制御と代償
リーゼ達四人はダンに案内され、小屋のすぐ近くの空き地へと移動していた。昼前の空は青く澄み渡っており、目の前には木々が茂っている。
「そこの林に向かって撃ったり斬ったりしてくれ」
「分かった」
はじめに試すのはザウバーだ。彼はマイアスが込められた弾倉を確認すると、すぐにそれをしまい前方へ二挺拳銃の銃口を向ける。
「いくぞ」
そう言ってザウバーは引鉄を同時に引いた。
銃口が光った一瞬後、空気を切り裂く甲高い音が響いたかと思うと、彼の前に立っていた木々は轟音をあげて爆裂し、数本の木が豪快に倒れた。
満足そうに腕を組んでやり切ったような表情をしているダンの横で、リーゼとネオンはあんぐりと口を開けてその光景を見つめている。
「……少しマイアの調整を間違ったかな?」
ザウバーは呟くと、手元で拳銃を器用に回す。彼の顔は納得がいっていない様子を出している。
「マイアの出力を上げ下げしたらそれぞれの弾が出ると思うんだけど」
「分かった。やってみる」
そう言ってザウバーは再び前方へ銃口を向ける。目を瞑り呼吸を整えると、彼は目を見開いた。
再び引鉄が引かれる。射出された光弾は先程の半分の距離を進んだところで破裂し、無数の光の粒となって拡散、その場に壁を作るように留まり始めた。
「これが、防御用の弾か」
「ああ、そうさ。三つの弾の中でも最低の出力だから、消えやすいのは勘弁してくれ」
「いや、これで十分だ。これが最低の力なのか?」
ザウバーが未だに滞留している光の粒子を見つめながらダンに問う。
「ああ。なるべく攻撃にマイアを使った方がいいと思ってね」
「なるほど……。次は妨害用の弾を撃つ」
「やってみてくれ」
ザウバーが再び構えると、今度は間を置かずに引鉄を引いた。
彼は光弾を地面に向けて撃った。瞬時に着弾すると、光弾は土を巻き上げながら何やら電流のようなものになって空中へと昇っていく。白いジグザグの光は放電しているような音を上げて少し経つと、空中へと消えてしまった。
「これが……妨害用の弾ですか?」
「そうだよ。相手にダメージは与えないけど、当たれば少し痺れて動けなくなる」
リーゼがダンに問うと、ダンは自信満々に答えた。ザウバーは満足げに先程の光景を見つめていた。
「銃自体はこれで問題ない。マイアの制御は俺がなんとかしなきゃいけない問題だからな。素晴らしい装具をありがとう、ダン」
「どういたしまして」
ザウバーとダンは互いに笑みを浮かべて固く握手を交わした。彼の感謝の気持ちは確かにダンに伝わった。
ザウバーの装具の試用が終わると、次はいよいよリーゼの番である。リーゼたちは空き地を少し進み、先程ザウバーが倒した木の前まで来ていた。
リーゼは緊張した面持ちでファルシオンの持ち手を見つめていたが、意を決したようにそれを右手で掴んで刃を抜いた。淡い青色の刀身が日光に反射し、綺麗な青が周りに見せつけられる。
彼女はそれを片手で構えて、前方を見つめる。狙っているのは目の前に倒れている一本の木である。それに一撃を加えてどれだけの切れ味があるのか、そしてマイアの力はどれだけのものなのかを彼女は見定めようとしている。
「切っ先を見ろ。そこを見つめながら手に力を入れれば、マイアで白く光る筈だ」
「分かった。やってみる!」
ザウバーの助言に頷くと、リーゼはファルシオンの切っ先を前方へ向けてそこを睨み始めた。眼光を鋭くし、持ち手を強く握りしめる。刃から白い光が迸る光景を想像しながら、彼女はひたすら持ち手を握る力を強くする。
すると、切っ先から小さい光源が現れた。微かだが、マイアが出てきている。それを確認したリーゼの顔には安堵の笑みが浮かんだ。
「やった――」
しかしその瞬間、光源が急速に膨れ上がったかと思うとリーゼの目の前で破裂した。その勢いで、周りにいた四人も爆風に煽られる。
リーゼは悲鳴を上げながらファルシオンを手放して吹き飛ばされ、尻餅をついて着地した。身体を突き上げるような痛みが彼女を襲う。
「大丈夫かっ」
いち早く彼女を介抱したのはザウバーだ。それに続いてネオンとダン、そしてコウの順に彼女を心配そうに取り囲む。
「……大丈夫。まだ続けられる」
「それなら良かったが……あまり無理はするなよ」
「うん……分かった……」
リーゼが痛みを堪えて立ち上がり、再びファルシオンを手に取ってその切っ先に集中する。
「マイアが出たとしても油断するな。さっき出た光を、ファルシオンの刃だと頭の中で考えろ」
リーゼがザウバーの助言に無言で頷き、再びマイアを出すことに集中し始める。今度は以前の失敗を繰り返さぬよう、細心の注意を払って切っ先に集中する。
彼女が念じるように切っ先を睨みつけていると、小さい光がそこから現れた。先程よりも早く出たことに彼女は内心で喜んでいるものの、油断はせずにその光を制御しようと持ち手を握る力を弱めてみた。
リーゼが力を弱めると、それに呼応するかのように灯っていた光が小さくなっていった。消えそうなそれを制御しようと、彼女は再び力を入れる。すると光はたちまち膨張し、破裂しそうなほどに大きくなる。リーゼの顔に明確に焦りの表情が浮かび、ザウバーの眼光が鋭くなる。
「焦るな! 力を弱めて微調整しろ」
「わ、分かった!」
リーゼは落ち着きを払いつつ、持ち手を握る力を弱める。そろりそろりと慎重に握る力を調整していき、切っ先に灯っているマイアの光を凝視する。彼女の頑張りのおかげで、少々安定はしていないが一定した形のマイアの光を維持することができていた。
「次の段階だ。この光が刃を覆うところを想像しろ。刃にマイアを沿わせるのがやりやすい」
ザウバーの助言通り、リーゼはマイアの光を見つめながらその光景を想像し始めた。彼女は既にマイアを刀身に纏わせている実例を見たことがある――レノの短刀がそれである――ので、想像することはマイアを制御するよりも容易に行うことができていた。
――あいつのように、マイアを刃に纏わせる……!
