第七話 「おそるべし兵器」
頭痛のせいでのそのそと歩いて早二十分が経過していた。
途中、革命軍のメンバーに声をかけてくれたり、応援してくれたりでなんとか病室まで戻ってこれた。
大分症状も軽くなった方で、痛いものは痛いが歩くことはできそうだ。
ちなみに、だが、どうやら俺は有名人のようだ。
牛のように歩く俺を見ながら、みなさまざまな視線を向けてきたのだ。
それは恐ろしく歩くのが遅いからだ、とか非常に苦しそうな顔をしているから、とかではなく、別の視線。
それもそのはず、革命軍のトップの息子だからだ。
家庭での父としての姿しか知らない俺にとって、違和感でしかないが……。
ようやく病室に到着。
病室にはまだテラが残っていた。
「やぁ、エル……。その姿を見るに、大変そうだね」
「おぉ……お互い様、だな」
無様にも前傾姿勢で震えていた俺の姿を見て、テラは笑った。
というテラも、体をぴくぴくさせながらベッドの上で硬直していた。
ちら、と視線を動かすと、グリドもいる。
大きないびきをかきながら、壁にもたれて寝ている。
アレからずっと寝ているのか。
「コラー!! 二人とも~! いつまで寝てるのよ~!!」
突如、大きな声とともにロズが病室に駆け込んできた。
「あら、エル君も。頭いたそうね」
と、俺も病室にいることに気がついてかそう続けた。
そんなに痛そうに見えるもんか?
……姿勢はともかく、ズキリとする度に顔をしかめていればわかるか。
「テラはいいとしてっ……ぐりどぉ~」
ロズはずかずかとグリドの傍へ歩み寄ると、彼の肩をがっと掴んだ。
そして。
「起きろおおおおおおおお~~~~」
揺さぶった。
それもものすごく早く。
脳震盪でも起こすんじゃないかって心配になるほどだ。
「むにゃ~~~~? ……。……ぐぉぉぉぉぉ~~~」
しかしグリドは一旦反応を示したものの再びいびきをかきはじめた。
見る見るうちにロズの機嫌が悪くなっていくのが感じ取れた。
「お・き・な・さ・い!」
――ガツン!
鈍い音がした。俺は言葉を失った。
ロズはその掛け声とともに、一発。
……ヘッドバット。
「いてええええええ!!!」
「あら、起きたの? グリド。いい朝ねー」
グリドは流石に寝続けることが不可能だったのか、叫び声を上げて目を見開いた。
ロズは口笛を吹きながら朝だと言ったが、もう日が沈むころである。
「ず、頭突きして起こしたのお前だろーが……っつ~」
グリドはそうぼやきながら額をさすっている。
「よーし、部隊全員揃ったし! 行きますか!」
ロズはそう言って意気揚々と歩き始めた。
グリドはめんどくせぇと呟きながらひょいっとテラを担いで、部屋を出て行った。
「部隊?」
俺はそそくさと三人の後を追いかけ、そう尋ねた。
「あーそうそう。私たち4人で部隊として活動するのよ! 覚醒者メンバーはこうやって部隊を組んで活動をすることが多いから」
ロズの返答に、俺は革命軍の活動内容を思い返していた。
覚醒者のメンバーは主に遠征主体となる。
遠征自体は数名で部隊を組んであたる、とあったからそれのことだろう。
「あたしは先日まで別部隊の手伝いしてたんだけど、二人が帰ってきたからね。ようやく復活よ! けっこー前から組んでるんだ、三人でね」
なるほど、三人は以前からの仲だった、ということか。
テラとグリドが大規模な諜報活動にあたっていたため、一時的に部隊は解散していたみたいだな。
「ま、そーいうわけで、テラと縁が深いエル君も、この部隊に配属されるってことよ! おっけー?」
「わかりました、よろしくおねがいします」
「うむ!」
ロズの言葉に頷いた。
テラと同じ部隊なら、色々と都合がいいのもわかる。
グリドとロズについては知らないことばかりだが、悪い人では無さそうだし、とりあえず安心。
