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気づいたら犯罪者だった  作者: iceight
第一章 覚醒
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第四話 「プライドの闘い」

 

 俺は拘束されたまま、グリドに担がれていた。

 驚くことにコイツは片手で俺の腰あたりに腕をまわし、ひょいと軽々しく持ち上げたのだ。

 これが覚醒者たる力なのか、それとも持ち前の怪力なのかはわからないが。


「なかなかいい度胸してんな」


 グリドは俺を運びながらそう言った。俺がバイオスに食って掛かったことを指しているのだろう。

 いつもはやる気のなさそうな声をしているのに、今はそう感じられなかった。

 まさかコイツに話しかけられるとは思っていなかったので、少しおののく。


「はっ、褒めてくれてありがとよ」


 担がれる直前に口の拘束具は解除されており、いつぶりかの声を出す。

 口から息を吸い込んだとき、重苦しかった胸が少し軽くなった。


 俺はバイオスの目論見に、とにかく反抗することにした。

 現にこうして運ばれているのは、奴の怒りを買ったことに起因する。

 だがこれは、俺が求めた結果だ。受け入れる。


「テラは生きているのか」


 俺はグリドに尋ね返した。


「金髪の、俺と共に運ばれてきた奴だ。覚えているだろう?」


 グリドは、俺とテラが憑依したペレから救ってくれた人物だ。

 そういうと聞こえはいいが、俺たちを拘束してここまで運んだ人物でもある。

 どれも、バイオスの命令といえばそうなんだが。


「あいつか。どうだろうな。俺はしらねぇが……そんな柔な野郎じゃないだろう」


 グリドは丁寧にも答えてくれた。

 バイオスに従っているだけで、あまりよくわからなかったが、今までの印象とは異なり話が通じる奴なのかもしれん。

 俺も、テラがあんなテストでやられるようなやつじゃないと信じている。

 仮にも何十股をしようとしている野郎だぞ。

 美女を目の前にしたならともかく、あれくらいで理性を失ってどうする。


「頭、いてぇだろ」


 少しの沈黙のあと、グリドはまたぼそりと呟いた。

 俺は脳内でリルーネと会話して、意識を取り戻してからというもの、ひどい頭痛に襲われ続けている。

 知ってか知らずか、それを尋ねてきたのだ。


 俺は返事をしなかったが、グリドはすぐ慣れる、と言ってそれ以降しゃべらなくなった。



 バイオスは俺に怒号を浴びせ先に部屋を出て行った。

 これから何をされるかはわかったもんじゃないが、性格が悪そうだからな。

 ひどい目に遭うことだろう。


 辿り着いた部屋は、狭い個室だった。

 錆付いた金属の柱が一本。

 まわりの壁はうす黒く、血痕のようなものがついていた。

 付近には様々な凶器のようなものが置いてあり、きらりと怪しく光っている。

 壁面には大きなモニターがひとつ設置してあり、スピーカーやカメラのようなものも見られる。


 ……このような部屋をどこかで見たことがあった。

 ――これは、拷問部屋だ。


 俺はごくりと生唾を飲み込む。

 拷問といえば、捕虜などを痛めつけて敵の情報を引き出す行為だ。

 だが今回は、情報を引き出す目的ではないだろう。

 ただ単純に、俺を痛めつけるつもりだ。


 どっと脂汗が出るのを感じた。

 グリドは黙ったまま、俺を柱にくくりつける。手は上に縛られ、つま先がつくかどうかのつらい体勢だった。


 震えが止まらなかった。まさか拷問とはな。

 しかし、俺が決めたことだ。ここでびびってどうするよ。

 バイオスの思うようにはさせない……耐えろ。

 自分に言い聞かせるようにして、息を大きく吐き出す。


 グリドは俺が柱にしっかりと固定されたことを確認すると、すこしかがんで俺の耳元で囁いた。


「初仕事だ」


 ……なんだ?

