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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第五章 邂逅
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第四十二話 「べズリアル王国」

 これはベズニットがまだべズリアル王国の中で、第三(・・)王子として過ごしている頃の話である。



 世界政府が誕生したのは、エルが生まれるわずか4年前、25年前に遡る。誕生した、と言っても、今の強大な権力をもつ集団にすぐになったわけではない。“世界政府”という構想はもとより考えられていたが、それを実現することは容易くなく、当時の常任理事国では机上の空論扱いであった。そんな中、世界政府の『創始者』は、誰もが空論と思っていたそれを実現させようと動き始めていた。世界、と銘打つ以上、常任理事国だけでなく、あらゆる国の賛同が必要だったため、創始者はあらゆる手段を用いて国々を傘下に巻き込んでいくことになる。

 世界クラスのハッカー並みに情報技術に秀でていた世界政府の創始者は、情報化社会においてはあらゆる場面において敵無しだった。国の中枢にたやすく侵入しては、機密を盗み、優位に交渉を行うことができた。大きな力を持たぬ国は為すすべなく屈服し、反抗をする国には武力を用いて黙らせた。しかしほとんどの先進国、とりわけ常任理事国や、次点のそれなりの力を持つ独立国家が黙っているはずがなかった。それもそうであろう、自分たちで執ってきた政治を、守ってきた国民たちを、世界政府という名の機関に委ねなさいというのだ。こと民主主義国家にとっては、圧力をかけられたところで首を縦に振ることはできなかった。

 そんな国家のひとつに、ベズニットの生まれ育ったベズリアル王国がある。当時には珍しい王政を敷いている国であったが、王が限りなく民主的で、国民の声を取り入れた政治を行うことで独自のバランスで成り立っていた。

 王であるベズズスは、人格者であり、政治の才に恵まれ、人望もあった。何より優れていたのは、戦の才能である。近年にはめずらしく、自ら戦線に立つ指導者として名を上げていた。

 代々、小国として隣国との摩擦にあったべズリアル王国は、彼の代で大きく変化した。隣国をまとめ上げ、大国へと成長していったのだ。その急進ぶりに、常任理事国に加わるという話がまことしやかに語られるほどになったのである。

 一方、妻である王女ラナは容姿端麗で賢く、国民からの人気も高かった。長男、次男、長女、三男と、4人の子を授かり、個性豊かに育て上げた。彼らは皆、父親に似た類まれない才能を持っていた。その姿を見た国民はこの国の未来に希望を抱いた。彼らは国民たちに愛された王族であったのだ。

 その子どもたちが成人し、べズスス王に老いが見られ始めた頃、巷では誰が次の王になるのかという話で持ち切りになった。


 ベズニットは、その三男であった。兄弟の1番下で、3人が2年おきに生まれたのに対して、彼だけは長女が生まれたその7年後に誕生した。両親は年の離れた末子にこれ以上ない愛を注いだ。兄たちも彼を可愛がっていた。国内から選りすぐられた専属の家庭教師と武術の師がつき、彼は持ち前の才能を、恵まれた環境で磨くことができた。甘やかされていた、と言ってもいいだろう。


 長男のベズラットは、父親から偉大なる人格を受け継いでいた。人柄が良く、容姿も王に似て、長男として国民の前に立つ度に、その出で立ちに国民は沸いた。話し好きで、よく城下町に降りてはお忍びで国民たちと談笑を楽しんでいた。国民たちは、王族でありながら、どんな国民とも分け隔てなく接するそのベズラットの姿に、国民の声をきき、政治に生かしてきたベズズス王を重ねていた。

 自由奔放でもあった彼は、近衛兵たちをよく困らせていたが、その陽気で憎めない姿に、誰も何も言わなかった。

 しかし、彼には戦の才がなかった。稽古の段階からすぐ弱音を吐いては街へと逃げ込み、何度も師を困らせた。地道な努力を嫌い、粘り強く何かに取り組むことをしなかった。事実、剣の才能はからきしで、兵法の習得も遅れていた。長男という立場とその人柄だけでは、王の器としてふさわしくないのではないか、という声が聞こえるようになっていた。


