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異世界ダイナー 異世界に赤と黄色のハンバーガーチェーンが出店してきて僕の店がヤバい  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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完全無欠のパーフェクトフード 2-2


 ダフネが食べ終わり店を出たあとも、レイチェルは残ってエールを呑んでいた。特に話すこともなく、お客さんがひとり、またひとりと帰って行って、ついにはレイチェルだけが店内に残った。時刻は十時前。もうすぐ閉店だ。

「……あ、そうだ」

 と、片付け中のプリムが、ミンサーを見ながらなにかを思いついた。

「レイチェル・タイムさん。アンタの会社の調理器具、スゲーいいよ。使いやすいし、丈夫だし、なによりあたしみたいな平民でも手が出る金額で……助かってる。ありがとう」

 レイチェルは目を丸くした。傭兵女王の驚きの表情とは、珍しいものが見れた。

「まあ。こちらこそ、御愛用ありがとうございますわ」

「えと、それだけ」

 プリムはぺこりと頭を下げて、看板をひっくりかえしに行った。僕もキッチンをきれいにしながら、

「――僕も。正直助かってるよ、使いやすいし便利だし」

 ここだけは素直に言った。すると、レイチェルは気味が悪そうな顔をした。なんだその顔は。

「なにを企んでますの……!?」

「素直に言ったらコレだもんな。やれやれ、アンタは僕がいつもなにかを企んでいるみたいに思っているかもしれないけれど、そうやって人を疑ってかかるのはよくないと思うぞ?」

「どの口が言いますの、どの口が」

 まあ、とレイチェルはエールで唇を湿らせた。

「実際、わたくしはいろいろと企んでおりますから、疑われても仕方ありませんけれど」

 にこりと笑う。僕もそれはなんとなく察していた。わざわざ店内にほかのお客さんがいなくなるまで待っていたのだから、なにかしら、周りに人がいてはできない話があるのだろう――と。

「言っとくけど、ナラム地域に関しては、僕は本当になにもできないぞ? ただの旅行者だったんだから」

「あら、ゾト様はそうは言っておりませんわよ?」

「じゃあなんて言ってるの」

「運命の人だとか」

 僕は手を瞼にかぶせるようにして天を仰いだ。室内なので天は見えないけど。

「……なにが悪かったんだ……?」

「環境、タイミング、それからあなた自身の言動……でしょうね。ナラム氏族にとって外様の料理人であるあなたの発想は、新しい風となった。それを見た、一族の尊い血を引く、大事に育てられてきた年若い女の子は、さてどんな風に思うでしょうね」

「どんな風って……」

「どんな風に思うんでしょうねぇえ、マリウス・カリムさん。ねぇえ」

 プリムさんがいつの間にかカウンターに座っている。目も据わっている。

「当然、あこがれますわよね。『この人は自分たちを変えてくれるかもしれない人だ』が、『この人こそが自分を変えてくれる人だ』に変わるまで、そう時間はかからなかったでしょうね。ゾト様からすれば、紳士的で優しい年上の男に見えていたことでしょうね。反吐が出るほど婦女子が好きなシチュエーションですの。あこがれが好意に変わるのは簡単ですもの、当然惚れられますわよね……それが若さゆえの錯覚だとしても。あ、そういえばゾト様、来ますわよ」

「あぇ?」

 ぬるりと言ったので、僕はレイチェルが一瞬なにを言っているのかわからなかった。

「え、ええ? あの、だれが来るって?」

「ナラム族長の娘、ナラム大精霊の血を引く巫女、ゾト・ナラム様が来ます」

「……どこに?」

 一縷の望みをかけて聞いたところ、レイチェルは哀れなものを見る目で僕を見た。そうですよね。ここ――帝都に、ですよね。

「まあわたくしが『そんなにあのヘタレに会いたいなら、いっそ帝都まで来たらどうですの?』って言ってみたからなんですけれど」

「僕はアンタのそういうところが本当に嫌いだ……!」

「いや、悪いとは思っていますのよ? まさか本当に来るとは思っておりませんでしたし、族長も反対するだろうからどうせ無理だろう、と高をくくっておりましたら、なんだかあっさり……。悪いと思っておりますから、こうしてあらかじめ情報を伝えに来たわけですの。別の大陸の特定地域を治める血筋の姫がお忍びで参られるわけですから、本当はあなたがたに言える情報じゃないんですけれど」

「……言ってよかったの?」

「伝えたら絶対面白い顔すると思って」

「おん……まェはァ……ッ」

 思わず汚い言葉が出そうになるけど我慢した。客前で言葉を荒げては失格である。

 しかし、ゾト様、来ちゃうのか……。レイチェルの見立て通り、ゾト・ナラムは僕に――自分で言うのもなんだけれど――惚れている。憧れを錯覚したものであったとしても、僕に対するアプローチが伴った行動派なのが厄介だ。厄介とか言っちゃ悪いんだけれど、故郷にプリムがいるから、と伝えても夜這いを強行するお姫様は厄介以外のなにものでもない。なんとかして逃げる方法はないものか。うまい断り文句があればいいのだけれど――あ、そうだ。

