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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第五章 邂逅
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第四十一話 「忠義」


「ひっひ、やるじゃねえか、青年。あの気色悪いやつは、なかなか強ぇんだろ?」


 ドクターコージは、まるでポップコーンのように細かく砕いた氷を口に頬張りながら呟いた。彼が見つめるモニターには、満身創痍ではあるものの勝利を収めたフィエルテの姿が映っていた。

 コージが開発した電脳結合(デジタルリンク)は、遠く離れた場所からオンラインで覚醒者たちを集めることができる機能に加え、その中で繰り広げられる一部始終をモニタリングすることができる。

 かくして自ら結合(リンク)を行う能力を有しないコージも、覚醒者たちの戦いを見ることができ、データを収集することができる。


『……そうだね、本部(うち)には生半可な覚醒者はいないよ。ましてやレシア隊長は革命軍発足当時から活躍してくれている古株さ』


 ギガの手にある電子機器の向こうで、エルの父親であるシンは鼻高々にそう言った。一見自分が指揮する部隊を自慢しているような発言だが、真意はそうでない。息子がその強者であるレシアに勝利したことを誇らしく感じていた。


「っつってもおめーのことだからエル坊に花を持たせるよう指示してあったんだろう。まったくの親バカだぁ」


 ギガは電子機器に向かってそう言い返す。シンはギガの読みにふっとほほ笑むだけで、肯定することはなかった。


『…どっちにしろ、これで俺たちの思惑通り、一人前の覚醒者として育ったのは間違いないだろう? 問題なのはグリドの己を過信しすぎなところと、ロズのスタミナ』

「まぁな。戦争前にこれだけ課題が見つかりゃああいつらだって考えるさ。これで軍としては戦力アップか? さすがの成功運だなぁオイ」


 シンはギガの言葉に満足げにほほ笑んだ。


 コージとギガがいるのは、フォッド支部の地下である研究所の一室である。かねてからコージは電脳結合(デジタルリンク)の開発を先導しながら、革命軍のシステム的なアップグレードをはかってきた。

 その見返りに、コージは革命軍に所属している覚醒者のデータを所望した。それに応えるべく、シンたちは覚醒者同士の戦いを行わせ、それをモニタリングすることでデータを収集させることを提案した。ここは、それを実際に行うための映像室だ。

 ひとつの丸机を囲うように一人掛けのソファーが並んでいる。その中央のソファーからコージは立ち上がると、部屋に設置された製氷機に紙コップを強く押し当てる。コージの研究に氷は必要不可欠なので、よくドリンクバーなどに設置されている簡易的な製氷機が用意された。

ガガガという子気味いい音を立てながら氷でいっぱいになるコップを眺めると、再び元のソファーに深く腰を下ろした。


「なかなかに興味深い能力だぜぇ、”傲慢”は。たかだか2週間弱じゃああれ(中級)が限界だけどよ、まだ(上級)があるってんだからなー」


 コージは研究推進の傍ら、この日まで瞑想室でエルとクロシェルとともに光の解明と実践訓練を行っていた。当のコージはただっ広い脳の空間を貸しただけであるが。


「さっきモニターで確認したが、親父さん、宙に浮いてねえか? ひっひ、どうなってやがるんだ”傲慢”は」

『あーそれか。自分でもよくわからないのさ』


 コージの問いにシンは肩をすくめて見せる。


『上級を覚えたころだったか、邪魔だと思うものをある程度克服できるようになった』

「ひっひ、そりゃ傑作だ。重力を邪魔だという考えにたどり着く変態がどこにいる」

『地球に縛られたくなかったんでね』


 電子機器を通じて会話を楽しむ二人の間に入るように、ギガがごほんと咳ばらいをした。


「ファーストコンタクトはそんなもんでいいだろう。わざわざこのクソ忙しい時期に選抜試験までやってんだ、時間が惜しい」


 ギガの言葉に、そうさなぁ、とコージが返事をする。コージが尋問から解放され、革命軍に協力を開始してからというもの、ことシステム的な面と大罪因子の研究面は格段に進展したが、ギガは肝心なことを聞けずにいた。

