刃が一瞬でぶつかり、白い火花を散らす。
両者の剣戟の間、倒れていたザウバーたちが起き上がり始めた。土だらけ・傷だらけになりながらも全員がなんとか立ち上がるが、マイアの鎧の防御力だけでなく隠されていた攻撃力もあることを知り、絶望したような表情で激高したノヴァを見つめている。
「こいつは……どうやったら勝てるんだ?」
ポールが震える声で皆に問いかけるように呟いたが、誰も答える者はいない。それでもザウバーたち傭兵は諦めず、前に進もうとする。
「アンタが突破口を見つけてくれたんだ。それさえあいつが曝け出してくれれば……」
「ポール殿! まだ諦める時間ではありません!」
ザウバーとアバンがそれぞれ希望の言葉をポールに投げかける。
「こいつは強い……が、それでこそ盛り上がる。まだ俺たちは戦える」
ライトが口角を吊り上げると、ヴェルデやミアータ、ビストが頷いた。
まだコウが戦い続けているのを見て希望を捨ててはいけないと皆が感じ始めていた。コウは化け物じみた強さのノヴァと対等以上にわたり合っており、その姿を見て勇気づけられている。
しかし、ザウバーたちがコウの援護をしようと踏み出した、その時だった。
「ザウバー!?」
リーゼとネオンが、ようやくデイトン邸に到着した。