 グリドはたった一言、それだけを言い残して部屋を出て行った。


 直後、目の前のモニターがぐにゃりとひずみ、バイオスの姿が映った。

 にやにやと口角を吊り上げ、開いているかわからない細い目でこちらを見ていた。


「やれやれ、手を煩わせますねぇ。私の地区からは、一人の欠落も出したくないのに」


 モニターのバイオスはふぅと息を吐き出すとそう言った。

 おそらく、他の犯罪者は協力することを選んだのだろう。

 テラも利口な奴だ。

 俺のようにひねくれて、あえて反抗をしようなど思わないだろうな。


「あなたには必ず、うんと言わせます。私のエリート街道に傷をつけるわけにはいきませんからねぇ……」


 どうやらノルマか何かを課せられているのだろうか。

 何人の覚醒者を捕らえ、協力させるか。

 当然戦力が増すわけだから、多く協力させた方が評価が高いのだろう。

 ならば俺の取る行動はひとつだな……。


「はっ、やってみやがれ釣り目野郎。へなちょこキックはおいしかったぜ」


 挑発してやる。絶対に折れるもんか。

 輸送車での出来事を思い出したのか、バイオスはピクリと眉を動かすと、変わらない表情で指をパチンと鳴らした。


「はいはーい! で・ば・ん~?」


 それを合図としてか、テストの時からバイオスの傍にいた女が部屋に入ってきた。

 甲高い声と飄々とした態度が特徴的だが、憑依しかけた犯罪者を処分したのがコイツなのであれば、覚醒者なのだろう。


「バイオス様、お時間があまりありません。次のプロジェクトが……」

「ええい、いいのです。10分で済みます。待機なさい」

「……はっ」


 バイオスはなにやら部下とやりとりをしていたようだが、すぐにこちらを向きなおして口を開いた。


「それでは、あなたの顔がゆがんでいくのを、存分に楽しませてもらいますよ」


 その台詞のあと、モニターの映像が消えた。

 それを見てか、女がこちらに歩み寄ってくる。こいつが拷問役ってことか。


「よぉ、ねーちゃん。何するんだ。殴るか? 蹴るか?」


 とりあえず訊いてみる。

 歳は行動や態度から俺より下のように感じるが、下手に出た方がいい。

 いや、この台詞的には全然仕立てに出られていないか。


「んーん、そんなことしなーい。あたしの好きなようにやっていいっていうから~」


 女はそう返事をしながら後ろに回りこむと、手を高く伸ばした。


「そうか、残念だな。世の中には女に蹴られて喜ぶ奴がいるらしいからな、気持ちがわかるかと思ったぜ」


 ――ビッ


 そう皮肉を言うも束の間、変な音がした。

 なにか指先に振動が走ったような気がしたが、よくわからなかった。


 ――ベリッ


 今度は、よく聞こえた。

 突如、激痛が指先から脳髄まで駆け抜けてきた。


「ぐあああああああ!」

「お兄さん、爪、きれいね~ 叫び声もカッコイイ」


 女は満面の笑みで俺の前に回り込むと、血にぬれた爪を見せながらウインクをした。

 血が俺の手を、腕を伝って流れ落ちてくるのを感じた。


 予想していなかった。

 そうか、拷問だ。これは拷問だぞ。

 SMプレイじゃねえ。

 爪だってはがす。

 骨だって折るだろう。

 刃物もあるんだ、死なない程度に切りつけるだろう。


 強気な発言でごまかしていた俺の精神が一気に収縮し、止まりかけていた脂汗が一気に噴出した。

 ゆっくりと視線を動かし、その女の目を覗く。


「やん、そんな目でみたらぁまりすぅ、興奮しちゃう」


 そういいながら、女はゆっくりと指で輪をつくり俺の耳元へ伸ばす。

 おいおい、冗談じゃねえぞ。

 洒落になら


「うぐっ、ぐあっ……」


 心の声がどこかに吹き飛んだ。

 鈍い痛みと共に、耳元でじわりと熱さが広がっていく。

