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異世界ダイナー 異世界に赤と黄色のハンバーガーチェーンが出店してきて僕の店がヤバい  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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完全無欠のパーフェクトフード 2-6


 その後、どうやって戻ったのかは覚えていないけれど、気づくと僕は屋台で『名無し』のバンズを鉄板に並べて焼いていた。

 衝撃だった。

 ジーンが僕とプリムの仲を引き裂こうとしている……なんて。ジーンはプリムとも仲がいいし、僕との仲も決して悪いわけではない。なのに、だ。

「……あの、シェフ?」

「――うん?」

 ダフネが次のバンズを用意しつつ、こちらを見ている。

「心ここにあらずといった様子ですが、大丈夫ですか?」

「……ああ、うん。大丈夫――だと思う」

「調子が悪いようですけど、会いたかった人……お母さんには会えたんですよね? 明日以降の参加はどうしますか? やめますか?」

「……いや。五日目まで続けるよ。そういう契約の仕事だし、それに――」

 シルヴィアが、最後に教えてくれたのだ。ジーンもこの立食晩餐会に来ていると。五日目までずっといる――と。

 妹は僕とプリムを結ばせまいとしている。それはもう、どうしようもない事実なのだとして、その理由がわからない。動機がわからない。母、シルヴィア・アントワーヌならば、きっとわかっているだろう。聞けばよかった……とふと思ったけれど、それはきっと違うんだと首を振る。

 通すべき筋が、間違っている。

 母の言うとおりだ。僕は母に直接会って、話をしようと思っていた――だけど、真実を知った今、僕が話すべきはシルヴィアではない。ジーン・アントワーヌそのひとなのである。直接会って、聞くべきだろう――動機を。

「――まだやるべきことがあるからね」

「わかりました。では最終日までお手伝いします」

 ダフネは焼きあがったバンズにリンゴを挟み、紙で包む。落ち着いた所作と冷静な表情。少し気になって、僕はこんなことを聞いた。

「ねえ、ダフネさんはきょうだいいる?」

「います。――兄がいました。いまは祖母と二人暮らしですが」

「……ええと、そっか」

 聞かないほうがよさそうだ、と思ったけれど、彼女は茶色みがかった大きな瞳で僕をじっと見つめた。

「兄は冒険者になって、いずこかへと消えました。大物になるのだと、夢を追って――その後の沙汰は知れません。大願通り、大成して私とおばあちゃんのことなど忘れてしまったのか……あるいは、どこかで野垂れ死んでしまったのか」

 次のバンズの並んだトレイを差し出され、僕はハッとし手元のバンズを鉄板から皿に移した。また、リンゴを挟んで、紙に包む。いまはお客さんはいないけれど、それはホールでダンスが行われているからだ。それが終われば、また人々が戻ってくる――作ってしばらくは温かいので、今のうちにある程度作り置きしておくつもりだった。

「……僕も、そうだよ」

 これは単なる独白だ。意味がない。ダフネにも、僕にも。だけど、回りだした口はそう簡単に止まってくれない。

「僕もなんだ。家を飛び出して、冒険者になって……自分ならできるって思ってたんだ。根拠もないのにね。最初は薬草集めたり、荷運びしたりしてさ。でも、魔獣の討伐で足を怪我してさ。傷は治っても――もう冒険者には戻れないなって、思った」

 剣を振る腕は残っていたけれど。

 剣を振る覚悟は残っていなかった。

 いや、そんなもの、そもそも最初からなかったのだ。僕に――ほかの生き物を殺める覚悟なんて、最初から。その後、僕は『カフェ・カリム』を始めて、プリムや街のみんなと出会って、ノックアウトバーガーと出会って……また、帝都の外へと旅に出た。

 世界と向き合うために。

 自分と向き合うために。

「こんなこと、本当は聞くべきことじゃないとは思うんだけどさ」

「なんですか」

 僕は鉄板の上にバンズを追加した。控えめな音が鳴り、卵液に火が通る。

「……出て行った兄のこと、どう思う?」

「もうおそらく戻ってくることはないので、どう思うもなにもないですが……」

 ドライでクールだ。

「ですが、少しだけ悔しいですね」

「……悔しい?」

 不思議な感想だ、と思った。寂しいとか、恨めしいとか、そういう感情があるのではないか――と思っていたから。

「兄は旅立つ前、私になにも言わず、書き置きだけ残して行ったのです。相談くらいしてほしかった――いえ、相談されれば、私もおばあちゃんも絶対に引き留めたし、冒険者になって一攫千金を狙うよりも真面目に働いてほしかったんですが」

