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Collapse --Replicated Errors--  作者: XICS
突き止めよ
31/76

動乱の始まり

 時は、リーゼ達が強行突破のために動きだした少し前までさかのぼる。


 デイトン邸の周りは、大勢の兵士たちと多数の馬車が取り囲んでいた。広大な敷地で豪勢な作りの屋敷にもかかわらず、外観はまるで廃屋のようにボロボロであり、屋敷の周りにある広大な庭――そこを通らないと屋敷の扉には辿り着けない――は長年手入れされていないのか枯れた植物で埋め尽くされている。快晴の空の下だが、その姿は周りの風景から隔絶されているようであった。


 国軍がデイトン邸を包囲した翌朝も、緊迫した空気は流れていた。その中で、シルビアともう一人の隊長がデイトン邸を見つめている。彼女らの目の前には入り口の門があるが、鍵の部分に金属製の鎖が厳重に巻かれており容易に入ることのできる状態ではない。

「シルビア。もうそろそろいいのではないか?」

 シルビアに話しかけた派手な軍服姿をした壮年の男――ポール・ユイットが顎髭を弄りながら近づいてきた。彼もまたシルビアとともにデイトン邸の包囲を任ぜられた国軍の将校であり、長い銃身を持ち金色の豪奢な装飾が施されている銃を所持している――この銃こそ、彼の装具である――。

「突入、でしょうか」

「ああ。いつまでたってもノヴァは出てこない。我々の方で先に仕掛けた方が良いと思うが」

「それは、そうですが……」

 シルビアは、屋敷への突入を躊躇していた。

 いくら何でも、静かすぎるのである。中に何があるのか分からず、入り口も閉ざされているため誰が前方の扉から出てくるのか分からないのである。そして中でノヴァが何をしているのかも一切わからない。不明なことだらけで、シルビアは不気味ささえ感じている。

「シルビア、いつまでも動かなければ、奴らの思惑通りだ。我々が先手を打たなければならない」

「仰る通りですが……」

「ここは私が指揮を取る。君は後ろからついてくるがよい」

 ポールは痺れを切らしていた。何としてでもこの騒乱を早く終わらせたいのである。


 彼はジェイの派閥に属している議員から直々に、事態の早期解決を懇願されていたのだ。彼自身もジェイの派閥に属しており、ジェイの理想を実現させるために尽力している。


 すると、ポールが自身の得物である銃を高々と空に掲げた。進軍の合図である。兵士たちの間に流れる空気が一気に引き締まり、突入に乗り気ではなかったシルビアでさえも姿勢を正して直立するほどである。

「これからデイトン邸に乗りこむ。皆の者は奇襲に注意して突入せよ!」

 ポールが大音声だいおんじょうをあげると、兵士たちが閉ざされた門へと集合した。その群衆からシルビアが出てくる。

 彼女はショートソードを抜き放ち、その刃にマイアを集中させる。瞬時に白い刃と化したそれを、彼女は鎖が巻かれている場所へと勢いよく振り下ろした。

 白く光る刃は、まるで虚空を切り裂いたかのように何の抵抗もなく鎖の塊を両断した。断面は熱され、橙色に光っている。

 軋んだ音を出しながら門が開かれ、多くの兵士たちが庭園へとなだれ込んでいく。それを満足げに眺めながらポールは顎髭を弄っていたが、兵士たちが全員庭園まで走ると彼も動き出した。シルビアがその後ろからついてくる。

 すると、兵士たちの集団の先頭がピタリと止まった。彼らは後続に止まるように指示し、兵士たちが全員止まる。それに違和感を覚えたポールとシルビアがすぐに駆け寄り始める。

「どうした?」

 ポールが困惑しながら兵士に尋ねる。しかし、兵士の答えを待つよりも先に彼はその理由を把握した。

「……扉が、開いてる?」

 兵士たちの視線の先には、先程まで閉じていた扉が開いているのが見えていた。まるで彼らを歓迎しているかのように、門が無理矢理開けられると入り口も開いたのである。

 この事態に、ポールは入り口に向かって銃口を突き付けた。いつでもそこから敵が出てきてもいいように準備をする。兵士たちの集団の先頭も彼に倣って銃を構える。

 兵士たちが動きを止めてから数刻、事態は動かない。シルビアは、自身の呼吸音すら大きく聞こえてしまう静寂の中でショートソードを構え、いつでも飛び出せるようにしていた。


「あーもう、我慢できない」


 けだるげな男の声――それにしては少々粘っこい声色である――が、開かれた扉の向こうから聞こえてきた。シルビアたちの間に緊張が一気に走り、ポールの銃を握る力が強くなる。彼の指は既に引鉄にかかっており、そこから出てきた者をいつでも撃てる状態にある。