 一方次男ベズゥールは、父親から戦の才を受け継いでいた。かつてべズリアル王国にやってきた侵略国をその手腕でねじ伏せ、隣国をまとめ上げていった父のように、若くして戦の最前線に立ち、軍を率いて戦った。兵たちの信頼も厚く、どんな戦であっても必ず勝利をおさめ、戦果をもって帰ってくる彼を、国民たちは誇りに思っていた。兄が城下町へ遊びに行っている時も、彼はひたすらに稽古に励み、兵たちと汗を流した。誰もがその地道な努力を知っていたし、認めていた。

 しかし、彼には政を考える、頭脳が無かった。戦の最前線に立つ立場ではあったが、兵法を理解することができず、感覚で動くことしかしていなかった。しかし、逆に兵法に縛られぬ天才的な策を生み出してしまうなど、こと戦のことになると、何もかもを上手くやることができたのだが、それ以外になると全くと言ってもいいほどできなかった。九九すら覚えたのは十四のときである彼に、政治のことなどは縁遠い話であった。第二王子として王の器を問われていたが、こちらも疑問の声が上がっていた。



 しかし、次に生まれた長女テナは、母親譲りの美貌をもち、父親から頭脳を受け継いでいた。専属の家庭教師も舌を巻くほどで、その利発さは国民も知るところだった。彼女の持つ知識量は国の各分野の専門家にも引けを取らないほどであったのだ。

 特に政にはその才を存分に発揮した。国民は知る由もないが、かつて王が国に蔓延する貧困の問題について悩んでいたことがあった。当時十歳だったテナが無邪気にも放った一言により、それらの問題を丸々片づけることができてしまった。関係の悪かった隣国に単身乗り込み、友好条約の話を1から10まで取りつけて帰ってきたのが十五の時である。

 彼女が政治を握れば、政治は安泰どころか今以上に発展していくだろう、と言われていた。当時の風習もあり、代々国王は男性が務めてきた流れから、テナだけは王子という肩書きをもらうことはなかったが、その手腕から政治の実権を握る立場として大臣の席に着くのは堅いのではないかとされた。

 しかし彼女には、人格が備わっていなかった。幼い頃から図書館に篭っていたことで人との関わりが少なかったこともあるが、元来わがままで臣下に冷たく、言葉も乱暴で、暴力も振るった。公の場では見せることはなかったが、権威と頭脳をひけらかし、偉そうにする彼女を煙たがる臣下は少なくなかった。労働力を持たぬ貧困層を全て処刑しようなどと非人道的な解決策を意気揚々と語ったという噂まで広まり、一部の国民からは不安の声が上がっていた。



 そんな三人の器に疑問が抱かれたとき、注目されたのが歳の離れた、三男のベズニットだ。

彼は人懐っこく、いつも兄弟の背中にくっついていた。勝気で、何事にもチャレンジしようとする根性があった。長男と共に街へ下っては人々と触れあい、次男とは共に稽古を行い、剣を振るった。そして長女の書斎に入っては、夜な夜な本を読み漁った。

 すくすくと育った彼が成人した頃には、立派な器が完成していたのである。王に似た、素晴らしい人格者となっていた。



 ある日のことである。


「ニット、最近調子はどうだ? 上手くいってるか?」

「ラット兄さん。上手くって?」


 食事を終え、自室に戻ろうとするベズニットを、長男であるベズラットが呼び止めた。


「こっちで話そう、暇だろ?」

「あ、うん」

 

 兄に促されるまま、ベズニットは兄の部屋に入った。勧められるまま、椅子に腰かける。


「俺が紹介したあの子とだよ、母様似の、ええと、エレナちゃんだっけ?」

「っ!? な、なんのことだっけなぁ」

「わかりやすいなぁ、お前。本気で惚れたか」

「さすがラット兄さん……。僕がエレナと親しくしてるってことは、内緒にしておいてよ?」

「ばーか、バレてねぇと思ってるのはお前だけだよ。父様も母様も知ってる」

「そ、そんな」


 顔を赤らめてあたふたするベズニットの髪を、くしゃくしゃと掻き回すとベズラットは笑った。昔からベズラットは末弟を可愛がるときにそうしていた。やめてくれよ、とベズニットは手を払いのける。それもそのはず、小さかったベズニットももう成人である。