 ポタポタと、何かが俺の方に降り注いだ。血だ。

 ……女は指をそのままピンと勢いよく弾いたのだ。

 デコピンってやつだ。

 そして飛んでいった。

 俺の耳が。


「いいよぅ、お兄さん。さっきの威勢がいいときはてんでだめって印象だったけどぉ、その悲痛な叫びと表情、これがギャップってやつなのかな? やだぁ、濡れちゃうぅぅ」


 こいつは狂ってやがる。

 俺は激痛に顔を歪ませながら思った。

 いうことからやることまで、全部が規格外だ。

 そもそも、どうやって指を弾くだけで耳が飛ぶんだ。

 この細い腕のどこにそんな力があるというのだ。


 そこまで考えて、やはりこれは大罪因子の力によるものだと確信した。

 憑依したペレも体格的には目の前のこいつと変わらないくらいに細かったが、軽々とケイガクを吹き飛ばして見せた。

 脳のリミッターを外すことで、そこまでの力が発揮できるわけだ。

 つまるところこの女は覚醒者で、故意にその力を引き出せる。


 ならば、だ。

 俺も覚醒者のハズだ。

 大罪因子と会話した時点で、そうなんだ。

 じゃあ同じことができるんじゃないのか。

 例えば、怪力でこの手錠を外すとか、体を頑丈にしてダメージを抑えるとか。

 俺はもう一度息を大きく吐いて、心の中でよし、と呟く。


 問題はやり方だ。

 リルーネはそんなことは教えてくれなかった。

 あの部屋に行けたのは、極限に集中したから、だったな。

 ならば同様に、集中することで何かしら変化を引き起こせるのでは、と考えられる。


「体調悪いんだよねぇ、さっき吐いてたもの」


 女は恍惚とした表情で今度は指を一本たて、水平に構えるとゆっくりとそれを近づけてきた。


「なにか悪いものでも食べた? 診てあげるよぉ」


 そしてそのまま、指を俺の鳩尾の上辺りに添える。

 嫌な予感しかしなかった。

 ぶわっと、なりをひそめていた黒い霧が一気に胸の中に広がってきた。


 こいつのしようとしていることはなんとなくわかった。

 狂気染みた言動と、覚醒者たる怪力。

 この一本の指で、俺の腹を割くつもりだ。


 絶対死ぬだろ。

 直感した。

 まず意識を失う。

 爪をはがされ、耳を飛ばされ、激痛が走り出血が止まらない。

 時間が経てば出血は止まりそうなものだが、腹はそうはいかない。


 そもそも、どれくらい痛いんだ?

 麻酔無しで腹を斬った奴っていたっけ。

 どっかの国の文化で、自害するときに自分の腹を切るやつがいたな。

 だが、一思いにやれないので、誰かに止めを刺してもらうことが多いそうだ。


 じゃあこいつのすることは?

 これは拷問だ。

 殺しはしないだろう。

 腹を切る。

 もしくは刺す。

 一思いに死ねぬのなら、敢えてそこで止めるんじゃないか。


 冗談じゃない。死ぬのではない。死にそうになる、だ。

 こっちは耳を飛ばされた時点で今にもギブアップ寸前なんだ。

 腹なんて切られてたまるか。


 集中だ。

 集中すれば、大罪因子の力が引き出せるハズなんだ。

 リルーネの話の中に、皮膚の硬化が可能であるという話をきいた。

 銃弾を弾くぐらいの硬度を出せるハズなんだ。

 流石に一本の指で腹を割かれるのは防げるだろう。 


 ズブ


 だが、現実は非情だった。

 女の指は、なんの抵抗も無く俺の鳩尾の上に侵入し、こつんと骨に衝突して止まった。


「ぐぅぅうううぅうぅ」


 俺は歯を食いしばった。

 集中、集中。

 硬化しろ。

 硬化するんだ。


 だが、どれだけ念じようが、変化はなかった。

 そればかりか、一層頭痛は激しくなり、止まっていた吐き気すら現れはじめた。


 なんだよ、覚醒者ってなんだよ。

 何ができるんだ。

 頭の中で妄想にふけって会話できるだけなのか?

