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歪んだ愛

 井戸田舞いとだまいにとって、同僚の笹中洋平ささなかようへいは完璧な男だった。

 長身で足が長く、痩せ型な上に筋肉質。

 整った顔立ちと、人目を惹きつける柔和な雰囲気を纏っている。

 それでいて、話すととても面白い上に、相手を気遣う優しさも兼ね備えていた。


 彼と知り合いになる女性は誰もが口をそろえてこう言った。


「とても素敵な人ね」と。



 舞は、そんな洋平の恋人であった。

 彼を取り巻く女性の中ではひときわ庶民的、悪く言えば平凡な女性である。

 ダメ元で仕事帰りに告白してみたら、あっさりとOKしてくれた。

 会話らしい会話もしたことがなかったにも関わらず、だ。


 これには逆に彼女のほうが驚いた。

 遊びでOKしたのではなかろうかとも思った。


 けれども遊びなんかではなく、洋平は全力で彼女を愛した。

 心から愛されている、と彼女は思った。

 どんな時でも彼は彼女のことを第一に考え、そばにずっと寄り添い続けてくれた。

 舞にとっては幸せだった。

 天にも昇る気持ちだった。



 ただひとつ、彼には気になる点があった。

 何か大きな秘密を隠している、そんな気がするのだ。

 特別そうとわかるわけではない。

 そう感じるだけだ。


 とはいえ、秘密の一つや二つは誰しも持っているものだと思い、追及しなかった。

 なによりも、その秘密を知ったことで彼との仲が終わってしまう。そう考えたのだ。


 だから、彼女は彼がどんな秘密を隠していようと知ろうとは思わなかった。



 ある日のことである。


 舞が洋平とデートをしていると、突然彼の表情が一変した。

 押し黙ったまま、ある一点をじっと見つめている。


 その先には、小柄で可愛らしい女性がベンチに座って本を読んでいた。


「またか」と舞は思った。


 彼は時たま、こうやって見ず知らずの女性をじっと眺める癖があった。

 それが彼が秘密を隠していると感じる一つの要因だった。


「洋平?」


 舞はためらいがちに声をかける。

 しかし、彼は一向に返事をしなかった。

 ただ黙ってその女性を眺めているだけである。


「洋平」


 舞はさらに声をかけた。

 しかし、彼は答えない。

 答えないどころか、ペロリと舌なめずりをする。


 舞はハッとした。

 洋平の舌なめずり。

 これはかなり危険な予兆である。


 不思議なことに、彼が舌なめずりをして眺める女性はその数日後に遺体となって発見されていた。

 連続殺人事件として、すでに複数の女性が殺害されている。

 警察が捜査にあたっているものの、被害者に共通するものが何一つないため捜査は難航していた。


 舞にとって気になるのはこれだった。


 考えたくもないが、彼が連続殺人に関与していると思えてならなかった。


「洋平」


 舞は彼の手を握って


 その数週間後、また同じようなことが起きた。

 今度は別の女性を彼は眺めていた。

 同じように舌なめずりをしながら。


 そしてその数日後、その女性は死体で発見された。その首は、何者かに絞められた跡があった。

 警察は殺人事件と断定したが犯人につながる手がかりは一切なく、いまだに犯人は捕まっていない。



 そんな中、またもや彼が一人の女性を舌なめずりしながら見つめている。

 舞は「もしかしたら」と思った。


(もしかしたら、この人も危ない?)


 確証はなかった。

 たまたま、彼が見つめていた女性がそろって遺体で発見されているというだけである。


 しかし、だからと言って何もしないわけにはいかなかった。

 そのため、舞は意を決して彼女に話しかけた。


「あの」

「はい?」


 洋平が眺めていた女性が明るく返事をする。

 笑顔のキュートな女性だと思った。


「ちょっとお話があるんですけど……」

「なんですか?」

「ちょっとここでは……」


 舞はこっそりと彼女の耳元でささやいた。


「もしかしたら、狙われているかもしれない」と。


 ふと見れば、洋平は険しい顔をしながら舞を見つめていた。

 その顔は、なんだか「余計な事はするな」と言っているようだった。


 舞は、気にせず彼女を公衆トイレへと連れて行く。

 とにかく、彼から遠ざけるべきだと考えた。


 今まで殺された被害者。

 考えたくはないがもしかしたら恋人の洋平が何かしら関係してるのかもしれない。

 舞は、そう感じていた。


 とはいえ、彼の近くで「命が狙われている」などと言えるわけがなかった。

 そのため、彼女は公衆トイレに連れ込んだのだ。


 女性は言う。


「あの、どういうことですか? 狙われているかもしれないって……」


 怪訝な表情をする彼女に、舞はバックの中から1本の紐を取り出した。


「言葉の通りよ」


 言うなり、舞は彼女の首に紐をかけ、力いっぱい振り絞った。

 女性は驚愕しながら舞を見つめる。

 その顏は、わけがわからないといった表情をしていた。


「あなたが悪いのよ。洋平の注意を引きつけるような顔をしてるから。あの人の恋人は私なの。私以外の女の人を見て欲しくはないのよ」


 首を絞められた女性は、抵抗する間もなく崩れ落ちた。


 舞はすぐに女性を個室の中へと隠すと何食わぬ顔で公衆トイレから出てきた。


「……舞」

「洋平」

「お前、まさかまた……」

「なんのこと?」


 不気味に微笑む舞に、洋平はごくりと唾を飲みこむとそれ以上追及しなかった。



 舞は洋平の手を取り、デートの再開を楽しんだ。


 誰にも邪魔はさせない。

 笹中洋平は自分だけのもの。


 そんな彼女を、洋平は全力で愛するしかなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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