「そのエレナちゃんをさ、明日の晩餐会、呼ばないか?」

「えっ……!?」

「母様も気にしてたぜ、どんな娘かって。お前も成人したことだし、手付きの一人や二人用意しておいた方がいい。紹介してやれよ」

「て、手付きなんてそんな……」

「はぁ、かてぇなぁお前は。俺たちは王の血族だぞ? 子孫を残していくために、女を囲っておくことも大事なの、わかったか」


 月に一度、城では大規模な晩餐会が催されていた。王族を初めとした貴族達や、要人達が招待され親睦を深める会である。


「だけど、彼女は身分が……貴族の出でもなんでもないよ?」

「何言ってんだ、父様がそんな身分の差とか気にするタマか? それに、これまで俺が何人連れてきてると思ってんだ? お前が座ってるその椅子も、いろーんな身分の女が裸で座ったぜ」

「……っ!!」


 色々想像をして、再度顔を赤らめては焦って立ち上がった。にやにや笑う兄の顔を見て恥ずかしくなり、深呼吸をする。少し間を置いて窓から城下町の方を眺める。


「来て、くれるかな」


 エレナとの出会いは、兄の背中について行った街の酒場であった。街の酒場の看板娘であったエレナは、純粋で、人当たりの良い娘であった。身分の差があるにもかかわらず、ありのままで接してくれるエレナに、ベズニットは惹かれていた。

 かくいうエレナも、王族であることを鼻にかけることなく、一人の女性として接してくれる彼のことを好ましく思っていた。かねてからのベズニットの評判も加わり、エレナは確かに憧れに近い淡い恋心を抱いていたと言える。


「大丈夫だって、お前らは惹かれあってる。彼女も誘いさえあれば、その気になるさ。城に招かれるってのは、それだけで名誉なことだしな」


 身分の差はあれど、見初められた者は雇われ、城に住まうことができる。主に王族の世話、いわゆるメイドとして仕えることが仕事であったが、ベズリアル王国の平民にとって、その職に就くことは大変名誉であった。晩餐会に平民を呼ぶということは、王族に気に入られ、近い未来城に置かれるであろうことを意味するからだ。そしてその手順を踏みさえすれば、抵抗なく妻として迎え入れることもできる。


「わかった、……呼んでみる」


ベズニットはベズラットの話を受け、そう答えた。


 次の朝、ベズニットは酒場に赴いた。エレナを誘うためだ。

 彼女はベズニットの誘いに少し驚いた様子を見せたが、やがて顔を赤らめ、ゆっくり頷いた。名誉ある城への招待に、その場にいた客の皆が祝福した。


 彼女と約束を取りつけたベズニットは、城の門をくぐった所で次男のベズゥールと出会った。門の内側は兵隊たちの訓練場があり、ベズニットもそこでよく汗を流していた。


「ニット、戻ってきたなら、付き合え」

「あ、うん。稽古だね」


 上機嫌であったベズニットは、二つ返事で兄との稽古に応じた。互いに木刀を持ち、向き合う。一呼吸置いて、同時に斬りかかる。

 兵達はその熾烈な剣戟にいつも目を奪われていた。剣筋が見えず、木がぶつかり合う音だけが高速で鳴り響く。かつて、ベズゥールの剣を受けることができる者はいなかった。弟が頭角を現し、立ちはだかるまでは。


――カンッ! 一際大きな音と共に、1本の木刀が宙を舞った。


「くっ……」

「はぁ、はぁ、これで、今週は僕の勝ち越しですね、兄さん」


 あろう事か、ベズニットの技量は兄を超えるようになっていた。


「くっくっく、やはり、太刀筋を読まれては敵わぬか」

「ウール兄さんは、良くも悪くも、真っ直ぐだからね。これだけ打ち合えば、癖とかよくわかるよ」


 ベズゥールは、その剣の技術ゆえに、頭を使う必要がなかった。ただ斬る。相手はどんなに警戒をしていようと、その速度になす術もなく崩れ去る。それが普通だ。駆け引きなどない、速度勝負。

