第六話 「革命軍の活動」
病室でグリドにお前の父親が革命軍のトップだ、なんて言われた俺は、
あれからまずテラをぶん殴ってやろうとベッドを降りた。
あれだけ俺を悩ませていた頭痛や吐き気も然り、傷口もロズに回復してもらったのですぐに動けた。
暴食の大罪因子の能力があれだけすごいのなら、他の系統の能力は一体……。
そんな期待を胸に食堂に向かった。
そこでテラはロズに肉まんを奢らされて意気消沈していた。
まぁ、俺の代わりにロズに報酬を出してくれたんだ、殴る回数を半分にしてやろう、そう思った瞬間。
――テラがその場に倒れたのだ。
これはギャグじゃない。直感した。
よく小突かれて転倒するようなキャラだが、目の当たりにしたのは、そういうのではなかったのだ。
何の前触れもなく体の力が抜け、骨を抜かれたかのように床に突っ伏したのだ。
これはまずい。急に心配になってきた。
屈んで容態を確認しているロズの隣に駆け寄り、テラに声をかけた。
意識はあるようで、引きつった顔でテラは言った。
「悪い、エル。筋肉痛……」
ぷっちん。
額で変な音がした。
……それから俺は病室までテラを文字通り引きずり、俺の寝ていたベッドにぶん投げた。
イタイ痛いと叫びに喚き、見られたもんじゃなかっただろうが、すれ違うメンバーたちは皆笑っていた。
どうやら皆テラの人柄を理解しているらしい。
まだ幼い頃からいるもんな、そりゃそうだ。と、納得。
病室の椅子でぐぅぐぅと昼寝をしていたグリドを横目に、俺は部屋を出た。
「あっ、エル君。テラはどうしてる? 怪我人に乱暴しちゃだめだよ~」
そしてすぐにロズが小走りでやってきた。
ゆ、揺れている。思わず目を逸らした。
「いいんですよ、あいつはあんなもんで。筋肉痛らしいですし」
そしてそのまま答える。
革命軍のことは知らなかったが、幼馴染として長い年月を共に過ごした。
テラの扱いはわかってるつもりだ。
「まぁ……テラはいいんだけど……けっこーきついのよ、筋肉痛」
はい?
ロズはどうやら筋肉痛というワードに心当たりがあるようだった。
筋肉痛ってあれじゃないのか?
運動した次の日くらいに来る、筋肉の痛み。
「ああ、そっか! エル君はまだ知らないことばっかだね! それじゃあ……」
ロズは思い立ったようにポンと手を叩くと、廊下の先を指差して言った。
「さっき食堂へ行くときに右に曲がったでしょ? そこを反対に曲がると瞑想室ってのがあるの。個室になってるから、色々調べてくるといいよ!」
――瞑想室。
瞑想ってのはきっとアレだろう。あの脳内の仮想空間で過ごす不思議体験のことだ。
「つまりその部屋で瞑想をして、大罪因子に色々聞いて来いってことですか?」
「そうそう! 覚醒者のことは大罪因子に聞いた方が一番早いのさ!」
なるほどな。
つまり覚醒者たちはその部屋を利用して、語り合っているのか。
例えば、自分の能力の話や、これからどうすべきかなどを。
俺はパッとリルーネの姿を思い浮かべた。
そう、彼女は大罪因子なんだ。
あの空間ではすべてがあまりにもリアルで、違和感しかない。
ああ、現実にあんな子がいればなぁ……っと、いかん。
「あっ、そういえば」
ロズは何かを思い出したかのようにテラとグリドが寝ている病室に入っていった。
疑問に思いながら追うようにして部屋を覗く。
「えーい」
あろうことかロズはテラにかかっているシーツを投げ捨て、服を脱がせ始めたのだ。
「えっ? えっ? ロズ……さん!?」
「あたしのことは呼び捨てでいいよー」
「や、ああはい。えっと、ロズ……なにしてるんすか?」
そうじゃないそうじゃないと心の中で突っ込みながら、手際よくボタンを外していくロズに訊く。
「んー? あ、あったあった!」
ロズはそう声をあげ、テラの服の裏から一枚の紙を取り出した。
ほい、とそれを渡された俺はよくわからないまま紙を見つめる。
二つ折りにしてあるぞ。一体……。
「テラはねーこうやって服の中に大事なもの入れとく癖があるのよー。だから今回も、と思って」