「そうだ、そうだ。スラックマンの言うとおり、僕の血を不用意に外に出しちゃいけないなら、ゾト様も僕とは結婚できないはずだよね。これ理由にしてしれっと断ろう……! ついでにシャルワ家との縁談もうまいこと対消滅させられないかな……それは無理か……」

「……あら? 血を外に出してはいけない、とは?」

「ああ、いや。勘当されたとはいえ、貴族の血はそう簡単に流出させられないんだと。だから、どんな政略があろうとなかろうと、そもそも僕に結婚の自由はないらしいよ」

 レイチェル・タイムは首をすくめて「バカバカしいですわね」と言った。僕もそう思う――バカバカしいルールだ。珍しく意見が一致した……と思ったら、違った。

「バカバカしい……そんなわけありませんの。まさかあなた、その嘘を信じているわけじゃありませんわよね?」

「……え?」

 ええ? 嘘なの?

 レイチェルは哀れで愚かなものを見る目で僕を見た。

「外に血を流出させてはいけないのなら、五年間も国外での放浪を見逃すわけないでしょう。頭、ちゃんと働いてますの?」

「いやでも、僕を見つけられなかったのかもしれないし」

 レイチェルは隣を見た。プリムだ。

「文通とかもしていませんでしたの?」

「……してた。あたしとマリウスで。不定期だけど……」

「アントワーヌ家はそれを知っていた?」

 プリムは小さく頷いた。

「えと、ジーンちゃんと一緒に読んだりしてたから……絶対知ってたと思う」

 ということは、だ。レイチェルはつまらなさそうに言葉を続ける。

「アントワーヌ家が本気を出せば、その手紙を強奪でもなんでもして、あなたの現在地を特定して見つけ出せたはずですの。人員も資金もあるわけですし」

 たしかにそうだ。でも、

「僕はそういう……その、そういう行為を一切行ってないから、血は外に流れてないよ?」

「あなたが楽しんだかどうかとか、ゾト様をもてあそんだかどうかとか、そういうのはどうでもいいですの。『その可能性をつぶさなかった』こと自体が主張と食い違う――という話ですわ」

「なるほど……いやもてあそんではないんだけど」

「ふゅーん」

「プリム、鳴き声が先鋭的過ぎて原型わかんなくなってるよ」

 しかし、レイチェルの意見はもっともだ。――もちろん女遊びは一切していないんだけれども! スラックマンが言うとおり、僕の血が安いものではないのだとしたら、見張りもなにもない国外放浪を許したのは違和感がある。

「でも、なんでそんな嘘を? その嘘にどんな意味があるんだろう」

「……マリウスを政略結婚させるため、じゃないの?」

「いや、それなら貴族の力でねじ伏せるだけでいい。どちらかというとその嘘は、僕を王国の有力者と結婚させるための方策じゃなくて、むしろ――僕を、プリムと結婚させないためのもの、に見える」

 一見イコールに見えて、ぜんぜん違う。『貴族の血』の嘘は、僕を縛り付ける理由としてはあまりに弱く、そして、彼らの目的にも即していない。ただ、僕とプリムを邪魔するためだけの嘘だ。――なんのために?

「なにか……裏がある?」

「当たり前でしょう。裏がないなら結婚なんてしませんわよ」

 レイチェルはさも当然といった風情でそう言って、残り少ないエールを一息に呷った。

「さて。夜も遅くなりましたし、わたくしはそろそろ帰りますけれど」

 立ち上がり、扉に向かいつつ、彼女は言った。

「……当社の製品をご愛顧いただいているお礼に、ひとつ。今の話を聞いたうえでの仮説ですけれど――わたくしは、そもそも政略結婚そのものが目的ではないのかも、と思いましたの」

「どういうこと?」

「さあ。それを判断する材料がありませんわ。でも、マリウス・カリム。――五年前、あなたの価値観はわたくしたちによって根底から覆され、そして、わたくしの価値観はあなたによって――あまりこういうことを面と向かって言いたくはありませんが――勇気をいただきました。わたくしもただの悪役ではなく、誰かにとっての勇者でいいんだ、と。人々の思いから逃げなくてもいいんだ、と」

 扉の方を向いているので、その表情は僕らには見えない。でも、僕に見てほしくない顔をしているんだろうな、と思う。僕らはそれくらいの距離感がちょうどいい。

「さて、この嘘――いったい、だれの価値観から飛び出た嘘なんでしょう。おそらく、その価値観はわたくしのものやあなたのものとも違う、その人独自のもの――そう思いますの。そのひとが、マリウス・カリムとプリムさんだけに向けた特別な価値観――興味深いですけれど、わたくしからはここまでといたしましょう」

 では、おやすみなさいませ。そう告げて、レイチェルは夜の街へと消えていった。

 彼女なりに、僕に対して思うところがあるからこそ、今日この店に来たのだと理解している――僕も彼女も、仲良くなんかないけれど。僕らの間には、敵対心とリスペクトが絡み合って存在している。僕らは互いに認められない部分があって、けれど互いに認めている部分もあって。厄介な関係性だと思う――だけど、いまはその複雑なつながりに感謝して、僕は思考を巡らせる。

