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気づいたら犯罪者だった  作者: iceight
第一章 覚醒
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第五話 「驚愕たる事実」

 

 パッと目を開けると、どこかで見たような景色が広がっていた。

 だが、現実の世界とは思えなかった。

 不思議に瞬く壁と、高い天井。

 ここは、きっと俺の脳内だ。


「こんにちは」


 ふと声のほうを見やると、リルーネがちょこんと椅子に腰掛けて微笑んでいた。

 あかん、さっきまで地獄のようなシチュエーションで狂った女と向き合っていたから、女神に見える。

 おっと、こんなこと考えていては、筒抜けのリルーネに申し訳ない。

 焦りながら視線をずらし、彼女が座っている椅子に目をやる。

 前来たときは、椅子なんてあったっけ?と思ったが、不思議現象に麻痺してきていた俺はそこまで驚かなかった。


「エルさんも、どうぞ」


 リルーネはそうやって手を差し出すと、そこに椅子があった。

 というか、椅子が現れた。さっきまでは無かったから。


 俺は促されるままその椅子に腰掛けると、リルーネと向き合う。


「もしかして、俺って死んだ?」


 素朴な疑問だった。

 俺の記憶が正しければ、現実世界では瀕死状態。

 爪はともかく、耳が吹き飛ばされ、腹は縦に割られているはずだ。

 傷はそこまで深くなかった気がするが、血は結構流れていたので、命の危険も考えられる。


「大丈夫ですよ、意識を失っている状態です」

「そうか、よかった」


 とりあえず一安心。


「にしても、またここに来れたわけだ。意図的に来たわけじゃないんだが……どうなってるわけ?」

「はい、お答えします。このように脳内へ退避し、一定時間を過ごせる状態を、”瞑想状態”と呼びます。現実世界では限りなくゆっくりと時が流れているので、こちらで一時間過ごしても、現実では一秒と経っていません」


 瞑想状態、か。

 以前言っていたのは、極限に集中することで、ここへ来れる、ということだった。

 文字通り瞑想だな。


「もちろん意図的に集中することでここへ来ることができますが、それ以外の方法もあります」

「今がそうってことだな?」

「はい。具体的には、夢を見ることです」


 夢ってのは、将来なりたい職業、とかじゃなく、睡眠時に見るアレだな。

 個人差もあるが、浅い睡眠状態で見るとされているものだ。

 たしか記憶の整理をしているとかで、過去の出来事や願望など、いろいろな場面を体験する。

 意識を失ったり、生死を彷徨う状態でも見るとされている。三途の川ってやつだ。


「つまり、普段見ている夢の代わりに、ここに来れることがあると、そういう認識だな」

「はい、そうです。必ずしもここへ来るわけではないので、覚えておいてくださいね」


 なるほどわかった。


「そういやこの前、ここへ来ようとしたことがあったんだが……」

「ええ、見ていましたよ」


 リルーネは察したように頷いた。

 俺がマリスに腹を割かれそうになったとき、なんとかならんものかとふんばったあのシーンだ。

 結局なにもできずに、己の無力さを呪ったが。


「頭痛や、吐き気を感じたでしょう。これはお察しの通り、脳を酷使したことによる副作用です」


 やはりか。

 覚醒者として大罪因子の力を引き出すということは、脳のリミッターを外す、つまり酷使するということなのだ。


「副作用は鍛えることで軽減されますし、もちろん息を吸うように力を発揮することも可能になります。まだエルさんは覚醒して間もないので、ひどい痛みがあるでしょう。その痛みがあるうちは能力の行使は困難です」


 俺の読みは大体あたっていたな。

 だが、副作用を軽減できるならば、ありがたい話だ。

 ちょっと能力を使っただけでひどい頭痛や吐き気に襲われているようでは、ありがたみが全然ない。

 グリドやマリスのあの姿が、息を吸うように力を発揮しているものなのだろう。


 そうだ、グリドで思い出した。

 バイオスの部下だと思っていたが、実際のところどうなんだ?