ああ、と頷いた。
そういえばテラは小さいころから宝物を見つけては服の裏にしまいこんでいたな。
街から逃げた先の洞穴でも、木の実をそっから出していた覚えがある。ポケットでもあるのだろうか。
……にしても、だ。
異性の服をあそこまで抵抗無く脱がすとは。
ロズは見た感じ俺やテラよりも少し上、という感じだ。
普通ならちょっとは遠慮するような気がするが……その辺りに無頓着なのかもしれないな。
「で、それ。支部長からの手紙だよ。テラが預かってるって聞いてたから」
「支部長?」
簡単に聞き返す。
「そ。テラのお父さんね。いま私たちがいるここは、革命軍の支部だから。そこの偉い人よ」
ロズはそう答えた。
あ、あの人か。
幼い頃、一度だけ街で見かけたことがある。
テラと同じ金髪で、ワイルドな感じだったのを覚えている。
例の、20を超える女を又にかける男だ。
「たぶん、エル君が加入するのを見越して書いてあったんだと思う。それ持って瞑想室にいきなよ」
なるほど。
確かに革命軍に入ることに決めたはいいものの、何がなんだかサッパリだ。
この手紙を読んで革命軍やこれからのことを、
そして瞑想を行うことで覚醒者のことを知れ、とロズは言っているのだ。
「いちおー夕食前に集まりがあるから、それ覚えておいてね。あと二時間くらいだから! じゃね!」
ロズはそれだけを言い残すと、ぱっと手を上げてそのまま走り去って行った。
後ろから見ると結った髪がぴょこぴょこと揺れていて面白い。
……つまり前も後ろも揺れるのだ。おそろしや。
さて、集まりが二時間後、だったな。
集まりってのは会議かなんかのことだろう。
それまでは自由時間、ということだ。
ならばまずは瞑想室へ、だな。
ある程度の知識を持っておかないと、これからが大変だ。
……いいかげん、ドッキリ新事実!みたいなのは勘弁願いたいしな。
廊下を左に曲がると、瞑想室はすぐに見つかった。
まっすぐ伸びた廊下の突き当りまで、左右に個室のようなものがいくつか並んでいる。
扉の上にはランプが付けられており、緑に点灯しているものや、赤、黄、そして何も点いていないものまである。
ちら、と壁の張り紙を見ると、この色の意味がわかった。
緑色:入室可能
黄色:入室済み
赤色:瞑想中
なるほど。
つまり俺は緑のランプが点いている部屋を使えばいいわけだな。
ちなみに何も点いていない部屋は予約済みか故障、という感じらしい。
俺はすぐに入室可能の部屋に入った。
瞑想室は人が2人入れるか、というくらいの狭さで、
簡単な椅子とテーブル、そしてパソコンと付属のヘッドフォンがあった。
「なんか、ネットカフェみたいな感じだな……」
そんなことを呟きながら、俺はその椅子に腰掛ける。
なかなかクッション性に優れた椅子だ。寝そう。
ああ、そういえば夢を見ることによって瞑想状態に入れることもあるんだったか。
人によってはそうするパターンもあるのだろう。
まぁ、どちらにしろ瞑想は後だ。
まずはロズから受け取ったこの手紙を確認しよう。
俺は室内にあったボタンを押して部屋を入室済みに変更した後、二つ折りの手紙を取り出した。
早速中身を確認しようと手紙を開く。
「……白紙じゃねえか」
が、思っていたのとは違い、一切の文字もない、まさに白紙だったのだ。
どういうことだろう。
テラが大事そうにしまってあった紙なので、ただの紙切れなんてことはないだろう。
ロズも中身を確認はしていなかったが、支部長からの手紙だ、と言い切っていた。
しかし、目の前の紙には何も書かれていないのだ。
「何か特殊な紙なのか?」
聞いたことがある話だ。
例えば、水に濡らすと字が浮き出るとか、火であぶると部分的に焦げるとか。
そういった紙であるならば、白紙なのも頷ける。
革命軍のやりとりなので、機密性から、そのように厳重にしている可能性も高い。
「ふむ……」
さて、困ったな。
瞑想室には水なんて無いし、火を起こせるものもない。
一旦外へ出るか……?
