雷の襲撃
リーゼとザウバーは戦闘を終え、無力化されたビストとミアータを正座させて腕を後ろに組ませていた――二人の装具はザウバーによって没収されている――。正座している二人の背後にはザウバーが立っており、二人の後頭部に銃口を突き付けている。リーゼはビストたちの前面に立っており、ファルシオンで二人を威嚇している。更に彼女の横には、戦闘が終わったからなのかネオンが立っていた。
「これから俺たちが訊くことに正直に答えてくれ。そうすれば、悪いようにはしない」
リーゼたちはこれからビストたちに向かって尋問を行おうとしていた。ただ、リーゼは行ったことが無いので進行は全てザウバーに任せっきりである。
「お前たちの雇い主は、ノヴァ・デイトンという男だな?」
冷徹な声で尋ねるザウバー。それに対し、ビストが口を開く。
「ああそうだ。お前らの言う通りだ」
あっさりと白状してしまった。リーゼは目を丸くするも、気を引き締めてビストを睨むように見つめる。武器が無いとはいえ、生身のままでも戦闘力は高いのかもしれない――リーゼはいつでもファルシオンを振り抜けるように準備をしていた。
「素直でよろしい。では次の質問だ」
ザウバーは表情を変えず、銃口を二人の後頭部に突き付けたまま口だけを動かす。
「お前たちは、マイアスの輸送車両を襲ってマイアスを奪ったことがあるな?」
「そうだ。大々的に知らされたよな?」
ザウバーとリーゼがビストの発言に頷く。しかし彼女らは緊張の面持ちを崩さない。
「次の質問だ。そいつの行方はどこだ? 何に使われた?」
いよいよ自身の任務に関わることを尋問し始めた――リーゼは顔こそ冷静だったが、心中では真相を早く聞きたいと浮足立っていた。
「……俺たちは依頼主の屋敷の近くまでマイアスを運んで、それから先は依頼主に雇われた専門の作業員みてえな奴らが運んでいった。分厚い作業服を着てたな……。俺たちは奪った輸送車両を運転してそこまで運んだだけだ」
「そんなことはきいてない。マイアスはどうなったのかときいている」
「知らねえよ。俺たちの任務はマイアスの強奪と屋敷の周辺の警護だ。それしか任されてねえ」
ビストが吐き捨てると、ビストとミアータの後頭部に銃口が押し付けられた。引鉄を引こうとする指には力がかかり始めている。
「……知ってる情報を全て吐け」
「俺たちが知ってるのは、作業員みてえな奴らが屋敷の中にマイアスを運び入れる作業をしてたってことだけだ。屋敷の中には入ったことがあるが、依頼主は地下に引きこもって俺とミアータの前には滅多に姿を見せねえ」
「本当よ。信じて。私だって、あそこの地下で何が起こってるのか分からない。知ってるのは、依頼主の言葉を聞くために地下に出入りしている団長くらいだと思う」
ビストとミアータが俄かに流暢になる。特にミアータは命の危機を感じたのかかなり焦っている。更なる情報を引き出したザウバーだったが、銃口は押し当てたままであり、表情も変わらない。
「地下、か。その地下で、奪ったマイアスを使った何かが行われている可能性があるな。使わずに貯蔵しても意味はないだろうし」
「何が起こってるのかは、私たちは知らない。私たち下っ端は地下に入ったことないもの」
早口で捲し立てるミアータの言葉を聞いても、ザウバーは半信半疑といった表情で銃口を押し当てるのを止めない。
「……ねえ、ザウバー」
そこで、リーゼが恐る恐るザウバーに話しかけた。その場にいる全員が彼女の方を向く。
「それなら、ノヴァの屋敷まで行った方がいいんじゃないかな……?」
「しかしだな……こいつらがまだ情報を隠し持ってるかもしれないんだ。さっき話したことの中にも嘘が紛れてる可能性だって十分にある」
「言っとくけど私たち、嘘は一切言ってないから。本当だから!」
ミアータが声を大にして主張するが、ザウバーは聞く耳を持たない。リーゼはファルシオンこそ二人に向けているものの、次のステップへと進むために何をすればよいのか考え込んでしまった。
ここで、ザウバーが異変に気が付いた。
「……少し静かにしろ。何か聞こえる」
