事件
小屋の中で、ザウバーとダンが話していた。その様子をコウとネオンは黙って聞いている。
ザウバーは、この一年で頻繁に遠出しているコルベッタを心配すると同時に、彼の行動に疑問を抱いていた。そのことについてダンが知っていることを聞きだすために彼と話しているのである。
「それで……コルベッタさんは今回どこに行くと言っていたんだ?」
「『アイド』って言ってた。あの人は俺なんかに行き先を教えることはあまり無かったんだけど、今回は何でか知らないけど教えてくれたんだ」
「結構大きい町だが……どうしてそこへ?」
ザウバーはダンに理由を尋ねたが、ダンは気を落としてしまった。
「ごめん……。何も訊いてないんだ。このとき師匠はいつにもまして気難しそうな顔してたから、下手に訊いたらどやされると思って……」
「謝らなくていい。……そうか」
ダンの言葉の端々に疑問を覚えたザウバーだったが、彼が何も知らないようなのでそのことは黙っていた。ザウバーが手を一回叩き、注意を向けさせる。
「話題を変えよう。コルベッタさんは土産としていつもマイアスを持って帰ってきたんだね?」
「ああ。師匠が持ち帰ってくるマイアスはどれもこれも上質なものばかりでね。これも師匠の目がいい証拠なのかな?」
「そうだろうな。……コルベッタさんは今までマイアスの鉱山がある場所へと行ってたことになるな」
ザウバーの言葉にダンが頷く。
「そういえばそうだな。元々そういう目的で外出してるのかも」
ダンとザウバーは互いに合点がいったような顔をした。考え過ぎか――ザウバーが思ったのも束の間、彼の頭の中に別の疑問が浮上した。
「待てよ。確かアイドの近辺にはマイアスの鉱山は無い筈じゃ……」
アイドは地理的に山には囲まれておらず、鉱山も近辺には存在しない。それならば今までとは異なる目的でその町を訪れていることになる。ダンとザウバーは再び考え込んでしまった。
「……コルベッタさんは、一体何を――」
すると、四人の後から扉が開く音が聞こえた。四人が一斉に振り返る。
そこには、再びファルシオンを佩いたリーゼが立っていた。一休みしたからか顔色は良く、すぐに四人の下へと歩み寄る。
「ダンさん、すみません……。私なんかのためにベッドを貸していただき本当にありがとうございます」
リーゼはダンに向かって恥ずかし気に頭を下げる。
「大丈夫だよ。それより、リーゼさんが元気になってよかった」
ダンは問題ないとばかりにリーゼに笑いかけた。その笑顔を見てつられるように彼女も笑う。そこで、ザウバーがリーゼに話しかけ始めた。
「リーゼ。少し訓練の仕方を変えようと思う」
「……どうやって?」
リーゼはきょとんとした顔でザウバーを見つめる。
「最初からマイアを制御させるのは流石に酷だったな。これからリーゼは暫くマイアを使わないでこの装具を使ってもらう」
「つまり……ただのファルシオンとして使うってこと?」
「ただのファルシオンじゃない。切れ味も取り回しのしやすさも、装具にする前のものより上になっている筈だ。そいつをまず使いこなしてからマイアの制御をしていこう」
リーゼはザウバーの言葉を聞き、再び腰に佩いている自身の得物を見る。マイアを操ることだけが装具を用いることではないのだ。まず基本となる素の状態を使いこなさなければマイアは操れないのではないかとさえ彼女は思い始めた。
彼女は真面目な顔になってザウバーと向き直った。この表情の変化にダンとネオンは茫然となる。
「うん、分かった。早く使いこなせるようにする!」
「その意気だ。リーゼの準備ができたら訓練を始めよう」
ザウバーの提案に、リーゼは笑顔で頷いた。それにつられるようにしてダンも笑みを浮かべる。
「リーゼさん。頑張って俺が鍛えた装具を使いこなしてくれ!」
「分かりました! 私、頑張ります!」
リーゼはダンに向かっても決意を表明した。装具に改造してくれた人に言わなければ失礼だと彼女は思っていた。
そうしてリーゼが目覚めて少し経った後、『白銀の弓矢』はダンの鍛冶屋を出発した。
その頃中央政府では、またもや傭兵についての議論が紛糾していた。
三日前から立て続けに起こっている事件――大量のマイアスを積んだ大型車両が何者かに襲撃され、車両ごとマイアスを盗まれるという事件がその議論の引鉄となった。車両の乗組員ならびに護衛の兵士たちは全員襲撃によって手酷い怪我を負っている。マイアスごと盗難された車両が立て続けにアイド近郊へ集まっているという情報も近隣の住民から出ているという。
更に、現場からマイアの残滓が確認された。マイアスから漏れたものとしては弱すぎると判断され、これは何者かが装具を使って襲撃したという結論に至った。そこで疑われたのが傭兵である。制限された活動に反発してこのような行動を起こしたのではないかと推測されたのである。
この考えに反発したのが、ジェラルドの派閥である。彼らはジェイを筆頭とした先軍派と議会で舌戦を繰り広げていた。
「まだ傭兵が起こしたとは限らないだろう。そう考えるのは時期尚早ではないかね、ジェイ副長官?」
落ち着きを払った口調でジェラルドは言う。バックの議員たちは声を荒げながら彼に同調している。
しかし、ジェイもまた落ち着いていた。それどころか勝ち誇ったような微笑みを浮かべている。
「我々はなにも頭ごなしにそう主張しているわけではない。ちゃんとした論拠があって言っているのだ」
「論拠、とは?」
ジェラルドが訝しむと、ジェイはある一枚の紙を取り出してジェラルドたちに突き付けた。
