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異世界ダイナー 異世界に赤と黄色のハンバーガーチェーンが出店してきて僕の店がヤバい  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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侵略のセントラルキッチン 4-5

 ――前世でいくつか、屋台の思い出がある。

 たいていはりんご飴とか、フランクフルトとか、お祭りの屋台の記憶なのだけれど、僕がひときわ強く憶えているのは。

 そう、あれはたしか、出張かなにかで地方に行ったときの話だ。

 僕の腕ほどもあろうかというくらい長い鉄の串に、肉を積み重ねるように刺し、垂直に置いたそれをくるくると回しながら焼く屋台があった。ドネルケバブの設備を無理やり搭載した屋台を牽いて、路上で販売する外国人のグループだった。

 ピタパンというらしい、袋状のナンのような、小麦と水を練って焼いたシンプルな薄いパンに、刻んだキャベツと、トマトと、鉄串から削るように削いだその肉片を詰め込んで、たしかひとつ五百円ほどで販売していたと思う。

 肉はマトン。噛むと、ピリ辛の味付け、焦げた外側の香ばしさと食感、それでいてジューシーな肉汁、フレッシュな野菜の甘味、かけられたヨーグルトソースの絶妙な甘さが口内を駆けていく。ピタパンの、シンプルがゆえに強く感じる小麦の存在感が、奔放な中東の味をしっかりと受け止めていた。

 うまかったし、なによりも、あの屋台には「つい買ってしまう」魅力があった。

 中東風の店員のやや訛った声掛けや、近づくと香るスパイス。それに、なによりも、あの見た目だ。

 屋台に無理やり搭載された、ドネルケバブ用の垂直式ロティサリーに、僕はただならぬなにかを感じた。オフィス街の真っただ中に突如現れたパンクな異国情緒という、そのインパクトに、ころりとやられてしまったのだ。

 今回は、それをベースにして料理を考える。帝都で見たことのない種類の食べ物で話題性もあるだろうし、高価なスパイスを使わなければ原価も抑えられる。ピタパンも――パン焼きギルドには申し訳ないけれど――非常にシンプルであるがゆえに、テックさん側で自作が可能だ。

 ――思えば。

 僕はいつも、こうやって、前世の知識を少しずつ切り崩して凌いできた。悪いことに使ってきたつもりはないけれど、テックさんや他の人々から見れば、僕もレイチェルも同じく異文化の体現者であることに変わりはなく、その影響は善悪の区別もなければ規模の大小もなく、異質に映ってきたはずだ。

 星空の下で、あるいはカシ村の食堂で、僕は彼女と少しだけ前世の話をした。当たり障りのない話だった。当たり障りのない、前世だった。

 現世、彼女は世を恨んで破壊を望む変革者で。

 対する僕は、これからなにをすべきかすらわからないバカだ。

 それでも悲しいことに、この両手はしっかりと働くもので、ドネルケバブもピタパンも、頭の中に、おおよそのレシピができあがっていた。無責任な自分に嫌気がさしていて、これからなにをしようかとか、そういうのなんにもなくて、これからの予定とか皆無で、それでもいろいろ、「あのときああしていれば」とか頭の中がまだまだ後悔で満ちていても。

 僕というやつは、それでも働くことはできるのだ。前世からずっと変わりなく。

 今回のレシピを考えるにあたって、重視しないといけないのは、もちろん再現度――ではなく。テックさんの屋台で提供できること、安価であること、このふたつだ。

 言うまでもなく、テックさんの屋台で出すものなのだから、限られた屋台設備と従業員で「提供」できるものでなければならない。それは、ただその屋台でその料理を作ることができればいいわけじゃなく、従業員が余裕を持って、接客や客寄せもできる、ということ。

 行程が少なく、シンプルで、特別な技術のいらないレシピが前提条件だ。

 ピタパン、肉、野菜、ソース。この四つに分解し、そのうち、屋台で調理するのは肉だけだ。ピタパン、野菜、ソースは事前に用意しておける。串に積み上げるように刺された肉は、ロティサリーで回転しながら常に加熱され、いつでも温かいものを提供できる。

