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たまご

 日本政府から「たまご」が送られてきたのは、今から5年前のことだった。

 当時、政府からはなんの発表もなく唐突に日本国民全員に「たまご」が送りつけられたのである。


「たまご」といっても、割って食べる玉子ではない。

 生物が孵化するほうの卵だ。

 それも、手のひらサイズの大きな卵だった。


 不思議なことに、この「たまご」はいくら叩いても割れなかった。

 熱しようが冷まそうがビクともしない。

 色もまちまちで、赤もあれば黒もある。ゼブラ模様の「たまご」を送られた者までいた。



 人々は気味悪がった。

 捨てようにも、可燃なのか不燃なのかわからず捨てようがない。

 いったい誰が何の目的で「たまご」を送りつけたのか。


 国会では連日、この話題で紛糾した。


 この「たまご」はなんなのか。

 出所はどこなのか。

 いくらの税金を投入したのか。


 怒号も飛び交うほどの野党の追及に政府与党は「答えられない」の一点張りだった。



 その「答えられない」という言葉に人々はさらに恐慌をきたし、ついには山や海、川に捨てる者が出始めた。

 ワイドショーでは「たまご」の正体について予想を立てる大喜利状態となり、ネットではレアな色の「たまご」は高価格で売られるようになった。



 しかし、不思議なことに「たまご」はなぜか持ち主のところに戻ってきた。


 地中深く埋めようが、海の底に沈めようが、はたまた遠く離れた海外のバイヤーに売りつけようが、数日後にはきれいな状態のまま戻って来る。

 本人の気づかぬうちに、目の前に忽然と姿を現しているのである。

 それはまるで呪いのようにも感じられた。




 そんなある日。

 政府が「たまご」について大々的に発表した。



「この卵を孵化させたものは懸賞金として1000万円を与える」



 この言葉はセンセーショナルなニュースとして全国を駆け巡った。

 日本政府が個人に向けて懸賞金を掲げたのである。

 そしてそれは、送った「たまご」が孵化する可能性があることを示唆していた。



 人々は躍起になった。



 懸賞金に目がくらんだ者、なんの「たまご」なのか興味を持った者、単純にはやく「たまご」を手放したい者。

 理由は人それぞれだが、多くの人々は「たまご」を孵化させるために知恵を絞った。


 ある者は一日中布団の中で温めたり。

 またある者は湯船につけてみたり。

 そしてまたある者はお腹に括り付けて肌身離さず身に着けてみたり。


 しかしどれも成功しなかった。

 もともとなんの「たまご」なのかわからないのである。

 孵化させるやり方などわかるわけもない。


 中にはガチョウの卵を孵化させて、懸賞金をもらおうとした者まで現れたが、すぐに発覚してお縄となった。




 そんな中、一人暮らしをしていた貧乏学生が孵化に成功した。

 特別なにかしたわけではない。

 強いて言うなれば、数日前から高熱で寝込んでいたくらいだ。

 幸いにも数日で熱は下がり食欲も出るくらい回復したものの、その際枕元に置いていた「たまご」が割れていた。


 学生は叫びそうになるほど驚いたが、すぐに周囲を確認した。

「たまご」が孵化したのなら、中の「なにか」がすぐ近くにいるはずだ。


 しかし、「たまご」は殻だけで中の「なにか」の気配はまったく感じられなかった。

 殻の中身も乾燥しており、中に何かが入っていた形跡もない。


 学生は瞬時に「割ってしまった!」と思ったが、そもそも割ろうとしても割れない「たまご」なのでその考えはすぐに否定した。

 ではいったいこの「たまご」の中身はどこへ行ったのか。



 学生は部屋の中をくまなく探したが、何も見つからなかった。

 これは政府に言った方がいいのだろうか。

 国民全員に送っているということは、何か秘密のある「たまご」なのだろう。

 孵化させたものには懸賞金1000万円を与えるとも言っている。


 しかし学生は考え込んだ。

 これはただ「たまご」が割れただけで孵化したわけではない。

 孵化ということは何かが生まれたわけで、現時点で何かが生まれた気配はない。


 第一、つい先日「たまご」を孵化させたと言って捕まった男がいたではないか。下手をすれば自分も疑われて捕まってしまう。


 学生は気を取り直してその日はレポート作成のために大学へ向かった。





「それが今から5年前のことですが、今は何をやられてるんですか?」


 記者の質問に、当時学生だった男はハキハキとした口調で答えた。


「今は政府直属の機関で電子工学を研究しています」

「5年前は普通の学生さんだったんですよね?」

「ええ。成績も中の下くらいの貧乏学生でした」

「それがどうしていきなり政府直属の電子工学の研究員に?」

「レポート作成のために大学に行ったのですが、ふと突然、何かが降りてきたと言いますか、非常にいい出来の論文が書けまして。それが大学内のすべての教授の目に止まったみたいなんです」

「当時開発中だった医療用ナノマシンの欠点と改良点を書き連ねたレポートですよね」

「そうです。それが僕の人生の分岐点でした」

「今では多くの医療用ナノマシンを開発し、日本のみならず世界中の人々を救ってる救世主として崇められていらっしゃいますが、今のお気持ちは?」

「ありがたいですね。僕が崇められているということではなくて、僕の作ったナノマシンで多くの人々が救われているという事実が」

「今やノーベル賞候補の“たまご”とも噂されてますが?」

「ははは、僕はノーベル賞よりも多くの人々を救いたいと思っています」



 笑いながらも元学生は思う。

 あの「たまご」はもしかしたら秘めた才能を開花させるための装置だったのではないかと。

 才能がありながらも埋もれている人物を見つけ出すための政府の施策だったのではないかと。


 殻となった「たまご」はそのまま消失してしまったため、今となってはわからない。

 しかし元学生はそう確信していた。




 そして。



 彼が発明したことで得られた莫大な利益は、日本政府を通じて謎の研究機関に届けられていた。

 その謎の組織は、現代科学では決して作ることのできない技術を持ち、世界を裏で操っているとされている。

お読みいただきありがとうございました。

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