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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第五章 邂逅
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第四十三話「ベズニットの過去」

「まぁまぁ、驚く気持ちはわかる。だから、今一度、冷静になってほしい。そして私の話に耳を傾けてはくれないか?」


 ベズラットは、動揺を隠せない周囲の人々をなだめるようにゆっくりとそう話した。あたりは明らかにざわついていた。にもかかわらず、その声は透き通るように響いた。人々は、それぞれゴクリと唾を飲み込み、視線を彼に集めた。その一連のやりとりだけでも、人の心を掴む話術の高さを感じさせる。


「実は、世界政府による大規模な軍事侵攻が行われることが決まっているんだ。もちろん、この国にね」


 ベズラットが目線を世界政府の要人であるオルドビスに向けると、彼はゆっくりと頷いた。再びざわめきが起ころうとするのを、ベズラットが手を前に差し出して制止する。


「でも大丈夫。父様に代わってこの僕とテナで話はつけたからね。このオルドビス様と手を取り合って、今よりもっと栄えある王国を築いていくことにしたんだ」

「——ああ。ベズリアル王国は、世界政府との特別協定を結ぶ限り、侵攻の対象とはせず、国民の安全を保障する」


 ベズラットの言葉に、オルドビスは低く落ち着いた声で述べた。


「特別協定!? あなたたち、父様を差し置いて何を勝手なことを!」


 ラナ王女は声を荒げ、壇上に立つ長男に向かって一歩踏み出した。足元で割れたグラスがパキ、と音を立てる。


「差し置いて……言い方が悪いですよ母様。病に苦しむ父様に代わって、国民の命を守ったんですよ!

あのまま軍事侵攻が過激化すれば、前線の被害は抑えられない! にもかかわらず、父様は抵抗し続けることを選んだでしょう! 国民のための政治を掲げておきながら、国民の命を失う戦争を起こすというのは間違っていると思わないか!?」


 ベズラットの語気は、いつになく強かった。王同様、国民を心から愛していたのだから。世界政府との戦争は、隣国との小競り合いとは桁が違う。増してや、今までのように王が前線に立つことはできない。多くの兵の命を失うことは明白だった。

 現王は、政治交渉の手腕も持ちながら、時に戦という手段を取ることもできた。そうして隣国の脅威を払いのけ、国民を守ろうとする。一方、ベズラットには現王のように戦場に立つという手段も、交渉という政治能力もなかった。ただ、自分が愛してきた目の前の命を守ることしか考えなかった。それゆえに、大規模な軍事侵攻を前に、世界政府と手を取ることを決意したのだ。


「とはいえ、あの父が頑なに革命軍に抵抗するのはおかしい。何か理由があるに違いないと、思ったんだよ。そこで私は、テナの力を借りて、世界政府とコンタクトをとり、その理由を探った……」


 ベズラットは、動揺を隠しきれないままでいるベズニットを見つめた。

 現王であるベズススは、世界政府への加盟——傘下に入ることを拒み続けていた。これまでに世界政府の圧力を何度も跳ね返してきたのだ。だが、それを続けるにも、犠牲は出てしまう。王自身が戦場に立っていたのならば話は別かもしれないが、今は衰えた体になり、病床の上で兵を動かすことしかできない。人民の命を守るという一点で考えれば、世界政府の傘下に入ることが得策に思える。

 そこに目をつけたベズラットは、テナと協力することで秘密裏に世界政府と交流をもち、情報を集めていたのだ。


「驚いたよ。この国には、とてつもない秘密があった」

「——やめるのです!ラットッ」


 何かを口にしようとするベズラットを止めようと、ラナ王女はもう一歩踏み出した。その瞬間、舞台の脇に立っていたはずのベズゥールがふぅ、とため息をついて姿を消す。そして瞬く間にラナ王女の目の前に立ちふさがった。あまりの一瞬のできごとに、ラナ王女を含めた大勢が言葉を失った。そして誰もが、この一連の行動は三人の王子によるものであることを確信した。

 その様子を見たベズラットは小さく頷くと、口を開いた。


「聞いてくれないか、皆の衆」


 異様な空気に包まれた会場は、スピーカーから響く彼の言葉を受け止めることしかできなかった。


「ベズリアル王国は、はるか昔から王政を敷いている。次の王は純血を引く者から選ばれ、その王もまた、何人かの子から次の王を選んでいる。それはご存じのことだと思う。でもその王の選び方には、不可解な点が見られるんだ」