少し歩いたところに、大広間のような所があった。
太い柱が数本そびえ立っていて、天井にはいくつもの輝く証明が。
ソファーやテーブルも数多くあり、ホテルのロビーを彷彿とさせた。
どうやらここで集会が行われるようで、他にも人が集まり始めていた。
大勢、というほどでもないが、数えただけでも20人近くいるだろうか。
先に行ってしまったグリドもテラを担いだままそこに居た。
ロズと俺はすぐに二人の傍に駆け寄り、ふぅと一息。
「ちょうどいい時間ね」
ロズがぼそりと呟いた途端、騒がしかった大広間がシィン、と静まり返った。
支部長、テラの父親のギガさんが、姿を現したのだ。
「よぉ~、みな集まってんな~?」
豪快ともいえるような低くどっしりとした声で、支部長は叫んだ。
マイクもなにも使っていないのに、その声は部屋中に響き渡った。
「それでは、定刻になりましたので集会を始めさせていただきます」
支部長の隣に立っていた女性が、マイクを通して言った。
キレイに編みこんだ茶色の髪、知性を伺わせる眼鏡の奥に赤茶色の瞳が見えた。
非常に落ち着いた物腰だ。
「あれ、テラのお母さんよ、支部長の秘書」
ロズがぼそっと呟いた。
「と、言っても実母ではないけどね」
グリドに支えられながら震えているテラが付け加えた。
そうか、テラの母にあたる人は20人はいるのだ。そのうちの一人ということか。
その女性はこほんと咳払いをして、口を開いた。
「まずは、諜報部隊が帰還しました。新たな情報が多く入ってきています、よく聞くように」
そしてそのまま丁寧にその情報を教えてくれた。
ざっくりと纏めると、こうだ。
世界政府の犯罪者隔離政策はかなり進行しており、世界全土の約半分は軍が侵攻を終え、多くの犯罪者たちが捕らえられたそうだ。
俺の国もすでに世界政府の手中に落ちたようで、バイオスの失態を除けばほぼ隔離済み。
残りの半数は大国が多く、すでに軍が入ってはいるが成果はいまいちのようだ。
国が大きいということは人口も多く、犯罪者の数も多い。
さらに国土も大きいので、逃走されなかなか捕まらないということも考えられる。
次に、世界政府が秘密裏に進めていたプロジェクトの全貌がわかってきた。
これは、テラとグリドが集めてきた情報らしい。
そもそも俺の国で何かが始まっている、という情報を元にテラはやってきたんだったな。
そしてグリドと協力して情報を盗み出した。
その内容は、端的に言うと”覚醒者を作る”プロジェクトだ。
少し前から憑依者の存在を掴んでいた世界政府は、大罪因子の研究をもとに覚醒者の存在を知ったようだ。
バイオスが企んでいたように、覚醒者は有効利用できる。
それを人工的に生み出し、増やそうというのだ。
犯罪者隔離政策によって、多くのサンプルを手に入れたヤツらは、一層大罪因子の研究を加速させるだろう。
覚醒者を作る、と聞いて、そんなことが可能なのか、と思いはしたが、大罪因子も遺伝子のひとつだ。
遺伝子組み換え技術が横行し始めた現代では、不可能ではないのかもしれない。
「人工的に覚醒者を生み出せるようになっちまったら、ただでさえ数で負けているこっちに勝ち目は無くなる。このプロジェクトの妨害は必須だぞ~?」
支部長はそうコメントしていた。
確かに、現状世界政府を出し抜けているのは、革命軍が大罪因子の力を引き出せる、からだ。
覚醒者一人当たりの戦闘力がずば抜けて高いため、渡り合える。
そこで世界政府が覚醒者を量産可能になったら戦いは厳しくなるだろう。
もうひとつは、世界情勢。
現在各支部から遠征に出ている覚醒者部隊の働きのおかげで、憑依者の処理は問題なく進んでいる。
これはいい。
問題は、憑依者の出現頻度が増加傾向にあることだ。
それだけ犯罪者にかかっているストレスが大きいということだろう。
