侵略のセントラルキッチン 2-1
ハンバーガーはシンプルな料理だけれど、それゆえに無限の可能性を持っている。
パンはどんなパンにする? 挟むバーガーパティは? 野菜は? ソースはどうする?
そんな無限の選択肢の中から、僕ら料理人は独自のおいしさを選び抜かなければならない。
僕がジェビィ氏に頼まれて作ったバーガーは、もっちりした白いパンに、肉汁滴る粗いパティとフレッシュなレタス、トマトを挟み込んだものだ。味付けはパティに強めに混ぜ込んだ調味料で、ソースはなし。
白いパンは、軽く焼くことでかりっとした食感と香ばしさを演出。パティは肉の歯ごたえを残しつつも柔らかく仕上げ、ともすれば重たく感じるパンとパティの組み合わせを、トマトの鮮烈なうまみとレタスのさわやかさが調和させてくれる。
間違いなく、おいしいと言い切れるものだった。
対して、ノックアウトバーガーはというと、
「……マスター、これ、薄くない?」
プリムは不満そうにノックアウトバーガーをかじる。大きさはそれなりだ。けれど、横から見るとパンもパティも全体的に薄い。
白いパンは柔らかい。黒パンなんて話にならない。しかし、弾力の点でジェビィ氏のものに比べると劣る。もっちり感がまるでない。
パティも薄く、これまた柔らかい――どうやったのかは知らないけれど、肉をミンチにしている。肉をミンチにする肉挽き器は、この世界ではまだ発明されていないのに。
だから、僕は手ずから包丁で肉を刻んでいた。包丁で刻むことで、肉本来の歯ごたえのある部分が残って、おいしさに一役買っていたのだけれど、レイチェル・タイムはどうやらわざわざ肉挽き器を開発したらしい。
「たぶん、牛肉一〇〇パーセントのパティだね。しっかりと赤身の味、肉のコクを感じる一方で、肉汁は全然足りていない。これは――パンにあわせてるのかな」
「パンに?」
「うん。ハンバーガーのおいしさは、中に挟むもので決まる――と思われがちなんだけれど、実際はそうじゃない。むしろ逆なんだ」
薄いパンに分厚いハンバーグを挟むと、パンを邪魔に感じることがある。おいしいハンバーグなのに、それを挟むぼそぼそした薄いパンのせいで、ハンバーグの味を楽しむことができなくなることが。
「パンはハンバーグを手でつかんで食べるためにあるんじゃない。パンとハンバーグは……そう、いわば夫婦みたいなものなんだ。パンがしっかりとパティを受け止めて、パティもまたパンを受け止めなければならない」
「……それって、マスターとあたしが支えあっているような感じ?」
「うん? まあそんな感じかな」
「つまり……あたしたちはすでにもう……いわば……!」
いきなりプリムが小さくガッツポーズをし始めた。なんだこいつ。僕は彼女の奇行に若干ビビりつつ、
「ま、まあ、ともかく……パンも、パティに負けないくらいのものを用意しないと、この調和は成り立たないんだ」
「へぇー。あれ、でもそれってすごくむずかしくない?」
うん、と僕はうなずいた。
そう。肉であるパティはどうしてもインパクトの中心を担う――ならば、それと張り合えるパンは、味も大きさも歯ごたえも風味も、すべてが完璧なものでなければならない。
けれど、そういった職人技が生み出すパンは、もちろん自分で作ることも、作れる職人を探すことも、むずかしい。
「だから、レイチェル・タイムは安くするために、そして大量生産できるように、パティそのものを薄くして、それと調和するパンのランクも生産しやすいレベルまで下げたんだと思う」
プリムは怪訝な顔で、
「ランクを下げた……って、まずくしたってこと? わざわざ? なんで?」
「言っただろ、プリム。安くて大量生産できること。これが、彼女の商売のキモなんだ。おいしさよりも、安さと早さ。調和のとれたバーガーなら、すごくおいしいとまではいかずとも、普通においしいものにはなるからね」
薄いパンに薄いパティ。野菜はなくて、味付けのケチャップソースが野菜といえば野菜かもしれない。
格別においしいというわけでも、食えないほどまずいというわけでもない。もっと味のいい料理屋はたくさんある。
サニーさんのセリフは、まさにその通りだ。
なのに、どうして彼女の店は強いのか。
「プリム。テイクアウトしてもらったとき、ノックアウトバーガーは混雑していたかい?」
「お客さんだらけだった」
「じゃあ、買うのに時間がかかったんじゃないかい?」
「……いや。不自然なくらい、早かった。注文してから焼いてたのに、一分もかかってなかった。それに――」
と、プリムは手元のハンバーガーを見つめて、言った。
「――これひとつで、たったの白銅貨一枚だなんて、安すぎる」
白銅貨は、おそらく帝都で一番流通している貨幣だろう。
帝都の通貨の最小単位は銅貨だ。銅貨が十枚で白銅貨に、白銅貨が十枚で銀貨に、銀貨が十枚で金貨になる。もちろん、一〇〇パーセント本物の銀や金で製造されているわけではないけれど。
この世界の十進法の通貨単位は日本のそれに近い――と僕は思っている。白銅貨の手触り感なんて、それこそ百円玉そっくりだ。その価値も、百円玉と近しいだろう。
「安くて早い。これが、ノックアウトバーガーの武器だ。薄いパティは大量に作り置きして、魔冷箱で保管。注文が来てから焼き上げる――ああ、そうか。ここでも薄さが生きるのか。すぐに焼きあがるんだ――あとはケチャップを塗ってバンズで挟めば出来上がり」
