第八話 「小動物の雄たけび」
何が起きているのかわかっていない人のために、現状を整理したいと思う。
……というか、俺自身が何が起こっているか、これからどうなってしまうのかがわかっていません。
おねがいします、整理させてください。
俺はいま革命軍支部の居住区に居る。
革命軍に所属することになった俺はこの部屋を案内された。
そこまではいい。
スムーズでとてもいい。
色々とばたついていた俺にとって、寝床の紹介はありがたい話だ。
本来なら下でいびきをかいているグリドのように、今ごろ夢の中でリルーネとにゃんにゃんしているハズだった。
――この迫り来る兵器さえ無ければ。
「ふふ、どーしたの? 顔、赤いよ?」
ロズは備え付けられた兵器を全面に構えながら、俺との距離を詰めながら言う。
正直な話、このロフトというせまい空間に男女でいるというシチュエーションだけでもケダモノへの自分に目覚めそうなのに、
よりにもよってロズは顔を赤らめながら女の子の香りをバンバンに送り込んでくる。
台詞から仕草まで、すべてが俺の脳を揺さぶった。
頭痛なんて忘れてしまうくらい、俺は精神的に追いやられていた。
「こーいうの、はじめて?」
ロズは吐息が届きそうな距離で呟いた。
すっと冷たい指が俺の胸にあてがわれるもんだから、心臓ごと全身がビクリと弾む。
「こっこここここーいうのですか!?!?」
こーいうのってなんのことですか?
女の子ってこんなにもいい匂いがするんだなーって話ですか。
前屈みになると兵器は爆発力を増すんだとかいう発見のことですか。
「男女で、寝るの。嫌じゃないんだよね?」
ああ、そっちか、と心の中で動転しようとするのをなだめつつ、俺は必死に首を横に振った。
嫌、なんてことは一切ない。
というか、俺の中のケダモノはこの状況にダンスを踊って喜んでいる。
だだそのケダモノを閉じ込めている檻がギシギシと軋んでいるものだから、気が気じゃないのだ。
「緊張、してるのね。リラックスしていいのに」
ロズは俺のシャツを撫でるように手を動かして、ゆっくりと手を離した。
きっと恐ろしく早い俺の鼓動が伝わったことだろう。
リラックス、できるわけがない。
正直、なんとかなるだろうと思っていた。
もうちょっと奥で寝て!とか、彼女なりに少し間をとるような動きをすると踏んでいたからだ。
だが現実は真逆で、むしろ間をつめてくるんですから。
俺は自分を律するためにふぅーっと大きく息をつく。
この状況は、ペースを掴まれているから苦しいのだ。
ロズはテラの服を抵抗なく剥がすくらい、そういうことに無頓着な人なのだ。
逆に意識しすぎているのは俺だけで、ロズはなんとも思っていないのだ。
そういうことにすれば、次の手が見えてくる。
「ロズは、すごい可愛くて、しょーじき魅力的です。こんな状況、落ち着けないです」
それは、心情を吐露すること、だ。
正直に言ってしまえばいい。
いい匂いがするとか、そこの谷間がヤバイとか、そーいうのは伏せておいて、とにかく意識してしまうことを伝える。
ロズも大人なんだから、いくら無頓着でも言葉で伝えられればわかってくれると思ったのだ。
わかってくれさえすれば、自然と距離をとってくれるはず、なんだ。
俺の言葉を聞いたロズは、少し目を見開いて、視線を伏せがちにしてごめんね、と呟いた。
そして視線をまっすぐ俺にもどすと、小さく口を開いた。
「……でもいいの、エル君なら」
その仕草と言葉は、俺の中の檻をぶち壊すのに十分過ぎた。
……。
お、おれはっ!
人間をやめるぞテラーーーーーァァァァ!
俺は心の中でそう宣言し、吸引力の変わらないその兵器に手を伸ばしていく。
――その、寸前。
「ハイ、お楽しみはそこまでー」
ガチャリと部屋の扉が開けられる音と同時に、テラの声が響いた。
思わぬ百獣の王の登場に、俺の中の雄叫びをあげた小動物は一瞬で縮こまり、姿を消した。
ハッ!?
俺は一体どうしていたんだ?