 ベズニットは、ごくりと唾を飲み込んだ。隣で震えるエレナの肩に手を伸ばし抱き寄せる。


「王に選ばれなかった者は、王が即位したその年に、不可解な死を遂げているんだ!」


 堰を切ったように、会場に喧騒が巻き起こる。事実、ベズスス王には二人の兄弟がいたが、二人とも二十代のうちに命を落としていた。病気、そして事故によって。


「ラット! それ以上は――」


 その瞬間、叫ぶラナ王女の喉元に、刃が当てられた。その刃は、ベズゥールのものだ。あろうことか、実の母に刃を向けているのだ。


「あまり騒ぐようだったら、こうやって止めろと言われている。ニットも……大人しくしたまえ……」


 ベズゥールは、顔を歪めながらそう零した。本心による行動ではないことが見て取れた。よく見ると、大量の冷や汗が額から零れ落ちている。心なしか、呼吸も荒い。

 ラナ王女は一歩下がると、腰を抜かしたように座り込んで俯いてしまった。実の息子たちによる、反旗を翻す行動の数々に、彼女の気力は底をついていた。


「その理由は……おっと、ゆっくり話している時間はなさそうかな?」


 ベズラットはオルドビスを一瞥する。オルドビスはゆっくり頷いて口を開いた。


「——ふむ。あと少しのストレスで始まるとは思っていたが。やはり母君に刃を向けるというのは、心身に響くようだね」


 ベズラットとオルドビスの視線の先には、息を荒げているベズゥールが居た。


「見てもらうのが手っ取り早いね。この王族の、血の秘密を!」


 会場にベズラットの声がこだまする。役人たちの視線も、ベズゥールに集められた。

 ベズゥールの汗はさらにも増し、呼吸は肩を上下させるほどに荒くなっていた。


「ウール兄さん……? 大丈夫ですか?」

「……さい」


 ベズニットの心配の声に対し、ベズゥールは何かを口にした。汗に濡れた前髪の間から、ギロリとベズニットを睨みつける。その眼は今まで見たことのないような、憎しみに染まっていた。


「うるさい!!! 大人しくせんかぁ!!」


 ベズゥールは、真横に壁を叩きつける。


――ドガァアン!


 爆音と同時に、あろうことか壁はもろくも崩れ去り、中庭がむき出しになる。


「ひ、ひぃぃ!!!」


 素手でのその行為に、役人たちは叫びながら後ずさりをした。明らかにベズゥールのそれは、人ならざる行為だったからだ。


「さて、よくわかんないけど。ウールはお前にお怒りだぞ、ニット。そこに居ては、母様も、エレナちゃんも危険なんじゃないか?」


 ベズラットは、にやりと笑みを浮かべながら言った。まるでこの状況になることがわかっているような口ぶりだった。

 言葉通り、ベズゥールはふらつきながらもベズニットに近づいてきていた。目に生気はなく、壊れたロボットのように拳を振り上げた。


「くっ!」


ベズニットは拳が振り下ろされる前に抱えていたエレナを突き飛ばす。振り下ろされる拳を避けるべく中庭の方へ転げると、室内に向かって叫ぶ。


「母様ッ! エレナッ! 早く逃げるんだ!」


 ベズニットの目線の先に、ラナ王女を抱きかかえようとする執事たちの姿が映る。胸をなでおろす間もなく、視線をエレナに移すと、そこにはテナが居た。テナはエレナの肩に手をやると、にやりと笑みを浮かべて言った。


「秘密を知ったからには、逃がすわけないじゃん? あーカワイソ。変な夢なんか見ずに、下町で細々と生きていれば巻き込まれないで済んだのにね」


 テナの手元には、果物ナイフが輝いていた。ベズニットにすればなんてことない脅しだが、相手は一般人のエレナだ。逃げようにも逃げ出せる状態じゃない。執事たちも他の役人を優先しようと動いているため、期待はできそうにない。


「わたしはっ! 大丈夫だから! ベズニット! まずはあなたでしょ!!」


 エレナは、力強い言葉をベズニットに向けて言い放った。目にはうっすら涙がたまっているが、ぐっと眉に力を入れ、決意の視線を向けていた。先ほどまで震えていた彼女はすでにそこにはいない。

