強い者
ザウバーとリーゼ、ビストとミアータの二組が一斉に動き出した。リーゼたちの表情は険しいものだが、ビストたちの顔には笑みが張り付いている。ようやく本気を出してくれたことに対して嬉しがっているようだ。
リーゼは一目散にビストの懐へと潜り込もうと走っている。ビストは彼女を迎え撃とうと、走りながら大斧を振りあげその場から跳躍した。リーゼをすっぽりと覆う影を作りながら、ビストが雄叫びを上げながら彼女の頭上に斧を振り下ろす。
――隙が大きい……なら。
リーゼは瞬時に思考を巡らし、マイアを足部に集中させる。
その直後、ビストが斧を振り下ろし、刃が当たったところに大穴が穿たれる。しかしリーゼは既にその場からいなくなっており、ビストは目標を見つけようと視線を巡らせる。
「……そこかっ」
ビストが振り向くと同時に、彼は大斧を目の前で薙いでいた。リーゼが繰り出したファルシオンの横薙ぎが大斧の刃と当たり、周囲に鋭い音を轟かせる。リーゼはビストの一撃が当たる直前に急加速し、ビストの後ろに回り込んでいた。
「今度はお仲間に頼らないで気付いたのね!」
「馬鹿にすんじゃねえよ。学習くらいするさ」
挑発じみた言葉を投げかけながら、リーゼが後退する。その際に彼女は、ミアータの方をちらりと見た。自身に攻撃を向けてこないか警戒しているのである。
そのミアータは、ザウバーに向かって杖を振るって火炎弾を連射していた。大小様々な大きさの炎がザウバーを襲うが、跳躍や横跳びなど最低限の動きで彼は躱しており、当たりそうになっても拳銃の引鉄を引いて防御壁を繰り出して凌いでいる。跳躍した時に防御壁を出した場合は、マイアを足底に張りそれを踏み台にして更に高く跳躍するという芸当も見せた。
「ほらほら! 本気出すんじゃなかったの!?」
狂気的な笑みを浮かべながら、ミアータがザウバーをひたすら攻撃する。しかし、ザウバーを見ても追い詰められているという雰囲気は感じられない。ただ冷めたような顔でミアータの攻撃をかいくぐっているだけである。
「いいだろう。望みどおりにしてやる」
そう言うとザウバーは、着地した直後にミアータの方へと銃口を向けた。ミアータは未だに余裕そうに笑みを顔に貼り付けながら杖を振るい、火炎弾を射出している。
「いくぞ」
発射された火炎弾が、ザウバーの目の前まで迫る。
その瞬間、ザウバーの視線が鋭くなり、二挺拳銃の銃口が光った。
引鉄が引かれると、マイアの光弾が発射され、火炎弾を次々と撃ち抜いていく。火炎弾が全て破裂するやいなや、ザウバーはミアータが立っている位置に銃口を向け、引鉄を引いた。
続いてザウバーが乱射した光弾は、ミアータの周りの石畳を撃ち抜いて次々と破壊していく。着弾した瞬間その場で小さな瓦礫が勢いよく巻き上がり、彼は弧を描くように銃口をずらして石畳を狙っている。土煙で目の前のミアータが見えなくなるほど、ザウバーは威嚇としては過剰なくらいの光弾を発射した――先ほどまで発射した光弾は全て攻撃用の弾であり、一発でも当たればミアータほどの少女であれば致命傷である。
ザウバーの攻撃が止み、土煙が辺りに充満する。だがザウバーが攻撃を止めたのにもかかわらず、ミアータは反撃をしてこない。彼は二挺拳銃を手元で回しながら、煙が晴れるのを待っている。ザウバーが撃った石畳は砕かれ、そこには穴が空いているのみである。
煙が晴れると、ミアータが引きつった笑顔でザウバーを見ていた。彼女の脚は先程には見られなかった震えがあり、先端が突き出されていた杖は今では彼女によって抱きしめられている。
「……は?」
ミアータが震える身体でやっと言葉を絞り出した。先ほどまで見せていた余裕は欠片もなく、鋭く睨んでいるザウバーから距離を置こうとしている。
「リーゼ!」