サッと視線を扉からロズに戻すと、すぐに目が合った。
「また、ね?」
ロズは小声でぼそりと呟きながら、片目を閉じて少しだけ舌を出して見せた。
「テラーおかえりー、なんの話だったー?」
かと思うと、いつも通りの陽気な声で梯子を降りていった。
「ん、とりあえず移動しよう。エル、グリドを起こして出てきてー」
上でものすごい戦いが繰り広げられていたとはつゆ知らず、グリドさん爆睡中。
ふ……ふふ。
ああ、すごい体験だった。
女性の持つ兵器というものは、かくも恐ろしい。
思わず衝動に身を任せるところだった……。
俺は、部屋を出ていくロズの背中を眺めながら、ちょっと大人になった気分で梯子に足をかけた。
「って~~~ ちょっとは加減しろよ……」
俺たちは大広間に来ていた。
ソファーにどすんと腰掛けたグリドは、額をさすりながら愚痴をこぼす。
「なによ。起こしてっていったのグリドじゃない」
ロズはグリドの隣にすっと腰をおろしながら答える。
あれからすぐにグリドを起こそうとがんばって見たものの、一向に起きる気配を見せなかった。
しばらく体をゆすったり大声で呼んで見たりしたが、それでも駄目だった。
俺たちが部屋から出てこないことを察してか、ロズが部屋に戻ってきて、
病室でやって見せたように一発。
ごつん、と頭突き。
こうしてなんとか目を覚ましたグリドと共にここへ移動し今に至る。
俺とテラはテーブルを挟んで反対側のソファーに座った。
「で、リーダー? 改まって話そうってんだから、けっこうヘビーな感じ?」
ロズがこう切り出すと、テラはため息混じりに頷いた。
ちなみにだが、この部隊の隊長はテラらしい。
テラはグリドやロズよりも年下なので、最初は疑問に思った。
だが、革命軍としての年季の話や、支部長の息子ってことも考慮されているらしい。
一応、グリドが最も前から所属していて、次がテラ、そしてロズ。
なので最初は、グリドに隊長としての話が挙がったらしいが、
本人がそういう柄じゃないっていうことで却下され、時点のテラが選ばれた。
グリドもロズもテラの状況判断能力は買っているようで、そのあたりは問題ないようだ。
「半分くらいは親としての説教だったけどね……後半はこの部隊に関わることだったよ」
テラは眉間にしわを寄せながらも、話を進めていく。
「今日の集会でさ、次回遠征の話出たよね? なかなか厳しい状況だって」
うんうん。
確か世界的に憑依者の出現が増えてきて、処理に追われているということだった。
「あっ、そう言えば! 遠征命令夕食後に張り出されるって! 確認した?」
ロズは思い出したようにそれを言った。
確か、アトリエルさんが次回遠征メンバーの選抜結果が夕食後に出されると言っていたな。
俺たちはよっぽど選ばれることはないと油断していたが、まさか駆り出されるなんて言わないよな。
俺は急に不安になってきた。
遠征に出るにはまだ早い。鍛錬が要る。
覚醒者としての力が、一切といってもいいほど使えないのだ。
「ここに遠征メンバー選抜リストのコピーがある。確認してよ」
テラは服の中から一枚の紙を取り出し、テーブルに広げて見せた。
そこに記されていたのは、部隊名と、メンバーの名前。
おそらくそのままの意味で、書かれているメンバーは次回の遠征に出る、ということだろう。
俺たちは食い入るようにそのリストを追っていった。
確か待機状態の部隊は俺たちを含めて5組だったな。
見た感じ、ほとんどの待機部隊が選ばれている。
「んー、あたしたちの名前は、ないね」
いち早く目を通し終えたのか、ロズが呟いた。
すぐに追いついた俺も、確かに名前が載っていないことを確認して、安堵の息をついた。
「うーん、それなら私たちの部隊は選ばれなかった以上、鍛錬の時間をもらえるのよね?」
ロズは首をかしげながら言った。
テラは遠征のことを持ち出したのだから、そこ関連の話だと推測できるが、リストを見た感じでは関係なさそうだ。
「そう、憑依者の出現増加への対応としてはこのリストの通りさ。問題はそこじゃない」
テラは改めて言い直した。
「さっき伝えられたこと。クロシェルさんのとこの部隊が襲撃を受け、負傷した」
その言葉に、ソファーに深く体重を預けていたグリドががばっと前のめりになった。
「それは、本当か……!?」
「この場において、嘘はつかないよ。多分明日ぐらいにここへ搬送されるって」
グリドの反応に、テラは淡々と答えた。
ロズもなにか思うことがあるのか、口元を押さえながら表情を曇らせていた。
「エル、クロシェルさんってのは他の部隊の隊長さ。遠征に出ている側の、ね」
状況がつかめていない俺を見てか、テラが教えてくれた。
遠征部隊のいくつかは今も各地を回って憑依者の処理を行っている。
そのうちのひとつの部隊が、襲撃されたというのか。
「クロシェルさんが他の二人を庇ったカタチになったみたい。けっこー重症で、セレンさんの治療を受けながらこっちに向かってる」
「そっか、セレンがいたっけ。じゃあよっぽど大丈夫だとは思うけど……心配ね」
テラがそう情報を付け加えると、ロズが思い出したように言う。
セレンと呼ばれる人は、ロズのように治癒能力をもっているのだろう。
「あいつ……油断してたのか? いや、そんなタマじゃねえだろ……」
グリドがなにかブツブツと呟いている。
さっきの反応といい、その部隊に特別何かを感じているようだ。
「そもそも、誰がそんな襲撃なんて……世界政府と対峙したってことか?」
俺は疑問を投げかける。
この話の肝は、負傷するに至った原因だ。
俺の言葉に、テラは首を横に振る。
「クロシェルさんほどの実力者が、世界政府に遅れを取ることはないよ。他の二人も足手まといになるような人じゃないし、ね」
ならば他に誰が、なんの目的をもって革命軍を襲う……?
