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Collapse --Replicated Errors--  作者: XICS
突き止めよ
28/76

車両防衛戦

 アバンの身体から火花が散ると同時に、ビストと少女の笑みが消えた。アバンを中心にして、殺気が周囲を取り囲むようにして発せられている。常人であればすぐに捕り殺されそうな勢いである。

「ようやく本気を出してきたようだな」

「黙れぇっ!」

 ビストが挑発じみたことを言った直後、アバンがその場から消えた。

 そしてそのすぐあとには、少女の胸元に刺突剣の先が向けられていた。その場に取り残されたビストが唖然として口を半開きにしている。

「……危ないじゃない」

 しかし少女はこの一撃を防御壁で回避していた。それでも、アバンの攻撃は止まらない。

 防御壁に、電流が流れ始める。破裂音のようなものが響き始めた途端、少女は顔色を変えてその場から飛び上がった。勿論、防御壁は張ったままである。


 次の瞬間、刺突剣の先端から放電が始まった。電流は轟音とともに放射状に流れ始め、瞬く間に飛び上がった少女を包み込む。少女は苦しげな顔でそれに耐え続けるほかなかった。


「俺を忘れてもらっちゃあ困るなぁ!」

 アバンの背後から、ビストが斧を振り上げながら襲いかかる。目にも留まらぬ速さで斧が振り下ろされるが、アバンはそれを読んでいたかのように電流を止め、刺突剣でビストの斧を薙ぎ払った。武器を弾き返されたビストは呻き、後ろに下がろうとジャンプする。

「死ね」

 アバンは怒りで我を忘れていた。弾丸のように直進し、ビストのがら空きの胴体に向かって突きを繰り出し電流を放つ。ビストは突きの直撃は免れたが電流を直接身体に浴びてしまい、悲鳴を上げながら地面を転げまわる。

「これはどう?」

 今度は少女が着地と同時に炎の弾を三つ射出した。三つともこぶし大の大きさであり、アバンはこれを的確に刺突して打ち消していく。三つの弾は霧散してしまった。

「舐めるな!」

 マイアを足に纏い、直進。アバンは電流を使わず少女の懐に潜り込み、腹を一突きしようと構えた。少女の目が見開かれる。

「ミアータ!」

 少女――ミアータ・イクスの名前を、ビストが叫んだ。彼は電流の一撃から復帰し、アバンに攻撃を仕掛けようとする。

「甘い」

 ミアータが呟くと、アバンと彼女の間で爆発が起こった――杖からマイアが放出され、それが爆発を起こしたのだ。両者は吹き飛ばされたが、難なく両足で着地する。

「くそっ」

 アバンは毒づき再びミアータに攻撃を仕掛けようとするが、後ろからビストが来ていることには気付いていた。すぐに振り向き、雄叫びを上げながら斧を振り回すビストの一撃を刺突剣で受け止める。

「下種な傭兵め……!」

 侮蔑の言葉を吐いた直後、アバンは装具から電流を流した。彼の装具はマイアを電気の力に変換して攻撃している。

 電流はビストの斧を伝い、彼の身体に瞬く間に流れ込んでいく。ビストは絶叫しながら電流を浴び続けている。それでもアバンは手を抜かず、情け容赦なく巨体を痛めつける。

「後ろにも気を付けた方がいいよ」

 アバンがハッとした顔で振り向くと、ミアータが杖を此方に向けていた。杖の頭は光っており、炎の弾を射出する準備が整っている。

 彼女の身長ほどの大きな炎の弾が発射された。アバンはそれを跳躍して躱そうとする。

 アバンの口角が上がった。これを避ければ、真正面にいるビストに炎が当たる。彼は同士討ちを狙おうとしていた。

「そう来ると思った」

 しかし、ミアータの様子は違った。彼女の笑みを訝しんでいると、飛び上がったアバンを炎の弾が追尾しているのが彼の目に映った。

「なっ――」

「あんたはさっき私のマイアを浴びた。こいつに反応してあんたをどこまでもこの火の玉が追う」

 どこであの傭兵が出したマイアを浴びたのか――アバンは思い出して苦虫を噛み潰したような表情になった。


 あの三つの火の玉は、自身に目印となるマイアを付着させるための罠だったのか――アバンは気付いた。


 炎の弾はすぐそこまで近づいている。だが空中にいるのでまともに身動きが取れない。アバンは迫る炎の弾を見ながら思案した。

「ならば……」

 アバンは意を決した。刺突剣を迫りくる炎の弾に向けて、そこに電流を放出する。先ほどのように拡散させるのではなく、落雷のように一点に集中して炎に撃ちこんだ。

 炎と雷がぶつかり合うが、その決着は瞬時についた。

 炎の弾は電流に当たった瞬間にはじけ飛び、無数の火の粉となって空へと消える。木の葉に燃え移ることはなかった。その様子を唖然として見つめるミアータを尻目にアバンが着地する。