 苦笑して、続ける。

「それでも――それを乗り越えてでも行くのであれば、私も踏ん切りがついたと思うんです。そうか、そこまで言うのなら仕方ないな、と。どこへでも行けばいい、と。でも――兄はそれをしなかった。向き合ってくれなかった。私たちに……家族に」

 だから、それが悔しいんです――と、ダフネは囁くように続けた。

「機会を逃した――逃されたのが、どうしようもなく、悔しいんです。いってらっしゃいを言えなかった。気を付けてね、も言えなかった。あの日の兄にもし会うことが出来たら、なにを言えたのか――そんなことを考えないと言えば、うそになります」

 だけど――とダフネは一言置く。鉄板で焼かれるバンズを見て、少女は言葉を紡ぐ。

「一度火が通ったたまごは、もう元には戻らないんです。スが入ったプリンは失敗で、作り直すことはできても、その失敗したプリンは食べてしまうか、捨ててしまうか……どちらかしか、ないじゃないですか。失敗したものを受け入れるか、受け入れないか。どうあがいても、失敗した過去を取り消してやり直すことはできないんです。どれだけ悔しくても」

「……そっか」

 向き合う――その困難さは、五年前に知った。知っている。……はずだった。そうか。僕はまた、その気になっていただけなのだ。わかったような気になっていただけなのだ。また自分を過信して――今度は自分のなにが悪いのかすらわからない。ジーンがどうして僕にこうした攻撃を行ったのかもわからない。ジーンに向き合ってこなかったから。向き合ってこなかったことすら、理解していなかったから。

「……でも、兄は――死んだと決まったわけではありません」

 はっとする。ダフネの声に引き戻され、僕は鉄板の上のバンズをひっくりかえした。バターで焼かれた卵液が、ところどころきつね色に染まっている。

「もしも、兄が帰ってきたときは――そのときは、後悔しないようにします」

「……後悔しないように、って?」

「失敗したプリンは、元には戻せないですけど。でも、新しいプリンに挑戦できないわけじゃないですから。また卵液を作って、前はなにが悪かったのかを考えて。そうやって、新しく作ればいいのかな、って」

 ダフネはちらりとこちらを見た。

「ですから、その……私にはお貴族様のこととか、政略がどうとか、わからないですけど、がんばってください」

「……うん。ありがとう。がんばるよ」

 僕よりも十歳も年下の少女は、けれど、僕よりもずっと大人だと思った。いや、僕が子供なんだろう。

 と、そのとき、ホールから聞こえていた音楽が止んだ。わっと歓声と拍手が響く。曲が終わったのだろう。ややあって、人々が扉から流れ出してきた。従者や従業員だけじゃない、貴族の子息、子女に豪奢なドレスを着た大人たちまでさまざまに。

 そこからはてんやわんやだった。作り置いた在庫はあっという間になくなり、余裕をもって用意しておいた材料まですべてなくなってしまうのではないか、というくらい『名無し』は注文され続けた。余裕があったらハーマンの屋台を見に行こう、とか思っていたのが愚かだった。――波がさって、ようやく一息ついたところで、「あの」と声をかけられた。

 小さな男の子だ。十歳くらいの。身なりから、かなりいいところの坊ちゃんなのだとわかる。どこか、家格のある家の子息だろう。

「ふたつ、ください」

 大人しそうな子だ。線の細い、少しなよっとした子。

 手早く用意して渡すと、彼は一礼して、両手にひとつずつ紙の包みを持って駆けていく。平民の屋台にも敬意を払える、礼儀正しい子だ。なんとはなしに目で追うと、庭園のベンチに腰掛ける女性のもとへたどり着き、ひとつを差し出した。遠くて声は聞こえないけれど、赤面した少年がなにかを言って、女性は笑って言葉を返し、『名無し』を受け取った。