 だが、ベズニットの技量が追いつき、目が慣れた頃には、駆け引きが生まれることとなる。頭脳がなかったベズゥールが負け越すのに、そう時間はかからなかった。


「……今日はもういい。なんだか今日は頭も痛む。付き合わせてすまなかったな」

「あ、うん。お大事に、兄さん。またお願いします!」

「……ああ」


 ベズニットは笑顔でそう言うと、すぐにその場を去っていった。ベズゥールは拳を握りしめ、痛む額に添える。彼がしばらくそこで地を見つめ続けていたことを、ベズニットは知らなかった。


 そして夜。晩餐会の会場に、兄弟に向かい合って座っていたのは、客たちだ。エレナに加え、ベズロットが連れてきた3人の女性、そして豪商や他国の役人などなど。知る人が見れば、驚きの光景だっただろう。


「父様、来られないかもって。母様は父様の様子を見ているから遅れてくるそう。先始めていていいらしいわよ」


 長女のテナは、執事の耳打ちを受けてそう言った。


「最近、王は体調を崩していてね。会えると思って楽しみにしていたと思うが、申し訳ない。なに、ただの風邪だよ。心配はいらない」


 不安そうな表情を浮かべた客達を宥めるため、ベズラットは言った。王が不在の場では、第一王子である彼が場を取り仕切る。皆の表情が少し和らぐのを確認して、ベズラットはグラスを手に取った。


「さぁ、せっかくの晩餐会だ。料理も酒もうんとある。存分に楽しんでくれ! 乾杯!!」


 その合図に、晩餐会は始まった。専属のコックが腕を振るった料理に、各地から取り寄せた上質な酒。そしてベズラットが連れてきた美女たちと、まさに男にとっては天国のような空間だった。


(うーん、やはりこの空気は慣れないな)


 ベズニットは、料理を口に運びながら、深く息をついた。兄からは慣れておくべきだ、と言われてはいるが、ベズニットはその独特の雰囲気が好きになれなかった。それもそのはず、ベズニットに呼ばれた女性たち以外の人たちは例にもれず、べズリアル王国との親交を深めるためであったり、べズスス王の顔色を伺うためであったりなど、思惑をもって参加している。媚びへつらう彼らの話し方や作り笑いを見抜けてしまう分、心から楽しむことはできなかった。


「ベズニット様」


 だが、今日は例外だった。


「この度は、このような素敵な晩餐会にお招きいただき、とても光栄でございます」

「……エレナ」


 そこには、想い人であるエレナが居た。酒場で見る格好とは打って変わり、今日は城で用意されたドレスなどを召している。その美しさに目を奪われながらも、ベズニットはふっと笑いながら食器を置いた。


「なんだよその話し方。似合わないぞ」

「……あはっ、やっぱり?」


 エレナはベズニットの言葉に、屈託のない笑顔で答えた。エレナだけは、他とは違う。王族である自分とも、対等の言葉で話そうとする。媚びも下心もないそのまっすぐな言葉の数々に、ベズニットは惹かれたのだ。

「でもさ、さすがにお兄様たちの目もあるじゃない? 今はまだ王女もみえてないけどさ、さすがの私もまずいかなーって!」

「へえ、エレナでもそんなこと気にするんだね」

「ふふん、偉いでしょう」


 そんな褒めたつもりはなかったが、誇らしそうに胸を張るエレナの姿に、ベズニットは心の底からほほ笑んだ。


「まぁ……これからここで働いてもらう以上、格式みたいなものは気にする必要が出てくると思うけど……」

「そ、そうよね」


 二人の間に照れくささの混じった沈黙が流れる。ここで働くということの真意は、いずれ妻として娶りたいということに他ならないからだ。ベズラットのように何人もの候補を連れてくるのではなく、エレナだけを呼んだことが、何よりの証拠だった。


「あら、気さくで可愛らしい子じゃない、ニット」

「……母様」


 そこに現れたのは、母親である王女ラナだった。ベズニットとは違うブロンドの長い髪の上で宝石をあしらったティアラが輝いている。ラナはエレナの方を見るとにこりとほほ笑んだ。


