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Collapse --Replicated Errors--  作者: XICS
突き止めよ
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絶体絶命

 コウはヴェルデを退けた後すぐにデイトン邸に向かっていた。ヴェルデとの戦闘のさなかに起こった謎の頭痛は不思議と引いており、今では走ることができるほどに回復している。

 街の中の建物群を通り抜けるとすぐに、広大な屋敷が目に入る。屋敷は長年にわたって手入れがされていないのか外装は朽ちかけており、まるで今にも崩れそうな様相である。更にその周辺では、負傷した何十人もの兵士が傷や痛みに喘ぎながら倒れている。しかし、コウはそんな不気味な雰囲気は意に介していないようで、開きっぱなしの門からそのままデイトン邸へと入っていった。

 デイトン邸の庭園に踏み入ったコウは走るのをやめ、ゆっくりと歩き始めた。枯れ果てた植物ばかりが彼を取り囲んでいるが、彼はその先を注視した。

「……誰かいる?」

 ポツリと呟いたコウは、そのまま歩みを進める。地面が抉り取られており、ぽっかりと穴が空いている。その先には、黒ずくめの服装の大柄な男――ライト・ムスタングが立っていた。

「お前は誰だ?」

 コウを見た男が尋ねると、コウの足が止まった。クレーターを挟んで、コウとライトが相対する。

 両者の間に、重苦しい沈黙が滞留する。

「……その恰好から察するに、軍の兵士ではないようだな。どこかの傭兵か?」

 ライトの言葉に、コウは動じない。ただ黙ってライトを見つめるのみである。ライトもまた、コウを鑑定するように注視している。

「ヴェルデはどうした? お前が殺したのか?」

「……通して」

 コウの言葉に、ライトの眉がピクリと動いた。何かを悟ったのか、腕を背中に回す。

「……どうやら、お前は我々の邪魔になる存在のようだ」

 ライトは背中に背負った大剣を引き抜き、前方へと刃を向ける。その直後、コウもブロードソードを引き抜いて臨戦態勢に入った。

「その先を通れるのは、俺が死んでからだ」

 ライトが剣にマイアを集め始めると、コウは珍しく警戒しているような表情となり前傾姿勢をとった。

「消えろ」


 その直後、両者は飛び出していた。


 庭園中に響き渡るような豪快な金属音を響かせ、ライトの大剣とコウのブロードソードが交わる。彼らが剣を交えたところを中心に、猛烈な突風が巻き起こる――その勢いは土埃や土塊つちくれを吹き飛ばし、庭園の隅に転がされているシルビアとポールすら巻き込んで目覚めさせるほどである。


 一回刃をぶつけた後、両者はともに後退して着地した。両者ともダメージを受けている様子はなく、剣を戻す様子も見せない。

「なるほど……俺と張り合うか」

「……邪魔」

 コウに興味を示し始めたライトに対し、コウはライトのことなど興味がないという風にデイトン邸の中を目指そうとする。

 コウが地面を踏みしめると、その直後大きく跳躍した。しかし、彼はライトを飛び越えようとするほどの距離は跳ばず、剣の切っ先をライトに向けて急降下し始める。

「そう来るか」

 ライトはすぐさま迎撃態勢をとり、大剣にマイアを纏わせる。

 そして、空気が唸るほどの一振りが、コウの一撃とぶつかった。ライトが放った一撃は容易にコウをかち上げ、コウは空中で一回転しながら後退し無事に着地した。

「ダメか……」

「今度はこっちから行かせてもらう」

 コウが着地した直後、ライトが弾かれたように動き出した。彼は瞬時にコウの眼前まで移動しており、大剣を横に薙ごうとしている。更にその刃にはマイアが纏われており、燦然さんぜんたる白い光を放っている。

「通りたいんだけど」

「ここを通すわけにはいかない」

 空気が唸り、大剣の刃がコウの脇腹を襲う。

 しかしその一撃は、コウのブロードソードによって火花を散らしながら防がれていた。しかも今回は弾かれることなく、その場に彼が留まっている。受け止めたコウは涼しい顔をしながらライトの鋭い眼を見つめている。

 その非力そうな華奢な体と、大剣と比べると小さい武器で、マイアを纏った一撃を耐えた――ライトの眉が上がる。

「なるほど」

 ライトが呟くと、もう一撃を加えようと大剣を振り上げる。しかし今度は刀身全体にではなく、刃に這わせるようにしてマイアを纏わせている。白いきらめきは、局所に集中させているせいか一層目映くなる。