ストレスは理性のコントロールを奪う。
現在の革命軍に所属している覚醒者数は300に満たない。
その中でも遠征に必須な”感知者”は十数名という。
感知者とは、大罪因子の居場所を察知できる能力をもつ覚醒者のことを言うらしい。
この力によって、現在も逃走している犯罪者の位置や、憑依者の位置を察知し、世界政府より先手を打てているのだという。
しかし、このペースだと憑依者と処理が間に合わなくなる危険性があるのだ。
まだ運がいいのは、犯罪者は皆逃げていることだ。
なので、人目につかないところで憑依をする。
これが結果的に犯罪者=怪物という認識に至たらずに済んでいるのだという。
だからといって楽観視できる状況ではない。
「もうひとぉつ。これは俺の口から言わせてもらおう!」
頭の中で情報を整理している最中、支部長は叫んだ。
とにかく声がでかい。頭痛持ちにはやさしくない。
「”ネセサリービル”に不穏な動きが見える!!」
支部長のその言葉に、あたりが一斉にざわついた。
ため息や悲鳴まで聞こえる。
なんだ、そのねせさりーびる?ってのは。
「あーやだ、いよいよかぁ」
ロズも同様に、大きなため息とともにそうぼやいていた。
よくわからないので、ロズの腕を軽くつついてみる。
「ん?」
ロズは振り向いて首を傾げた。
「その、ねせさなんとかって何なんですか? 周りの状況から察するにイイモノではないってのはわかるんですけど…」
俺の疑問に、ああ、と納得した表情を浮かべる。
「ネセサリービルね。もちろん厄介な存在よ……」
ロズはまゆをひそめながら心底厄介そうに言った。
「お前は、犯罪者って知っているか?」
俺たちの会話を聞いてか、グリドが横目に言った。
「へ? そりゃ、大罪因子を所持している者、ですよね?」
俺は答えた。
そう、俺はだから犯罪者になったんだ。
「ちげーよ。それは世界政府が新しく定義し直したもんだろ? その前は?」
「え? えっと、罪を犯した者、だな……」
グリドの問いにそこまで答えてハッとした。
ちくしょう、俺は麻痺していたんだ。
犯罪者は、罪を犯した者だ。
実際に罪を犯していなくとも犯罪者呼ばわりされるのは今だからだ。
グリドの最初の問いにそう答えてしまった自分に嫌気が差した。
ぶわっと胸の中に黒い霧が広がり始めた。
「いるのよ、当然のようにね。ガチモンの犯罪者……必要悪が」
ロズの言葉に、俺の考えていたことが鮮明になった。
そう、居て当たり前なんだ。
奪い、脅し、犯し、そして殺すことを厭わない存在が。
それが、ネセサリービル……。
「お静かにお願いします」
スピーカーから、声が響く。
ネセサリービルというワードに、あたりは騒然としていたのだ。
徐々に静けさを取り戻していき、支部長が口を開いた。
「奴らがどんなことを考えているかはわからん。だが、今回の世界政府の動きに反応して、何かを企んでいるようだ。遠征時に対峙することになるかもしれん。十分気をつけるのだ!」
支部長はそれだけ言って、一歩下がってソファーにどすんと座り込んだ。
「集会は以上になります。次回遠征メンバーの選抜は夕食後を予定しています。各自夕食を済ませること」
秘書の女性もそれだけ述べると、マイクを置いた。
それを合図にか、集まっていた人たちがぞろぞろと散会していった。
「はぁーあ、嫌になっちゃうねー忙しくなりそう」
ロズはこちらに振り向くともう一度大きなため息をついて言った。
「まったくだ、面倒くせえ」
グリドはいつもの調子で、頭をぽりぽりとかいていた。
「ま! とりあえず!!」
ロズがそう言った瞬間。
グゥ~~~~~~……
っと、大きな音。
「ばんごはん! よ!!!」
「ロズは、肉まんを5つ食べたんじゃなかったんですか?」
食堂は、大広間からもいけるようになっていた。というか隣だ。