 そして、調理とは言っても、ロティサリーは術符を使って勝手にぐるぐる回るように自動化しておけば、基本的には放置するだけでいい。

 ピタパンに刻んだ野菜、ロティサリーから削いだ肉をはさみ、ソースをかける。以上、終わり。

「と、いう感じで試しに作ってみたのが、これです」

「昨日の今日で、いきなり試作品を作ってくるあたりが、おまえだよな……」

 さっそく、肉ギルドでテックさんに試作のプレゼン。

 カフェ・カリムにロティサリーはないので、想定するものと肉のディテールは変わってくるだろうけれど、試作としてもそれなりに良い出来だと思う。薄く白い、袋状のパンに挟まった、たっぷりの野菜と肉。その上にかけるソースは、ほのかな甘さとすっぱさがほどよいヨーグルトソースを選んだ。辛い味付けの肉とあわさると、辛いのが苦手な人でもおいしく食べられると思う。

「……これは、鶏肉か?」

「はい。でも、肉ならなんでも使えます。香辛料で臭みもある程度消せるので。本来は羊肉を焼いて食べる料理ですね」

 テックさんはケバブサンドを手に取り、がぶりと一口食らいついた。口の端から、収まりきらなかったソースが垂れる。ぐい、とそれを指で拭って、テックさんはもう一口食べた。

「……なるほど。うまいな。作業行程もわかりやすい」

「それじゃ、これで……?」

「まて。香辛料はどれくらい使う? 原価で」

「ケバブサンドひとつあたり、銅貨一枚と少し」

「安いが――もう一息ってとこだな。切り詰められるか?」

「いちおう、辛みを大幅に下げてもいいのであれば、という制約がつきますが」

「やってみてくれ。安さを優先する。――料理人に味を落とせと言うのは心苦しいが」

「予算内で最大限努力するのも仕事ですから」

「頼む。あと、ヨーグルトソースだが、乳製品関係でこういうレシピがあるか? 他にもあるなら買う」

「いちおう、いくつかありますが……ケバブには使えないのも多いですよ?」

「先行投資だよ。おれ個人としてではなく、食肉ギルド側も取扱品目を増やす可能性があってな。手を出すとしたら、牧場とサシで話して手に入れやすい鶏卵、牛乳あたりになる。その先の職人とのやりとり、特に遠方の職人との契約は酒類ギルドに一歩譲っちゃいたが……これから先も譲り続けるとは限らんからな。先に乳製品関係のレシピを知っておけば、いつか役に立つときが――まあ、ないかもしれないが」

「ないかもしれないんですか」

「しれないな。だが、そうなったら、自分で役に立つときを作ればいいのさ」

 おれたちには、それをする権利があるし、自由もあるんだからな、とテックさんは笑った。

「でも、失敗するかもしれませんよ? 試みがうまくいかず、絵空事は絵空事で終わってしまう……そんな結末かもしれません」こう聞いてしまうのは、僕の意地の悪い部分だろう。

「かもしれねえ。だが――なあ、カリム。おれはよ、一回、終わってんだ。レイチェル・タイムに終わらされたと、そう思ったときが、たしかにあったんだ。でもよ、いま、どうだ」

 テックさんは手で、そのあたりに転がる鉄材を示した。屋台を試作するのに使っているようだ。今までの食肉ギルドなら、確実になかったであろう物品で、その周りにはへろへろになったギルドの若い衆が積み重なって寝ている。

「おれたちはいま、新しいことをやってる。終わったつもりが、始まってたんだ。わかるか? うちの若いのも、乗り気な奴が多い。自分で屋台を引いて、それで生活が豊かになるかもしれねえ、って」

 笑って、言うのだ。

「それが失敗でも、終わらねえ。新しいなんかが始まって、そっちはもっと面白いかもしれねぇってことさ。だろ?」

 バン、とテックさんは僕の背中を強く叩いた。

「なぁ、おい。これはおせっかいかもしれねえけどよ。おまえもワクワクすること、始めてみろよ」

 そしたら、なんか変わるかもしれねえぜ。

 テックさんは無責任にそんなことを言って、やはりガハハと笑うのだ。

 なにかが始まるかもしれない。それは、きっとそうなのだ。僕が一歩を踏み出しさえすれば。

 テックさんのプロジェクトは、それはもう驚くほどの速さで進行して、あれよあれよという間に最初の屋台が完成した。やると決めたときのスピード感もさることながら、僕が驚いたのは、テックさんがそこかしこから集めてきた、屋台に携わる人間たちだ。