声をかけたザウバー含む全員が黙り込むと、かすかに遠くから何かが聞こえてきた――大勢の人が歩いてきているような足音である。その正体に気が付いたザウバーは顔を顰めた。
「……まずいな。軍に追いつかれた」
その言葉を聞き、リーゼとネオンが戦慄する。あの刺突剣を携えた軍人が追い付いてきたと考えただけで、一刻も早くデイトン家の屋敷へと向かいたくなっていた。
「ザウバー……!」
「分かってる。こいつらを引き渡せば、少しは大人しくしてくれるだろう」
「ちょっと――!」
ザウバーの言葉に、ミアータが思わず振り向いた。眉間に銃口を突き付けられて一瞬は怯むが、彼女はザウバーを睨みつけ始める。
「私たちを引き渡したりなんかしたら、貴方たちの望む情報は入ってこないかもしれないのよ!?」
「予定変更だ。お前たちを引き渡し、俺たちはデイトン邸へ急ぐことにする。情報の真偽は、現場に着いてから判断することにした」
血も涙もないザウバーの決断に、ミアータは泣きそうな顔になり恨みがましく呻きながら俯いてしまった。そうこうしているうちに、足音は段々近づいてくる。
「行こう、リーゼ、ネオン君」
「分かった!」
「分かりました!」
しかし、彼らの動き出しは遅かった。
「いたぞ! 傭兵たちだ!」
兵士の叫び声が聞こえたかと思うと、十数人の兵士たちとそれらを従えているアバンが押し寄せてきた。リーゼは思わず足を止め、目を見開いてアバンを凝視する。
「やっと追い付いたぞ……貴様ら……!」
アバンは自身の怒りを全身で表現していた。声や目つき、刺突剣の持ち手を握る手は勿論、すでに身体から散らしているマイアの火花からも彼の感情が噴出している。ザウバーはその姿を一目見ただけで、ビストたちを引き渡して時間を稼ぐことを諦めた。
「……『白銀の弓矢』と『貪食の黒狗』の輩が同じ場所にいる」
怒りを抱えつつも、アバンは傭兵たちが今まで何をしていたかを現場を見ながら考え始めた。四人の周りには砕けた石畳が散乱しており、路面は穴ぼこだらけだ。つい先ほどまでここで傭兵たちが争っていたことを、アバンは容易に想像することができた。
するとアバンが刺突剣を抜き放ち、ザウバーにその先端を向けた。ザウバーはビストたちに突き付けていた二挺拳銃をアバンの方へと反射的に向け、リーゼは肩をビクリと震わせる。
「『白銀の弓矢』のザウバー・マクラーレンは貴様か?」
「……そうだ。調べたのか?」
「我々は国軍。国の機関だ。国が管理している情報ならあらかた入ってくる。傭兵の情報など、簡単に手に入る」
アバンが勝ち誇ったように言うが、ザウバーは身じろぎしない。一方でビストとミアータは、ザウバー達の正体を知り呆然としたような顔をしてザウバーの方を凝視する。
「……お前ら、傭兵だったのか」
「知らなかったのか? 同じ傭兵だから、てっきり知っててすっとぼけてるのかと思ったよ」
「私たちは他人のことなんか知る気もないからね……。どれだけ強いのかしか興味が無いの」
ザウバーとビストたちが言葉を交わしていると、アバンの方から砂利を踏みにじるような音が聞こえてきた。
「何をおしゃべりしている?」
「……質問はさっきので終わりか? 俺たちは急いでるんだ」
「まだ訊くことはある。お前たちは何故ここで戦闘行為を働いた?」
アバンの顔は至って真剣だが、その反面ザウバーは口角を上げる。
「『後始末』だ」
「……後始末。お前たちの任務の内容だな」
「そこまで把握済みか。流石国軍」
ザウバーは笑みを崩さなかったが、内心は今すぐにでもその場を離れたいという気持ちで満ちていた。一刻も早くコウと合流し、デイトン邸へと急がなければならないのだ。国軍に構っている暇などない。
すると、今度はアバンの口角が上がった。その豹変ぶりにザウバーが真面目な顔になる。リーゼはそれを見て更に恐怖を覚えた。
「『白銀の弓矢』。貴様らの依頼主であるジェラルド・ワイガード議員には、この任務は失敗したと私から伝えておこう」
「……どういう意味だ?」
「こういう意味だ」
直後、アバンが突き出していた刺突剣の先端から、五人を呑みこむほどの範囲の雷撃が放たれた。ザウバーが二挺拳銃の引鉄を引いて防御壁を張っている間、彼以外の四人は何もできずにその場で固まっていた。