と、考えていた矢先、白紙の紙に変化が現れはじめた。
少しずつ、色が変化しているのだ。
仕組みはまったくわからなかったが、俺の指に触れている部分から周囲にかけて少しずつ色が濃くなっていき、やがてそれが文字らしきものを形成し始めた。
そしてあっという間に、なんら変哲も無い手紙への変わってしまった。
よくわからないが、とりあえず、これで読める。
俺は一度咳払いをして、手紙に目を通すことにした。
『よぉ、エル。 久しぶりだな。テラの親父の、ギガだ。
悪ガキだったお前が、テラと同様もう一人前の大人に成長した。
いよいよこの時が来た! 俺はこの日を待っていたぞ』
ガハハハハ、とワイルドな笑い声が聞こえてきそうだ。
『さて、これからはお前も革命軍のメンバーだ。
お前の親父のシンは、俺よりも偉いところにいるから簡単には会えん。
しばらくは俺のこの支部で活動をしてもらうことになる』
ここにも、父の名前があった。
支部というからには、本部もあるのだろう。
それだけの規模の革命軍を、まとめているのか、親父は。
……なんとも想像しがたい話だったが、それはさておき。
とりあえずは俺はこの支部で活動をするということはわかった。
続きを読む。
『革命軍の活動と言っても、色々ある。
新参のお前はまだわからんことだらけだろうから、
裏面に簡単に革命軍の活動をまとめておいた。
それを見てなんとなくイメージを掴んでおけ』
その文面を見て、俺はピラ、と手紙を裏返す。
先ほどまで白紙だった裏面にも、文字がびっしりと浮かんでいるではないか。
『あとの詳しいことは、毎夜開かれる集会でわかってくることだろう。
早く会えることを楽しみにしてるぞ。 ガハハハ』
……この人、手紙なのにわざわざ笑い声を書いているぞ。
しかも、想像していた通りの笑い方だった。
思わずにやけてしまう。
表面のメッセージはそれで終わりだった。
詳しくは集会で、というのはロズの言う集まりのことだろう。
ふぅ。
まだ時間はある。
裏面を読んで、革命軍について知っておこうか。
……
「ふむ……なるほど」
手紙の裏面にはびっしりと革命軍の活動内容について羅列してあった。
大雑把ではあるが、簡単に要約すると主な活動内容は以下の通りだ。
・諜報
いわゆるスパイを含む情報収集。
対象はもちろん世界政府だが、場合によっては世界情勢についても調べることがある。
グリドが世界政府の駒として動いたり、テラが幼くして俺の街に来たりしたのもこの活動にあたる。
・渉外
世界政府が目を光らせている現在、反抗の芽は顔を出しては居ないが、
地中で不満を溜め込んでいる国や団体は少なくない。
水面下でこういう国々とコンタクトを取り、勢力を広げていく活動、これが渉外だ。
・遠征
今俺が運ばれているここが革命軍の支部。
やはり、どこかに本部があり、他にも世界各地に支部があるという。
支部ではその地域周辺で異常事態があったとき、そこへ革命軍メンバーを送り込むそうだ。
これを遠征という。
異常事態というのは、主に憑依者の発生や覚醒者の出現。
世界政府に先手を打たれる前に、そこで発生したアクシデントを解決しなければならない。
もし、先手を打たれた場合、世界政府の株が上がるばかりか、犯罪者=怪物のレッテルを上塗りされるからだ。
逆に、先手を打てさえすれば、ゆっくりと事情を話すことが可能だ。
ここで共通理解が持てれば、犯罪者と一般人が共存できる世界へ一歩近づく、ということだな。
革命軍のメンバーは必ずしも覚醒者というわけではないらしい。
だが、遠征の特性上、この活動は専ら覚醒者が行うという。
・鍛錬
上記の小難しい仕事があるとき以外は、各自自由のようだ。
と、いってもいつ遠征が命じられるかがわからないので、基本待機になる。
だが、世界政府との衝突や、強力な憑依者との遭遇を想定して、常に戦闘力を向上させる必要もある。
つまり、個人の時間を使って己を磨け、ということだ。
これが鍛錬にあたる。
「鍛錬、か……」
俺はぐっと握り締めた拳を見つめて呟いた。
マリスに拷問を受けたとき感じた無力感。
リルーネは副作用で能力が発揮できなくなると言っていた。
そしてその副作用もこの鍛錬次第で軽減できるとも。
所属直後に遠征が命じられる可能性は無いと思うので、やるべきことはこの鍛錬なのだ。
あとの内容は、会計やら給仕やら、生活全般に関わることばかりで、
特筆すべき点は見つからなかった。
その仕事をするとなったらまた確認しよう。
さて……
俺はちら、とパソコンのモニターで時間を確認する。
まだ集会まで一時間以上ある。
ロズの言っていたとおり、瞑想をしよう。
そして、覚醒者について、リルーネに詳しく聞こう。
「……」
でも、瞑想ってどうやるの?