 それから女性はこちらの屋台を見て、そこにいる僕を見た。

 ――付け髭をしていても、わかる人にはわかるのだ。

 だから、彼女には僕がマリウス・カリムであると――マリウス・アントワーヌであると――すぐわかった。わかったのだと、感じた。不思議なことに、離れていてもその視線が兄に向けたものだと理解できる。

 彼女は遠くから僕の顔をじっと見つめた。僕も負けじと見つめ返す。

 ジーン・アントワーヌは笑いもせず、付け髭の張り付いた僕の顔を数秒間見つめていた。

 それから、ふと視線を外して、ベンチから立ち上がり、少年の手を引いてホールへと向かった。

 ……ホールの中で行われている行事の大半は、僕らには見えなかった。メインイベントである誕生日の祝辞も婚約者発表も見逃してしまっていた。だから――と言いたくなるのは、言い訳だからだろう。

 少年がこの晩餐会を主催する理由になった貴族の嫡男であり、ジーンがその婚約者であると知ったのは、翌日だった。


 サニー・ジョンソン・ジョン曰く――「十三歳差なんて、貴族の結婚ではありふれた話である」とのことだった。つまり、ジーンとあの少年がいずれ――おそらく五年後くらいに――結婚することは、貴族にとっては珍しくもない出来事なのだと。僕も少しは貴族生活を送った身、理解できないことはない。

 昼営業のパティを一緒に仕込みながら、プリムは悲しそうに俯いた。こんな時でも――どんな時でも。僕らの身体は、手に馴染んだ仕事というやつを馬鹿みたいに繰り返す。

「でも、首謀者がジーンちゃんだった、なんて……。あたしのせい、なのかな」

「……プリムのせいじゃないよ」

 僕のせいだ。たぶん――いや、間違いなく。

「僕が――ジーンに向き合ってこなかったから」

 向き合ってこなかったから、ジーンがこんなことをする理由もわからない。

「……ホント、ダメな兄貴だよ、僕は」

 以前、プリムとした――ハーマンがプリムの兄貴分だった、という話を思い出す。喧嘩したり、頼ったり、頼られたり。そうやって育まれた関係の中で、二人は互いに会うことなく、しかしライバルのように意地を張りあって、成長してきたのだと。

 僕とジーンの間にはなかったものだ。――僕には、なかったものだ。

「……そう、かもね。うん」

 プリムは微笑んで言った。

「たしかにダメな兄貴かも。あたしにはわかんないけどさ。……うん、そう。あたしにはわかんない。だって、ジーンちゃんのことだもん。ジーンちゃんがなにを考えているか、とかさ。ジーンちゃんにこれからなにをするか、とかさ――あたしにはわかんないんだ。でもね、マリウス」

 ジーンはパティを成形する手を止めて、まっすぐに僕を見た。

「きっと、だれにもわからない……んだと、思う。それこそ、ジーンちゃんにも」

「……ジーン自身も?」

 うん、と頷き、プリムは続ける。

「あたしさ。マリウスのこと、すきだけど……マリウスのすべては、わからない。それに、マリウスもあたしのすべては、きっとわかってない」

 さくり、と心に透明な刃が刺し込まれた――そんな気がした。

「あたしとマリウスは、どこまで行っても――別のひとだから。一緒にいて、一緒に住んで、一緒に料理を作って、一緒に料理を食べて……でも、別のひとだから」

 でも――だからこそ。

「あたしはマリウスのことをわかりたいと思う。わかっていきたいと思う。それと同じくらい、マリウスにはあたしのことをわかってほしいと思うし、わかっていってほしいと思う。家族だと思っているから――ううん。ちゃんと、家族になりたいって思っているから」

 心に刺さった透明な刃は、僕たち人間がどうあがいても分かり合えない別の生き物だという事実で――けれど、そこから流れ込んでくるものは、温かい言葉だ。

「あたし思うんだけどさ。その、なんて言ったらわかんないけど――ジーンちゃんにはマリウスしかいないんじゃないかな。いずれ、ジーンちゃんにも自分のすべてを理解してほしいひとが現れるんだと思う。ジーンちゃんのすべてを理解したい、っていうひとが。でも、いまはいない――だから、ね」