ザウバーが叫ぶと、リーゼがミアータの前へ飛び出した。ミアータの顔が一気に恐怖に染まり、飛び退こうと足に力を入れる。
「そう簡単にはやらせねえよ!」
リーゼが前進すると同時に、ビストが彼女の前に回り込んだ。彼が構えている大斧は既に風を纏っており、刃を天に掲げると再び瓦礫と砂が巻き上がり始めた。その間にミアータはリーゼ達から距離を取ることに成功し、次の攻撃の準備に入ろうとしている。
ビストが雄叫びを上げ、リーゼに斧を振り下ろす。彼女は斧の刃が当たる直前で踏みとどまり、そこから一気に高く跳躍して攻撃を躱した。
力任せの一撃は石畳を容易に砕き、周囲にひびを入れた。更にそこから衝撃波のように突風が巻き起こり、砕かれた石がビストの周りを乱舞する。破片は彼の周りだけでなく、リーゼやザウバーにも襲いかかる。
それでもザウバーは動じることなく引鉄を引き、光弾を意図的に破片に当てて防御壁を生成、襲いかかる破片を全て遮断した。リーゼは足にマイアを纏わせて破片が来ない範囲まで後退して躱した。二人とも無傷で切り抜けることができたので、リーゼは心中でホッと息をつく。
その直後、二人は頭上に影が差したことに気が付いた。
ミアータがビストの攻撃の隙に飛び上がり、火炎弾を二人に向けて放ったのである。それも並大抵の大きさではなく、着弾すれば辺り一面が火の海に包まれるのではないかと思われるほどの直径である。
「……何、これ」
リーゼが思わず動きを止め、恐怖が宿った目で落ちてくる炎の玉を凝視した。今までで放たれた攻撃の中でも最大級のそれである。飛び上がっていたミアータは風で服をはためかせながら狂気的な笑みを浮かべて二人を見下ろしている。
「リーゼ、避けろ!」
ザウバーが叫び、二挺拳銃の銃口を二つの火炎弾に向ける。
「あんたのちっぽけな弾丸ごときで、私の攻撃を止められると思ってるの?」
上空からミアータがザウバーを嘲るが、彼は意に介さず銃口を目標に向け続ける。拳銃を握る手に力がこもる。
引鉄が引かれると、マイアの弾が風を切るような音を発しながら、リーゼに向かってくる火炎弾に突き刺さった。
大きさの違う二つの攻撃がぶつかった瞬間、火炎弾の形が歪み始めた。
その刹那、ザウバーの放った光弾と火炎弾が上空で爆裂した。その勢いで、ザウバーへ落ちてくる筈の火炎弾まで消し飛んでしまった。
強烈な光が四人を包み込み、リーゼとザウバー、ビストは突風に煽られながら腕で目を覆う。路地裏に隠れているネオンですら暴風にさらされており、建物の壁にしがみついて飛ばされないようにしている。
飛び上がっていたミアータは咄嗟に杖を使って防御壁を張ったが、爆風の勢いには耐えられずに建物の壁に叩きつけられてしまった。その後は建物の二階相当の高さから転落するが、彼女は朦朧とした意識の中で防御壁を張り続け、身体を地面に叩きつけられることはなんとか防ぐことができた。
「……なんで」
何故攻撃があの銃弾に通用しなかったのか――ミアータは痛みに悶絶しながら頭を働かせていた。途切れそうな意識の中、戦いの中へと意識を戻そうとする。
すると、ミアータが自身の周りが暗くなったことに気が付いた。彼女が頭を上げると、目の前の光景に凍り付く。
そこには、銃口を突き付けているザウバーの姿があった。その銃口は、ミアータの眉間を向いている。
「……ビスト!」
「仲間の心配をしている場合か?」
ミアータが苦し気に叫んで、ザウバーの後方に広がっている光景を見ると、そこではリーゼが必死になってビストを足止めしていた。ビストは苦虫を噛み潰したような顔をして大斧を振り回しているが、リーゼは軽々と飛び跳ねながら彼の攻撃を避け、隙を見てファルシオンの刃を敵の身体に向かって横に薙いでいる。
「……くそっ、ミアータ! こっちは援護できねえ!」
「そんな……」