「仕方ない……出るぞ」


 今度は先程の男とは別の男の声が聞こえてきた――先程の声とは対照的に、低く厳かさを持っている。

「何者だ!? 狗共かっ」

 ポールが声を張り上げるが、邸宅の中の男たちは一切反応しない。ポールは軋む音が聞こえるほどに歯を食いしばり怒りを露わにする。


 すると、開いている入り口から二人の男が出てきた。どちらも黒ずくめの服装である。

 一人は両手に食事に用いるナイフの二倍ほどの長さの刃を持つ鉤爪かぎづめを装備しており、痩せ型の長身をゆらゆらと揺らしながら国軍側へと歩み寄ってくる。黒い髪は胸のあたりまで伸びており、緑色の瞳は歩き方に反してきらめいている――まるで獲物を見つけた獣のように。

「ちょっと雑魚が多いわね。お願いだけど、蹴散らしてくれない、団長?」

 鉤爪の男がニヤリと笑った。それに対して、隣の大柄な男は表情一つ変えずに頷く。

「屋敷の周りを多数の兵士が囲んでいる。お前はそいつらを片付けてくれ」

「了解。数が多いのは嫌いだけど、団長命令ならやるしかないわね」

 壮年の男の命令を聞いた鉤爪の男は軽い身のこなし後ろへと跳び去り、数秒後には屋敷の奥へと隠れていった。

 団長と呼ばれた大柄な壮年の男は、背中に彼の背丈ほどの大剣を背負っている。それを難なく引き抜き、大きく振り回しながら兵士たちの前に構える。


 彼はポールを視界にとらえると、大剣を振り上げた。


 ポールは敵が目前にいるのにもかかわらず動くことができないでいる。男が構えている大剣に、周りを威圧するほどのマイアが集中しているのである。刃の周りを火花を散らしながらマイアが循環しているのを兵士たちは絶望しきったような表情で見つめているだけである。


「退避しろぉっ!」


 シルビアが絶叫すると、兵士たちが情けない悲鳴を上げながら一斉に退き始める。ポールもまた兵士たちと共に後ろへ逃げ始める――今の距離だと不利と判断したのだ。

「遅い」

 大剣の刃が、地面に向けて振り下ろされる。


 その一瞬後、兵士たちは衝撃波と轟音、瓦礫の波に飲み込まれていった。シルビアとポールは爆風のような衝撃で吹き飛ばされて生き埋めは免れたが、男の一撃が終わったころには満身創痍で地に伏していた。


 たった一撃で大穴の空いたノヴァの邸宅の庭からは、土煙がどこまでも高く上がっていった。



 意を決して飛び出したリーゼたち四人。先頭はザウバーが走っている。その後ろにコウとリーゼ、そして彼女の手を握りながら走っているネオンが付いてきている。ネオン以外の三人は既に武器を構えており、兵士たちの攻撃に走りながら備えている。

「俺が足止めする。その隙に走り抜けろ!」

「うん!」

「分かった」

 リーゼとコウが返事をすると、ザウバーが二挺拳銃を向かってくる兵士たちに突き付ける。相手の数は五人。

 それを見た兵士たちも銃を突き付けてくる。リーゼは反射的に恐怖で顔を引きつらせるが、ザウバーの背中を見るとその気持ちが和らいでいくのを感じた。彼女はザウバーを全面的に信頼し、走り続ける。

「食らえ」

 ザウバーが睨みながら笑みを浮かべ、引鉄を引く。それに反応した兵士たちも引鉄を引いた。

 両者の弾が発射される。

 ザウバーが発射したマイアの弾は、兵士たちの実弾に反応したかのように破裂、その場で光の壁を作り銃弾を弾き返した。

 兵士たちが呆気にとられた顔をしている間にも、四人は光の壁を避けて進み続ける。目の前まで接近を許した兵士たちは慌て始め、再び引鉄を引こうとする。

 しかし、ここでザウバーが跳び上がった。兵士たちがザウバーに釘付けになる中、彼は銃口をそちらに向けている。

「そらっ」

 まず左の銃から光弾が発射され、兵士たちの足元に着弾した。着弾した場所は大きく抉れ、石畳の瓦礫と土煙を巻き上げる。視界を塞がれた兵士たちは混乱し、その場で硬直してしまった。

 続いて右の銃から光弾が発射されると、突如兵士たちを光が襲った。悲鳴こそ上げていないものの、土煙が晴れると兵士たちはその場に動けず突っ伏していた――妨害用の弾を食らったのである。

 着地したザウバーはそのまま先頭を走り、五人の兵士たちを置き去りにして林へ向けて突き進む。ザウバーは前方へと銃を向け、光弾を射出し続ける。それらが次々と兵士たちの目の前で破裂し、光の壁を作りだす。兵士たちが発砲した銃の弾はことごとく光の壁に跳ね返され、彼らはまさかの事態に動揺しきってしまう。

「慌てるな! 相手がそこで回り込んだところを撃て!」

 林道の入り口で護衛していたアバンはザウバーの作りだした壁の原理を見抜いていた。彼は既に刺突剣を抜き放ち、切っ先を四人に向けている。

「走れ! 林まであと少しだ!」

 ザウバーが叫んでリーゼたちを鼓舞する。ネオンは苦し気な表情で走っており、足元がふらふらしている。

「頑張って。私がついてるから!」

「……はい」

 息も切れ切れになっているネオンを、リーゼが必死に励ました。四人は光の壁を回り込もうとするが、既に兵士たちが銃をそちらに向けている。

「甘い」

 しかし、その程度で慌てるザウバーではなかった。彼はマイアの弾を兵士たちに向けて発射した。光弾は兵士たちの目の前で破裂し、ギザギザとした光が彼らを包み込む。兵士たちが悲鳴を上げ、次々と地に伏していく。

