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死にたい男2

何話か前の「死にたい男」の別バージョンです。

 男は死にたがっていた。

 なぜ死にたがっているのか。

 それは男にもよくわからない。

 ただ、無性に死にたかった。


「私は、病気なのでしょうか」


 男はカウンセリングの医師に相談した。


「病気かどうかはわかりません。ただ、人間は誰しも一度は死にたいと思ったりするものです」


 医師の言葉に男は首をふる。


「いえ、私の場合は一度だけではないのです。常にそう思っているのです。昨日も、川に身投げをしようとしたところ、通行人に助けられました」

「知っています。だから今ここでこうして私のカウンセリングを受けているわけですから」


 男は再度たずねた。


「私は、病気なのでしょうか」

「検査をしてみないことにはなんとも……」

「私は自分が恐ろしい。なぜ、こんなにも死にたがるのか」

「何か思い当たる節はありませんか?」


 医師の言葉に、男は首をかしげた。


「特にありません。仕事の上でも問題ないですし、生活についても上手くやっています」

「と、すると外的な要因が考えられますが」

「いえ、特に事故を起こしたとか、金銭トラブルに巻き込まれたとか、そういうことは起きてません」

「ふうむ、ならばもっと別の何か、ということですかな」


 腕を組んで考える医師。


「ちなみに、あなたのご職業はなんですか?」

「職業ですか? それが何か関係あると?」

「いえ、念のためです」


 男は答える。


「薬を開発する会社の営業マンです」

「ほう、薬を」

「といっても、自分は万年平社員ですが」

「何年お勤めですか?」

「そうですね、かれこれ30年になりましょうか」

「そんなにも! それはすごい」


 確かに男の顔は50代特有の疲れ切った顔をしている。


「同期はすでに部長クラスに昇進して、部下たちはそれぞれ私の上司となっています。もと上司としては鼻が高い」

「自慢の部下たちでしょうな」

「それはもう。仕事熱心で、うだつのあがらない私に絶えず発破をかけております。ありがたいことです」

「それで、ご家族はいるのですか?」

「家族ですか?」


 男は首を振った。


「おりません。いえ、昔はおりましたが、女房が若い男と出て行って、それきりです」

「失礼ですが、お子さんは」

「娘がおりましたが、それもどこぞの男と駆け落ちして何年も前に出て行きました」

「それはそれは。では、今は一人で生活を?」

「ええ。ローンをこさえた家に一人。将来のために、と建てた家ですが私一人が住むにはすごく大きい。もったいないくらいです」

「なるほど。それで、最近変わったことはありませんか?」


 医師の質問に男は首をひねる。


「変わったこと?」

「たとえば、職場の環境が変わったとか」

「ああ、そういえば。先週、解雇通知をもらいました」

「なんですって?」

「これです」


 男は何食わぬ顔で解雇通知を医師に見せる。

 確かに、彼の勤務は今月いっぱいとなっていた。


「なんでまた……」

「さあ。人員整理と言われました。まあ、30年も働かせてくれたんです。逆に感謝しなければなりませんね」

「その後はどうするおつもりですか?」

「その後?」

「家のローンが残っているんでしょう?」

「ああ、そうですね。今は余った時間でバイト探しをしています。50過ぎの万年平社員を新たに雇ってくれる企業なんてないでしょうから」

「それで、いいところは見つかったのですか?」

「休日を利用して面接を受けにいってはいるのですが、どこも断られて……。でも、ありがたいことです。わざわざ私のために時間を割いて面接をしてくれるんですから」

「でも、結局は断られていると」

「それはそうでしょう。私はこう見えて、物覚えが悪いんです。断るのは妥当な判断だと思いますよ。今はこれから先、どうやって生きて行こうかと考えているところです」


 医師は「ふうむ」と腕を組み直す。

 男は身を乗り出した。


「何か、わかったのですか? 私が死にたがる理由」


 医師は答える。


「いや、わかったというかなんというか。私があなただったら、間違いなく死にたくなりますね」



お読みいただきありがとうございました。

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