二人の傭兵
リーゼを無事に空き家へと避難させた銀髪の男――ザウバー・マクラーレンは、彼の相棒――コウに追いつくべく全速力で研究所へ至る道を駆け抜けていた。切迫した表情で、しかし道中いつ敵が出てきてもいいようにホルスターに両手を添えて辺りにも気を配っている。銃声や兵士たちの怒号が次第に近づいているのを彼は感じている。
「まずいぞ……。また研究所か……」
ザウバーが呟いた直後、銃声と怒号の中に悲鳴が混じり始めたのが分かった。既に押されている――彼は確信した。
道中、彼は倒れている兵士を何人も見かけた。しかし、全員既に息が無いことを察して目的地へと急行する。突き進んでいくほど、心なしか死体の数も多くなっている。
ついにザウバーは研究所の門の前にたどり着いた。しかし、彼はそれを見て苦虫を噛み潰したような顔をする。
「遅かったか……」
そこにあったのは、兵士たちの死体の山だった。血が辺りに飛び散っており、全員がそれぞれ惨たらしい死に方をしている。その中に、コウの姿は幸いにもなかった。
――コウは……。
ザウバーが正面を見つめると、そこにコウはいた。コウは三体の土人形に囲まれているが、それらの攻撃を容易に避けていた。すぐに走り出し、彼の加勢へと向かう。
ザウバーは両腰のホルスターから、二挺の拳銃を取り出した。明かりに照らされて鈍い光沢を放つ銀色のそれは、すぐに目の前の土人形へと向けられる。
「コウ、避けろ!」
ザウバーの叫び声にコウは反応し、無言で跳躍する。その高さは常人のそれではなく、軽々と土人形の高さの数倍を飛んでみせた。
拳銃の引鉄が引かれる。一瞬銃口が光ったかと思うと、白く光る銃弾のようなものが高速で一発ずつ射出された。動きの鈍い土人形はそれらを避けることができず、胴体に直撃してしまう。
すると、着弾した箇所が抉れた。通常の武器ではまともに傷つけられなかったが、ザウバーの二挺の拳銃は容易に胴体を抉り取ったのだ。着弾の衝撃で土人形がよろめく。
ザウバーは引鉄を引き続け、白く光る弾が連射されるたびに土人形の胴体が抉り取られていく。
コウもただ飛び上がって避けただけでは終わらなかった。彼は腰にかけていたブロードソードを引き抜くと、撃たれている土人形の左にいた個体に向かって刃を振り下ろした。
着地と同時に、土人形は真っ二つに切断された。リーゼがファルシオンを突き立ててもびくともしなかった土人形が、まるで布のようにいとも容易く断ち切られた。コウは無表情で土塊と化したものを見ている。
その直後、胴体にいびつな形の大きな穴が空いた土人形が地面に倒れた。復活の気配は見せない。
残りは一体。土人形が腕を槍のような鋭利な形に変形させてコウに襲い掛かる。それでもコウはそこから一歩も動かず、ただ剣の切っ先を土人形に向けるのみである。
「俺は研究所に行く。コウはこいつを倒してから――」
ザウバーが言い終わらないうちに、土人形の胴体はすっぱりと切れていた。その場で土に還り、崩れ落ちる。それを見たザウバーは苦笑しながら駆け足でコウに近づく。
「……お前ぐらいの奴が、何でここで足止め食らってるんだ? 早く行けばよかったのに。俺が足止めするからさ」
「……間に合わなかった」
「え?」
ザウバーが呆然とした直後、地面が大きく揺れた。ザウバーはうめき声を上げながらよろめくが、コウは無表情でザウバーの腕を掴んで彼をサポートする。
すると突然、コウがザウバーの腕を勢いよく引っ張りながら後ろへと後退した。何事かと思い一瞬目を回したザウバーだったが、その直後にコウが退いた理由が分かった。
研究所の窓が、突然火を噴いた。ガラスは粉々になって吹き飛ばされ、内部の爆発の衝撃で外壁も一部吹き飛ばされる。熱風が押し寄せる中、ザウバー達は何とか瓦礫に巻き込まれない距離まで退避していた。その様子を呆然と見つめるザウバーは、我に返ると頭をくしゃくしゃとかきむしり悔し気な表情を見せる。
「……任務は失敗、か。あともう少し早く来ていれば――」
「うん」
ザウバーの横で、コウは素っ気なく返事をした。その返事にザウバーはため息をついてコウを横目で見る。
「お前はいつもそうだな……。成功しても、今回みたいに失敗しても同じだ。……失敗はこれが初めてだが」
「ごめん」
その謝罪の言葉も、風に吹かれて飛んで行ってしまいそうなほど軽かった。ザウバーは深くため息をついて来た道を戻り始める。横並びで、コウも戻り始めた。
辺りは、不気味なほど静まり返った。