瞑想室のある廊下側からもいけるが、夕方は食事の準備もあるので食堂に入れない。
なので大広間へは食堂を経由できず、長い廊下や居住区を遠回りしなければならないのだ。
俺たちはロズに促されるままに食堂に赴き、そして卓についた。
もちろん食堂、という名前だけあってオーダー式ではなく、カウンターに料理を取りにいく形式だ。
なので、料理を受け取ってから席についたのだが、ロズが往復を繰り返しているのだ。
そう、卓とカウンターを。
大量の料理を運ぶためにな。
「えへへ、いいじゃない。ここの料理、おいしいの!」
ロズは卓に並べられた料理を眺めながらにんまり。
肉や魚料理をはじめ、野菜類や汁物まで、バランスはよさそう。
ただ、その量が半端じゃない。
「おいしいかったら、そんなにも量が食べれるんですか……」
たとえその料理が美味であっても、胃袋の許容量は増えないだろう。
別腹、なんてものがあったが、あれは脳の指令で胃袋が限定的に拡張するものだ。
しかしそれを踏まえたとしても、食べきれるような量じゃないのだ。
「エル、そのツッコミは僕が10歳の時に終えたよ」
テラは、もはや慣れました、という顔でそう言った。
フォークを口に運ぶのもつらそうだが、ぷるぷると震えながらパスタをほおばっている。
「いやしかし……」
よくテレビで大食い企画なんてものがやっている。
最近では女性で大食いができる人がよく出演していて、
脂っこいものから甘いものまで、とにかく大量の料理を胃袋におさめていくのだ。
そんな番組を見ながら思うことは、コイツの胃袋はどうなってんだ、だ。
線の細い女性が、5kgを超える丼モノを平らげたときは不思議でしょうがなかった。
なぜならぱっとみただけでも、その体のどこにも、大量の料理が入る胃が、余地が見当たらないのだ。
俺は唖然としながらも、次から次へと料理を口に運んでいくロズを眺めた。
彼女も、どちらかというと線が細い。
バストは目を見張るほど大きいが、ウエストは細く、たくさん食べ物が入るようなスペースが無い。
俺は熟考する。俺は科学が得意なんだ。
科学的に証明できない現象なんて数少ない。
だから、この不思議現象にもなにかタネがあるに違いないのだ。
ぱっと思いついたメカニズムは2つ。
1つは、高速消化。
食材のタイプにもよるが、水分で出来ているものが多い。
胃に入っていく食物を次々と消化し、腸に運ぶ。
水分は比較的早く吸収され血液などに回されるから、消化器官で体積をとるのは固体のみで済む。
胃だけではなく小腸、大腸まで使えば、相当のスペースを確保できるだろう。
もう1つは圧縮だ。
高圧化では、物体は体積が小さくなる。
例え目の前の料理の体積が、胃袋の体積を超えていようが、圧縮できるならば問題ない。
だが、どんな人間が体内を高圧化に保てるというのだ?
このあたりで、この線は薄まりつつある。
やはり前者か!?
そうか、そうに違いない。
なぜなら高速消化によって吸収されたカロリーの行き場がわかったからだ。
あれだけの量を日常的に食し、太らないわけが無い。
だが効率よく消化し、吸収した栄養があの胸へ……
納得できる。
「くっくっく……」
俺は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「エル、その発想は僕が10歳の時に辿り着いたよ」
エルがぼそりと言う。
しまった、口に出ていたか!?
バッと視線を上に戻し、ロズの顔色を伺ったが、彼女は食事に夢中だった。
よかった……。
ってか、10歳のときだと!?
テラ、やるな。
お前は10歳のときからそういうエロ視点を身につけていたわけだな。
ん?ということはだぞ?
ロズは十数歳で、圧倒的なバストを持ち合わせていたということになるのか!?