最初から壁にぶちあたっていた。
しばらく奮闘した。
目を閉じてとにかく集中してみた。
椅子の上であぐらをかいて座禅のようなポーズをとってみたり、
リラックスするために全体重を椅子に預けてみたり。
集中することで、瞑想空間に行ける。
それしかヒントがなかったので、いざ意識的にやろうにも、全くうまく行く気配が無い。
「困ったな……」
三十分ほど頑張ってみた。
成果は、なし。
集まりまで一時間を切り、余裕はなくなってきている。
だが、ここで諦めるのも癪だ。
少しでも覚醒者について知っておきたい……。
ここで、以前瞑想状態になった時のことを思い出すことにした。
確か、バイオスがテスト、とかいう態で犯罪者を殺していた時だった。
あの時は本当に焦った。思い出すだけでも恐ろしい。
よく殺される!と思ったきにちびるシーンがあるが、わからんでもない。
というか、すこしちびったかもしれない。
瞑想に入ったのは、その後だ。
状況を打破する為に、集中しようとしたんだ。
集中、集中。
あの時できたんだ。
今は頭痛も無い。
俺ならできる……集中だ。
「……」
だが、変化はなかった。
なんだよこれ!
と、さじを投げたくなったが、我慢する。
フー、と大きく息を吐いて、とりあえず目を開ける。
「こんばんは?」
――女神が、いた。
「うおおおおおおッ!? いつのまに!?」
俺は思わず叫んだ。
気付けば目の前でリルーネが首を傾げていて、
気付けば壁は異質にも瞬いていて、
気付けば背もたれはなく俺は後ろに転げ落ちた。
「あはは、よく転びますね、大丈夫ですか?」
「ああ、高い天井をこうやって見るのが好きだからな」
そういえば、初めてリルーネに会ったときもこうやって床で仰向けだったな。
扉を開けようとチャレンジして、見事に失敗したんだった。
リルーネは俺の傍によって手を差し出してくれる。
綺麗な脚が視界に映り、思わず違うところを見ようとしてしまうのを必死におさえる。
「悪いな」
俺はリルーネの手をとり、起き上がった。
ロズよりも細く、そしてやわらかく暖かい手だった。
あらためて椅子に腰掛けてリルーネに向き合うと、彼女はふふっと微笑んで口を開いた。
「今日は、覚醒者としての知識、でしたね?」
俺は頷く。
これまでの会話の中から、俺が現実であくせくしているのを、彼女は見ているようだった。
そしてこの空間では、考えていることが筒抜け。
だからあらためて訊かなくても、リルーネはだいたいの知りたいことをスムーズに教えてくれる。
「それでは一部教えますね。一体、覚醒者には何が出来るのか」
……
リルーネが今回教えてくれたことは、こうだ。
覚醒者はそもそも、理性をコントロールすることで、
脳の秘められた力を一時的に解放し、超人的な力を発揮できる、ものらしい。
ここでのコントロールというのは、あえて理性を弱めることで、
脳にかかっているリミッターを外す、ということだ。
この理性をゆるめ、リミッターを外すことを”解放”という。
どれくらいまで脳を解放できるかはその覚醒者次第のようだが、
主にどこまで脳を解放できるかによって、覚醒者のランクが分けられているようだ。
○ 初級解放 (脳の解放率2~5%)
1.極限の集中力(瞑想)
時間間隔をゆがめ、自分の脳内(異空間)に避難し、一定時間過ごすことができる。
2.皮膚の硬化
銃弾を弾くほどには硬くなる。硬さには個体差があり、鍛錬で硬度を増す場合が多い。
3.肉体強化
身体能力が跳ね上がる。怪力も出せる。生身の人間ならプリンのように殺せる。
『副作用 頭痛、吐き気』
○ 中級解放 (6%~15%)
1.肉体変化
肉体の形状を変化させる。爪を伸ばしたり、巨大化させたり、もともとある組織を成長させることが可能。
一定時間経過か、意識的に解除される。
2.初級能力解放
各大罪因子による能力のうち、一部を行使できる。
『副作用 極度の筋肉痛、もしくは生理的欲求の強制解放』
――それより上は?