「貴様らぁ!」

 兵士たちが倒されるのを見て、アバンはついに激昂した。たった四人の傭兵たちに少しも損害を与えることができず、それどころか自身の兵士たちが無力化される有様である。彼は刺突剣を構えて突進した。


 すると、アバンの刺突剣と何かがぶつかり甲高い金属音を奏でた。

 コウがブロードソードを振り、アバンの攻撃を未然に防いだのだ。


「貴様――」

「どいて。任務がある」

 ザウバーとリーゼはその光景を唖然としながら見ていたが、走るのは止めなかった。特にリーゼは、突如コウが目の前から消えたかと思うと金髪の軍人の目の前でつばぜり合いを繰り広げていたという事実が信じられないといった様子で目の前の光景を見つめている。

「コウ、離れろ! それと、そいつは絶対に傷付けるな!」

「分かった。でも今は離れられない」

「……分かった。無理はするな」

 ザウバー達はコウを置いて先に走って林の中へと入ろうとした。コウが生半可なことで死ぬはずはないし、ここにいる兵士たちの半数ほどは無力化したので大丈夫と踏んだのだ。だが彼は、刺突剣を持つ軍人がコウの攻撃に瞬時に反応したことには一抹の不安を抱えたと同時に、その技量に驚嘆した。

 すると、草むらから予め潜んでいたと思われる兵士たちが銃を構えて飛び出してきた。止まれ、と叫んで警告するが、それで止まるザウバー達ではない。

「食らえ」

 ザウバーが、兵士たちが引鉄を引く前に二挺拳銃の引鉄を引く。光弾は射出された後に破裂し、兵士たちを光が包み込む。またしても妨害用の弾で兵士たちを痺れさせて足止めしたザウバーは、林の中へと入っていった。リーゼとネオンも、息を切らしながらザウバーに追随して緑の中へと消えていく。

 その様子を見て、アバンは憤怒で顔を歪ませた。対照的に、コウはいつもの無表情でブロードソードを振り回して牽制している。ザウバーの言ったことを忠実に守ろうと、アバンを殺さないように加減している。

「くそっ、くそぉぉっ!」

 怒りに我を忘れて、アバンが絶叫する。その叫びを振り払うようにコウは剣をアバンに向かって振り回すが、アバンは鋭い突きをコウに食らわせようとする。

 コウは弾丸のような突きを、予期していたかのようにかわした。そして刺突剣をへし折ろうと、刀身に向かって刃を勢いよく振り下ろす。

 甲高い金属音が響き渡るが、アバンはコウの一撃を受け止めた後それを振り払った。コウは攻撃に備えて後ろに下がるが、彼が振り向くと既に兵士たちが自身に銃を向けているのが見えた。

「死ね傭兵!」

 火花が散るほどの激しい剣戟。銃を構えて囲んでいる兵士たちはその様子をただ見ていることしかできない。アバンが積極的に踏み込んで急所を狙って突きを繰り出すが、その都度コウが刀身や刃の部分で受け止めて防御する。コウも力を入れてアバンの隙を作りだそうと強めの横薙ぎや振り下ろしを行うが、アバンはそれを刺突剣で真正面から受け止める。怯む様子は一切見られない。

「……もう行く」

 突如、コウが呟いた。その言葉にアバンが反応しない筈はなく、更に怒りを増長させる。

「ふざけるな! 貴様だけでも――」

 アバンの叫びは、コウのブロードソードの突きによって遮られた。朝日が反射し、剣の切っ先が鋭く輝く。たまらずアバンは飛び退くが、彼の視界からコウは消えていた。

「なっ――」

 コウは既に林の中へと消えており、アバンは呆然と立ち尽くすほかなかった。兵士たちは銃を下ろして、困惑しながら辺りを探している。先に突っ込んだ兵士たち五人がようやく復帰してアバンのもとへと駆け寄ってくる。

 アバンが途端に大人しくなった。先ほどまで金属音が響いていたので余計に静寂が襲う。兵士たちはアバンを恐れているかのように見つめるしかできない。

「……私は、奴らを追う」

 アバンの発言に、兵士たちが驚愕した。

「ここを守れという任務は――」

「お前たちに任せた。幸い怪我人はいないからな」

「しかし――」

 一人の兵士が動揺しながら尋ねると、アバンはその兵士を鋭い目で睨みつけた。矢のような視線に兵士たちは怖気づき、それ以降口出しする者は出なかった。

「奴らを追い、何としてでも倒す。それが我々国軍の今の務めだ」

 もはやアバンの中では、『貪食の黒狗』も『白銀の弓矢』も関係なかった。国軍に楯突く傭兵たちを全員始末するという激情に支配されている。


 アバンはマイアを足に纏い、瞬間移動したかのように林の中へと消えていった。林道の入り口には、どうしていいか分からないといった顔をした兵士たちが取り残された。



 

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