アバンの放った雷撃は、ザウバーが張った防御壁によって阻まれてしまったが、それでもアバンは雷を放出し続ける。負けじとザウバーも防御壁の内側に更に防御壁を重ねるように張る。
「リーゼ! ここはこいつらとネオン君を連れて早く逃げろっ。この二人に装具を持たせてデイトン邸まで連れていかせるんだ!」
「で、でもザウバーは――」
「ここは俺が時間稼ぎする。必ず追いつくから!」
リーゼがザウバーに諭されていると、彼女はあることに気が付いた――アバンが従えていた兵士たちが、アバンが雷撃を放っている間に自分たちを取り囲んでいたのだ。アバンのみに釘付けになっていたことを、リーゼは酷く後悔していた。
「撃て!」
ザウバーに攻撃を仕掛けているアバンが号令をかけると、兵士たちは銃を構えて引鉄を引こうとした。それに気が付いたザウバーは一旦アバンの攻撃に対する防御を止め、左右に散っている兵士たちへと銃口を向けて引鉄を引く。
「伏せろ!」
ザウバーの銃によって、兵士たちの前に防御壁が張られる。しかし、一挺分の弾しか放出されていないので防御壁はその分小さく、何発かは地に伏せていたリーゼたちの頭上を通り抜けていった。それでもザウバーは銃を乱射し続け、五人を取り囲むように防御壁を築き上げた。
すると突然、アバンが雷撃を止めた。そして彼は足にマイアを纏い、ザウバーが張った防御壁を超えて高く跳躍する。空中で彼の深紅の軍服がはためき、刺突剣が鋭く光る。
その先端は、ミアータを捉えていた。
彼女が身を屈めながら頭を上げたとき、彼女の目は身体中に殺気を溢れさせたアバンが刺突剣を突き出しながら急降下してくる姿を捉えた。装具である杖はザウバーに没収されているのですぐに手繰り寄せることができない。しかしこのまま無抵抗にしていれば刺突剣の餌食になる。ミアータは恐怖に身体を支配され、動くことができなくなった。
「死ぬ――」
ミアータが目を見開き死を悟った瞬間、彼女の前に一人が立ち塞がった。
「邪魔をするなぁぁっ!」
アバンの怒声が轟いた直後、彼の前に光の壁が作られ、刺突剣の一撃を弾き返した。
ミアータの目には、その一連の動きがスローモーションのようにゆっくりと映っていた――ザウバーが彼女の前に立ち塞がり、アバンの攻撃から身を守ってくれたのである。
「どうやら、『貪食の黒狗』も俺たちも関係ないようだな」
「当然だ。傭兵など、ここに居てはいけない。我々国軍が貴様らとノヴァ・デイトンを始末する!」
「……俺たちはどちらかというとあんた達の味方なんだがな」
ザウバーが半笑いで言うと、アバンから歯ぎしりの音が漏れる。
「ふざけるな! 我々に危害を加えたくせに何が味方だっ。この狗共を使って何を企んでいる!?」
「俺たちはこいつらから依頼主に関する情報を吐かせようとしただけだ。俺たちの任務のためには重要なんでな」
ザウバーとアバンが言葉を交わしているうちに、五人を囲んでいた防御壁が一斉に消えた。それを見た兵士たちは再び銃を構えて引鉄を引こうとする。
「すまないが、少し黙っててくれ」
ザウバーが声のトーンを落として言った次の瞬間、二挺拳銃の銃口からジグザグの光が放出し、取り囲んでいた兵士たちを一気に包み込んだ。妨害用の弾によって、兵士たちは無力化されてその場に頽れてしまった。
呆気なく兵士たちが無力化された光景を呆然として見つめていたアバンは、我に返ると激昂し目を血走らせて咆哮した。憎き傭兵たちに好き放題やられたので、彼の理性は完全に崩壊している。
「早く行くぞ」
ザウバーが短く言葉を済ませると、ビストとミアータに装具が返還された。未だに信じられないといった顔でそれを見つめていた二人は少し経って我に返り、それぞれの装具を手に取る。
「デイトン邸に案内しろ。妙な真似をすれば、お前たちの攻撃より先にマイアの弾丸がお前たちの身体を貫く」
「……分かったよ」
苦笑しながらビストが返事をすると、ザウバーたちが動きだすより先にアバンが再び刺突剣を構えて突進してきた。
「逃がすかぁ!」
「……しつこいな」
