夢は埋まっている
人は古来より、地底に夢を求めた。
地底には鉱石や宝石、化石に燃料だけではなく、未知の世界が、楽園があるのではないかと。
地底とは人類の知らぬ立ち入らぬ。
言わば、聖域。
だから人は、古来より地底に夢を求めた。
変わりなく、誰もがいつまでも……。
終歴。
それは人類に残されたタイムリミットである。
そして現在は終歴四年。
残された時間は約四年とされたこの時代。
過去に何があったのか。
まずはそれを説明せねばなるまい。
過去、豊歴百二年。
人類が思想ではなく科学により、楽園と幸福を手に入れて百二年目のある日の出来事である。
その国では雪の降る寒い季節のこと、雪に埋もれた小さな村で、不思議な力を授かった男の子が誕生した。
彼の力は、産まれて六年の時に世界へ知られることとなる。
発端は無意識な自己防衛だった。
しかしそれは過剰なもので、村一つを雪もろとも蒸発させた。
ただ一人生き残った彼を人類は都合よく過去に倣い、悪魔や鬼、化物に妖精等と呼び、挙げ句の果てに、神と呼ぶ者まで現れた。
それから間もなくして、ある人々が彼を手懐けようとする。
しかし、深層心理にある悪意を暴かれ、村と同じく蒸発。
それをキッカケに彼は、再び孤独となり、人類と敵対することが宿命となってしまった。
やがて。
彼を殲滅する為に、人類は科学の粋を集め、次々に新兵器を開発した。
しかし、どれも通用することなく。
いつしか人類による彼の名は、魔王として定着した。
魔王と人類の戦いは熾烈を極め、やがて、人類は行き過ぎた科学技術によって、自らの首を絞めることとなる。
それは自然界をも巻き込み、世界はゆっくりと死に蝕まれていったのだった。
そして時は新たに終歴十年。
魔王は地球の底へと潜った。
地底に夢を求めて。
一方。
苦しむ人類の多くが、宇宙へと避難していた。
しかしそれは皆が行ける訳ではなく、地上に残ることを余儀なくされた者もまた、多くいた。
その地上に残された人類が最後に考え着いたのが、地底に生きることであった。
人類も同じく、地底に夢を求めたのだ。
僅かに残された時間の中で計画は綿密に練られ、遂に訪れた終歴四年。
地上の希望として、勇者と名付けられた者達が地底奥底を目指した。
地底掘削戦艦ティルナノーグ。
それが地底の空洞に到達した時。
勇者達は、皆絶望した。
そこには夢どころかただ何もなく、ティルナノーグのライトに照らされた、虚ろな瞳をした男の姿だけがあったからだ。
男が嘆くと、ティルナノーグは形を失った。
奇跡的に、一人の勇者だけが生き残った。
男の瞳に、闇が滲む。
勇者「夢なんて、どこにもありゃしないな」
唐突に、勇者の声が静かに響いた。
魔王「…………」
勇者「この真っ暗な世界で、お前はひとり何をしていた?」
魔王「……眠ってた。夢を、見てた」
魔王の声も同じく、静かに響いた。
勇者「そうだよな。やっぱり夢なんて、眠っている時に見るものだよな」
魔王「…………」
勇者「どんな夢を見ていた?」
魔王「緑と青とぽかぽかときらきらとそよそよと……僕を虐めるパパやママ、友達やみんなみんなみんな!!」
勇者「そっか……。人の心はやっぱり変わらなかったか」
魔王「お前も僕を虐めるのか?そうだな!」
勇者「いいや」
魔王「う、嘘をつくなっ!お前なんて!すす!すぐ死ぬんだぞ!」
勇者「そんなことよりも。一緒に、もう一度夢を求めようじゃないか!」
魔王「?!」
勇者「どうした。足元にはまだ、地面があるじゃないか」
魔王「!」
勇者「ここに来て、この景色を見て、まさか諦めちゃったのか?」
魔王「気づかなかった。ここゴールと思ってた!」
勇者「馬鹿だなあ。ゴールなら地球の反対側になっちゃうよ」
魔王「?」
勇者「まいいさ、それよりも頼みがある。私は穴堀りが得意じゃなくてね」
魔王「あー……んー……じゃ、じゃあ!僕が連れてってあげる!」
勇者「本当か、うおっ!」
勇者を激しい衝撃が包み、それは刹那的に柔らかな温りへと変わった。
魔王「見て!」
しばらくして。
勇者がその声にゆっくりと瞼を開くと、二人は清々しい煌めきの中にいた。
勇者「ここが、求めていた夢か?なんて心地いいんだ」
魔王「緑だ!青だ!ぽかぽかだ!きらきらだ!そよそよだ!」
緑と青とぽかぽかときらきらとそよそよが美しく混じる、上も下もない奇跡の空間が、二人を優しく迎えた。
勇者「これは夢か……」
魔王「うん!これが夢なんだよ!」
人は違うから違いを争う。
でも。
人は同じだから同じ夢を見る。
もしかしたら。
悪いことも良いことも、一つかもしれない。
違うものは何?
同じものは何?
善悪とは何?
それよりも大切なものはあるだろうか。
人が本当に求めるものは何だろうか。
二人がそれを思うことはなかった。