 そう、コージが要人として世界政府で何をして過ごしてきたのか、そして世界政府は何をしようとしているのか、だ。革命軍は世界政府の目的を掴むべく諜報活動を行ってきたが、先日切られた火蓋のこともあり、肝心の部分をつかめずにいる。

 そこで、世界政府から逃げだしてきたコージならば何か知っているかもしれないということで、かねてからギガはコージにそれを尋ねていた。


「…機械的な奴らだ」

 

 そしてようやく、コージはその重い口を開いた。


「おいらはしがない科学者の一人でねぇ、ある小さな島国で細々と遺伝子の研究をしていた。あれは雪の降る寒い夜だったかなぁ、ひとり研究所に残ってた俺はぶっ倒れた。ひっひ」


ガリ、と奥歯で氷が砕ける音が鳴る。


「もとから研究に没頭してたからなぁ、不摂生だったのは間違いねえが、ぶっ倒れるとは思ってなかったなぁ。死んだかと思いきや、目が覚めた時には、俺は世界政府のお抱えの科学者になってたんだ。で、さらに研究に没頭の毎日よ」


 遠い目をするコージ。彼という変人にも、積み重ねてきた過去というものがあることが伺える。


『…話の要領が掴みにくいとは聞いていたけど…なかなかだね、ギガ』

「言葉が足りねえんじゃねえ、頭が良すぎるコイツは、常人にはぎりぎり理解できないレベルまで言葉を省略しやがるんだぁ」


 シンの言葉にギガはため息交じりに語った。コージは空気を読んだのか、仕方ねえなぁと呟いて言葉をつづけた。


「おいらの脳にできた急速に発達したものらしい。つまりおいら自身、自覚症状はナシ、それでぶっ倒れるなんざあ思ってなかったし、ましてやそれで脳が覚醒するなんて思っちゃいねえ。

だがな、やつらはまるで俺が特殊な腫瘍を発生させる体質で、その日ぶっ倒れるってことがわかってたみたいだった。じゃなきゃあ、おいらは次の日冷たい体で発見されてただろうよ」

「なるほどなぁ、それで倒れたおめぇを世界政府が助け……いや、拉致して自分たちのモンにしたってことかぁ。確かに無名の1科学者をそこまでして連れていくってのは不自然すぎるな」

「目が覚めたおいらに政府の役人は淡々と伝えたよ。この腫瘍のこと、氷のこと、そしてこれからどのように研究していくをなぁ。もう少し物思いに耽る時間をくれたってぇよかったのによ、まるで俺がそこで働くことになることもあらかじめ設定されてたみてえでよ。ひっひ」

『だから機械的、と』


 シンの言葉に、コージはおうよ、と答える。


「で、天才になったおいら様は考えるわけだ。何のためにおいらを拉致し、管理下に置こうとしたかをよ」


 ギガはごくりと喉を鳴らす。人の心を読み取れてしまうギガにとって、コージほど次の言葉が気になる人間はいないだろう。


「おいらはこの地球の真の歴史を解明する”唯一の鍵”になんだよ」

「――っ?」


 コージの言葉に、ギガは言葉を失う。一拍おいてから、シンが口を開いた。


『真の歴史というのは……大罪因子に眠るとされている……?』

「そう、それさな」


 大罪因子の中には、さまざまな情報や記憶が眠っている。覚醒者は、脳の覚醒に合わせてその情報、”地球の真の歴史”を引き出していくことを一つの命題としている。


「ちっ、俺としたことがぁ、こんなにそわそわする会話は久々だぜぇ」


 ギガはコージ特有の遠回しな話し方に苛立ちを隠せないでいた。普段『色欲』の能力のせいで良くも悪くも味気ない会話をしている彼にとって、コージの話し方は人一倍むずがゆいものだろう。


「もっとわかりやすく言おうか? おいらにはなぁ、”口枷(くちかし)”がねえんだよ」

「――!!」


口枷(くちかし)”。それは覚醒者が滞在因子内に保存されている記憶を外部に出力しようとする場合に発生するプログラムだ。スタンガンのような電撃が全身をめぐり、耐え難いその衝撃に誰しもが体を硬直させる。それゆえに、覚醒者はそれぞれ自分の中だけでその歴史を認識し、誰にも共有することもできず、理解しなければならない。答え合わせなど、皆無なのである。