「見たまえ。これは傭兵が依頼を受けたことの証明書だ。貴方がたなら勿論ご存知だろう」
ジェイが見せたものは、傭兵がしかるべき人物から依頼を受けていることを証明するものだった。そこには依頼人や受注した傭兵団の名前は勿論、任務内容や受理した日付、遂行する場所まで記さなければならないことになっている。傭兵が政府に管理されていることの証拠の一つである。
「見せてくれ」
「勿論。そのために持ってきたのだから」
ジェラルドがジェイから証明書を慎重に受け取り、書かれている内容に目を通す。そこには、今から七日前に任務が受理され、アイドで任務が遂行されるという旨が記されていた。更にそれを行っている傭兵団は『貪食の黒狗』と記されている。それに全て目を通したジェラルドは顔を顰める。
「これが証拠か?」
「勿論。これが最新の依頼だ。この依頼以降、登録されたものはない」
ジェラルドは顔を顰めたままジェイに証明書を返す。それに対して、ジェイやその一派は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「分かってくれただろう。これは傭兵が起こした事件である可能性が高い。やはり傭兵はこの国に混乱ばかりを引き起こす存在だ」
ジェイが声高に主張すると、後ろにいる彼の賛同者たちが同調の声を上げる。
「確かに君たちの主張の通り、この事件は『貪食の黒狗』が行った可能性が高い。そこは認めよう」
「ほう。貴方が私の言うことをすんなりと聞くとは珍しい」
ジェイはジェラルドを嘲笑うように言うが、ジェラルドはいたって真剣な表情である。
「私も全力でこの事件の解決に尽くしていきたいと思う。そのために――」
「傭兵を使わせてほしい、と」
ジェイがジェラルドの声を遮る――彼の口元には相も変わらず笑みが浮かんでいるが、彼がジェラルドに向ける視線はナイフのように鋭い。
俄かに議会が騒然となる。ジェラルドに罵声や怒号が飛ぶが、彼は微動だにせず真剣な顔でジェイを見つめ続ける。
「そんなに我が国の軍が信用ならないのか?」
「そんなことは言っていない。わが国の軍は確かに強い。だが、たかだか傭兵の一団を潰すために大量の国軍を動員させるのはいかがなものかと思ったのだ」
「人々の生活の糧であるマイアスが行き渡らなくなっては、我々議員の責任問題になる。そのような問題に何故軍を出すなと言う? 騒動の元凶である傭兵をぶつけるなど、これでは国民を馬鹿にしているとしか言いようがない!」
ジェイの顔からついに笑みが消え、彼はジェラルドを怒鳴りつけた。周囲が水を打ったように静まり返る中、ジェラルドのため息だけが議会に響く。
「……分かった、ジェイ副長官。貴方の意見通り、国軍を派遣することにしよう」
「分かればいい。老人は頭が固いが、貴方は別のようだ」
完全に見下したようなジェイの視線を向けられているジェラルドは背を丸めているように見える。その背後から彼の一派からの怒号が襲いかかるが、ジェラルドは微動だにしない。
結局、議会は一旦閉会し、この事件には国軍が送られることが濃厚となった。ジェラルドの主張は議会に虚しく響いただけとなってしまった。
議会が終わると、ジェラルドは周囲の議員たちの冷たい視線を浴びながら休憩室へと向かった。休憩室の鍵は彼が護衛の人に頼んだので閉められている。
その中で彼は独り考えていた――議会で見た証明書の内容について、である。
この事件は『貪食の黒狗』によって引き起こされた可能性が高いとジェラルドは理解していた。アイドが遂行の場所であり、現在の状況で依頼を受注する傭兵は滅多にいない――証拠は十分にあった。
しかし、彼は証明書の中の別の箇所について考えていた。
一つ目は、『貪食の黒狗』についてである。彼は『白銀の弓矢』だけでなく様々な傭兵団のことについて知っている。彼は傭兵の強力さを認めているので、軍と共存させて使っていこうという考えに至っている。無論、件の傭兵団についても知っている。
彼は知っているからこそ、その一団に装具持ちではない兵士を当てることに危機感を覚えていた。
「奴らは……危険すぎる」
ジェラルドが独り言ちる。
『貪食の黒狗』は、純粋な戦闘集団である。
彼らは金のために動いているのではなく、ただ武器を振り回して暴れ回り、強い者と渡り合うことを目的としている一団である。共同で任務にあたっていた傭兵団に襲い掛かり、その一団を壊滅させたという報告すらある。それでも国はその強さ故に除名などの処分もできていない――政府の手から離れると何をしでかすか分かったものではなく、それよりかは政府で飼っておく方が安全だと判断したのである。
その上、団員全員が装具を所持しており、練度は政府に登録されている傭兵団の中でも段違いである。このような集団に、一般的な武器しか持っていない軍の兵士が敵う筈が無い――ジェラルドはそう考えたのだ。
『貪食の黒狗』が任務を遂行している他にも、ジェラルドはもう一つ考えていることがある。
その任務の依頼人についてである。
その欄にはこのように書かれていた――『ノヴァ・デイトン』。彼はこの人物名に見覚えがあった。
「『ノヴァ・デイトン』。奴は……トロナード家の派閥だった男……」
ぽつぽつと言葉を紡ぐ。その言葉はジェラルドの記憶をより鮮明にする。
「八年前に致命的な不祥事を起こし、アイドに出向となった男――」
そしてジェラルドの顔が、苦痛を受けたかのように歪む。
「純粋装具を紛失し、狂ってしまった男……!」