 コウは避けるのが間に合わないと判断したのか、その場に留まってブロードソードを構えた。

「これはどうだ」

 ライトが刃を振り下ろし、コウが目にも留まらぬ速さで剣を振り上げる。

 刃同士がぶつかり合うと、耳をつんざくような金属音が響き渡るとともに、二人を中心に衝撃波のような風が巻き起こった。両者は一歩も動かず、つばぜり合いをしているだけだ。

 すると、ライトがコウから視線を外した。ライトと同様に余裕があるのか、コウもその視線に合わせて後ろを振り向く。


 二人の視線の先には、茫然として立ち尽くしているヴェルデの姿があった。二人の戦いの一部始終を見ていたのか、気圧されたような表情のまま動くことができないでいる。


「ヴェルデ」

 ライトが、遠くにいるヴェルデに声を張った。呼ばれた途端、ヴェルデは身体を震わせてライトの方を凝視する。

「何?」

「俺はこいつと戦っていて手が離せない。お前が屋敷の中の依頼主に訊いてきてくれ。まだ時間がかかるのか、とな」

「了解! 団長の邪魔はできないわね」

 ヴェルデはようやく笑みを見せた――しかしその笑みは以前のような怪しさを孕むものではなく、なんとか口角を上げただけといったものだった。

 ヴェルデが跳躍し二人を飛び越えると、そのまま疾走して屋敷の中へと消えていった。コウは彼の姿を目で見送るだけで追おうとはしない。目の前に、大剣を的確に振るい強烈な一撃を繰り出してくる強敵が立ち塞がっているからだ。

「さあ」

 ライトが口を開くと、コウはライトの方へと視線を戻した。するとコウは、あることに気が付いた。

 ライトが、笑っている。

 いままで仮面のように表情を変えなかったライトが、コウの目の前で笑っている。

「剣士よ、この戦いを共に楽しもう」

「……ここを通りたいんだけど」

 両者の刃が反発し、再びぶつかり合った。



 リーゼとアバンの間にも、激しい火花が散っていた。リーゼはネオンを庇うようにしてアバンに攻撃を仕掛けており、アバンは眼光を鋭くさせながら得物でリーゼを刺突しようとする。その剣戟は、本人たちにしか認知できないほどの速さで行われている。

 リーゼはアバンの攻撃を受け流し、隙をついてファルシオンを素早く薙いでいたが、決定打を与えることはできていない。更に彼女の額からは滝のように汗が噴き出しており、息も乱れてきている。後ろのネオンに注意を配りつつ、マイアをファルシオンに纏わせながら振るい、アバンの攻撃を防いだり隙をついて反撃したりする――それらが複合した動作は、彼女の体力を確実に奪っていた。

 対照的にアバンは、息を荒げているが疲労を顔には出していない。軍人として日ごろから鍛えられており、装具の使用歴も彼の方が上回っているので、その差が出ている。彼は己の怒りのままにリーゼを刺突剣で追い詰めていく。リーゼとアバンの剣戟が長引いているので、彼の怒りはますます膨れ上がっている。

「いい加減にしろ、傭兵風情がぁ!」

「私は……任務のためにもネオン君のためにも……絶対に倒れない!」

 互いの刃が激しく衝突し、二人は反発した。互いに距離を取り、ネオンを挟んでにらみ合いになる。

 リーゼはアバンから離れてはじめて、身体に疲労が重くのしかかっているのを感じた。今にも地面にへたばってしまいそうなところを、アバンに意識を集中させることによって堪える。それでも、肩で息をしており、汗は石畳の上に滴り落ちる。完全には誤魔化しきることができない。

「どうやら、貴様はもう限界のようだな」

 アバンは既にリーゼの体力の限界を見抜いていた。それでも彼女は刃をしまうことはない。

「それがどうしたっていうの?」

「……まだ抵抗するか」

「当たり前じゃない! 私はネオン君を連れて、早くみんなと合流しなきゃならないんだから!」

 アバンに威勢よく言ったリーゼではあったが、その姿はネオンが目を背けたいと感じるほど弱弱しかった。

「……そんなに死にたいか」

 アバンが刺突剣を構えた直後、彼の姿が消えた。リーゼを覆うようにして影ができると、彼女はすぐに上を見上げてファルシオンを構える。

 アバンは急降下して刺突剣の先端をリーゼに向けながら突っ込んでくる。リーゼはファルシオンを振り上げようとマイアを展開しながら迎撃の姿勢をとった。念のために足底にもマイアを張り、吹き飛ばされないように準備している。

