再始動
アバンが護衛する車両が襲われた事件から二日後、リーゼたち『白銀の弓矢』は正装した男に呼び出されて中央政府へと向かっていた。馬車に揺られている者達の中には、ネオンも含まれている。『白銀の弓矢』のコウを除く面々は、皆一様に緊張した面持ちを崩さずにいる。
リーゼたちは、あの事件を知っていた。彼女らが聞いた情報は、国軍の兵士たちがいくらか被害を出しながらも傭兵団のメンバーを退けてマイアスを首都まで送り届けることができたということだけである。しかし、ザウバーは『貪食の黒狗』の強さを知っているので、その知らせは話半分に聞くことにしていた。
「ねえ、ザウバー」
馬車に乗っている途中、リーゼが沈黙の中でザウバーに話しかけた。
「何だ?」
「私たちが呼ばれたのって、きっと……あの事件絡みだよね……?」
「……そうかもしれないな」
それだけ答えて、ザウバーは事件について黙ってしまった。あの事件があったとはいえ、それに関してだと断定できる状況ではないからだ。
リーゼは彼の答えを聞いて、途端に胸騒ぎを覚えた。彼女は件の傭兵団のことを何ひとつ知らず、相手の実力も全く知らない。もしこの傭兵団と交戦することになればどうなってしまうのか――彼女は俯きがちになる。彼女の中には絶対に生き残ってやるという気持ちもあるが、どうしても不安になってしまう。
「リーゼ」
ザウバーがリーゼに優しく声をかけると、彼女は我に返って彼のことを見つめる。
「……え?」
「大丈夫だ。もしあの事件に首を突っ込むことになっても、今のリーゼは強いから、強い相手でも倒すことができるさ」
呆然としながらザウバーを見つめるリーゼだが、彼女は彼の言葉のおかげで今まで積んできた訓練の成果を出すことができるのではと考えられるようになった。
装具を受け取って試した後、リーゼはそれから訓練の虫になった。まずファルシオン自体を使いこなすために、そして装具の要となるマイアを制御できるようになるために。自身の装具を、村を救う『剣』として、大切な人を守るための『盾』として、一刻も早く使いこなせるようになりたかったのだ。
ファルシオンを実際に振るい、コウと手合わせもした――実際の刃を訓練に使ったので、流石のコウも手加減ということを覚えた――。刃をぶつけ合い、己の技量を高めるために体力の限界まで訓練をした。
その中で、彼女はマイアの制御も試みた。しかし中々上手くいかず、体力の使い過ぎで倒れることもしばしばだった。それでも彼女は歯を食いしばってマイアの制御を使いこなそうと努力し続けた。
リーゼは今までの訓練を克明に思い出すと、俄かに自信が湧いてくるのを感じ始めた。ザウバーの言う通り、強い相手が来ても今の自分なら倒せると思い始めた。
「……そうだね。あれだけやったんだから」
「その意気だ」
リーゼは笑顔を見せていた。その顔に、ザウバーとネオンは安堵の表情を浮かべている。
馬車は無事に中央政府へと着き、四人は正装した男に引率されて議事堂へと入っていった。
議事堂の中へと入った四人は真っ直ぐ応接室へと案内された。と言っても、ネオンと再会した時のような広い応接室ではなく、それよりも狭い部屋へと彼らは呼び出された。
引率した男がドアをノックして、入れ、とジェラルドの声が聞こえる。男は下がり、ザウバーがドアを開けた。
四人の目の前には、神妙な表情でジェラルドが座っていた。彼の前にあるテーブルには、一枚の紙が置かれている。彼の発している雰囲気だけで、何やら想像以上のただならぬ事態が起こっていることをリーゼは感じ取る。
「座ってくれ」
低い声でジェラルドが促すと、四人は彼と向かい合わせになるようにソファに座った。
四人が座るのを確認したジェラルドが、間髪入れずに口を開く。
「君たちは、マイアスを積んだ大型車両が『貪食の黒狗』に連続して襲われたことは知っているね?」
「無論です」
ザウバーが肯定すると、ジェラルドが頷いた。
「それならば話は早い」
ジェラルドが四人を鋭い眼光で見据える。その威圧感にリーゼは気圧されそうになるが、なんとか堪えようとする。
「実は、その実行犯は分かっている。『貪食の黒狗』にその任務を依頼した者だ」
「そいつの名前は?」
ザウバーが問うと、ジェラルドはテーブルの上の一枚の紙をひっくり返して四人に見せた。
そこには、一人の男の顔写真とその男にまつわる詳細が書かれていた。四人がそれを真剣に見つめる。
男は顔だけ見てもでっぷりと肥えていることが分かった。これだけを見ても、金と権力と物欲にまみれているのが手に取るようにわかる。
「ノヴァ・デイトン。八年前までは中央政府で議員を務めていて、トロナード家の派閥に属していた」
聞き覚えのある姓に、リーゼはハッとしたような顔をした。
「それって……今の兵糧部の副長官の――」
「そうだ。ノヴァがそこに属していた時期は、今の副長官であるジェイの父であるオールズ・トロナードが兵糧部の長官を行っていた時代だ」
リーゼが頷いていると、ジェラルドが咳払いをして話題を本筋に戻した。
「さて、この男は今、アイドに邸宅を構えている。そして奪われた大型車両は全てアイド近郊に集まっているという情報もある」
「アイド?」
またも聞き覚えのある単語を聞き、リーゼは困惑した。その様子をジェラルドが訝しむ。
「どうしたのかね?」
「い、いや……なんでもありません。続きを話してくれませんか?」
ザウバーが二人の会話の間に入りジェラルドに続きを促すと、ジェラルドは頷いて話を続け始めた。