ザウバーに言われて身を潜めていたリーゼは、研究所――それも今は廃墟と化してしまったが――に至る道を走っていた。
爆発音と衝撃は隣接した村にまで轟いていた。それに戦慄するとともに、彼女は自身を保護してくれた二人の身を案じた。居ても立っても居られず、彼女は民家を飛び出したのだ。
泣きそうな顔で、彼女は走り続ける。恩人まで死んでしまったらどうしようかと、彼女の胸は張り裂けそうになっていた。その道中で大量の兵士の死体を目撃していたので、その気持ちはいやがおうにも高まってしまった。
「どうか……これ以上死なないで……」
息が切れそうになっても、彼女は走り続けた。無事でいてほしいと願いながら――。
「……今回も、『マイア』の研究所の襲撃だ。それも、相手は報告と同じ土人形ときた」
とぼとぼと歩いている時に、ザウバーが話し始める。
『マイア』――この世界の力の源と言っても過言ではない物質である。水のようにこの世界を循環しているので、消費されても余程のことがない限り尽きることは無い。熱や電気、水、その他のエネルギーを生成することができる。この世界にとって必要不可欠な物質である。
このエネルギーは、「マイアス」という鉱石から採取することができる。その鉱山は各地に点在しているが、純度の高いマイアを有する鉱山は数えるほどしかない。純度が高いものほど、例えば軍事的な用途といった、よりマイアを必要とする分野に使われる。
「これで何回目だ? 死傷者は増え続けて、国の間でもあいつがやっただの、こいつが仕組んだだの関係が悪くなってきているらしい」
ザウバーは、この襲撃が今回が初めてではないことをぼやき始めた。しかし、彼らが戦闘のために駆り出されたのはこれが初めてなので、伝聞しか情報を持っていない。コウはそれに無表情で軽く頷くだけである。
「と言うか、何でコウは間に合わないって感じたんだ? 外からじゃ全く分からなかったが」
「……分からない」
「……何だそりゃ。分からないってことは無いだろうよ……」
ザウバーが露骨に肩を落とすが、コウは全く意に介さない。
実際問題、コウがいなければザウバーはどうなっていたか分からない。彼はコウに命を救われたとさえ思っていた。
「……まあ、ありがとうな。引っ張ってくれて」
「うん」
コウはザウバーと視線を合わせないまま相槌を打つ。それに対してザウバーは苦笑しながらコウの頭を荒っぽく撫でた。
すると、二人は何かが近づいてくる気配を感じた。ザウバーは気を引き締めてホルスターに手をかけ、コウに至っては既に剣を引き抜いている。荒っぽい息遣いが僅かに聞こえてくる。
そこに現れたのは、息を切らして走ってくるリーゼだった。ザウバーは呆然として立ち止まり、コウは引き抜いた剣を鞘に納めた。
「……大丈夫、ですか……?」
膝に手をついて息を整えているリーゼ。その姿を見て、ザウバーは我に返って駆け寄った。
「……君、隠れてろって言ったじゃないか!」
「……ごめんなさい。でも……何か大きな音がして……居ても立っても居られなくなって――」
「研究所が崩壊した音だ。あの土人形たちにやられたんだと思う」
リーゼは信じられないという風に目を見開いた。この研究所は彼女の村にとっての財源のようなものだったのだ。研究所の存在によって、この村にお金が落とされてきた。それが無くなったと知り、彼女は沈鬱な表情をして俯いてしまった。
「私たちの村は……一体どうなるんでしょうか? このまま廃れていくんでしょうか?」
「落ち着いて。村のことは俺たち傭兵には分からない。だけど――」
ザウバーの続きの言葉が気になり、リーゼは首をかしげた。
「君にはこの現状を国に報告する義務がある。俺たちと一緒に、『雇い主』の所まで同行してくれないか?」
ザウバーの言っている意味が分からず、リーゼは口を半開きにして黙り込んでしまった。
「今まで、何か所もの研究所が襲撃されてきたらしい。そして戦いに関わっていた人の中で生存者はごく僅かしかいないそうだ。君もその一人だ。どうか、国のために証言してくれないか」
その言葉に、リーゼの心は動いた――国に証言すれば、もしかしたら村のことについても何か施しをくれるかもしれない。その一縷の望みにかけることに、彼女は決めた。
「……分かりました。行きます! どうかよろしくお願いします!」
リーゼは深々と頭を下げた。その様子にザウバーは一安心したかのように微笑む。
「決まりだ。村のはずれに馬車を停めてある。それで首都まで行こう」
リーゼは、ザウバーとコウとともに首都へ進路を決めた。