あの女にビストが翻弄されている――ミアータは信じられないという思いで彼女の前で繰り広げられている攻防を見つめることしかできなかった。
「残念だったな」
ザウバーがほくそ笑みながらミアータを見下ろすが、ミアータはまだ諦め切れないと表情だけでその思いを伝える。
――早く、こいつから離れないと……。
その直後、ミアータの杖の先端が光り始めた。それが攻撃の合図だと見抜いていたザウバーはすぐに引鉄を引こうとするが、ミアータの口元には笑みが浮かんでいた。
「仕切り直し、ね」
そう言うと、光源から煙が噴き出し、ザウバーとミアータの周りに充満し始めた。ザウバーは思わず動きを止めるが、ミアータは好機だとばかりに起き上がり、痛みの残る身体に鞭を打って後退し始める。
「リーゼ!」
ザウバーがリーゼに叫んで指示を出す。彼に名前を呼ばれただけであるが、リーゼは次に何をやるべきかを理解していた。
リーゼはマイアを足に纏わせると、後退したミアータの方へと走っていった。その速さはすぐ近くにいたビストを置き去りにするほどである――ビストとミアータの連携は、リーゼとザウバーによって崩されていた。
獲物を狙う獣のような表情でミアータを追うリーゼ。追われるミアータはバックステップを踏みながら事前に杖の先端から防御壁を展開し、攻撃に備える。リーゼがすぐに追いついてきたためだ。
マイアを纏った刃が、ミアータの防御壁に強く打ちつけられる。火花が散り、リーゼの手に激しいしびれが襲う。ミアータはリーゼの一撃に顔を歪ませながら耐えるばかりである。
「いい加減に――!」
リーゼが何度も何度も防御壁にファルシオンを打ちつけ、ミアータはたまらずうめき声を上げ始める。
しかし、リーゼから離れた位置からビストが大斧を振りかぶっていた。刃に風を纏わせ、大きく振り下ろす。纏われた風は弧を描き、リーゼの身長ほどの刃となって彼女に襲いかかる。
「させるか!」
ザウバーが叫び、リーゼの背後に光弾を撃ちこむ。光弾はたちまち光の粒となり防御壁を形成、ビストが放った一撃を完全に防いだ。
「リーゼ、あとは俺がやる。お前はあの大男を頼む」
「分かった!」
リーゼはすぐに方向転換してビストの方へと走り始めた。
その直後、ザウバーの二挺拳銃の光弾が防御壁へと殺到し、鋭い音を立てながら防御壁の前ではじけ飛ぶ。一発一発が尋常ではない威力で、ミアータはたまらず悲鳴を上げて吹き飛んでしまった。その時に防御壁を解除してしまい、彼女は呆気なく石畳の上を転がった。
「この……!」
ミアータは土埃にまみれた身なりを気にすることなくすぐに立ち上がり、杖を前方に構えて火炎弾を乱射し始める。雄たけびを上げながらザウバーに向けて無数の火炎弾を発射するミアータの顔は、憤怒と殺気で満ち溢れている。更に彼女は火炎弾一つ一つを制御し、様々な方向から火炎弾がザウバーに降り注ぐように仕向けた。
しかし、ザウバーは笑みを浮かべていた。その笑みがミアータを刺激してしまう。
「なんで? なんで笑ってられるの!?」
「それはだな……」
向かってくる火炎弾に、ザウバーが銃口を向ける。
その瞬間、ザウバーが火炎弾に向かってマイアの光弾を乱射し始めた。彼は正確に火炎弾を撃ち抜き、次第に彼に向かってくる火炎弾は数を減らしていく。そして最後の一つを撃ち抜くと同時に、二挺拳銃をミアータに向けた。
「勝てる確信があるからだ」
ザウバーが引鉄を引くと、その一瞬後にはジグザグの光がミアータの胸を貫いていた。ミアータが呆然としていると、彼女は膝を折ってその場に倒れてしまった。しかし彼女は目をしばたたいており、まだ息はある。
ザウバーは肩で息をしながら、無力化されたミアータへと歩み寄り始めた。
「ミアータ!」