 リーゼが雄叫びを上げてファルシオンの刃を刺突剣と衝突させる。甲高い金属音が響き渡り、白い火花が二人の間に散る。


 しかし、ここでアバンの刺突剣に異変が起こった。

「これを受けてもまだ生きられるか、傭兵!」


 刀身全体が光ったかと思うと、刺突剣から電流が放出された。電流はファルシオンを伝い、リーゼの身体へと流れ込む。


 リーゼは苦悶の表情でそれに耐えようとしていたが、数秒もしないうちに悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。ファルシオンに張られたマイアと足底に張られたマイアは既に消えている。

「この――」

「まだまだ貴様には苦しんでもらうぞ」

 アバンがリーゼに刺突剣を向けたかと思うと、そのまま突き刺さずに先端から電流を放出させ始めた。

 目映い電流は瞬く間にリーゼを包み込み、彼女の身体を刺激し焼き焦がそうとする。

 リーゼは身が裂けんばかりの悲鳴を上げ始め、苦痛で身体をよじらせて逃れようとする。バリバリと引き裂くような音と、リーゼの苦しげな悲鳴が混ざり合う中、アバンは怒り心頭になっており電流を止めようとはしない。

「苦しめ。我々の邪魔をしたことを後悔しながら体を焼かれて死ね!」

 アバンはリーゼに向かって呪詛のような言葉を吐くが、リーゼには聞こえていない。服が焦げ付き始め、リーゼが地面を七転八倒しているところを見ても、アバンは手を緩めない。リーゼは既にファルシオンを手放しており、抵抗の手段は存在しない。それでもなおアバンは電流を容赦なく流し続ける。

「リーゼさん! リーゼさんっ!」

 ネオンがこの惨状に涙を流しながら嗚咽混じりでリーゼに呼びかけるが、痛みに悶絶している彼女に聞こえるはずもない。

「やめてよ! ねえっ、お願い! リーゼさんを殺さないでぇっ」

 ネオンがアバンに向かって泣き叫ぶが、彼の願いはアバンには通らない。ネオンが叫んでいる間にも、リーゼは電流でもだえ苦しんでいる。

 更に事態は悪い方向に進んでおり、彼女の悲鳴が段々と弱弱しくなっていく。身をよじるような動きも、悲鳴の勢いがなくなるのと比例するように小さくなっていく。

 そして、ネオンにとって悪いことは更に重なる。


 ネオンは、身体が浮き上がる感触を覚えた。

 思わず振り返ると、そこにはザウバーの銃弾から復活した兵士が立っていた。兵士はネオンの腋の下に手を入れて持ち上げ、彼をここから退避させようとしている。動けるようになった兵士は一人だけではなく、ネオンの周りに複数人が固まっている。


「いやだ! リーゼさんと一緒に行くんだ! 離してよぉ!」

 ネオンは兵士の腕を振りほどこうと身体をじたばたとさせるが、大人、それも特段に鍛えられている軍人からは逃れることはできない。

 段々と、ネオンは身体が熱くなってくるのを感じ始めた。息も荒くなり、ついに身体全体が燃え上がっているような熱を感じ始める。

「やめてよ……リーゼさんを、殺さない……で……」

 涙はいつしか止まり、惚けているかのように口が半開きになっている。そこで初めて、ネオンを抱えていた兵士が異変に気付いてネオンを離した。

 ネオンは兵士から放り出されるような形で解放されたが、彼は自力で立つことができた。周囲の兵士が違和感を覚え始め、ネオンを気味が悪いといった目つきで見ながら距離を取り始める。

 兵士から逃れたネオンは、目が虚ろになりながらゆっくりとアバンの方に近づいていく。

「アバン隊長! 子供が、近づいてきます!」

 兵士の一人が怯えた口調でアバンを呼ぶと、アバンは電流を止めてやっとネオンの方へ振り向いた。

「……何事だ。早く保護し――」


 アバンは途中で言葉を止めた。向かってくるネオンの異常さに気が付いたのだ。


 ネオンの首飾りが、白く光っている。アバンはそれに釘付けになった。


「これは……装具?」

「リーゼさんを……殺さないで……」


 アバンにゆらゆらと近寄っていたネオンが、足を止めた。



 

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