 テラが言った台詞から、あの二人は以前から面識があった?

 でも俺とテラを捕まえたのはグリドだぞ?


 わけがわからん。


「そのあたりは、本人たちの話を聴いた方がはやいでしょう、さぁ目を覚ましますよ」


 リルーネがそういい終わるのが先か後か、視界がぼやけはじめた。

 ふぅ。どうやら目を覚ませるようだ。

 眠ったままここに閉じ込められるなんて勘弁願いたいものだ。


 いや、美少女と一緒なら悪くないか。




 閉じていたまぶたをパッと見開くと、白いタイルでできた天井が映った。

 どうやら室内のようで、体にはシーツがかかっており、暖かさを感じる。


「目を覚ましたかい、エル」


 声の主を見やろうと体を起こす。


「いってえええええええ」


 が、激痛が襲ってきてばたりとベッドに舞い戻る。


「無理しないで横になってなよ。お腹に穴開いているんだし」

「なんだテラか。いやぁ、死ぬかと思ったな」


 隣に腰掛けていたのはテラだった。

 どうやら意識の無かった俺を看ていてくれたようだ。


「エルが体を張ってくれたおかげで、こっちは仕事がはかどったけどね」


 テラははは、と笑いながら答えた。

 そうか、はかどったか。

 そりゃあよかった。

 爪と耳と腹の肉を失った甲斐があったぜ。


 ではなくて。


「色々質問したいことがあるんだが……」

「うん? そんなに?」


 テラはきょとんとした顔をする。

 そんなに、っていうか、わからないことだらけだぞ。

 こっちはパニック状態だ。

 すがすがしい顔をするんじゃねえ。

 髪型の確認とかしてんじゃねえ。


「ジョーダンだよ、ジョーダン。そんな大したことじゃないからさ、リラックス聞いてよ」

「おぉ……」


 テラはにこやかに笑って俺の方を向いた。


「僕はエルと出会う前から、革命軍のメンバーだったんだよ。以上」


 はあああああああああああ? 

 俺は目を思いっきり見開いて、心の中で叫んだ。

 心底腹から声を出したかったが、ズキリと腹が痛むので遠慮させていただく。


「これでだいたい理解できるでしょ。うーん、そろそろ髪でも切るかなぁ」

「まてまてまてまてまて」

「あ、リンゴむいて欲しいの? 早く言ってよ~」


 絶対遊んでいるだろ。

 さらっとカミングアウトしたが、かなり意外な事実だぞ?

 物語の後半でよくある、親友が魔王だったとか、恋人が生き別れた実の兄妹だったとか、そんなんだぞ?


 革命軍っていったらあの世界政府が恐れている組織だろ。

 俺と出会う前ってそれ十歳にもなってねえぞ?