『そうか、ドクターコージは覚醒者じゃないから…!』

「そーいうことさね、ひっひ。おいらが歴史を暴いてしまえばあ、俺だけはそれを周囲にばらまける。答え合わせもできるっつーことよ。レアだろ?」


 ギガはもう一度唾を飲み込んでから口を開く。


「いや待てよぉ? いくらおめぇに”口枷(くちかし)”がねぇっていっても、大罪因子もねぇっつぅことだろ? 歴史の解明なんざできんのか?」

「物分かりがおせぇなぁ。おいらは結合(リンク)ができるだろ。結合(リンク)中は、思考の共有ができるじゃねーか。

おいらの脳内なら、覚醒者が外部に記憶を出力しようという意思がなくても、勝手にその記憶を拝借できてしまうってわけよ」

『なるほど、それなら口枷(くちかし)を起こさずに記憶の伝達ができるってことか! それはすごいね!」


 コージの脳は特殊で、覚醒者でないのにも関わらず、”結合(リンク)”を受け入れることはできる。そのようなメリットを享受できる上で、”口枷(くちかし)”といったデメリットは無いというわけだ。

 つまり、本来覚醒者単体でしか行えない歴史の解明を、コージだけは”結合(リンク)”を介して協力して行うことができ、そして知り得た情報を、外部に出力できるのだ。


「ひっひ、そしてもうひとつ。保存されている情報は大罪因子の属性に応じて微妙に差異があるんさ。だからこそより多くの覚醒者が必要だし、深くまで脳を覚醒させ、より多くの情報を引き出す必要も出てくるんさね」

「そのための”犯罪者(サンプル)”集めってことかぁ。そりゃ躍起になって”犯罪者狩り”をするわなぁ」


 ギガとシンは、世界政府が行った犯罪者の定義変更声明を思い出していた。それにより世界各地の犯罪者たちは迫害され、そして世界政府に連行されていった。その目的が歴史の解明であったとすれば、話がつながっていくことになる。


「つっても例の犯罪者狩りの最中で俺も逃げ出しちまったからな。いまだにそんなに歴史は解明できちゃあいねえ。暫定で表層の記憶から推理して編み出したのが『スポット理論』さね。ま、そこまでは世界政府もわかってましたって感じだったけどなぁ」

『地殻変動の影響を受けない場所……のことだよね? スポットって。”不可侵領域(サンクチュアリ)”の制定がされているのは世界政府が発足してから割とすぐだから、コージに言われる前からその付近には目をつけていたことになる、か』


 話を簡潔に要約すると、コージが覚醒者からの記憶を整理して導き出した『スポット理論』ではあるものの、あらかじめそこは世界政府も”不可侵領域(サンクチュアリ)”として目をつけていたということである。


「……世界政府は、地球の真の過去について興味津々、ってことか。これで奴らの行動原理もある程度予想がつくな。この調子じゃあ世界政府は相当ご立腹だな。なし崩しとは言え、大事な”鍵”を拝借しちまったわけだぁ。今頃、コージのことを血眼になって探してんじゃねえか?」