 崩れた壁をジャリ、と踏み鳴らしながらベズゥールが中庭までやってくる。やはり狙いは自分。ベズニットは、外の方へ自分が逃げれば彼女に被害が出る心配はないと判断した。しかし、テナに捕まっている以上、完全に逃げ出すわけにはいかなかった。この兄を、止めなければ。


「ニットぉぉぉ……。お前……お前さえいなければ!」


 ベズゥールには、戦の才があった。戦の才しか、なかった。

 王の器を問われたとき、己を超えようとする弟の存在が、何よりも邪魔だった。そしてその感情はいつしか黒く、おぞましい恨みへと昇華していた。


(……わお、本当にやる気だ。単純だねぇラット兄さん)


テナは、エレナに向けたナイフをペン回しのようにして弄びながらそう思った。ベズゥールに、ベズラットが居なくなれば、その戦の才において右に出るものは居なくなる……そうけしかけたのは彼女だった。


「皆の無事はオルドビス様が保証しています。深呼吸して、一部始終を見届けるんだ。あ、でも動かないようにね、標的がこっちに来ちゃうから」


 逃げ惑う役人たちを囲うように、世界政府の兵が集まってきた。暴れるベズゥールからは一定の距離を保っている。ベズラットの言うように、すぐに被害が出る恐れは無さそうだった。彼らは胸をなでおろすと、恐る恐る視線を中庭に向けた。


「あれが、王族に伝わる秘密……()()()()だよ」


 ベズラットのその言葉を皮切りに、ベズゥールは大きな声を張り上げ、同時に目と口から赤黒い煙を噴出した。


「残念だな。あれは()()()のパターンだ」

「うっわ、気色悪。半信半疑だったけど、これはまじでやべーわ!」


オルドビスの落ち着いた言葉に、テナはげらげら笑いながら憑依体と化した兄を見ていた。


「ほれ、お前の剣だ」


 ベズラットは、屋内から棒状のものをベズニットに向けて投げつけた。ぱし、と音を鳴らした手元には、稽古で使うようなものではない、殺傷能力をもつ剣があった。それは「殺らなければ、殺られるぞ」というベズラットからのメッセージを意味していた。


「やるしかないんですね……ウール兄さん」


ベズニットは覚悟を決めるように、鞘から剣を引き抜いた。ぐるぐると回転するベズゥールの瞳が、その動きを射止めた。憑依体は、動き出すものに向かって攻撃行動をとる。

 ぶわ、とベズニットの髪が舞い上がるのと同時に、ベズゥールの拳が彼に直撃していた。


「ぐっ!?」


 間一髪のところで剣でガードをしていたが、その膂力に押されるまま、ベズニットは吹き飛ばされた。中庭を挟んだ反対側の壁に背中を激突させ、血しぶきを上げる。

 いくら戦の才能に恵まれ、稽古で勝ち越すことのできたベズニットであっても、憑依体の攻撃を受けて無事で済むわけがなかった。ベズニットの頭の中で、兄たちの裏切りと内臓から響く激痛がぐにゃりと混ざり合う。


(どうしてこんなことに!? どうして!!)


ベズニットは壁伝いにずるりと腰を落としながら頭の中でそう繰り返した。憑依体はまだこちらを見ている。目を閉じても、少しずつ近づいてきているのがわかった。


「おわかりだろう、あの化け物。あれを引き起こすのが、”大罪因子”。王族の血によって、受け継がれている闇だ」


オルドビスは温度のない声で淡々と述べた。ベズリアル王国の王族に受け継がれていたものは、大罪因子だったのである。


「あ、でも安心してくれよ。俺とテナには、その因子はないらしいからね。父様はあの力をうまく引き出していたみたいだけど……いつ同じような化け物になるかわからないよな」

「……」


 己はそうではないと弁明するベズラットの言葉に、オルドビスは沈黙した。大罪因子の情報を渡したのは他でもない彼である。しかし、父親である現王が力を使いこなす覚醒者であることは伏せていた。ベズリアル王国の過去に、大罪因子が暴走することが原因で、王になれなかった兄弟たちが命を落としていること、そしてそれを隠し続けてきたこと、同じ因子を、ベズゥールとベズニットが持っていることだけを伝えていたのだ。それゆえに、父もいつか憑依体のような化け物になるかもしれない、という誤った認識が芽生えた。

 大罪因子の存在を知ったベズラットとテナの思考はシンプルである。「自分とは異質の存在を、リスク回避のために消し去りたい」「そのリスクを回避する方法と技術をもつ世界政府と手を組まなければならない」この二つだ。