そこまで考えて、ひとつの答えが浮かび上がった。
「十中八九、ネセサリービルだな」
グリドの一言に、テラは頷いた。
そう、ネセサリービル。
犯罪者の定義が変わったこの世界において、
本当に罪を犯してきた、真の犯罪者たちだ。
「あいつらの狙いが、革命軍…?」
ロズはもう一度表情を曇らせると、そう呟いた。
「そこまではわかんないけど、奇しくも支部長が危惧していた通りになったね」
テラの言葉に、俺は視線を落とした。
そう、今日の集会だ。
ネセサリービルが、何か不穏な動きを見せている……。
結果として、今日の今日に、被害が出たのだ。
「ま、でも僕たち1部隊がうんうん悩んでてもわからないことばっかりさ。これは革命軍全体で探っていくしかない……諜報部隊を中心にね」
テラはテーブルの上のリストを片付けながら、そう言った。
そして一度ふぅ、と息をつくと背筋を伸ばしてこちらに向き合った。
「こっからが仕事の話。結果的に、僕たちも遠征に出ることになった」
――はい?
「まーそうなるわよね~、消去法、ってやつ?」
ちょっと待ってください、ロズさん。
「あ~くっそめんどい……ちっとは寝れるかと思ったんだが……」
グリドさん? 突っ込まないのですか?
遠征……ですよ?
そりゃあなた方はベテランかもしれません。
でもこのワタクシは今日革命軍に入ったばかりですよ?
「と、いうことで、エル! これは決定事項だから! がんばろう!」
俺はもう何がなんだかわけがわからなくなって、そのままソファーに仰向けに倒れこんだ。
あれから、テラたちは途方に暮れている俺を横目に、遠征についての話し合いをしている。
俺はそのままの姿勢のまま、話だけは聞いているぞ。
俺たちが遠征に駆り出されるのは、つまること補充だ。
本来クロシェル隊が担当をするはずだった範囲が手薄になるので、代わりの遠征部隊が必要。
現在はクロシェル隊のメンバーが一名地区に残って、他の部隊でフォローをしているそうだが、長くはもたない。
そこで矢面に立ったのが俺たちテラ隊……ということだ。
正直、作戦とか動きとか、まったくもってよくわからない。
テラも俺に無理はしないようにと、難しい役割を振ることは無かった。
とにかく、俺は3人の後ろをついていけばいいらしい……。
「ま、細かいことは明日以降だ。遠征に出るのもすぐってわけじゃないだろう」
話し合いは終わったのか、グリドはそう言って、ソファーから立ち上がった。
ふぁあ、と一度大きなあくびをすると、寝る、と一言だけ伝えて背中を向けた。
「あっ、グリド~ 鍛錬の話なんだけど~……」
それを追うようにロズもこの場を去っていく。
大広間はすでに閑散としていて、この場にいるのは俺とテラだけのように感じた。
ここへ来てからというものの、話が常に急展開で、正直頭が追いつかない。
やった方がいいこと、やらなければいけないこと、やらないほうがいいこと、やってはいけないこと……。
なにがなんだかわからずに、頭のなかでぐわんぐわんと回転している。
「エル?」
隣に座っているテラが、俺に声をかける。
「おー……。混乱中、だ」
そう言って体を起こしてうなだれるように前かがみになる。
遠征、に出るのだ。
これだけは変わらないことだろう……やらなければいけないこと、だ。
「こういうこときは?」
テラのその言葉に、俺は横目でテラの表情をのぞく。
吸い込まれるような瞳で、俺を見つめていた。
そうだ、忘れかけていたよ。
俺たちは、昔からの仲で。
それはテラが革命軍だったと知っても変わるわけではない。
いつも、あの秘密基地で語り合ったときのように……悩んだときは二人で乗り越えよう、だ。
「ああ、悩んでる。聞いてくれるか」
俺は正直に言った。
不安でしょうがない。
下手したら死ぬかもしれないだろう。
いや、きっとテラやグリドたちが守ってくれるだろう。
情けない話だが、そこは期待せざるを得ない。