『そうなるね。やはり、コージの存在は世界政府との戦いに必要不可欠なカードだ。護衛は頼んだよ、ギガ。本部との合流はしばらくできそうにないからね』


 シンの指示に、ギガは大きく頷くと、電子機器を机の上において立ち上がる。何かに気づいたように、モニターの傍へと歩み寄る。


『貴重な話をありがとう、ドクター』


 それを横目に、シンは万遍の笑みを浮かべて頭を下げて言った。


「ひっひ、そんな笑みでおいらは口説かれねーぜぇ? かわいいねーちゃんと研究データ、そしてとびっきりの上質な氷を用意しろってんだ。こんなポップコーンじゃなくな」

『はっは、もちろん用意させてもらうよ。次実際にお会いできたら、ぜひ私の持っている記憶を共有させてほしい。

――さて、いよいよだねぇ、ギガ』


 先ほどとは一転して、神妙な面持ちになったシンは、モニターを見つめるギガの名を呼ぶ。


「あぁ、時間だ。うちの問題児たちの戦いだぁ。まったく、頭がいてぇぜ」


 ――クロシェル隊とベズニット隊の対戦が始まろうとしていた。





「ふぅ~、もうおなかいっぱい! 元気になったよ!」

「いつものことだけど、たくさん食べたな……」


 ロズがそう言ったのは、食堂に到着して30分後のことだった。食事に30分というのは、そう長くは感じないかもしれないが、ロズの場合は食べ物を口に運ぶペースと咀嚼の速度が異常である。現に、目の前には下げきれず重ねられた食器がいくつも並んでいる。


「うん、あたしの場合、空腹が副作用みたいなものだしね。これを消化しちゃえば、次も戦えるよ!」

「なるほどね、うらやましい限りだよ、いつつ……」


 かく言う俺は、軽微な頭痛と重めの筋肉痛に苛まれている。現実世界で脳を解放したわけではないので、副作用は軽減されているが、中級開放はまだ不慣れなところもあり後を引いてしまう。


「ぐごーーーーー。すぴーーーーーー」


 ちら、と横目でグリドを見ると、案の定爆睡をかましている。ロズの副作用が空腹だとすれば、グリドの副作用は眠気である。次の対戦相手を確認するや否や、寝るわ、とだけ言ってこの状態である。


「さて、まもなく、だな」


 俺たちの次の試合予定時刻までは2時間以上残されているが、その対戦相手を決める対戦カードが”クロシェル隊VSベズニット隊”だ。

 クロシェル隊長には鍛錬時からとてもお世話になっているし、ベズニットの野郎はいけ好かない野郎だ。何としてでもクロシェル隊には勝利を収めてほしい。だがその思いとは別に、俺にはやらなくてはならないことがある。


(次の戦いの指揮を俺が、ね)


 数分前の会話だが、テラに代わって俺が部隊の戦略的指揮を任されることになったのだ。となれば、次の対戦相手の戦いを指をくわえて見ているわけにはいかない。敵の情報を掴み、そしてどのように立ち向かうかを考えなければならない。


「ぐごーーーー」


 ……我らが戦力的支柱グリド様はこのように爆睡中である。彼の私見抜きにして作戦を練らなくてはならなそうだ。


「エル君、試合、見るでしょ? あたしも見たいからさ、こっち座りなよっ」

「ん? ああ、そうだね」


 ロズは机の上の食器を片したあと、となりの椅子をぽんぽんと叩いた。俺の隣ではグリドが眠っているし、向かい合って画面を見ると逆さになってしまい見にくい。

 俺は促されるままロズの隣に座りなおすと、ロズにも見えるように電子機器を机に置いた。


「んひー、いよいよだねぇ。あたしまで緊張しちゃう!」


 ロズは椅子を俺に近づけると、ぐっと画面をのぞき込んでそう口にした。ふわっといい香りがする近さだ。おそらくロズはそのあたりの距離感が近いんだ。異性の俺からすると、意識せざるをえない距離だ。だがここで俺があからさまに距離をとるのも失礼な気もする……。

 俺はぐっと息を飲み込んで、平静を保とうと大きく息をついた。よし、今は目の前の試合観戦に集中だ。他のことにかまけている場合ではない。

 画面は切り替わり、電脳結合(デジタルリンク)会場が映し出された。簡易的な対戦カードが表示されている。こういう生配信みたいなのだと、スポーツみたいに歓声やら実況者やらが欲しくなるが、そういったサービスはない。


「おい、始まるぜ……例の部隊の戦いだ」

「ベズニット様…ご武運を…」


 ざわざわと、食堂が騒がしくなるのを感じる。実況者はいないものの、まわりには同じようにこの戦いを見ようとそれぞれ座席で画面にかじりついている人たちがちらほらいるのだ。そういう意味では、スポーツ観戦に似た臨場感みたいなものはあるな。


「さて、どんなもんかね……」


 両部隊の転送が完了し、試合が始まった。

 