「大抵の人はこれで理解できるんだけどなー。実はグリドさんと僕はグルで、世界政府を欺くための一大プロジェクトだったとかさ」

「お前みたいに頭の回転がはやくねえんだよ……ってかまたさらっと言いやがったな」


 これじゃあ埒が明かない。

 とりあえず一から十までこいつを問い正そう。

 ふざけやがったらぶん殴る。

 爪を剥がして耳を吹き飛ばしてやるわ。



 ……



「も、もうリアクションに疲れた……一生分のびっくりを使い果たした……」

「なんでそんなに殴るの……」

「お前がふざけるからだろうが」


 流石に爪やらは勘弁してやったが、十発は殴った。

 テラは流石にもう話す内容はないようだ。駄洒落じゃないぞ。


 さて、聞いた内容を整理するか。

 テラの話に沿って、何がどのように起きて今に至るのかを語ろうと思う。



 まず話さなければいけないのは、テラの家族構成だ。


 以前テラの父親は一夫多妻制の状況におり、妻の数は二十を超えると述べたと思う。

 実はテラの親父は革命軍に所属していて、幹部的な立場にあるらしい。

 確かに考えてみれば、現行の法律で認められていない一夫多妻制を認めさせるには、革命を起こすのがてっとりばやい。

 そこでテラを含めた息子達は、幼くして革命軍に所属するらしいのだ。

 こうしてテラは革命軍の人間として育てられた。


 ある日、俺の住む国で世界政府が何かを企んでいるという情報が入ったという。

 革命軍としてはこの動きを詳しく察知するために、首都に近い街にスパイを送り込む必要があったそうだ。

 こうして、テラの父親は友人の手を借りて、息子を街に送り込んだ。

 ここでいう友人ってのは俺の父だな。


 そこで俺達は出会った。

 そっからの話は以前述べた通りだが、テラは裏で革命軍としての活動をしていたわけだな。



 続いてはグリドの話だ。


 グリドは世界政府発足当時から各地で勃発した戦争による被害者らしい。

 テラの話なので詳しくはわからなかったが、世界政府に深い憎しみを持っているようだ。

 そこで紆余曲折を経て革命軍に加入した。


 グリドはテラが街でスパイ活動をしている裏で、なんと世界政府そのものに入り込み、情報を盗んでいたという。

 世界政府は憑依者を処理する都合上、覚醒者を雇う必要があったので、そこの隙を突いた作戦だ。



 そして今回の犯罪者隔離政策に至る。


 これがヤバイ。

 まず、世界中の人に大罪因子の存在を知られる。

 おまけに覚醒や憑依の話を伏せた上で、やがて罪を犯す存在として広めた。

 これは俺も含む、多くの犯罪者の反感を買った。


 世間は一時的に混乱し、ストレスを与えられた犯罪者が各地で憑依し始めているというではないか。

 丁度ペレが憑依したのもそれだな。

 その世界の混乱が世界政府の意図したものであるかは定かではないが。


 革命軍が最も危惧したのは、一般人の動きだという。

 全人口の約9割が大罪因子を持たない人間だとされるらしい。

 つまり、この層の人間が作る意見や意志が世界を動かしているといっても過言ではない。

 世界政府はこの層をうまく操っている存在だ。


 大罪因子を持つ者は実際に罪を犯す、というでたらめな報道で、ただでさえ犯罪者たちの風当たりは強い。

 ここに、犯罪者が怪物へと変貌する、という事実が一般人に知られてしまうとどうだ。

 風当たりが強いなんてレベルじゃない。

 風の代わりに刃物や銃弾が飛んでくる。


 世論を味方につけた世界政府の行動も、一層過激になり、俺たち犯罪者は消されていく。

 どれだけ覚醒者一人当たりの能力が高かろうが、数の暴力には勝てないからだ。

 ……例え勝てたとしても、そこに求めていた世界はない。


 俺の母や、友人。

 犯罪者ではない人間を、暴力で屈服させた世界。

 そこにある居場所なんてものは、欲しくない。




「わかったかい? だから革命軍は、本当の意味での、平和の世界を求めているのさ。世界政府の言うような、犠牲者の上にできる平和ではなく、僕たち犯罪者と一般人が、和解した上での平和をね」


 テラはそう言って白い歯をニカッと見せる。

 ふざけてはいるが、コイツの本心が表れていると思った。

 そうか、本当の意味での、平和か。


 きっと、俺が世界政府の言っている平和に違和感を覚えているのはそういうところなんだろう。

 犠牲の上に、ってのはある程度仕方がない部分もあるだろう。

 現実問題、難しい話だ。


 だが、理想を追い求めることが価値とするならば。

 ……諦めてしまったヤツらには価値はない。


「で、エルはどうするの」


 ……ん?