でも、役に立たない俺を連れて行くというのは、負担でしかないだろう。
はっきりいって、お荷物だ。
確かに、部隊として配属されたからには、やらなければいけないことだ。
逃げるつもりは一切無い。
おそらく、実際に革命軍としての活動に触れることで、学ぶことも多いはずだ。
だが、どうしても自分の存在がちっぽけに思えて、嫌なのだ。
ずっと、胸の中で黒い霧が渦巻いていて、苦しいのだ。
「いつから、そんな弱気になったのさ?」
テラは、俺のことをよく知っていた。
言葉にしなくても、俺の頭の中でなにがつっかえているかはお見通しだろう。
「僕は、ずうずうしい感じのエルが、好きなんだけどなぁ」
テラは屈託の無い笑みで、そう言った。
「ずうずうしいって……」
少し歯がゆい感じがして、俺はぼそりと呟いた。
口元が自然と上がっていく。
「いいんだよ、大人にならなくて。空気を読む必要なんてない。自分が正しいと思ったことを、貫いてよ」
テラの言葉に、少しずつ黒い霧が引いていくのを感じた。
ああ、なんと救われる言葉だろう。
そう、俺はぶれていたのだ。
環境の変化に、どうかしていたのだ。
俺は、俺で。
自分でやりたいと、正しいと思ったことにまっすぐで。
空気を読まない悪ガキで。
「良いんだよ、それで。僕が見てる。僕が支えている。だから、前を向いてよ」
弱くたっていいじゃないか。
お荷物でも結構。
テラが良いって言っているんだ。甘えさせてもらおう。
俺は遠慮なく、お前の背中を見て勉強だ。
「ああ……ああ! ありがとう、テラ」
黒い霧は無くなり、心の中は晴れ晴れとしていた。
持つべきは、いい友だな。
俺はぶれない、強いヤツになるよ。
さて、切り換えた。
俺のやるべきことは、悩んでうじうじとしていることじゃない。
強くなるため、学ばなければいけない。
心の持ちようが違うだけで、こうも見えてくることが違うんだな。
さて、強くなるための、行動。
鍛錬だ。
テラは覚醒者としての先輩だ。
食堂で鍛錬の話をしたときも、俺の面倒を見てくれるって言ってたな。
ここは頼らせてもらうぜ。
「テラ、寝るまで時間あるだろ? 教えてくれよ」
遠征までの時間は限られている。
それまでに、少しでも強くなりたかった。
「……いいよ。ロズさんのことだね?」
――ん?
「いい雰囲気だったじゃないか。きっとロズさんはエルを好意的に見てるよ、安心して」
ちょっとまて。
その話じゃない。
いや、確かに、ちょっと前に教えてくれと言った気がするが、そっちじゃない。
「あのまま流れに身を任せてもいいと思うけど……長くなりそうだったからね。ま、いつでもチャンスは来るよ」
「ちょ、ちょっと待て!! その話じゃないだろ……というか、見てたのか?」
テラは、わざとやっているのかわからないが、真面目な顔で考察を述べていた。
俺とロズが、ロフトで何をしていたのか、こいつは知っているくさいのだ。
いや、まだ何もしていないので、どういう状況にあったか、だ。
「見えるわけ無いじゃない。部屋の外にいたし」
「じゃ、じゃあなんで!?」
確かに、テラはあの場面でいきなり部屋の扉を開けて、静止したのだ。
ケダモノになろうとしていた俺を、なだめてくれたわけだ。
「僕が、そういう能力を持っているからね。”色欲”の覚醒者だから」
テラは少し微笑んで、そう述べた。
色欲。
これは七つの大罪のひとつとして言い伝えられているモノで、
覚醒者の能力を決める系統の1つでもある。
テラは七つの系統のうち、色欲の大罪因子を持っているということだ。
「そ、そうなのか……。てか、そういうことがわかるのか、色欲の覚醒者は……」
少し、興味があった。
ロズが暴食の覚醒者という話を聞いたときも、心底わくわくした。
非現実的な、ゲームのような世界に、俺は居るのだと。
「わかんない。僕だけの力かもしれないけど、僕には”感情の機微を悟る”力がある」
感情の機微を悟る……?
暴食の”細胞を分け与える”みたいなものだろうか?