 それとも、何らかの原因で、今は力を出せないのか。


 こんなところで自分の無力さを呪っていても仕方がない。

 プラス思考だ。

 後者。

 何らかの原因で、今は力が出せない状態にあると考えよう。

 まず現に力を行使している人間がいる。

 この女も、グリドも。

 世界政府や革命軍にはごまんといることだろう。

 だからこそ、今は使えないのだ。

 なにか訓練が必要なのかもしれないし、条件があるのかもしれない。


 リルーネと会話し、意識を取り戻してから頭痛や吐き気が始まった。

 このことから、力を行使すると副作用があるのではないかということもわかる。

 そもそも脳のリミッターは反動を抑えるためという説があるくらいだから、それを外したらしっぺ返しが来るに決まっているんだ。


「ぐぇっ」


 女が俺の腹の中で指をぐり、と回転させた。

 俺は血なのかなんなのかわからないものを吐き出した。

 女の腕に、どば、とかかる。


「あは、きたなーい。でも、それくらい汚れている方がカッコイイよお」


 女はそういいながら、腕に力を込めた。

 激痛と共に、ゆっくりと指が沈み込み、鳩尾の高さまで移動した。

 まるでケーキにナイフを入れていくがごとく、なんの抵抗もなく。


「滑稽ですねぇ、エル君。どうです、従う気になりましたかぁ?」


 部屋に付属されていたスピーカーから、バイオスの声が響く。

 あいつは、今もどこかでこの部屋の様子を見ているのだ。

 モニター付近にはカメラのようなものがついているし、間違いない。

 今すぐにでも噛み付きたいところだったが、その音ですら、限界を迎えようとしている俺の頭にがんがんと響いた。

 頭痛に吐き気、指先や耳から走る激痛、腹部の灼熱感。

 視界もぼやけ始め、意識を保つのでやっとの状態だった。


「楽にしてあげましょう。さぁ、返事を」


 バイオスは笑いながらそう言った。

 は、はは。

 俺も心の中で笑った。

 俺は力を振り絞って顔を上げ、カメラに向かって言い放つ。


「バァカ。だれかてめえみたいな自称エリート君に従うかっての」


 空気が凍る感じがした。

 ああ、あったなぁこんな感覚。

 一線を越えた、とか、地雷を踏んだ、ってやつだ。


 昔からこうだった。

 強気でやんちゃなガキだったという話はしたが、自己中心的なやつでもあった。

 何度空気の読めないことを言っては、場を凍りつかせたことか。


 だからこそ、あえて空気を読まずに言えちゃうってわけ。

 ま、この先俺の命がどうなるかも読めちゃいねえけど。ハハ。

 だが、自分の意思を曲げる方が嫌なんでね……。


 ――コイツの下に付くくらいなら、死んだ方がマシだ。


「マリス」


 バイオスは静かな声でそう呼んだ。

 目の前の女がはぁいと返事する。

 どうやらこいつの名前のようだ。


「腹を割けぇぇぇ! 殺せぇぇ! この私に楯突いたことを後悔させるのだ!」


 バイオスは狂気染みた声で叫んだ。

 あーあ、言わんこっちゃ無い。

 大体地雷を踏んだ人は、爆発に巻き込まれては、まず死ぬんだ。

 最低でも片足くらいは持ってかれるもんだろう?


 ま、死ぬまでプライドは守れたし、悪くねえかな。


 俺はそう心で呟いて、すっとまぶたを下ろした。

 胸の中の黒い霧が、また消えていった。


「うーん、無理かなぁ」


 は?

 俺は思わず目を見開いた。

 マリスは、無理、と言った。

 それはバイオスの命令に従わない、ということだろう。


「ふざけるな! 好きだろう!? 血が! 臓物が! 好きにやればいいのだ!」


 バイオスは一瞬動揺した様子を見せたが、そのまま押しかけるように叫んだ。

 だがその言葉とは裏腹に、マリスは俺の腹から指をゆっくりと抜いた。


「でも、自分の血とか臓器とか、見たくないし。自分優先~」


 マリスはそう返したあと、瞬時に扉の方を向いて腕を体の前で交差した。


 ドゴォン!!!!


