起業承認
*前回までのあらすじ
ついに実行された、秘密会社ブラックバイトユニオンによる、恐るべき最終謀略によって世界は職場を失い、人々は次々と仕事を辞めた。
それ故に加速する世界の荒廃は誰にも止められず、ただそれでも、時給戦士アルバイターは、社畜と日々、ひとり戦い続けるのであった。
そんなある日。
アルバイターの前に、ついにブラックバイトユニオンの会長が現れる。
その正体は、最も信頼していた後輩であった。
拳を握り、戸惑い震えるアルバイター。
しかし運命は残酷にも、最期のタイムカードを押したのであった。
*崩壊した世界、瓦礫に埋もれた町中
アルバイター「秘密会社ブラックバイトユニオン。その会長がお前だったとはな……」
会長「どうか悪く思わないで下さい、時給戦士アルバイター」
アルバイター「くうっ!くそ……!」グッ
会長「さあ、仕事を片付けましょう。この、世界で唯一残された職場で」
アルバイター「……お前を倒せば、世界は職場を取り戻し、また仕事の日々が始まる。っ!それでも!!」
会長「今働けるのは、この私と。そしてあなただけですよ」
アルバイター「そうだな……。ああ、そうだな!わかったよ!」
昇覚 覇剣シャイン
会長「まさか、ここでそれを手にするとは」
アルバイター「つまりは、お前との仕事はこれで最期ってことだ」キッ!
会長「ええ、そうですね」にこっ
すっーはっー……。
アルバイター「勤務開始だっ!!」
二人の仕事は捗ることなく、熾烈を極める。
そして。もはやそこに研修生という後輩の姿はあらず、切磋琢磨して共に働く同僚の姿がそこにはあった。
それをアルバイターは、嬉しくも儚いものに感じた。
まるで、太陽と月が目まぐるしく競う、連日勤務フルタイムの気分だ。
アルバイター「そう、すごく熱く燃えているんだ」
会長「私も同じ気持ちです」
アルバイター「ならどうして、私達は争っている?会長とアルバイターという立場がそうさせるのか?」
会長「この社会は上下関係が倫理ですから。もしかしたら、そうかも知れませんね」
アルバイター「切ないな」
会長「そうですね。年の差とは逆に、こうも力の差があるなんてっ!」
アルバイター「ぐあああ!!」ズシャア
降りかざされた権力は、到底敵うものではなかった。
しかしそれでも、アルバイターは諦めない。
徐々に自らの職務に巻き込むことで、会長としての立場を抑え、同僚という立場に置き換えたことが、ここで一つのミスを誘ったのだ。
そこを逃すことなく指摘したアルバイターは、ついに、会長を倒すことに成功する。
後輩「ぐはっ!私の心が、あなたとの信頼関係が敗因か……」
アルバイター「私の下に面接に来たのが間違いだったな」
後輩「間違いではありませんよ。むしろ正しかった」
アルバイター「え?」
後輩「始めは、アルバイターの偵察。言わば企業スパイの様なものでした。しかし、あなたと共に仕事をし、熱心な指導を受け、優しいアフターケアを受けたことで、私は思い出したのです」
アルバイター「後輩……」
後輩「ヘドがでるほどの!仕事への嫌悪と憎悪をね!!」
ここで突如、後輩の身なりが変貌する。
身に付けていた黒いスーツが喪服へと変わり、なんと続けて、若い見た目そのものが老け込み、完全に別人となってしまった。
魔王「私はたった今、会長の座を辞職した。これが新たな名刺だ、受けとれ」
アルバイター「ま、魔王……!」
魔王「この姿で会うのは何十年ぶりかな。私の息子、勇者よ」
勇者「父さん!一体どういうことなんだ!」
魔王「過去、お前がまだ幼い頃。社長だった父さんが倒産をして行方をくらませたのは、新たに起業する為だったのだ」
勇者「……」
魔王「ブラックバイトユニオン結成後、会長という立場で私は社畜達を育成し、今日をもって、ようやく世界の倫理を破壊することに成功した。……そう。上下関係に縛られ、社会の奴隷となった者達を解放することに成功したのだよ」
勇者「その為に、多くの善良な働き者達を社畜にしたのか!」
魔王「自己破産したので、社畜だったやつらも、今はめでたくニートや引きこもりだ」
勇者「何と勝手な……!」ギリッ
魔王「さあ!働かずとも良い世界の誕生だぞ!ふははははは!!」
勇者「今まで重ね重ね裏切りやがって……!」ギリリッ
ここで突如、勇者の身なりが整う。
髪はビシッと固められ、体にはシワひとつ許さない堅牢なスーツが身に付けられた。
魔王「まさか!貴様も転職したというのか!」
勇者「父さん」
魔王「さすが私の息子と言いたいが、もう働かなくていいんだぞ」
勇者「私が、改めて働く喜びを教えるよ」
魔王「働くという言葉を口にするなあ!!カネという首輪に繋がれ絆も時間も何もかもを奪われたあの生き地獄を思いださせるなあ!!」
勇者「お金が大事ってさ、時に皮肉に思うよな。それでもさ、父さんと母さんが一生懸命働いてくれたからこそ、今の私がここにいる」
魔王「やあめえろををを!!信じていたものは全ては幻だったのだあああ!!」
勇者「私は父さんを許すことにした」
決意のネクタイが絞まる音が、全ての音を飲み込み、瞬く間に世界は静寂に包まれた。
勇者「そしてこれからも、定年まで働き続ける」
魔王「社畜めがあああ!!」
勇者「働く理由も価値も、その素晴らしさを哀しみと憎しみに沈めたこの社会を。あなたとはまた違う倫理で変えるために」
魔王「おっ疲れ様でしたあああ!!」ドドド!!
勇者「私は労働者を代表する勇者として、社会の魔王を倒す」
起業承認。