 僕とプリムの仲を邪魔するためだけに、嘘をついたものがいる。

 直感だけど、スラックマンではない。彼にそう考えを告げたものがいて、彼はそれをそのまま僕に伝えたのだ。執事として、主の言葉を、そのままに。であれば、

「――シルヴィア・アントワーヌか。なにを考えている……?」

「マリウス、お母さんになんか悪いことしたんじゃないの?」

 プリムに半目で聞かれた。なにか悪いこと、か。思い当たる部分がないといえばうそになる。

「……冒険者になったり、料理人になったり、傭兵女王と料理勝負したり、五年間放浪したり……どれだ……?」

 プリムは目を細めて、優しい声色で言った。

「もしうまいことお母さんと関係が改善できたら、一緒に死ぬほど謝ろうね……?」

 とても嬉しい申し出だけれど、自分がどれほど甲斐性なしなのか再認識してしまって、普通に落ち込んだ。そういう機会があったら、まずはひとりできちんと謝ります……。


 さて、その日から一週間、僕は昼営業後にアントワーヌの屋敷へと通い、そして一週間連続で門前払いであった。

「今日もダメですか?」

「今日でなくてもダメです」

 衛士さんも一週間ずっと申し訳なさそうな雰囲気を出している。せめてもお詫びに、ハーマンの屋台のカツサンドを差し入れることにしていた。最初は断っていた彼も、一昨日から諦めて受け取ってくれるようになった。

「美味しいですよね、それ」

「ええ。……美味しいです」

 あとで頂きます、と衛士さんは袋を横に置いた。その彼の横にしゃがみこんで、僕はカツサンドにかぶりつく。うまい。ウスターソースの作り方、レイチェルに聞いたら教えてくれるかな。でも結構手間かかりそうだもんな。市販してくれたら一番楽なんだけど。ひとつ食べ終わって、僕は立ち上がった。今日も入れそうにない。

「……変なこと聞きますけど、僕がシルヴィア様に会うにはどうすればいいと思います?」

「え? いや、さあ……シルヴィア様に、ですか?」

 毎日そのために来ているのにも関わらず、彼は困惑した声を出した。無理もないか。僕が考えるべきことだもんな。衛士さんに聞くことじゃない。

「……そう、ですね……。私にはわかりません」

 そりゃそうだ。彼は命じられているだけなのだ。大人しくスラックマンからなにかあるか待つか――いや、それも怪しいだろう。シルヴィアはきっと、スラックマンへも命令を行っているはずだ。会えるとしたら、それこそ彼らが僕を迎えに来る約束の日くらいだろう。その日に勝負をかけるしかない、か。話し合って、説得して、どうにか僕とシャルワ家との縁談を取り下げてもらい、僕とプリムの結婚を認めてもらう。無謀すぎるけれど、それしかないだろう。

「ごめんね、変なこと聞いて。ここに来るのも、今日で最後に――」

「私にはっ」

 と、衛士さんは兜の奥の瞳を揺らがせながら、少し大きい声で言った。迷っているような目線が僕にぶつかる。

「わかりません。わからないのです。私は主からマリウス様を――お兄様をこの屋敷に入れるな、と命じられただけです。その理由もなにも、わからないのです。……私の主は、いいひとです。新参の衛士の私のことも、よく気遣ってくださいます。その彼女が拒否したのです。ですから、私はこの門を守ります」

 ただ、と衛士さんは一言置いて、やはり迷いながら言った。

「私の主は、誰かを理由なく拒否するような方ではない……と、思います。その理由があるとすれば、つまり――」

「……つまり、僕になにかしらの理由がある――と?」

 彼は小さくうなずいた。

「私は門を守ります。そのために、いるんです」

「……わかった。諦めるよ、やっぱり当日ぶっつけでなんとかするしか――」

「私は門を守ることしか、命じられておりません」

 衛士さんは小声で言った。

「シルヴィア様は近頃、たびたび他家の晩餐会に赴かれます」

 それは唐突な発言だった。僕が真意を測りかねていると、彼はようやく瞳を僕にあわせて、もう一度言った。

「主からは、屋敷に入れるなと――この門を通すなと。そう、言われております」

 ここまで言われたら、さすがに鈍い僕でもわかる。

 この屋敷の外でなら、シルヴィアに会うチャンスがある――ということだ。

「ありがとう。……カツサンド、もっといる?」

「いえ。もう十分いただきましたので。――ただ、ひとつだけお願いがございます」

 彼は兜の奥で困ったように笑った。

「私の主をよろしくお願いいたします。最近、無理をしていらっしゃるように見えますから」

「――無理?」

 疲れを見せないシルヴィアが、無理を――?

 もう少し詳しく聞きたかったけれど、衛士さんは僕から目線を外して、門の前でぴしりと立った。もう話す気はないようだ。いや、これだけ情報をくれたのだ。感謝こそすれ、不満を思うべきではない。僕は彼に一度頭を下げて、それから商人円街に向かって歩き始めた。

 彼がくれたチャンスを無駄にしたくない。なにか作戦を練らなければ。



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たくさん売れると続きが書けます。

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