と、訊いてみたものの、リルーネは首を横に振った。
おそらく、上級、そして更にその上の解放があるハズだ。
中級では脳の15%までしか使っていないのだから。
だが、彼女はそれを教えるのを拒んだ。
今は知らないべきなのか、それとも何か特別な理由があるのかもしれない。
ひとつわかったことは、彼女、大罪因子は何でも教えてくれるわけではない、ということだ。
それもどちらかというと、知らないから、ではなく、知っているが教えない、という感じだ。
俺はこの解放の話を聞いて、他の覚醒者たちを思い浮かべていた。
初級解放の瞑想は俺でもできた。これはいい。
皮膚の硬化も、できていた気がする。
肉体強化はまったく見覚えがないが、やろうと思えばできるのだろう。
つまり俺は、”初級覚醒者”に位置づけられるわけだ。
副作用の頭痛や吐き気はいやというほど味わった。
次のランクの中級覚醒者。
肉体変化は、グリドが使っているアレだろう。
ペレを殺したときや、マリスを吹き飛ばしたときに見た。
ロズがやってみせた”細胞を分け与える”が、大罪因子による能力に違いない。
この副作用に、筋肉痛、があったのだ。
つまりテラは、何かしらの力を行使して、ああなったということだ。
……そういえば、俺が拷問されていた裏で派手に暴れたらしいしな。
つまり今挙がった3人は、少なくとも中級覚醒者であるわけだな。
少し、スッキリした。
そして自分が覚醒者としてまだまだであることを再確認した。
「そろそろ、現実に戻ったほうがいいでしょう」
リルーネは、早くもそう切り出した。
そう、教えてくれたのはこれだけだった。
「なぜだ? まだ色々訊きたいことがあるんだが」
そう返す。
例えば、俺は何系統の大罪因子を持っているのか、とか。
ロズが言うには暴食らしいが……。気になるところではある。
もしかしたら現実世界で時間が経っている可能性もある。
集会があるということなので、それかもしれない。
「……いえ、現実では1秒ほどしか経過していません」
ほ?
まじすか。たったそれだけ……?
そうなると、時間感覚を歪めるって、かなりの荒業だぞ?
にしても、まだ時間はある……なぜ……
「戻ればわかりますよ、さぁ」
リルーネの掛け声と同時に、また視界が歪んだ。
このぐにゃりと景色が曲がっていく感じ、好きじゃない。
――ズキン
俺は頭痛と共に目を開けた。
目の前にはパソコン。瞑想室に戻ってきたようだ。
モニターを見ると、本当に数秒しか経過していないようだった。
体感では数十分ほど話を聞いていたぞ。
そして、頭痛。
副作用が、すでに来ていた。
しかも、きつい。
以前こんなに痛かったか?
と思うほどに、それは苦痛だった。
体を動かして、頭が揺れようものならそれだけで響く。
リルーネさん。
鍛錬で、副作用が軽減されていくって、ほんまでっか……。
俺はため息を交えながら、瞑想室を出ることにした。
歩き始めて、気づいたことがある。
この頭痛のせいで、まともに歩けない。
まさに牛歩だ。
集会があるとされているところまで、このペースで行こうとなるとかなりの時間を要する。
「……なるほど、ね」
リルーネは、この時間を計算していたってわけだ。
俺はとぼとぼと、歩みを進めていった。