これは神秘的だぞ……
「いいから、食えよ。冷めてんぞ」
思わず思考の迷宮に入り込みそうになったのを、グリドの一喝のお陰で踏みとどまる。
危ないところだった。
昔から考え込んで意識がどっかへいくことが少なくないのだ。
ふぅ……。
俺は一度息をついて気持ちをリセットすると、冷めてしまった料理を口に運ぶ。
確かにそれは、驚くぐらい美味だった。
「ん~、で、これからどうなるんだろうね?」
結局あれから更におかわりをして満足したのか、ロズがそう口にした。
これから、というのは革命軍の話だろう。
「そうだね、集会の話だと、状況は緊迫してきている。少なくとも、例のプロジェクトを妨害するって意味でも遠征組は忙しくなりそうだね」
テラがそう分析する。
普段ふざけているコイツも、まじめな話になると急に頼りがいが出る。
グリドもロズもそれをわかっているのか、黙って耳を傾けていた。
「今帰還している遠征組が4……一応僕らを含めて5になるかな。憑依者の出現が増えてるなら、3組は遠征指令出ると思うよ」
ふむ。
テラの話では、この支部で動ける覚醒者部隊は11組だという。
その内、現在も遠征に出ているのが6組で、待機しているのが俺たちを含めて5組ということだ。
稀に覚醒者部隊も諜報に駆り出される場合があるが、主に遠征がほとんどなので、遠征組と呼んでいるらしい。
「っても、俺とテラは大仕事終えたばかりだろ……こいつもまだ戦力にならんし、遠征は先だろ」
隣に座っていたグリドが俺の頭にぽんと手を置きながら言った。
そりゃそうだ。
こちとら覚醒者になりたてもいいところだ。
瞑想の仕方すらわからん、初級覚醒者の底辺。
流石に遠征に出ろとは言われないだろう。
「そうだね、僕もそう思う。当分は鍛錬の時間を取れるんじゃないかな」
……鍛錬。
そう、俺に必要なのは鍛錬の時間だ。
まずは瞑想をマスターして、副作用を軽減したい。
できれば皮膚硬化や肉体強化も自分のものに、というところだ。
「やったー! テラ、鍛錬付き合いなさいよ! 二人が居ない間、強くなったんだから!」
ロズはわいわいと跳ねている。
鍛錬がお好きなようだ。
「や、僕はエルに色々教えないといけないからね」
テラは首を横に振ると、そう言った。
おお、心強いぞ、友よ。
「えー……じゃあ……」
ロズはそう言いながら視線を動かした。
もちろんその先には、グリド。
「めんどくせー……」
「はいっ! 決まり! ありがと~グリド!」
グリドはいつもの調子だったが、有無を言わさずロズに抱きつかれては渋々従った。
ロズに抱きつかれる……
一体、どんな感触なんだろう。
俺も強くなればああなる日が来るのだろうか。
がんばらねば。
「ああ、まだ居ましたね、テラ君、皆さんも」
そのまま雑談に興じていた俺たちに、誰かが声をかけてきた。
ぱっと振り返り、テラが口を開いた。
「アトリエルさん……どうしたんですか」
そこには、支部長の秘書である、アトリエルさんが立っていた。
脇に資料かなにかを挟み、片手で眼鏡をくいっと持ち上げる。
親指と薬指で眼鏡を直すその仕草は知的な印象を後押ししている。
そういえば、血は繋がっていないとはいえ、この二人は親子なんだよな?
にしては、君付けだし、さん付けなんだな。
義理の親子ってのはそんなもんなのだろうか。
「支部長がお呼びです、執務室までお願いします」
「うげ、わかりました」
どうやらテラを呼びに来たらしい。
テラはなにか心当たりがあったのか、ゆっくりと腰を上げる。
「じゃ、行ってくるよ。居住区、行ってて」
「うーい」
テラはそう言って食堂を後にした。
気だるそうに返事をしたグリドも同じように席を立つと俺を見た。
「傷は治ったんだよな。居住区、案内するぜ」
言い忘れていたが、どうやらこの支部自体は地下にあるようだ。
ここに移動するまで意識を失っていたのでどこにあるかはわからないが、部屋のどこを見渡しても窓がないからわかる。
大広間から伸びた廊下の先にさらに地下へと降りる階段があり、その先が居住区になっているらしい。
居住区というのはそのままの意味で、革命軍メンバーが寝泊りする場所だ。
広くは無いが水道も電気も通っていて、各部隊毎に部屋が割り当てられている。
「じゃーん! ここが私たちの部屋! ”テラハウス”よ!」
部屋の前に到着して、ロズが両手を広げて言った。
テラハウスって……。
まず家ではなく部屋だし、名前を前につけるのも……
「命名はロズだ、突っ込むなよ、頭突きされる」
耳元でグリドがぼそっと呟く。了解です。
それにしてもひとつ気になることがある。
部屋の中は仕切る壁のようなものはあるのだろうか。
ぶち抜きの一部屋だとするならば、男女が寝泊りするのは不健全だろう。
特にテラというケダモノが寝泊りしていい環境じゃない。
「上があたし! 下がグリドたちが寝てるの!」
と思ったものの、部屋をあけたらすぐにはしごの様なものがあって、上下に分かれていた。
ロフトみたいなものだ。それなら問題ないか。
「えっと? この場合エル君上かな? よろしく~」
――はい?