 一瞬、マリスの瞳が青黒く光ったかと思うと、気付けば扉は吹き飛び、壁は砕け、その部屋は土ぼこりで一杯になった。


「なんだ!? どうした! マリス、何があった!?」


 部屋のスピーカーは機能していたようで、バイオスの慌てふためく声だけが響いた。

 ゆっくりと土ぼこりが舞い降り、何が起きたかが判明する。


 そこには、壁にめり込んだマリス。

 交差した腕には何か樹木のような模様が入った物体が衝突したようで、マリスがそれによって吹き飛ばされたことがわかった。

 その謎の物体は腕のように伸びていて、その先を目で追っていくと、一人の男が視界に映った。


「任務完了だ。逃げるぞ」


 そう言い捨てたのは、まぎれもなくグリドだった。


 状況が掴めなかった。

 グリドが、マリスを攻撃した?

 だが、マリスとグリドは同じ仲間だろ?

 どちらもバイオスの手下のはずだ。


 だが目の前の現実はそうは言ってない。

 バイオスも同様に状況を掴めないようで、スピーカーは大人しい。


 突如、バイオスのいる部屋にサイレンが鳴り響いた。


『バイオス様ッ 緊急事態ですッ 他の部屋に拘束しておいた犯罪者が一部逃走し…この施設を破壊して回っています!!』


 俺は一瞬呆気に取られたが、久々の笑みを浮かべた。

 何がなんだかわからねえが、俺は嬉しくてしょうがなかった。

 これだ、この流れだ。

 待っていたぜ。


『早くお逃げくださいッ まもなくそこにも奴が…ぐあっ』


 音を聞く限り、その知らせをした部下はやられたようだ。

 ゴソゴソと、何やら物音が聞こえ、そして違う人間の声が響く。


『やっほー、エル。元気かい』


 ヒューッ。

 その声はテラのものだった。まるでヒーローだな。

 逃げ出して暴れている犯罪者ってのはテラのことだ。


「めんどくせー話はあとだ。ちと痛てえが、耐えろ」


 グリドはマリスに追い討ちをした後、俺の方を振り向いて言った。

 直後、俺は柱ごと引き抜かれ、グリドに担がれた。


『そっちはグリドさんにまかせてあるから、とりあえず後で!』


 テラはそれだけ言うとその場を立ち去ったようだ。

 よくわからんが、グリドさんって呼んでいるくらいなんだ。

 味方なんだよな?

 俺は激痛に耐えながら、グリドに身を委ねることにした。


「グリドッ、貴様! 裏切るのか!?」


 バイオスの叫び声が響く。

 従えていたはずの部下の行為に、かなりの動揺が伺える。


「裏切るもなにも、はじめからこの予定だったんで。お世話になったっす」


 グリドはそう言い捨てると、空いた手をひらひらと振って見せた。

 そしてそのまま立ち止まることなく、部屋を飛び出した。


「追います~?」


 部屋の奥からマリスの声が聞こえる。

 グリドに思いっきり吹き飛ばされ、壁にめり込んでいたはずだが、平気そうだった。

 どうなってんだ。


「ええいっ、追わなくていいっ! とにかく私を護衛しろおおおおお」


 はは、滑稽ですね、バイオスさん。


「はーい」


 バイオスの指示にマリスはそう返事だけすると、部屋から出て、俺たちとは反対方向へ走って言った。

 

 ……一瞬、マリスと目があった気がした。

 そして、こう言ったような気もした。

 ――エル君、また遊ぼうね。

 俺は悪寒のようなものを感じながら、天井を見上げた。



 天井……空?

 あれ、景色が歪んでいく。

 ……ああ、血を流しすぎたか。

 さっきまで極限の状態だったわけだし、少し気が緩んだせいかな。

 痛みも感じないし……っておいおい。

 ここで死ぬとかある?

 まさかな。

 せっかくの激アツ展開だろ。死ぬのはもったいない。

 とりあえず……ちょっと寝るか。ちょっとだけだぞ。


 俺はグリドに運ばれながら、目を閉じた。

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