 テラは唐突に俺に訊いてきた。


「だから、これからのことさ。僕たちと一緒に活動するんだよね?」


 ……ああ、そういうことか。

 僕たちと一緒に活動する。これは革命軍に入るって意味だ。

 今の今まで、客観的に物事を見ていた。

 だからいざ、自分はどうなんだと訊かれたときに、言葉を詰まらせた。


 正直、惹かれたさ。

 革命軍、いいじゃないか。

 覚醒者として、どうあるべきか。

 世界政府の駒として、偽りの平和に手を貸すか。

 困難だとわかっていようが、理想の平和のために力を尽くすか。


 あらためて主観的に物事を見たとき、スッと胸のとっかかりが消えた気がした。

 答えは、決まっていた。


「ああ、よろしく頼む」


 ――ドタドタドタァン!!!!


 俺がそう答えた瞬間、大きな物音と共に、部屋に誰かが転がり込んできたようだ。

 俺は呆気にとられて、テラの方を見る。


「なんだい、みんな。盗み聞きかい」


 テラははっはっはと笑いながらそう言った。知り合い?


「いやだって! 気になるじゃない! シンさんの息子さんでしょ! ここに運ばれたってきいて、じっとしてられないわよ! ね!グリド!」

「いや……俺は面倒だからいいって言ったんだが……」


 最初に活気よく答えた女性は、グリドの背中をバンバンと叩いている。

 部屋に転がり込んできたのはグリドとこの女性の二人のようだ。


「エル、紹介するよ。この女性はロズさん。もちろん革命軍のメンバーだよ。すごく綺麗で、スタイル抜群。なにより豊満なバスうごっ!?」


 テラはにこにこと彼女、もといロズの紹介を進めていたが、途中で彼女に頭を小突かれて椅子から転げ落ちた。


「えへん。紹介にあずかりました、ロズ・ファールトです! よろしくね、エル君!」


 ロズは拳を胸の前に添えて咳払いをすると、そう自己紹介をしてくれた。

 赤い髪の、綺麗な女性だ。髪を頭の横で結ってあり、ぴょこんと尻尾が跳ねているようだ。

 あまり見かけない髪形なのでアレだが、ツインテールの片方だけバージョンとでも言うか。

 視線を落としていくと、まず目に付いたのがテラの言う豊満なバスト。これはやばい。

 でも小突かれるのでそのまま視線を戻し、軽く会釈する。


「ほら、グリドもっ! 挨拶しといたら!?」

「あー」


 ロズはもう一度グリドの背中を叩いて押すと、グリドは情けない声を出しながら一歩前に出た。


「知っていると思うが……グリドだ。まぁいろいろ、騙すようなことをして悪かったな」


 グリドは頭をぽりぽりと掻いて照れくさそうに言った。

 そういえばいつもはゴーグルをしているのでわからなかったが、なかなか男前だ。

 普段の気だるげな声から、もっと垂れ目で気弱そうな顔をイメージしていたが、鼻立ちもよくキリッとしている。


 そういえばグリドは俺を拷問台の柱にくくりつけるときに、何か言っていたな。

 初仕事だ、だっけか。

 ここにきてやっとわかった。

 俺がバイオスを挑発して時間を稼いでいる間に、裏でテラとグリドが暴れまわったということだ。

 俺の挑発行動も、その後革命軍に入ることも込みで計画が進んでいたとするのであれば、確かに初仕事だな。


「そういえばロズさん、エル大怪我してるからさ、お願いできる?」


 いつの間にか起き上がっていたテラは、額をさすりながらそう言った。


「ん? あーそうね。焼肉……いや、革命軍加入祝いで肉まん3個で手をうつわ!」

「えー僕持ち? 治すのエルなのに……? まぁ仕方ないね」


 ロズとテラはよくわからないそのやり取りを経て、お互い納得したようだ。

 焼肉? 肉まん?


