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突き止めよ
20/76

副長官の思惑

 ウルヴ山の騒動から一週間が経った。


 シューメルの首都、『フラックス』。そこにある中央政府の『兵糧部』の応接室に、彼はいた。

「これからこの子をあそこに護送するのか?」

「はっ。既に準備は整っています」

 複数の軍服姿の男を従えているのは、議会用の服を身にまとった一人の若い男――ジェイ・トロナードだ。黒い髪はオールバックで、栗色の瞳は眼光鋭く男たちを見据えている。いかつい顔立ちは、議員という肩書が無くても周囲の人間を威圧できるほどだ。

 ところが、軍服姿の男たちの中に一人小さい男の子が紛れ込んでいた。その子供はすっかり彼らの雰囲気に萎縮しており、何が起こるのかも分からずに立ち尽くしている。


 その男の子こそ、リーゼたちが騒動の中で助けたネオンである。身だしなみは綺麗に整えられており、傍から見ると女の子と勘違いしてしまうような美しさすら秘めている。


「よろしい。私もついて行くとしよう。それとこの子は私の傍に置いておいてくれ」

「はっ。すぐに馬車を手配いたします」

 軍服姿の男たちが敬礼をすると、ネオンを残して会議室を急ぎ足で出ていった。

 広い会議室に、ジェイとネオンの二人だけが残された。ネオンは何者なのかも分からない強面の男を前にして、喋るどころか視線を合わせることもできない。重苦しい沈黙が二人へのしかかる。

 すると、ネオンを凝視していたジェイの口角が上がった。

「君は……名前をネオンと言ったね?」

 突然問いかけられ、ネオンは身体をバネのように跳ねさせてジェイの方を見始めた。その顔が笑っているので、彼は尚更危機感を覚え始める。

「は……はい!」

「私はジェイ。ジェイ・トロナードと言う。兵糧部の副長官だ」

 ジェイはネオンに身分を明かした。訳も分からずネオンはそれに頷く。

「私は君と、君の持っている物に興味があるんだ。これからそれを確かめさせてもらうよ」

 ジェイは立ち上がると、ネオンの両肩をがっしりと掴んだ。ネオンはまるで金縛りにあったかのように動けない。

「君の秘めているものは、この国を変える力があるかもしれない。どうか私たちに協力してはくれないだろうか」

 穏やかだが、有無を言わせないような口調。心に突き刺さるような視線。そしてねっとりとした笑顔。

 それらを向けられて、ネオンは泣きそうな表情になりながらジェイを見つめる他なかった。もしネオンに動けるだけの気力があったとしても、ジェイに密着されて肩を掴まれていては逃げ出すことも叶わない。

 すると、部屋のドアが三回ノックされた。ジェイとネオンがドアの方に注目する。

「誰だ?」

「私だ。ジェラルドだよ」

 ジェラルドの名前を聞いた途端、ジェイは苦虫を噛み潰したような顔で、どうぞ、と入室を促した。

 ドアが開かれると、そこには確かに柔和な笑みを浮かべている議会用の服を着た白髪の老人――ジェラルドが立っていた。まるで子と親の如く年の離れた二人が、ネオンを挟んで相対する。

「どういったご用件で?」

「いやなに。君のいるこの部屋から軍人たちが出てきたから、何事かと思ってね」

 ジェイは内心で舌打ちをした。この老人のことだから、先程の会話も聴かれていたのだろう――そう推測するも、動揺することを悟られまいとジェイは何食わぬ顔でジェラルドを見る。

「これは私、そして兵糧部の案件です。貴方が首を突っ込む案件では無いのでは?」

「いや、このことは私にも関係がある」

 ジェラルドは笑みを湛えながら言った。しかし、ジェイはこの男から威圧感のようなものを受け取った。

「いや……この国全体に関わること、かな?」

「何を……」

 ジェイが言い淀んでいると、突然ジェラルドがネオンを彼の近くへと引き寄せた。それにはネオンはおろか、ジェイもたまらず目を丸くする。

「……何をする!? その子は――」

「知ってるよ。装具を持っているんだろう」

「返してくれないか。この子は大事な――」

 ジェイが言いかけたとき、ジェラルドの顔から笑みが消えた。ジェイはまるで凍り付いたように動きを止める。

「だからこそ、だ。今君たちが実権を握っている兵糧部に預けるのは危険すぎる」

 ジェイは、自身から冷や汗がでる感触を覚える。ジェラルドの射るような眼差しに、彼は口を動かすことすらできない。


「君たちが()()()で何をやっているのかを、私は重々承知している。それすら私は今の政府の()()だと思っているが、その中に、更に子供を巻き込む、犠牲にするのは、行き過ぎだとは思わんかね?」


 穏やかな口調だが、その言葉は確実にジェイを諫めるような文言だった。ジェイは苦悶の表情で唸りながら、再び笑顔に戻ってネオンの頭を撫でているジェラルドを憎悪の視線で見つめることしかできなかった。

「……貴方がそう言っても、我々は止まらない。精々指をくわえて見ていることだな」

「構わんよ。いずれ痛い目を見ても知らないがね」

 ジェイは肩を怒りで震わせ、ジェラルドの言葉を背中で受けながら応接室を出た。それをネオンは呆然として見つめることしかできない。

 しかし、何か如何わしいことをされる前に、今隣にいる老人に救ってもらったことは確かだ――ネオンはジェラルドへの感謝の気持ちを満面の笑みで表した。



 ジェイは怒りの気持ちが収まらないまま、先程の軍人たちが手配した馬車に乗っていた。本来ならばネオンが隣にいる筈だが、ジェイの目論見は外れてしまったのでこうして一人でとある場所へと向かっている。

――あの老人は何故我々の願いを理解しないのか……! いずれそれが必要になるというのに……!

 握りこぶしを強く作りながら、ジェイは馬車に揺られて目的地へと進んでいた。



 

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