 表向きは国民のためと述べていたが、誠のところはわからない。少なくとも頭が切れるテナには、革命軍と手を組み、ベズゥールとベズニットが死ねば、ベズラットが王になり、自分が政治の実権を握ることができるシナリオが見えていた。


「——ああ、ちなみにしばらく前から父様の食事にちょっとした工夫をしていてね。化け物になる前に死んでもらうつもりだったんだけど……ここまで長生きするなんてね。そういう意味でも化け物だったね!ははは!」


 ベズラットはそこで初めて笑い声を上げた。邪魔者が消えれば、王国は彼のものだ。政治に興味のない彼にとって、世界政府と手を組むことも、テナに実権を握られることも無価値だった。国王という肩書さえあれば、今以上に自由に生きられるから。


(ラット兄さん……なんてことを)


 ここまでの不幸な出来事すべてが、ベズラットの策略であったことを知らされたベズニットの胸の奥に、赤黒い色をした、ふつふつと湧き上がるものがあった。それは紛れもない、”怒り”であった。だが、その感情とは裏腹に、体は動かない。口元から止まることのない出血が、自分がもう死ぬことを教えてくれていた。

 諦めかけたその時、彼の耳に声が響いた。


「死んではダメよ! 私が惚れたあなたは、こんなことで諦めたりする人じゃない!」


 そんなエレナの声に、ベズニットははっと目を開けた。化け物となったベズゥールが、煙を吐き出しながらこちらを見ていた。


「あなたがこの国を救うの! ベズスス王のように!」


 その言葉は、ベズニットの胸を熱くした。数々の偉業を果たし、英雄と崇められる父の姿が脳裏に浮かび上がる。それと同時に、エレナを始めとした多くの人々が幸せそうに暮らす風景が流れる。こんなところで、諦めてはいけない。

 ぐっ、と拳に力が入る。先ほどまでいうことを聞かなかった体も、今なら動かせる。ゆっくりと立ち上がろうと、手を地面についた。その、瞬間だった。


「キィキィうるせーな! 黙ってろ糞女!」


 耳元で声を張り上げるエレナを疎ましく思ったテナが、罵声を浴びせながら、エレナの背中を押し、彼女を蹴飛ばしたのだ。どさり、と中庭に倒れこんでしまう。あ、やべ、と声を漏らしたテナは舌をちろりと出して見せた。

 ぎゅるり、とベズゥールの首が回転し、エレナを捉える。狙いが、変わってしまった。


「エレナッッ!」


 咄嗟に叫ぶ。どくん、と心臓が跳ね動く。ようやく立ち上がることに成功する。足に力を込め、走り出す。——しかし、すでに手遅れだった。

 まるで虫をつぶすかのように、ベズゥールは手のひらを振り下ろした。巨大化した手のひらは彼女の腹部から下を覆うようにして、ぐちゃりという音を立てた。この日のために降ろした黄色のドレスが、赤く染まっていく。


「うわ、グロッ! てかこっち来ちゃったじゃん、なんとかしてよ」


 テナは足元のエレナを見ながら吐くような表情を見せると、そばにいる兵士に目配せした。

 横にいたオルドビスが頷くのに合わせて、配備していた兵士から幾重ものの光線が放たれ、ベズゥールを貫く。光が消えたころには、ベズゥールの体にはいくつもの穴が開いていた。彼は、なすすべなくその場に倒れこんだ。圧縮された細胞の粒子が解放されるように、全身から霧散が始まる。ベズゥールは死んだのだ。