「……まさかこんなに強いとは思わなかった」

「当然だ。私は国軍の兵士。貴様ら傭兵とは違う」

 アバンが敵愾心剥き出しにミアータを睨みつけるが、彼女は恐れるどころか笑みを浮かべている。それを見たアバンの視線が余計に厳しくなる。

――……こいつもビストと同じ、強者を見ると興奮する異常者か。この傭兵団の人間共はどいつもこいつも噂通りの反応をする。

 アバンとミアータは互いに一歩も動かない。互いに武器を用いることもない。空気が一気に張りつめる中、両者は攻撃の瞬間を窺っている。


「俺もそろそろ本気を出そうかなぁ?」


 その空気をぶち壊すように、ビストが愉快気に口を開いた。アバンが振り向くと、彼の目にはビストの斧を装具たらしめるマイアスが光っているのが見えた。

「ふざけるな――」

 叫ぼうとして、アバンは途中で止めた。ビストから、今まで感じなかったような殺気を感じ取ったのだ。彼は既に攻撃を繰り出そうと斧を振りかぶっている。

 アバンはビストの方へと身体を向け、彼の攻撃を止めようと電流を放出しようとする。しかし、放電を行うためには『溜め』の時間が必要であり、マイアを放出してから放電までは一瞬であるが時間を要してしまう。

 その一瞬の時間が、ビストに攻撃を許してしまった。


 ビストが斧を豪快に薙ぐと、空気の塊がアバンに直撃し彼を吹き飛ばした。その風圧はアバンの一番近くにあった大型車両を横転させるほどの威力で、宙を舞ったマイアスが雨のように道路に落ちていく。


 アバンは勢いよく吹き飛ばされたが、何か壁のようなものに身体を打ちつけて、それ以上飛ばされることはなかった。しかし、身体を強く叩きつけられた衝撃で彼の全身を激痛が襲う。息ができなくなるほどの苦痛を受けながら、彼は地面に倒れこんだ。

 アバンは、ミアータが自衛のために張っていた防御壁に衝突していた。そのため彼の頭上には既に防御壁を解除して杖の頭をそちらに向けているミアータの姿がある。しかし、彼は悶絶して彼女の方を向くことができない。

「さよなら」

 ミアータの愉快気な声で、アバンはようやく彼女の存在に気付いた。痛みで立つことができないアバンは、刺突剣の持ち手を強く握りしめた。

――身体への負担は大きいが……やるしかない!

 アバンが何かを決断すると、彼は腹の底から出ているような雄たけびを上げ始めた。そして刺突剣を起点に火花が散り始める。

 この光景にミアータは危険を察知し、杖で攻撃する代わりにそこから防御壁を展開して退避し始めた。何かが来る――彼女はアバンの周りに集まっている尋常ではない量のマイアを感じ取っていた。


 アバンの身体から、雷のような一直線の電流が放出された。それは天に昇りまだ明るい空を更に明るく照らす。それによる衝撃波も放出され、ビストとミアータは攻撃するどころか近づくことすら叶わない。


 放電が終わると、アバンはゆっくりと立ち上がった。しかし、体幹はふらふらと揺れており額には脂汗が浮かんでいる。彼は体力の限界が近いことを悟っていた。

 それでも彼は視界に入ったビストを睨みつけ、刺突剣を構える。剣の先は既に光が点滅しており、放電の準備は万端である。

「まだやるのか?」

 ビストは半ば呆れたようにアバンに問いかける。彼は斧を構えるのを止め、柄の底を地面に付けていた。その姿に我慢ならないアバンは歯を食いしばり、あまりの腹立たしさに唸り声を上げ始める。

「もう貴方の体力は限界。大人しく退いてちょうだい」

「黙れ! 誰が、お前たちの要求に従うかっ」

 ゼエゼエと息を切らしながらアバンが叫ぶが、ミアータの指摘は正しかった。アバンは装具を長時間にわたって全力で使っていたので、体力の消耗が激しく、こうして立っているのがやっとの状態である。ましてや威嚇のために電流を放出しようとしているのは、今の彼にとって力を無理に絞り出しているような状況である。

 それでも彼は動きだした。力を最大限に振り絞り、武器を構えていないビストに向かって走り始める。既に装具からの放電の準備はできている。

「お前だけでも!」

 アバンが叫ぶと、近づいてくる殺気の塊に対してビストも武器を構え始める。

 その瞬間、アバンは空気の流れの変化を感じた。彼は今の極限状態でも状況の分析ができるほどには冷静であった。先程の空気の塊を食らい、彼はビストが装具で風を操って攻撃していることを察したのだ。

――ならば。

 アバンは走っている途中で突きを繰り出し、斧を振り上げようとしているビストへと電流を流し始めた。隙ができてしまったビストはその雷撃を避けられる筈もなく、アバンの一撃に呑みこまれてしまう。ビストが悲痛な叫び声を上げる中、ミアータがようやく危機感を覚えたような顔で杖を構える。

「まだこんな力が残ってたとはね!」

 ミアータの杖から、炎の弾が出来上がっていく。それに気付かないアバンではなく、彼はすぐに雷撃を中断してミアータの方を向き、突撃しようとする。その顔は苦しげで、額には脂汗が吹き出ている。