「えっと? 治せるんですか? コレ」


 俺はその会話のワードから治すという言葉を聞き逃さなかった。

 もしかしたら治癒能力とかあるのかもしれない。

 なんかファンタジーの世界みたいで、わくわくしてきた。


「ま、ご想像の通りね。どこやられたの?」


 ロズは倒れていた椅子を戻して腰掛けると、俺を見る。


「えっと……爪と腹、あと耳、ですかね……」


 俺は答えた。

 爪と腹はともかく、飛んでった耳が治るイメージがなかった。

 一生片耳を欠いた生活を送るとイメージしたとき、かなり落胆したものだ。


「うへーその包帯の下、耳無いのー? テラ、肉まん一個追加」

「うぐっ……」


 ロズはそれを聞いてテラに向けて指を一本立てる。

 有無を言わさないその姿勢にテラは言葉を飲み込んで頷いた。


「ほいじゃーやるよん。手、出して」


 俺はロズに言われるままに、布団の中から手を出した。

 ロズはすっと俺の手を握り締める。

 冷たくて綺麗な手だ。


 思わず見とれていると、ある変化に気がついた。

 彼女の瞳と、手が妖しく光り始めたのだ。


「お、おおおおおお??」


 俺は思わず声を上げた。

 瞳と手は、なにかが渦巻くような黄緑の文様が浮き出ており、少しずつ輝きを増していく。


「そっか、エルは見るの初めてだもんね。よく見てなよ」


 テラがそう言うので、俺は唾をごくりと飲み込むと、その手を見つめた。


「いくよー」


 ロズのその掛け声と同時に、その光り輝く文様が俺の手に伸び、腕へと進んできた。


「う、うおおおっ!?」

「はーい、気にしない、動かない。うん、けっこースムーズ。エル君も持ってるかもね」


 正直俺はむずがゆくて仕方なかったが、とにかく動かないことにした。

 文様はそのまま俺の傷口、腹部や耳辺りまで伸びてきた。

 そこで一層光を増すと、じんわりと温かさがやってきた。

 なんだか、むずがゆさと温かさが交じり合って、なんとも言えない感覚だった。

 決して気持ち悪くはない、どちらかといえば気持ちいいものだ。


「はい!完了ッ!」


 ロズはそう言って手をぱっと離した。

 その瞬間文様と輝きは消え、温もりも失われた。


「え?え?」


 俺はわけがわからないまま、体を起こす。

 さっきまでは体を起こそうとすると激痛が走ったというのに、まったく痛みがなかった。

 おそるおそる耳に手をやると、確かにあったのだ。


「おおおおおおおおおお!???? 耳があるぅぅぅぅぅ!?!?」


 俺は思わず歓喜の声を上げた。

 完全に治っていたのだ。

 飛んでいったはずの耳が、今ここに。

 ああ、おかえり、マイイヤー。

 さようなら片耳生活。


「ふっふふーすごいでしょ。コレも覚醒者の力なんだよ!」


 ロズは鼻息を少し荒げて、そう言った。


「と、いっても、”暴食”の力だけどな」


 グリドがそう付け加える。


 はい、またわけわからんワードきました。

 暴食ってなんですか先生。

 たくさん食べたくなっちゃうやつですか。


「ん、エルは読んだり教えてもらったりしなかったかい」


 俺の困惑の表情を見てか、テラが声をかけてくれる。

 なんのことだ、と返すとテラは口を開いた。


「ほら、瞑想空間、いったことあるでしょ。あの空間、脳内では、さまざまな媒体を通して蓄積された知識を引き出せるんだ。エルも体験しただろう?」


 ああ、と頷いた。

 あの正方形の空間。

 たたずむ美少女。

 リルーネの笑顔を思い浮かべて、少しにんまり。


「個人差があるけれど、人によっては図書館みたいになってたり、言葉を話す存在がいたりで、そこで教えてもらうんだよ。覚醒者としての知識や、能力をね」


 テラの説明で、解決した。

 おそらく、”暴食”というのも覚醒者の力のひとつにあたるのだろう。


「俺が彼女から聞いたのは、瞑想のことと、世界政府の歴史……あとは現状へのアドバイスくらいだな。暴食云々は聞いてない」