「……僕だけが?」

「そう、マリウスだけが。ジーンちゃんの、どうしようもなくわからない、その心のほんの一部に……だけど、とっても柔らかくて、弱くて、温かいところに触れられる」

 プリムは照れたように笑い――「あはは、ガラじゃないね。こういうこと言うのはさ」と言って、またパティを成形するべく手を動かし始めた。その手に、僕の手をそっと重ねる。

「……これじゃ、動かせないじゃん」

「うん。でも、ちょっとだけ」

「……わかった。パティの鮮度落ちちゃうし、ホントにちょっとだけだからね」

 プリムのことはわからないけれど、それが照れ隠しだっていうのは、僕にも分かった。


 立食晩餐会は今日を含めて残り四日もあるのだ。なんとしてでもジーンと会話しなければ。

 ――なんて勢い込んだものの、二日目は空振りに終わった。会いに行こうとホールや庭園をうろついても、遠目で見かけた瞬間にさっと逃げられる。――ほかの貴族との談笑で。下手に横入りなんかしたら、その時点で無礼だと断罪されてしまうだろう。兄のマリウスだと告げても、今度は「招待していないのにわざわざ変装してやってきたのか」と質されることだろう。追い出されでもしたら、それこそ本末転倒だ。

「避けられているのですね」

 にこやかな笑顔でさわやかに言いやがるハーマンからカツサンドを二包み受け取る。貴族の屋敷からの帰り道だ。片手で屋台を牽きつつ、ひとつをダフネに渡して、僕は自分のカツサンドにかぶりつく。屋敷を出る前に、仕込みを全部使い切るために作ったもののひとつらしい。冷めているけれど、さくっと焼かれたパンとカリカリの衣、肉を歯でがぶりと噛み切る心地よい食感が、時間の経過を補って余りあるうまさだ。冷めたことによってソースが衣とパンに染み込み、味を強く感じるので、それもまた疲れた身体に効いてくる。一杯やりたい気分だ。……負け酒は癖になるっていうから、やめたほうがいいんだろうけど。

「……そうだよね。いや、でも、仕掛けてきたのはジーンのほうだよ?」

 カツサンドの袋を開きつつ、ダフネが「かまってくれないから拗ねているんですよ、きっと」と言った。そんな理由で政略結婚を決められてたまるか。

「ていうか、かまってほしかったのなら、なおさら僕を避ける理由がわからないじゃん。僕は全力でかまいに行こうとしているのに」

 ダフネが半目で「今日は三時間ひとり屋台でした。この調子なら明日は四時間ひとりですね」とぼやく。本当にごめん。でも許してくれ。

「でも、避けるのはわかる気がします。昔の話ですけど、兄が外に遊びに行くようになって、私は兄のおもちゃを――木を削って作った玉だったんですけど、床の下に隠したんです。でもいざ兄が私に向かってくると、私は兄を避けました。ようするに私は拗ねていたんです。……子供でしたね」

 ハーマンはダフネを見て、うんうんと頷いてから僕を見た。

「どっちが大人かわからねぇナ!」

「ぐぅの音も出ない」

「シェフやハーマンさんのほうがよっぽど大人ですよ。私なんてまだまだです。――こうやって目上を立てるのも処世術です」

「「大人だ……!」」

 ダフネは「ふふん」と三白眼を少し得意げに細めた。表情と態度がクールなだけで、決して冗談が嫌いなわけではないのだ。

「だけど、案外ダフネさんの言うとおりかもしれませんよ。ジーンさんは拗ねているのかも。よくよく考えてみたら、彼女はいつでもあなたをあの晩餐会から排除できるわけですし――『あの屋台をやってる変な髭の男は、招待されていない自分の兄です』って言えばいいだけなんですから。それをしないってことは、ジーンさんのほうも、あなたと話したいんじゃないでしょうか――だけど、ほら」

 ハーマンは屋台を牽く手を片方、僕に向けた。

「あなただって、立ち向かうものがなにかわからなくて、二の足を踏んで、プリムに背中を押されて――そうやって、前に進んだんでしょう?」

 勇気が必要なんですよ、とハーマンは言葉を続けた。

「立ち向かう勇気や、一歩踏み出す希望が。でもジーンさんはなかなか立ち向かう覚悟が決まらない……のかも。あなたにとってこれが初めての兄妹げんかであるように、ジーンさんにとってもまた初めての兄妹げんかなわけでしょう? 戸惑ってるんじゃないですか。自分自身もわからなくて」