 粉のように散りゆく兄を横目に、ベズニットは膝から崩れ落ちた。


「え…エレナ」


下半身を無くした彼女の息は、今にも途切れそうだった。助かる見込みはなかった。それを悟りつつも、ベズニットは、体を震わせながら、エレナを見つめた。


「——約束よ、ベズニット」


 エレナは一筋の涙をこぼしながら、笑顔でそう言い残した。そして笑顔のまま、眠りについた。


「うわああああああああ!!!!」


 ベズニットは悲嘆の声を上げながら、エレナを抱き寄せた。皮肉にも、彼女はとても軽かった。


「おっと、不幸なことに、事故死が二人になってしまったな。これ以上は心が痛むよ」


 ベズラットはそんなベズニットを見下しながら、あっけらかんとした様子で言った。


「でも大丈夫だよ皆の衆! 化け物はオルドビス様が退治してくださった! これ以上の事故は起きないよ!」


 周囲で震えるようにしていた役人たちをなだめる様にそう続けると、ベズラットはベズニットのそばで膝を曲げて腰を下ろした。


「なぁ? ニット」

「——なぜここまで家族を裏切っておいて……命を奪っておいて……平気なんだ」


 ベズニットはエレナを優しく地面に下ろすと、うつ向いたままベズラットに言い返した。


「おいおい人聞きの悪いことをいうなよ、ニット。裏切ったのは父様の方だぜ? はじめから俺やテナには、王になる資格がなかったっていうんだからな!」


 ベズリアル王国の王族は、代々大罪因子を保持し、コントロールしながら栄えてきた。大罪因子をコントロールできなければ事故死として処分され、持たぬものは王に選ばれる資格すらない。おそらく、今までベズラットのように大罪因子を受け取れなかった兄弟たちも多くいただろう。だが、皆何らかの理由で命を落としていたことを考えれば、王族の秘密をどこかで知ってしまい、口封じをされたと読める。

 ベズラットとテナはオルドビスから大罪因子の話を聞いたとき、自分たちも同じように消される運命にあることを悟った。そして今回のクーデターを実行に移した。


「なぁ、お前が少し遅れて生まれた理由、わかるか?」


 ベズラットはすっと真顔になると、ベズニットの顔を覗くようにして言った。


「長男と長女が資格なし! 次男は発達障害であることがわかったからだよ! 傑作だろ!?」


 それはあくまでもベズラットの推測だった。

 確かに、次男であるベズゥールは大罪因子をもっていた。はじめは彼に王の座を譲るつもりだったのかもしれない。しかしベズニットが生まれる少し前に、発達障害があることがわかってしまったのだ。彼の推論通り、王の器としてふさわしくないと王が判断した可能性は高い。現に、ベズゥールが自覚していたかはさておき、彼は幼くして勉学の道ではなく武道を歩まされていた。


「まぁそれはさておき、これでわかっただろう。この国は化け物が住み着くような、腐ったところだったって。だがここで約束しよう! ここからは俺が王となり、テナやオルドビス様と手を組み、この国を救うことを!」


 ベズラットは立ち上がると、高らかに宣言した。オルドビスが満足げな顔を浮かべながら手を叩くと、パチパチと、周りの役人たちが拍手を行った。今回集められた役人たちは、ベズスス王と手を取ってこの国を支えてきた人物ばかりだ。その彼らが、王の交代を認めた。これをもって、王権を奪うというクーデターは成功したのだ。


(約束……。この国を救う……)


 ベズラットの言葉に触発されるように、ベズニットの頭の中で、エレナの言葉が蘇った。怒りの感情とともに湧き上がっていた赤黒い炎が、その言葉とともに脳内で巡っている。

 このまま怒りの感情に身を任せてしまえば、おそらくベズニットも醜い憑依体となっていただろう。だが、エレナの最後の言葉が彼を冷静にさせた。

 ふぅ、と小さく息を吐き出すと、赤黒い炎がその体積を縮め、一粒の光と化した。体の底から力が湧き上がってくることを感じた。ベズニットが覚醒に成功した瞬間である。


(くっくっく、そういうことか……やはり)


 急に思考がクリーンになる。ベズニットは自分や父が大罪因子なる存在を使役する成功例(覚醒者)であることを瞬時に悟った。今刃を振るえば、ベズラットもテナも一瞬で殺せる自信があった。でも、その手段はとらなかった。


「さぁ、()()()()? 顔を上げるんだ。お前も協力して、この国を救おう」

「——うん、ラット兄さん」


 この日を境に、ベズゥールの存在はこの世から事故とともに消えた。ベズスス王も、ラナ王女もまだ生きながらえていたが、実質的な政権は第一王子であるベズラットが握っている。

 ベズニットはというと、今回のクーデターを機に自室にこもっていた。ベズラットは心を折ってやったと彼を笑い見下し、その後は一切気に留めることはなかった。その慢心が、己の喉元に向かう刃を磨く時間を与えていたことを、彼は気づくことはない。


(ハッハァ……やはり信じられるのは、王の器たる()()だけ……) 


 ベズニットは、心を歪ませながら一人自室で牙を磨き続けた。ラナ王女と革命軍の手引きによって、亡命が行われるその日まで。


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