 俺は答えた。


「彼女? メスだったのかい!? いやーうらやましいね」


 テラはそれだけで興奮気味になっていた。

 なんだよメスって。


「暴食って言うのはね、大罪因子の属性みたいなもんよ。全部で7系統あって、それぞれ所持しているかどうかで得意不得意が決まるの」


 ふざけはじめたテラの代わりにロズが教えてくれる。

 属性、だと? やはりファンタジーじゃないか。

 子どものころにやったゲームの世界だ。


「で、私は暴食の覚醒者。暴食メインの能力者ってことねー。ひとつの力が”細胞を分け与える”こと」


 ロズは詳しく説明を続けてくれた。


 覚醒者にはそれぞれメインとなる属性がある。

 7系統とは、強欲、怠惰、色欲、暴食、憤怒、嫉妬、そして傲慢。

 宗教上で使われている七つの大罪ってやつだ。


 瞑想状態で知識を引き出していくと、やがてメインの能力を覚え始める。

 暴食の”細胞を分け与える”というのは、要するに治癒能力で、自分が摂取したカロリーを他者に分け与えることで傷ついたり失ったりした組織を回復させるというものだという。

 つまりロズは、覚醒者の力を使って、俺の傷を癒してくれたわけだ。すげえ。


「でもね、この力は相性があるのよ。治すときに、文様が移動していったでしょう?」


 ロズの質問に、頷く。


「このとき、その移動する媒体に、同じ暴食の遺伝子がないとスムーズにいかないのよ。なんか引っかかるかんじ?」

「ほお」

「エル君はそんな感じがしなかった。だから暴食を持っているんじゃないかなー」


 なるほど。

 それで一種のチェックテストみたいな感じにもなるのか。

 俺の中に、暴食の大罪因子が、ねえ。


 ――ぐるるるるる


 その時、部屋に異質な音が響いた。

 唐突に、だ。

 部屋は一瞬静まり返った。

 まるで獣のうなり声のように聞こえたが、この音を俺は知っている。


「さぁ! おなかがへったわ! いくわよ! テラ!!」


 ……ロズは、おなかが減ったようです。

 カロリーを分け与える力なので、おそらくそういうことだろう。

 ああ、だから報酬に焼肉やら肉まんやら、食べ物の名前が挙がっていたのか。


 ロズは逃げようとするテラの首ねっこをガシっと掴むと、部屋を出て行った。


「今日は何まんにしようかなー。5種類全部いっちゃおうかしら」

「えっ!? 一個増えてない!?!?」


 部屋の外で二人の会話が聞こえた。

 だがやがて足音と共に消えていく。


 俺の部屋の中では、グリドと二人きり。

 拷問室まで運ばれる、あの時以来だった。



 せっかくだから、かねてから気になっていたことを聞こうと思う。

 ずっと突っ込むタイミングを失っていたんだ。


「なぁ、グリド。聞いてもいいか」


 そういえばグリドって年上だよな。

 仲間になったってことは言葉遣いとかって気にしたほうがいいか?

 テラもグリドとロズにはさん付けしていたし……。


「なんだ、めんどくさくなければ答える」


 グリドは特に気にしていないようなので、とりあえず安心。

 気だるげな表情で、大きなあくびをしながら俺のほうを向く。


「さっきロズが言っていた、シンってのは……」

「ああ、シンさんか」


 ロズは、この部屋に転がり込むや否や、その名前を出していた。

 察しがよければわかるはずだが、シンってのは俺の父の名前だ。

 なぜその名前が出てきたのかがずっと引っかかっていたのだ。


「……お前、テラから聞いてなかったのか」


 首をかしげる俺の表情を見て、グリドは目を見開いた。



 この後、俺はグリドの言葉を聞いて決意するのだった。


「シンさんは、この革命軍の頭領、一番偉い人だぞ?」


 テラ。覚悟しろ。

 あともう10発殴ってやるからな。

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