「心が読めるってことか?」
そうだったらすごい。
「んーん、そんな万能なものじゃないさ。ふわっとだけどその人がどんな感情かがわかるんだ。喜んでいたり、怒ってたり、ね」
ふむ、何を考えているかは具体的にわかるわけではないが、どんなことを感じているか、がわかるわけだ。
「特に、興奮していたり、エッチなことを考えてたり、そーいうのは敏感だよ!」
テラはそう胸を張って言った。鼻の穴が広がっている。
「だから、さっきはびっくりしたよ。部屋の扉を開けようと思ったら、ソレが二つもびびーっと来て……」
「もういい! やめろ!!!!」
なにやら解説を進めようとしているテラの口をふさぎながら叫んだ。
静まり返った大広間に俺の声が響く。
シィン、となってから、少し恥ずかしくなって鳥肌が立った。
そうか、テラはだから直接見なくても、俺たちがどんな状況にあるかを察知していたわけだ。
ん、にしても? 二つ?
俺は確かに興奮していたし、正直エッチなことも考えていたが……。
「あ、でもこの力は支部長の方が強いよ。もうバリバリだよ。お陰でモッテモテ」
テラの言葉に、ああ、と納得してしまった。
そうか、相手の感情が読める、ということは、人間関係においてかなり優位に立てる。
その人の一番欲しいであろう言葉をかけたり、場の空気を自由に変えたり。
ならば、恋愛において無双できるのもわかるな。
覚醒者の力ってのは、面白いな。
「ところで、俺は何の覚醒者なんだ? ロズは暴食って言ってたけど……」
俺は疑問を投げかける。
覚醒者は面白い。暴食と色欲を聞いただけでゾクゾクだ。
他にも5つあるというのだから、本当に気になる。
しかしそれらよりも、まず自分がどんな系統の大罪因子を持っているか、だ。
「あれ、瞑想で聞いたりしなかった?」
テラが驚いたように目を見開いて言った。
本来、聞くものなのだろうか。
聞こうとしたが、時間が無くてリルーネは教えてくれなかったな。
「ま、わかるけど。教えて欲しい?」
テラはそう言って俺の目を見た。
わかる? マジで?
なになに?
「エルは”傲慢”の覚醒者だね。シンさんがそうだから」
――傲慢。
これについての逸話は知っている。
天使の中で最も美しいとされた大天使ルシファーが、
己の力に溺れ、神への謀反を起こす。
結果的に、神に敗れたルシファーは堕天使として、傲慢の悪魔として語り継がれている。
「俺が、傲慢の覚醒者、か。親父がそうなら、そうなんだろうな」
大罪因子は遺伝子のひとつ。
つまり親子で遺伝する。
だからテラは父がそうであったように、俺もそうだと言うのだ。
ふと思い返すと、確かに俺は傲慢だった。
自分が正しいとし、自分を曲げない。
思ったことを口にする、思い立ったら行動する。
テラは女に弱く、ロズは食べ物に弱い。
はは、よくできてるね。
「ん? でも、ロズは暴食を持っているって……あれは間違い?」
俺はロズの言葉を思い出していた。
ロズの治療を受けているとき、それがスムーズに進んだと彼女は言った。
それは俺の体に、暴食の大罪因子があるから、と述べていたが。
「ああ、大体の覚醒者は、混血だからね。混ざっているってこと」
テラは答えた。
混ざる、か。そういうのもあるんだな。
例えば傲慢の父と暴食の母が子を授かったら、その子は傲慢と暴食のどちらも持っている、ということになるな。
あ、ちなみに今選んだ組み合わせに他意はないぞ? これマジ。
「ただ、メインとなる系統は1つ。だからそれを取って、傲慢の覚醒者、と呼ぶ」
ふむ……、つまり俺は傲慢メインの、暴食持ち、ということか。
なるほどわかりやすい。
「ま、詳しくは瞑想空間で色々聞きなよ。さすがの僕も他系統の力には詳しくないし……ふぁ~あ」
テラは目をこすりながら、大きなあくびをして見せた。
もうこんな時間か、思ったよりも時間が経っていた。
「エル、今日はもう寝よう。鍛錬については、明日アドバイスするよ……流石に、疲れちゃった」
テラは体をぎこちなく動かしながら、ソファーを立った。
そういえば、筋肉痛に悩まされているんだったな。
流石に歩けないほど、ということではないようだが、まだ痛むのだろう。
俺はテラを追うように大広間を後にした。
居住区に辿りつき、テラハウスの扉に手をかけて気づく。
後ろでテラがにやにやしている。
うっ……。
問題は山積みだ。
今夜は無事に寝れるのでしょうか……。