 その時、ミアータが何かに気が付いた。

「……誰かが来る?」


 ミアータは炎を創り出すのを止め、後ろを振り向いた。そして、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 アバンの下に、何台かの軍の幌馬車が駆けつけてきた。うち一台は彼が乗っていたものと同型であり、一人の赤髪の女性が顔を出している。その女性は彼を見つけるなり血相を変え、馬車を停めさせて勢いよく降りてきた。

「アバン!」

「シルビア殿! 何でここに――」

 アバンに名前を呼ばれた軍服姿の赤髪の女性――シルビア・ファルは、ミアータを挟むようにアバンと向かい合った。シルビアは得物であるショートソードを鞘から抜き、その切っ先をミアータに向ける。挟まれたミアータはため息をつき、何かを悟ったような表情をした。

「……任務は失敗。撤退しましょう」

 彼女の言葉に、今まで雷撃にもんどりうっていたビストが信じられないといった顔で飛び起きた。

「おいおい! 何でだよ! こいつら共々ぶっ潰せばいいだけの話だろうが」

「予想以上に力を使っちゃった。私もあんたもね。ここは一旦退いた方がいい」

 ビストが一旦冷静になって前方を見つめると、続々と増援が来ていることが分かった。流石にこれだけの数の兵士たちを捌くのは難しいと判断し、彼は舌打ちをしながらもミアータの提案に従う決断をした。

「……分かったよ。撤退だ」

「あ、言っとくけど、マイアスは持ち帰らないでね。素手で触ると大変なことになるから」

 ちゃっかりとマイアスを拾って手柄として持って帰ろうとしていたビストの考えを透かして見ているかのように、ミアータが釘を刺す。ビストが露骨にため息をつくと、ミアータがアバンを飛び越してビストと合流する。

「待てっ。逃がすか――」

「さようなら。また会うと思うけど」


 ミアータが微笑んで言うと、彼女の杖が爆発を引き起こした。

 白煙が周囲に充満する中、アバンとシルビア、そして増援として来た兵士たちが困惑する。アバンは残った力を振り絞ってマイアの流れで二人を追跡しようとするが、白い煙自体がマイアで生成されたものなので、それに邪魔されてついに探知できなかった。


 煙が晴れると、そこに傭兵の二人はいなかった。アバンはその光景を見て、目を強く瞑り歯を食いしばってその場にくずおれた。

「アバン!」

 その場に頽れたアバンの下へ、シルビアが駆けつける。後ろで待機していた兵士たちが一斉に駆け寄ろうとしたが、それをシルビアが制止する。

「お前たちはそこに倒れている兵士たちを救出しろ! 全員まだ息はあるはずだ」

 シルビアが手短に命令すると、兵士たちが動き始めた。声をかけながら無事を確認し、動けない者達を馬車まで連れていく。

 その中で、シルビアはアバンを介抱していた。取り逃がしたショックなのか装具の使い過ぎなのかは彼女には分からないが、立ち上がれないアバンの背中を優しく撫でている。

「アバン、怪我は無いか!?」

「……少し身体を打ったが問題ない。それにしても、どうしてシルビア殿が……。次の町で待っている予定では――」

「私が独断で参った」

 その言葉に、アバンは呆気にとられてシルビアの顔を見つめる。対して彼女は凛とした表情を崩さず、自身の行ったことに自信を持っているような雰囲気である。

「何故ここに来た? 命令違反で処罰されるかもしれないのに――」

「貴方が心配だった。森から煙が上がったり、貴方の電撃が木々を貫いていたのが見えたから……」

「私の心配よりも、マイアスを積んだ車両の心配をした方がよかったのに……」


 アバンと『貪食の黒狗』の二人との戦いは、遠目から見ても分かるほど壮絶だったのだ。それに気が付いてシルビアは兵を出し、町で待機してアバンの部隊の引継ぎをするという任務に背いてまで彼らを助けるために馬車を発進させたのである。


 半ば呆れたようにため息をつくアバンを、シルビアは微笑んで見守っている。

「車両は一台も奪われなかった。貴方の任務は成功だ」

「一台は使い物にならなくなっている」

「後処理は別の部隊に任せて、私たちは今残っている車両を護衛しよう。町に戻り次第、すぐにこの道路を閉鎖させる」

 アバンはシルビアの肩を借りながら歩き出した。その顔は、心底申し訳なさそうにしている。

「すまない、シルビア殿。貴女の力を借りることになるとは……」

「礼には及ばない。私は貴方を助けたかった。車両は無事だった。それでいいではないか」

 その返事を聞くと、アバンは口角を僅かに上げた。



 その後シルビアの指示で、残った部隊と大型車両は動きだした。

 国軍の護衛任務は、ある程度の損害が出たものの結果的には成功となった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤバいです。 アバン様がカッコ良すぎて茫然としております。 戦闘描写すっごいですね!大迫力でカッコいい! こんな亀速度の私が、「早く次へ、早く!」と目に追い立てられてちょっと大変でした。 …
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