「彼の邸宅には既に国軍の精鋭が派遣されている。昨日出兵したばかりでまだ現地に到着していないので現状は不明だが……、装具を使いこなしている軍人が部隊長として派遣されているそうだ」
リーゼとザウバーが頷く。
「そこで、だ」
ジェラルドの言葉で、空気が一気に張りつめた。
「君たちには、奪われたマイアスがどこに行き何に使われたのかを突き止めてほしい。マイアスの行方はアイドに運ばれたという報告以降されていない。君たちに任せた」
ジェラルドの口から、任務が告げられた。その事実にリーゼは目を丸くする。ザウバーですら困惑した表情でジェラルドを見つめている。
「これは……我々傭兵が行っても大丈夫な任務なのでしょうか」
「問題はない。依頼の証明書には、『アイド近郊での戦闘の後始末』と書いておいた。戦闘が起こるのは確実だからな。こう書けば街の中をうろついても大丈夫だろう」
呆然としながらリーゼはジェラルドの言うことを聞いていた。対して彼は口角を上げて四人を見つめている。
「これは危険な任務だ。『貪食の黒狗』に遭遇する可能性もあるし、ノヴァが何らかの手段で抵抗してくる可能性もある。それを考慮して、報酬は一人三百万アールとする。ネオン君への報酬は、考えさせてくれ」
「三百万!?」
その金額の大きさにリーゼとネオンが驚愕して同時に大声を出すが、ザウバーが静かにしろと言わんばかりにリーゼを睨むと彼女は我に返って大人しくなった。つられてネオンも黙る。
「証明書には報酬は書かなくてもいいからね。金額の多さで任務の詐称を疑われることはない」
「そうなんですか……」
リーゼが幾分か落ち着いた様子を見せるが、彼女の胸は未だに高鳴っていた。これだけの金額を現実で手にするとは思わなかったのである。
「とにかく、任務に励んでくれ。私からは以上だ」
「かしこまりました。必ずや、任務を成功させてみせます」
ザウバーが立ち上がってジェラルドに宣言する。彼について行くように、三人も立ち上がる。四人は一斉に礼をすると、ジェラルドとの話し合いは終了した。
リーゼたち四人は中央政府を出て、馬車で彼女らの家へと戻るとすぐに任務の支度をした。そんな中、彼女は先程提示された金額のせいか荷造りするペースが速くなっている。
一方で、ネオンは必要な荷物をすぐにまとめ終えているが、どこか浮かない表情をしていた。それにリーゼが気付く。
「ネオン君、どうしたの? なんだか元気がないみたいだけど……」
いきなりリーゼに呼ばれたネオンは、どぎまぎしているような表情で彼女と目を合わせた。
「い、いや、その……」
「……ネオン君も、行くんだよね」
リーゼはまるで自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。その様子にネオンが呆然としながら彼女を見る。
「リーゼさん?」
「任務に怖がらなくても大丈夫だよ。もしものときは、私がネオン君を絶対に守るから」
リーゼが真剣な表情になって声を張る。そんな彼女をネオンは注視しているままである。ザウバーとコウも作業の手を止めて彼女を見つめている。
ジェラルドも言った通り、この任務は危険なものになる可能性がある。その任務には――ジェラルドの口ぶりから察すると――ネオンも同伴する。彼女は保護対象であるネオンを守らなければならないと常々思っていたので、今回の任務でそれを実践したいと考えていた。その任務が目の前にまで迫っているので、なおさら必死になっている。
リーゼの言葉の意味を理解したネオンは、心拍数が上昇するのを感じた。顔も赤みを帯びる。
「リーゼさん……。僕も、リーゼさんたちに何かできることがあればしたいです。僕だけ何もしないのはなんだか悪いので……」
「……もしかしてネオン君、そのことで悩んでたの?」
呆気にとられた顔をしたリーゼの質問に、ネオンは照れ笑いを浮かべながら首を縦に振った。
「そういうことだったの……。大丈夫。ネオン君はいてくれるだけで私たちの力になってる」
「本当ですか?」
「うん!」
満面の笑みでリーゼが返すと、ネオンは口を真一文字に結び顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまった。その様子をザウバーはからかうような笑みで見ている。
「さて、準備は終わったか? 終わったらすぐに出発するぞ」
ザウバーが支度を促すと、リーゼはすぐに動きだして支度を終えようとした。終わっていないのは彼女だけである。
リーゼの支度が終わると、『白銀の弓矢』の四人は荷物を持って外へと歩き出した――これから始まる任務を終わらせるために。
『白銀の弓矢』が応接室を出た後もまだ、ジェラルドはその部屋の中にいた。彼は四人に見せた紙を見つめており、ノヴァの顔から目を離していない。
彼はリーゼ達に、国家機密級の事実――八年前、ノヴァが純粋装具を紛失してアイドに出向になったこと――を伝えなかった。それ以来ノヴァは人前に滅多に姿を現さず、そのためアイドの議会にも出席することがなく、出向から一年後に議員の資格をはく奪されている。一介の傭兵にそのようなことを伝えることはできないとジェラルドは判断したのだ。
一体ノヴァはマイアスを集めてアイドの邸宅で何をしでかそうとしているのか、ジェラルドは考えていた。今までに分かっている情報から、彼がどう出るのかを思考する。
暫く考えて、ジェラルドはある恐ろしい仮説に辿り着いた。彼は目を見開いて肩を震わせる。
――まさか……。