ナニヲオッシャッテイルノデスカ?
「下は二人でいっぱいだからな、しゃーない」
グリドは心なしかにやにやしながら言ってきた。
俺は一度冷静になることにした。
俺たちの部隊は4人。
俺、テラ(ケダモノ)、ロズ(女性)、グリド(190cm超)。
割り当てられる部屋はたった一部屋。
ロフトつきの部屋だが、横になろうと思ったら上下それぞれで二人が限界。
俺が来るまでは、上がロズ、下がテラとグリドという感じらしい。
……そして俺が加入。となると……。
「いやいやいや! まずいでしょ?」
俺はあわてて首を横に振る。
俺だっていい歳だ。
ぶっちゃけロズは色気で溢れている。
スタイルがいいし、なによりあの巨大兵器も持ち合わせている。
理性が保てる気がしない。
ほら、犯罪者って理性が弱いといわれていますし?
「なにがよ! あたしと一緒がいやってこと!?」
ロズがぐいっと俺に迫って言う。
顔が近い。
「いや、そんなことはないですけど」
「じゃ、きーまり! ほれ、上って」
今にも頭突きをされそうだったのと、ちょっといい匂いがして俺は必死に否定した。
するとロズは満足したように頷いて、俺の背中を押してくる。
俺はあたふたしながらグリドに視線を送った。
なんとかしてくれ、さっきの台詞は冗談だよな?
「じゃー俺は寝るぞ。テラが戻ってきたら起こしてくれ」
グリドは最後に口元をにやっと吊り上げ、下の部屋入ってしまった。
おーまいがー。
俺は半分諦めて、促されるままロフトに上った。
上ってみてわかったことがある。
下の部屋よりやや狭いのだ。
これだとケダモノは論外として、体の大きいグリドとロズという選択肢は選べないわけだ。
「奥に余りのシーツあるから、それ使って?」
「あ、はい……」
後からロズが上ってきて、ロフトの奥を指差して言った。
うぐ……、ロズが来ると一層狭く感じる。
というか、めちゃ近い。
足を伸ばすほどの広さはあるが、その代わり幅がない。
しばらくの沈黙。
高ぶる俺の精神とは裏腹に、下からグリドのいびきが聞こえてくる。
寝るの早すぎだろ……。
「グリド、ねちゃったね?」
はい?
そうですけど……。
なぜ、語尾を上げるのですか、ロズさん。
ロズは結んでいた髪を下ろし、俺と向き合った。
さきほど感じたロズの匂いが、一層協調され、頭がクラクラし始める。
「エル君って、顔、かわいーよね~」
ロズは少し顔を赤らめながらそう言って、少し距離を詰めてくるではないか。
ちなみに、俺はロフトの奥側にいるので、追い込まれているカタチだ。
な、なんですかコレは?
この雰囲気はあれですか?
え、ちょっと待ってください?????
色々と未経験な俺の頭はすでにパニック状態だった。
狭い空間、迫り来る美女と兵器。
テラ、ごめん。
ケダモノなんていって、ごめん。
だから教えてほしいんだ、先生。
俺はこれから、どんな目にあうんですか。