するとリーゼの思いが届いたのか、先端に灯っているだけだったマイアの光が刃を包み込むように徐々に下部へと広がり始める。彼女はそこでも油断せずに、刃全体にマイアが行き届くまで集中することを止めなかった。
――集中、集中……。
少しずつマイアが降りてくる。鍔までマイアが行き渡るところを想像しながら、リーゼは刃を見つめ続ける。彼女の額には汗がにじんでおり、少なからず疲労していることを示している。彼女の周りの四人もまた、真剣にその様子を見つめている。特にネオンは両手を握りしめながら固唾を呑んで見守っている。
「……これだ」
リーゼはついに、ファルシオンの刃がマイアに完全に包まれたのを確認した。ザウバーやダン、ネオンが目を見張る。
しかし彼女に喜んでいる余裕はなく、今度はこの状態を保たなければならない。光に包まれた刃を見ながらリーゼは力を制御しようと握る力を一定にしようと努め、今の状態を頭に描き続ける。息が荒くなるが、構わず彼女は続ける。
段々と光の強弱の見分けがつかなくなっていく。チカチカと明るすぎることは無くなり、光が弱すぎて消えかけることもなくなっていく。光の強さが一定になるまでリーゼは気を抜かない。
「もしかして――この状態?」
刃に纏われた光が、一定の輝きを放ち続けている。ついにリーゼたちが望んだ状態になった――コウ以外の四人から、漸く笑顔が生まれた。
「これだ。この状態を維持して、この木に振り下ろせ!」
リーゼがこの状態に達することができたのが余程嬉しかったのか、ザウバーは達成した本人のように興奮している。ダンは念のためにネオンを後ろに下がらせて避難させている。彼の指示どおり、リーゼは雄たけびを上げながら倒れている木に光を纏った刃を振り下ろした。
刃が木に触れた瞬間、リーゼは不思議な感覚を味わった。
まるで何もないところに向かって素振りをしているように、斬った感触が無いのである。確かに光を纏った刃は木に触れている。斬ったところから火のついた木片が飛び散っているのにもかかわらず、である。
そして刃は、木を完全に断ち切った。
ほんの一瞬の出来事であったが、彼女はマイアを制御しその力を実践した。そして以前のファルシオンでは斬るのに時間がかかるであろう木を一瞬で斬ってしまった。その事実にリーゼはその場で暫し呆然としていた。
刃から既に光は消えており、リーゼがファルシオンを地面から引き抜くと木の断面と刃と接地した部分が焼け焦げているのが見えた。彼女は斬った感触を覚えなかったが、確かに木を切断していた。
「これが……マイア――」
言い終わらぬうちに、リーゼはその場で頽れた。それを実感した途端、彼女の身体に猛烈な疲労感と手の痛みが襲う。ずきずきとした酷い痛みに、彼女はたまらずファルシオンを落としてしまう。右手を抑えて苦しみに喘いでいるリーゼに、ザウバー達が駆け寄る。
「おい、大丈夫かっ」
「リーゼさん! 大丈夫ですか!?」
その返事をまともにできないほど、リーゼは疲弊していた。額に脂汗を浮かべ、脚どころか右手を抑えている左手にすら力が入らなくなりそうになっている。
気を失う一歩手前の状態で、リーゼは以前にザウバーから聞いた言葉を思い出していた。
――マイアを操るには、持ち主に相応の力が必要となる。装具を使いすぎて体力を消耗して倒れる場合もあるし、逆に自分を傷付けてしまう場合もある。扱うにはそれなりに力をつけないといけない
リーゼは漸くその言葉の意味を身をもって理解することができた。マイアの制御に関して未熟なのは装具を初めて使ったので仕方のない面はあるが、こんなことが実戦であってはならない――彼女は恐れのような感情を抱いていた。
「……ザウバー」
「どうした! どこかやられたのか!?」
「そうじゃない。あのね――」
リーゼの言葉で、ザウバーは閉口してしまった。その横にいるネオンは狼狽えており、二人の会話を聴いていることしかできない。
「ザウバーの言ったこと、分かった気がする。マイアを操るって、こんなに大変だったんだ、って」
段々と息が荒くなるが、リーゼは身体に鞭を打って話し続ける。
「私、もっと特訓したい。このままじゃ絶対に生き残れないよ。もっともっと特訓して、マイアを制御できるようになりたい。そして……ザウバーとコウの迷惑にならないようにする。ネオン君もこの力で守る。村も救ってみせる」
弱弱しい声色だが、彼女の信念はまるで先程木を切断した時のマイアのように力強かった。ザウバーがリーゼに肩を貸す。彼はリーゼの言葉に笑みを浮かべていた。
「そうこなくっちゃな。お前にはもっと強くなってもらわないと。でもまずは休もう。特訓はその後だ」
「……うん」
リーゼから漸く微笑みが現れた。それに安心したのか、ダンとネオンがほっと胸を撫で下ろす。
五人は一旦小屋に戻り、リーゼの回復を待つことにした。結局小屋に着いて早々にリーゼは眠ってしまい、昼を過ぎるまで目を覚ますことはなかった。