ビストがミアータに向かって叫ぶが、彼女からの反応はない。ミアータの心配をしているうちにも、リーゼはビストに襲いかかる。ファルシオンを振るい、マイアを足に纏わせながら小刻みにビストの周りを動き回っている。
「ちょこまかと!」
ビストは自身の周りに風を纏わせた。新たな戦い方にリーゼは困惑するが、彼女はファルシオンを構え直して距離を取り始める。
「食らえ!」
ビストがリーゼのいる方向へと斧を振るうと、周りで渦巻いている風が砲弾のような形に形成されて前方へと飛び出した。猛烈な速さでリーゼに襲いかかるが、彼女は冷静にそれを飛び越えてビストの方へと近づく。
ビストは徐々に近づいてくるリーゼを叩こうと、闇雲に斧を振るい空気の弾を射出するが、彼女の髪や服が風に煽られるだけで決定打を与えることができない。冷静に攻撃をいなしているリーゼに対し、ビストは焦りながら近づいてくる脅威を排除しようと躍起になっている。
「くそっ、この俺が――」
そうしているうちに、ついにリーゼがファルシオンの間合いに入った。その瞬間にビストの周りで渦巻いていた空気の流れが消えた。彼は斧を握り直して接近戦に切り替える。
ビストが雄たけびを上げてリーゼの胸元へと斧を薙ぐ。その間合いでは躱せまい――ビストは斧を振るのを止めなかった。
流石にその攻撃はリーゼでも躱すことができず、反射的にファルシオンの腹で防御する。刃が当たる箇所にしっかりとマイアを纏わせたが、それでもビストの怪力には抗えずに体勢を崩してしまった。
「終わりだぁ!」
周りを震わせるほどの大音声を上げ、ビストはリーゼの頭上に斧を振り下ろす。しかし、リーゼは降ってくる刃を睨みつけていた。
「まだ……終わらない!」
リーゼは体勢を崩したが、数歩下がったところでマイアを足底に張り、石畳が割れるほどに踏ん張って体勢を立て直した。直後に彼女は視線を、ビストのがら空きのふところに向けた。
「ここだぁぁっ!」
リーゼが叫ぶと、彼女の姿がビストの視界から消えた。
割れた石畳に残された足跡を残して。
リーゼは、ビストの胴体に体当たりをかましていた。マイアを纏った脚力で加速された身体は、まるで銃弾のような速さでビストの巨体を吹き飛ばしていた。目を引ん剝いて意識を飛ばしかけているビストは勿論、攻撃をしかけたリーゼも勢い余って石畳の上を転がっていた。
「……ちょっと、やり過ぎたかな」
先に立ち上がったのはリーゼ。転がった衝撃で頬に擦り傷と土埃が付いているが、他に目立った外傷はない。既に自身の装具を手放して仰向けになって倒れているビスト――吐血しているのか、口から血が一筋垂れている――へと、ファルシオンを持って近づく。
ついに、リーゼがビストの顔を見下ろせる位置まで近づいた。彼女はファルシオンを彼の顔に向けている。目を漸く開いてそれに気が付いたビストは、始めはぎょっとしたような顔をするも、その直後からは何かを悟ったかのような笑みを浮かべた。
「……やっぱり殺す気かよ。怖いねぇ」
「言ったでしょ。私たちはあなたたちを殺す気はないの」
「そうかよ。でも今俺は満足している」
リーゼはビストを睨んだままファルシオンの先端を彼の首元まで持っていく。最後まで油断はしないことを、彼女はレノとの戦いやコウが軍人を足止めできなかったことで学んだのだ。
「満足……って?」
すると、ビストが目を瞑った。
「お前みたいな強い奴と戦えた。悔いはねえよ」
ビストは完全に負けを認めた。リーゼは殺すことなく、彼の無力化に成功したのだ。
その言葉に、リーゼは優し気な笑みを浮かべた。敵に言われたのにもかかわらず、彼女はその言葉に拒否感を覚えなかった。
すると、後ろからザウバーがミアータを背負って近づいてきた。
「勝ったか」
「うん!」
リーゼは嬉しそうに、ザウバーに満面の笑みを見せた。汚れた服装も頬についた擦り傷も、今の彼女にとっては勲章のようなものだった。