ザウバーが銃を構えて応戦しようとした、その時だった。
彼の前にリーゼが立ち塞がり、ファルシオンの腹にマイアを纏わせてアバンの一撃をガードしたのだ。
刺突剣の先端が直撃した瞬間リーゼは吹き飛ばされそうになるが、マイアを足底部に集中させてなんとか一歩も動かずに堪えてみせる。歯を食いしばり、吹き飛ばされないようにするのがやっとの状態であるが、彼女は攻撃を防いだのだ。アバンは一撃を防がれた後、飛び上がって後退した。
「リーゼ……」
ザウバーが感嘆していると、リーゼが厳しい表情をして振り向く。
「ここは私が止める。ザウバーにこれ以上負担をかけられないもの」
その言葉に、ザウバーは驚愕した。
「待て! リーゼも早く俺たちについてくるんだ!」
「私だって……力になりたい。ここであの軍人を足止めすれば、ザウバーはもっと楽になるでしょ?」
「それはそうだが……」
するとリーゼはザウバーたちから顔を背けた。
「早く行って! 私はあいつを止める! 絶対に追いついてみせるから!」
リーゼは決死の覚悟でアバンに臨もうとしていた。これ以上ザウバーにマイアと体力を使わせるわけにはいかない。かと言って、黒狗たちに装具を握らせれば何をしでかすか分からない。ネオンはそもそも戦闘に参加できない。彼女なりに考えて、彼女は決断をしたのだ。
「ネオン君は、ザウバーについて行って。ここは危なくなるから」
「……リーゼさん」
ネオンは完全に怯えきった目でリーゼを見つめるだけで、その場から動こうとしない。その様子に違和感を覚えたリーゼが怪訝な表情になる。
「……ネオン君?」
「……足に、力が入らないんです……。全然……」
リーゼとザウバーは凍り付いた。ネオンが腰を抜かして動けなくなってしまったのである。いたいけな子供が雷撃や銃弾の雨に曝されればこうなることは想像に難くなかったが、リーゼはその感覚が麻痺していた。ザウバーはネオンを背負いながらデイトン邸へと向かうことを考えたが、子供一人を背負いながら傭兵二人を監視して銃で脅しつけることは流石の彼でも難しいと判断して心中でこの案を却下した。
すると、アバンが報告書に存在していなかったネオンの存在に気が付いた。
「この子供は誰だ?」
「俺たちの保護対象だ。この町まで送り届けてほしいと依頼主から言われたんだ。『後始末』とは別にな」
ザウバーが機転を利かせて言葉を出したが、アバンが聞き入れる筈が無かった。
「その子供は我々が引き取らせてもらう。お前たちを始末してからな」
その言葉に、リーゼとザウバー、ネオンが目を見開いた。特にリーゼは、ネオンが一度軍に連行されたことに対してトラウマのような感情を持っているので、アバンの決断に真っ向から反対しようとした。
その結果が、リーゼの行動に表れた。
リーゼはマイアを纏わせたファルシオンで、アバンに斬りかかっていた。その動きたるや俊敏で、ザウバーですら茫然として見つめているのみである。
「私が……この子を守る! あなたは引っ込んでて!」
「私に刃向かうかっ、傭兵風情がぁ!」
両者の刃がぶつかり合い、金属音が辺りに強く響き渡る。片刃剣と刺突剣という全く別種の剣が、火花を散らして刃を交えている。両者の目つきは真剣そのものであり、そこに誰も介入させないという意思を溢れさせている。
それを見ていたザウバーは、リーゼとアバンに背を向けた。ビストが目を丸くしてザウバーを見る。
「……おい、いいのかよ。ガキもほっとくのか?」
「俺はあいつを信じている。あいつなら、ネオンも守れるし軍人の足止めもしてくれるだろう」
そう言うと、ザウバーが走り出した。ビストが慌ててザウバーを先導しようと走り出す一方で、ミアータは惚けた表情でザウバーを見つめているだけだった。
「おいミアータ! 早く行くぞ! 撃たれてえのか?」
「……ふぇ? あ、うん! 今行く!」
ビストにどやされてやっとミアータが動き出した。ザウバー含む三人は、アバンの追撃から見事に抜け出すことに成功した。
しかし、リーゼの足止めはやっと始まったばかりである。彼女はアバンに睨みを利かせながら、ファルシオンをマイアで輝かせていた。