プライバシーのない男
「みなさんこんばんは。本日の塚本六郎の一日をお伝えします。朝7時起床。8時出勤。9時前に出社。10時から取引先との商談を行い、12時に昼休憩。昼食は中華レストランの日替わり定食だった模様。13時からはセールス訪問。18時に退社。19時に帰宅。途中でスーパーに寄り、値下げされていたハンバーグ弁当を購入。20時にそれを完食。以上です。それでは、本日のニュースです……」
アナウンサーの声がラジオから流れる。
塚本六郎はそれを聞きながら、ソファーに寝そべっていた。
彼にはプライバシーというものがない。
いつからないのか、それは定かではない。
気がつけば毎日のように彼の一日がラジオで放送されていた。
はじめのうちは混乱した。
なぜ自分の行動が筒抜けなのか。
どこで何を買ったかまで知られている。
誰かが自分を監視している。
そう思った。
しかし、監視されるような覚えはない。
不愉快に思いながらも、六郎は一日一日を過ごしていった。
彼の行動は、毎晩ラジオから流れていた。
決まって20時55分。
次の番組が始まるつなぎの時間。
その日のニュースが流れる前に、六郎の一日が放送される。
一時は精神に異常をきたした。
ラジオを壊し、家の中を滅茶苦茶にして監視カメラを探した。
しかしカメラなどどこにもなかった。
六郎はラジオのない生活を送ろうとしたができなかった。
何を言われているのか聞かなければ、気になってしょうがない。
新しいラジオを買い、毎晩それを聞いた。
流れてくる情報はすべて正しかった。
どこでどんな相手と何をしたかまですべて筒抜けだった。
昼ごはんは何を食べ、それがいくらであったかまで放送される日もあった。
次第に彼は気にしなくなっていった。
むしろ自分の一日を伝えてくれたほうが安心する。
仕事上での重大な見落としを発見できるからだ。
事実、それで助かったこともある。
六郎の一日の終わりは、このラジオを聞くことであった。
「みなさん、こんばんは。本日の塚本六郎の一日をお伝えします。日曜日ということもあり、朝10時起床。11時に家を出てショッピングモールへ。12時にフードコートにて天ぷらそばを食べ、12時45分からの映画『黄昏の時』を鑑賞。15時、書店にてビジネス書を眺めるも買うことはなく16時に帰宅。19時までテレビを見て、インスタントラーメンを食べました。それでは、本日のニュースです……」
六郎はラーメンのツユを胃に流し込みながらラジオを聞いていた。
『黄昏の時』。
番宣に力を入れていたわりに、あまり面白くなかった。
期待しすぎていた、ということもあるかもしれない。
今度は、あまり期待していない映画でも見るか。
そのほうが外れても後悔はないし大当たりだったら儲けものだ。
そんなことを思いながらソファーに寝そべった。
次の日も、また次の日も、彼の一日はすべてラジオから流れてくる。
いったい誰が何の目的で流すのか。
ある日、会社の人間に聞いたことがある。
「あの……、毎晩ラジオで私の一日の行動が流れるんですが、ご存じですか?」
頭の禿げあがった、人の良さそうな上司。
彼は黒縁のメガネをクイと上げながら答えた。
「ああ、知ってるよ。毎晩聞いてる。会社の人間なら誰だって。いや、会社だけじゃなく、世間のみんなが聞いてるよ」
六郎は驚いた。
世の中のすべての人間が自分の行動をラジオで聞いている。
しかし、まわりの人間はそれをおくびにも出さない。
いったいなんなのだ。
ラジオだから自分が六郎である、ということまで知らないのかもしれない。
そうだ、そうに違いない。
そう思ったその日のラジオでは、彼の質問が流された。
「塚本六郎が上司にこのラジオを聞いているか質問。自分のプライバシーがラジオで流れていることを確認しました。それでは本日の塚本六郎の行動です……」
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「ねえ、知ってる? 塚本六郎のニュース」
「知ってる知ってる。ラジオ局に乗り込んだんだってね」
「プライバシーの侵害だなんだって訴えた末に暴行罪で逮捕。ウケる~」
「やっぱり犯罪者は犯罪者ね。釈放されたあともずっと監視させとくべきよね」
「ほんとそれ。犯罪者に人権なんていらないわ」
再犯率が約50%の日本。
二人に一人が再び犯罪を犯す現代社会において、実験的に一人の男を釈放し、監視させることにした。
記憶を改ざんし、マイクロチップを埋め込んで24時間体制で監視。
その情報を国民全員に共有してもらうため、ラジオで放送を続けていった。
結果は良好かと思いきや、突如彼はラジオ局に乗り込んで社員に暴力を働いた。
やはりプライバシーをさらされ続けるのは苦痛らしい。
塚本六郎は徐々に精神を蝕まれていった。
今では精神病棟の患者となっている。
「みなさん、こんばんは。本日の竜崎浩一の一日をお伝えします……」
実験はいまも続いている……。




