除霊
今、S氏の周りには除霊専門業者が数人集まっている。
S氏の住む家には、幽霊が住み着いているということでお祓いに来てもらっているのだ。
「むむむ、確かにこの家には霊気が感じられますね」
除霊専門業者の一人、袈裟を着たお坊さんが両手を合わせながらそうつぶやいた。
「ああ、やっぱり。もう、夜な夜なうるさくて眠れないんです。昼間はそうではないんですが……」
S氏はほとほと困り果てていた。
どうにかして除霊してもらわないと、おちおち眠ることもできない。
「どうしましょう。やっぱり除霊しましょうかね」
どうしましょうもなにも、除霊してもらわなければ意味がない。
S氏はコクコクとうなずいた。
「ぜひお願いします」
「わかりました」
お坊さんは、懐からお札や数珠を取り出すと、一心不乱に念仏を唱え出した。
家中にお経の声が響き渡る。
「おお、これは本格的だ!」
S氏は喜んだ。
これなら、きっと霊もいなくなるはずである。
ところが、念仏を唱えているお坊さんの顔が徐々に険しくなっていった。
「むむむ……おかしい」
「なにがおかしいんですか?」
「まったく霊気が弱まる気配がない……。これは、かなり強力な霊のようだ」
「そ、そんな……」
S氏は愕然とした。
除霊専門業者でさえ、除霊できないとなると、かなりヤバい霊のようである。
「むう、どうやら拙僧には無理なようだ」
そう言って念仏をあきらめたお坊さんにS氏は慌てふためく。
「ど、どうすればいいんですか!?」
そんなS氏を安心させるかのように、別の業者が前に出た。スーツを着たサラリーマン風の男。彼も、この手のベテラン霊能力者である。
「塩をまいてみましょう。それで、私の気を送り込んでみます。大抵の霊はこれでいなくなります」
塩をまいて気を送り込む。
聞くだけで念仏よりも強力そうだ。
S氏は期待した。
さっそくベテラン霊能力者は家中に塩をまいた。
家中が塩で清められると、両手をかざしながら「むん」と気を送る。
「おお!」
S氏の顔が輝く。
これなら期待できそうだ。
「むむむむ……」
しかし数分後、気を送り込んでいた彼は肩で息をしながら言った。
「はあ、はあ、ダメだ。私の力をもってしても、無理なようだ。よほどこの家に未練があるのだろうか」
「そ、そんな……。僕の家なのに……。困ります。ちゃんと除霊してください!」
S氏はなんとしても除霊してもらいたかった。
このままでは夜も眠れず不眠症に陥ってしまう。
「お願いします、なんでもしますから!」
最後に科学者風の男が前に出た。
手には、怪しげな金属棒を持っている。
「ワシがなんとかしてみよう。この金属棒は霊を強制的に成仏させる特別な棒じゃ。ほとんどは悪霊に使うものじゃが、こうなっては致し方ない」
S氏は喜んだ。
強制的に成仏させられる棒なら、どんなにこの家に執着していようが成仏してくれるはずである。
「それなら、なんとかなりそうですね!」
「ただ、この棒はかなりの荒療治じゃからの。あまりおすすめできないんじゃが……」
バチバチと火花を飛び散らせる金属棒。
どうやら、霊に直接電気ショックを与える棒のようである。
かなり怖い道具ではあるが、試してみる価値はあった。
「この際、どんな手を使っても構いません。除霊してください!」
「あいわかった」
S氏の言葉に、科学者風の男は金属棒の出力を最大にした。
とたんに金属棒が金色に輝き、ものすごい数の火花が飛び散る。
「おお、これはすごい!」
S氏はのけ反るほど喜んだ。
これなら、どんなに強力な霊だろうとイチコロだろう。
少し可哀想な気もするが、これも安眠のためである。
「それじゃ、さっそくやってください」
S氏がそう言うと、科学者風の男はこくりと頷き──
金属の棒をS氏に突き付けた。
「え……?」
とたんに、S氏の身体はバチバチッと青い光を発しながら蒸発して消えていった。
あとに残ったのは除霊業者の3人だけである。
科学者風の男は金属棒のスイッチを切りつぶやいた。
「ふう。強制成仏、終了。ようやくいなくなったわい」
その言葉を受けて、この家の本当の住人が恐縮しながらやってきた。
「ああ、ありがとうございました。本当に助かりました」
「本当に強い霊気の持ち主じゃったな。自分が霊であることすら気づいておらんかったからの」
「もう、夜な夜なうるさかったんですよ。『ここは僕の家だ。出てけー』って。こっちも反発して『今はオレの家だー。出ていくのはそっちだー』って言い争いになってて……」
「霊の彼も、人間のあなたが夜な夜なうるさいと言ってましたよ」
お坊さんがそう言うと、ベテラン霊能力者も頷いた。
「僕の家なのに、ってね」
「まったく、自覚症状がないというのは恐ろしいのう」
こうして、この家の除霊は完了した。
S氏のいなくなったこの家の住人は、二度と霊に悩まされることはなくなったという。
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