 自分自身がわからない――それは、プリムも言っていた言葉だ。僕自身も、僕という愚か者を理解したことなんて、一度もない――きっとこれからもわからないまま、生きていく。自分のことは、自分が一番わからない。だって――自分なんだから。他人とは違う。他人は客観的に見ることが出来ても、自分はどこまでいっても自分だ。

 僕は自分自身の客にはなれない。僕は自分自身の主にしかなれない。

「私は少しわかる……ような気がします。ジーンさんの気持ち……というか、気分というか。そういうふわっとしたもの、なんですけど」

 少女は言う。

「勉強させていただいているシェフには申し訳ないですが、私は正直、ジーンさんの味方をしたいって気持ちが、少しあります。直接お話したこともないんですけど」

 ちらりと見られる。僕は黙ってカツサンドを噛んだ。ざくり、ざくり。衣の音が心地よく――耳に刺さる。

「なにも言わずに消えられたら、悔しいです。でも、じゃあどうしたらいいのか、なんてわからなくて。そういうときこそ、気持ちをぶつけたいのに、ぶつける相手がいないのは……もやもやがずっと、残るんです」

 ダフネさんはカツサンドの包みを持った手を自分の胸に当てた。

「ここに、残るんです。解消したくてもできないもやもやが」

「……そっか」

 僕は夜空を見上げた。満天の星空――帝都の空は今日も透き通るような黒。光術符の街灯がなければ、もっときれいに見えたかも。

「……ダフネさん。ひとつ、お願いがあるんだけど」

「いいですよ」

「まだなにも言ってない」

「ええ。――いいですよ。いざというとき、私はジーンさんの味方になります」

 ハーマンがそこで声を上げて笑った。きれいに矯正された笑い声ではなく、彼本来の――ケタケタというバカ笑い。

「ダフネさん、アンタ、やっぱ大人だナ! そんでもってカリム、アンタはバカだ!」

「知ってるよ」

 ダフネは僕なんかよりもずっと大人だし、僕はどうしようもないバカだ。事実を再確認するな。ちょっと悲しくなるから。

「そうムスっとするなヨ。なあ、マリウス・カリム――それなら、オレッチはいざというとき、アンタの味方をするゼ。ヨーホーヨーホー、昨日の敵は今日の友……ってナ」

「……なんでそうなるの。いや、ありがたいはありがたいんだけどさ。勝手にそんなこと決めて、レイチェルに怒られても知らないぞ」

「この屋台はオレッチが任された屋台だ。オレッチの判断で好き勝手やっちゃっていいのサ」

「それでいいのか……?」

「いいに決まってるサ――社長だって、オレッチを気にかけるよう、勝手に頼んだんだろ?」

「……知ってたの?」

「いんや。でもわかる。社長はそういうおひとだってナ。要するに、アンタと同じく――バカなのサ!」

 ハーマンはさわやかに――ではなく、にやりと笑った。

「そんでもって、オレッチもバカだからヨ。アンタの味方をする理由は、それくらいか……ああいや、もうひとつあったナ」

「もうひとつ?」

「兄貴分だからな。妹分にゃあ、幸せになってほしいもんだゼ」

 ……。まったく、この男は。

「ハーマン、キミはやっぱり大人だと思うよ」

「ハッハー! 褒めてもカツサンドのおかわりくらいしかでねぇゼ」

「けっこう上等なものが出てくるね」

 ダフネがすっと手を上げた。

「では、私も二つ追加で頂けませんか? 師匠とおばあちゃんにお土産にしたいのです」

 本当にいい子だな……!

 その後、ハーマンが別の道へ消えていく。僕はお土産に包みをひとつ、ダフネはふたつ持っていた。作ったのは屋敷を出る前だから、当然冷めているけれど――手に持つとなんだか温かい気がした。



書籍第一巻発売中です!

電子書籍もありますのでおうちでの読書にどうぞ。

たくさん売れると続きが書けます。

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