「……マスター、この料理に勝つには、マスターも安くて早いハンバーガーを作らないといけないってこと?」
「……いいや」
首を横に振って、否定する。
同じことをしても、レイチェル・タイムには勝てない。
カフェ・カリムは僕の城だけれど、ノックアウトバーガーは彼女の城ではない。
彼女はセントラルキッチンと言った――つまり、すでに彼女は食品工場を作り終えているのだ。彼女自身が持つ領地にある大量生産ライン。
そここそが彼女の城であり、帝都にみっつあるノックアウトバーガーは尖兵に過ぎない。
「それに、僕は料理人だよ、プリム。ビジネスマンじゃない――安くするために味を落とすことはできない」
「じゃあ、どうやって勝つの?」
「それは――」
と、続けようとした言葉は、ひとりの男性によってさえぎられた。
「――決まってるじゃねえか。これが戦争だぜ。ときにはルールさえ破って、勝てるように策をめぐらせるのさ」
「……テックさん! また飲みに来たの? まだ昼過ぎよ?」
「ちげえよ! 仕事だ仕事!」
カフェ・カリムの入り口に現れた男は、昨日、深夜まで騒いでいた酔っ払いだ。今は酔っていないけれど。
今朝、食肉ギルドで食材を仕入れがてら、ある依頼をしておいた。
「テックさん。早かったですね。――どうなりました?」
おうよ、とひげ面が笑う。
「食肉ギルドの意見はまとまったぜ。ノックアウトバーガーは危険で、あいつらがギルドのやり方を無視するってんなら、あいつらに対して食肉ギルドのルールを守る理由もねえってこった」
「じゃあ、いけるんですね?」
「ああ。今回、この件に限って、食肉ギルドはカフェ・カリムに全面的に協力する。好きなだけ肉を使えよ、マスター」
「ありがとうございます!」
立ち上がって、頭を下げる。
そんな僕の肩をばしばしたたいて、テックさんは、よせやい、と苦笑した。
「頭を上げな、マスター。俺たちゃ仲間だ。そうだろ? 同じ商人円街の仲間で、この街を守る同志だ。貴族サマに平民の意地ってやつを見せてやろうぜ」
「テックさん……!」
「おいおい、感動するのは早いぜ? なんせ――同志は食肉ギルドだけじゃねえんだから」
言われて、気づいた。
店の入り口に、三人の男女が立っている。
「野菜ギルドも、カリム君に協力することを決めました」
「トーアさん!」
「私も同志と呼ばせていただきますよ、カリム君」
陰鬱そうに笑う、ひょろ長い男性。
「酒造ギルドもね。ダンナに許可とってきたから。まあ、ハンバーガー勝負で酒が役立つかどうかはわかんないけど」
「コロンさん!」
「あたしにできることならなんでも言ってね、我が同志カリムちゃん」
見た目はプリムより幼い、三児の母。
「わしもギルドマスターに提言し、この件に関しては全権を移譲されたからのう。パン職人ギルドもまた、同志カリムに協力するぞ」
「クソジジイ!」
「ちょっと待って同志」
ジェビィさんまでいるなんて。
こんなに心強い仲間たちがいれば、セントラルキッチンがなんだというのだ。
「一緒にがんばりましょう!」
「おう!」
「ええ、やってやりましょう」
「目にもの見せてやるんだから!」
「あの、さっきクソジジイって言わなかった……? なんかスルーされている気がするんじゃが……」
捨てられた子犬みたいな顔でジイさんがなんか言っている。スルーした。
――と、ちょんちょん、と袖を引かれた。プリムが軽くほほを膨らませながら、上目づかいで僕を見つめている。
「ど、どうしたの?」
「マスター。あたしも、同志よね?」
「え? うん。そう思っているけど」
「何番目の?」
……うん? なにが?
プリムはぷくーっと膨れた。フグみたいだ。
「何番目の仲間かって聞いてるのっ」
「……いや、何番目、って……」
にやにやしながらこっちを見ている顔役四人が、なぜか無性に腹立たしい。
しかし、何番目――というなら。
「一番、かな」
「……マスター……!」
嬉しそうに、プリムが抱き着いてきた。胸にこう、丸くて大きくて柔らかいものが押し付けられて、むにゅんと――うぇえ!? なんで抱き着いてきたの!?
「おい、見ろよ。あの鈍感マスターが珍しく正解を引いたぞ」
「歴史的快挙ですね」
「子育ての方法とか教えたほうがいいのかしら」
「いやいや、待つのじゃ諸兄。あのマリウス・カリムのことじゃから、ここからひっくり返してくるぞい」
僕があわあわしていると、ぎゅうっと抱き着くプリムが、
「ねえねえ、ちなみにどういうところが一番っ? あたしのどこが一番なのっ?」
と聞いてきたので、僕はやっぱりあわあわしながら、
「え、だってほかの四人より先に店にいたし。そういう順番じゃないの?」
そう言った瞬間、背骨がみしっと鳴った。
「……あの、プリム? プリムさん? ちょっと力が強いような気がするんだけれど――」
「…………」
「ね、ねえ、あの、これいわゆる鯖折り――あああああ痛い痛い痛いイタいってプリムちょっとイタタタタタタ」
僕の胸に顔をうずめるプリムの表情は見えないけれど、怒気がオーラになって目に見えるような気がするくらい、怒っていることはよくわかった――というかスゲェ痛い。
半ば気を失いつつ、助けを求めて顔役四人のほうを向くも、彼らはこぞってやれやれ顔で苦笑している。なんだあんたら。仲間なら助けてよ。
「ほらのう? わしの言った通りじゃ」
あと、よくわかんないけどジェビィ氏は許さん。