「お、王女様……こっ、このたびわっ」

「うふふ、楽にしていいんですよ、エレナさん。話はニットからよ~く聞いていますから。あの奥手なニットがここに招待したい女性がいるときいたときは、びっくりしたわ」

「か、母様、恥ずかしいからやめてください」


 言葉を詰まらせるエレナをラナは優しく宥める。その会話に気恥ずかしさを感じたベズニットははぐらかすように話を進めた。


「父様のお体はまだ優れないのでしょうか」

「そうね、熱がまだ下がらないから、安静にしているわ。最近は歳を取ったのもあって、疲れが出やすいみたい。せっかくエレナさんにお会いできると楽しみにしていましたのに、残念ですわ」


 ラナの言葉に、エレナはただひたすらにぺこぺこしていた。流石のエレナも、この国を支えてきた王女ラナには、敬慕の情から平常ではいられなかった。


「やはり、執務の量を減らされた方がよいのでは……」

「そうね、こと最近は世界政府との軋轢から神経質にならざるを得ないから。次期国王を決め、国政を安定させていくべきだわ。精進なさい、ニット」

「……はい。頑張ります」


 ベズズス王は歳を重ねてからも、執務の量を減らすことなく国政を行っていた。国王としての矜持であるとして、決して弱音を吐くことはなかった。しかし、近年の世界政府との摩擦は、彼を追い詰めていた。屈強な男であったあの王が、体を壊すほどに。次期国王を決めなければならないという空気も、そこから来ている。

 ラナからの期待とは裏腹に、ベズニットは心を決めきれないでいた。心根の優しかった彼は、尊敬する兄姉を差し置いてまで国王の座を継ごうとは思わなかったのだ。


「にしても、今夜の晩餐会はすごいわね。今回はラットとテナに一任していたけど、ここまでの役人が参列しているとは思いもよらなかったわ」

「……いつもは、ここまでではないのでしょうか」

「そうね、王はあらかじめ人を選ぶから。下心が見え透いて疲れると言っているわ」


 ラナとエレナの会話をきいて、ベズニットは胸をなでおろす気持ちになった。あの父も、自分と同じように息苦しさを感じていたからだ。


「今日はなにか見せたいものがあるとラットが言っていたけど……そろそろかしら?」


 ラナの言葉に、3人の目線は舞台へと向けられた。舞踏会にも用いられるこの会場でひと際目を引くのがあのステージだ。今は幕が下り、その向こうで何が準備されているかはわからないが、ベズラットが何かを準備していることは見て取れた。


「ごほん」


 ひとつの咳払いと同時に、会場が少し暗くなった。テーブルに置かれた蠟燭が橙の炎を揺らめかせているのが目立つ。


「改めて、今夜はこの晩餐会のために足を運んでくれて、ありがとう」


 ステージにライトが当てられると、マイクを片手に話すベズラットに視線が集まる。


「今日はどうしても皆に紹介したい人がいてね」


 ――紹介、という言葉に一瞬ドキリとしたベズニットだが、あくまでもエレナのことは内々で済ませていくはずだと思い、小さく首を横に振った。この場で大々的に舞台に上げて目立たせようなどということはしないだろう。


「オルドビス様、こちらへ」


 そう呼ばれ壇上に立ったのは、体格の良い男だった。ピシッときれいなラインが入った紺スーツを身にまとい、襟元からは焼けた肌の太い首が伸びている。そして何より印象的なのが、立派に蓄えられた黒い髭である。

 だが、一番目を引いたのは、彼の背格好ではなかった。舞台上のライトに照らされ、ひと際輝きを放つ金のバッチ……。


――パリン!

グラスが割れる音と同時に、ベズニットの隣でラナ王女が声を震わせた。


「ああ、なんてこと……ラット、あなたはいったい何を……」


 金のバッチが表すその者の正体……なんとそれは、敵対しているはずの世界政府の役人ではないか。


「安心してよ、母様。今宵、この国は新たなスタートを切る。もちろんいい意味で、ね」


 あまりの衝撃に膝から崩れ落ちる王女を見下ろしながら、ベズラットは不敵な笑みを浮かべた。


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