 食肉ギルドの若い衆もいるが、それ以上に目立つのが、外部の人間――彼らが非常に多い。冒険者以上に、貧民円街の門のそばで闇屋台を営業していた者たちが、居心地悪そうにしつつもギルドにいるのが特徴的だった。

「冒険者は凍らせ屋を中心に話を持ち掛けてみた。朝の仕込みと、仕込んだ食材を納める魔冷庫のセッティング、それから屋台の術符の調整をしてもらう。流通関係の仕事は時間をとられるし、かといってノックアウトバーガーの専属は自由が少ない。一日単位で働けるうちの屋台は、ドロップアウトしてない冒険者も入りやすいだろ? あとは、もともと、おれら食肉ギルドやその流通から不正に流れた内臓を売ってたやつらだな。ノックアウトバーガーのせいで闇屋台の営業も立ちいかなくなって、あぶれてたんだよ。そこをおれが話して、あいつら自身の許状をとらせたうえで、正式に契約した。……屋台に関しちゃ、あいつらのほうがノウハウあるしな」

 雇い入れるのではなく、それぞれ個別に契約する、というスタイルをとったのが、テックさんの一番の戦略だろう。

「おれは屋台設備、ノウハウの貸し出しをする。食肉ギルド側で仕込んだ食材を売る。やつらはそれで商売をし、そのアガリから賃料と食材費を収める。このシステムのいいところ、なにかわかるか?」

「……屋台ごと持ち逃げされない限り、テックさんが損をしないこととかですか?」

「それもあるけどな、まあ、なんだ」

 テックさんは目線を外して、明後日の方向を見ながら、言った。

「後払いにしてあるからな。金がねえやつも、飯がねえやつも、始められるだろ? おれんとこで屋台を借りたらよ。食材は買い切りだから、自分で食ってもいいわけだ。一日働けば、一日分の飯と、金が手に入る。そういう仕組みだ。屋台が増えすぎるとそれぞれの取り分が減るだろうから、全員が全員始められるってわけにもいかねえが、一日交代制とか、数人でひとつを借りて協力してやるとか、そういうこともできるようにしていけばいい。最初は試行錯誤だな」

「……テックさん」

「おっと、別におれは勇者がどうだ、とか思ってるわけじゃねえぜ? この仕組みなら、おれは基本的に損しないからな。それが一番大事だ。付加価値だよ、付加価値。この世の中を良くしようだなんて、たいそうなことを考えちゃいねえよ」

「そのわりには、えらく饒舌ですけれども」

「はン」

 どう見ても照れている。

 レイチェル・タイムは雇用を生むことで、貧民円街のベースを上げ、帝都全体の経済への意識を破壊した。

 テックさんがやっていることは、それに近しく、けれどもまた別のアプローチだ。雇用を生むというのはまさにそうだが、屋台を借りた彼ら自身が事業主になっている、という点で、大きく異なる。ハーマンくんは社長になるという夢を語ったが、テックさんは図らずもその起点となり得る『なにか』を作りはじめている。

「まだまだ絵空事だ。まずは――この一台目よ」

 ぽんぽんと屋台をたたいて、テックさんは言った。

「成功か、失敗か。こいつで試してみて、さあどうなるか、ってな」

「……テックさんはすごいですね」

 僕はしみじみとそんな言葉を漏らしてしまい、少し恥ずかしくなる。

「僕も、うまくいくことを願ってますよ」

「あんがとよ。おれも屋台で料理を売るなんて初めてだから、緊張するぜ」

 ……ん?

「えっと、今の言い方だと、テックさんが屋台を牽く、というふうに聞こえたんですけれども」

「当たり前だ。わかってるだろ?」

 テックさんは、例の瞳の奥の炎を燃え滾らせつつ、笑った。

「おれ、いまワクワクしてるんだよ」

 後日、僕は意気揚々と屋台を牽いて街へと繰り出す大柄な男を見送り、ひとつの仕事を終えたのだった。

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