真夜中の密談
時は、ウルヴ山の騒動が終わった後の夜までさかのぼる。
深夜のゼノ。道は街灯――これにはマイアスが埋め込まれており、そのエネルギーを基に光を発している――の明かりだけが冷たい石畳を照らしており、この時間帯だからなのか人影は見えない。
そんな中、ゼノの広場に、一人の人物が立っていた。その人物はマントで覆われており、それに付いているフードを被って顔を隠している。暗さも相まってその顔色を窺い知ることはできない。
その人物は、まるで石像のように微動だにせずただただ立ち尽くしている。傍から見たら不審な人物として怪しまれるだろう。
その時、広場に向かって小さな足音が響いてきた。するとフードを被った人物はそれに気付いたのか、ようやく身体を足音が聞こえてくる方向へと向け始める。
段々と足音が近くなる。街灯の光が、その主をうっすらと照らし始めた。
歩いてきたのは、虚ろな目をした一人の少女だった。その口元にはうっすらと笑みを湛え、腰の長さまで伸びたぼさぼさの金髪が余計に不気味さを醸し出している。所々黒い汚れがこびりついている白いワンピースを着ている様は、まるで実験の被検体である。
更に彼女の左手の薬指には、真っ白な指輪がはめられていた。身体や服がボロボロで汚れているのとは対照的に、こちらは傷一つ付いておらず、明かりに照らされて美しい輝きを放っている。
フードの人物の目の前に立っても、少女は一言も発そうとせず、ただフードの人物を見つめているだけである。見つめ合うこと十数秒、フードの人物が両腕を上げた。
「……あなたが私のところまで行けと言われたのね。『人形使い』」
布が擦れるような音がすると、フードに隠れていた胸の下辺りまで伸びた髪が下される。
フードを外して現れた顔は、ミラのものだった。宝石のように輝く黒い瞳が、不気味な少女を見下ろす。
「『モナ』って呼んでよ」
「はいはい……。ところでモナ、あいつは任務をしくじったようだけれど、あの人は怒ってた?」
ミラに尋ねられると、モナと名乗った少女がミラに向かって首を横に振った。
「全然。見つかって良かった、って喜んでた」
「そう。それで? あの人の伝言を教えてちょうだい」
ミラは安堵したかのように言うと、モナは笑みを崩さず口を開く。
「『コラプス』を見張るようにって。それと念のため『アンチ・パターン』も」
「了解。あれは私も気になってたから、喜んで見張らせてもらうね」
ミラは妖艶な笑みを浮かべた。しかしそこに男を引き寄せるような魅力は微塵も感じさせず、まるで獲物を狙っている猛禽類のような鋭さを秘めていた。
それを見てモナは頷き、背を向けて歩き始めた。その背はすぐに闇に溶けて消えてしまった。
ミラと対面している間、モナは不気味な微笑みを絶やすことは無かった。
ミラもまた、モナを見送ると微笑みを浮かべながらフードを被り直し、『ソウル舞踏団』の眠る宿へと歩き始めた。