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 戦神、という呼び名が付けられたのは、今から約10年ほど前のことだ。世界政府が発足を宣言してからというものの、その傘下には下るまいと多くの国が反発し、戦争を行った。これが俗に言う第3次世界大戦だ。

 不思議なことに、世界政府には本拠地というものがなく、各先進国の内部からじわりと染み出したかのように現れ、その勢力を広げていた。

 クロシェルは、そんな世界政府の侵攻が繰り広げられる国の軍に所属している一軍人であった。彼の国はいわゆる合衆国というもので、多くの州からなりたつ世界でも有力な国だった。

 クロシェルをはじめとした異能…覚醒者は軍の機密として扱われ、有事の際にはその前線に立ち、その力を発揮するのが主な任務である。その日もクロシェルはある州での戦いに赴いていた。

 あろうことか、クロシェルの能力は当時としては異常なまでとして高く、彼の部隊……といってもほぼ彼一人の戦力であるが、なんと侵攻を行っていた世界政府の一個小隊を壊滅させたのだ。その時のクロシェルの猛る姿に士気は跳ね上がり、多くの州が世界政府に攻められ、国が白旗を上げるその時まで、クロシェルのいた州だけは世界政府の侵攻を食い止めていたのである。

 そんな彼の名は”戦神”として革命軍の細部まで知れ渡り、クロシェルは当時戦力を集めていた革命軍に引き抜かれることとなった。クロシェルは、祖国を世界政府の手から独立させるべく、今日まで精力的に活動をしてきている。


 そんな戦神の猛る姿が再び見られるとして、その対戦カードは一躍注目を浴びていた。


「さて、征くぞ。セレン、ネイヴィ」

「御意」

「はい!隊長!」


 クロシェルたちは歩みを進めた。クロシェルを前衛に据え、中衛にセレン、後衛にネイヴィといった、オーソドックスな1列縦隊である。

 圧倒的な肉体強度を誇るクロシェルが敵をなぎ倒し、感知者(シーカー)であるネイヴィが索敵を行いつつ挟撃を警戒、”憤怒”の能力で全体を支援。守られる位置にあるセレンは味方の支援と敵の妨害を並行して行うのだ。


「ハッハァ、戦神のおでましだ」


 前方から、ベズニットの声が響く。フィールドは霧の立ち込める湿地といったところか。視界が良くない分索敵に神経を割かれる環境ではあるが、お互い幸いなことに、すぐに対峙するような近距離に転送されていた。


「単体。残る2名は霧にまぎれた」


 ネイヴィは正面に立つのがベズニット1人であることを感知していた。近くにもう2名の存在は感じられるが、この霧の中では正確な位置は把握できない。

 ガキィンという金属音が前方から響き渡る。クロシェルの拳を金属化した腕の槍でベズニットが受けた形だ。


「いいのか? か弱い女狐たちを守らなくとも?」

「ふん、我が部下たちはそんな軟ではない」


 そんな言葉を交わしながら、隊長同士の剣戟が始まった。剣というよりは、拳と槍ではあるが。

 クロシェルの速度は並みの覚醒者では対応できるものではなかったが、ベズニットは1隊長を任されるに値する実力者である。お互いに決定打を生まぬまま、立ち込める霧の中に埋もれていく。


「危険。隊長が遅れを取るとは思えないが、この視界の中で分断するのは得策ではない」

「っていっても、隊長けっこう頭に血が上ってる感じじゃない!?」


 警戒するネイヴィに対し、セレンが焦ったように言う。クロシェルは確かに憤っていた。それもそのはず、ベズニットには度重なる挑発を受けてきている。かわいい部下(セレン)を蔑まれ、平常ではいられなかった。


「あの挑発も敵の戦略かもしれない。警戒を緩めるな」

「わかってる!」


 セレンは”嫉妬”の能力を発動し、周囲に光る粉末をまき散らした。視界が不十分な中、広範囲に影響を及ぼせる手段である。その粉末を吸うと、肉体は弱体化を受ける。セレンたちは事前に抗体を獲得しているため、影響があるのは敵のみである。


「はっ!」


 そんな発声と同時に振り下ろされる手刀をセレンは寸でのところで受け止めた。その瞬間、紫色の光が輪のように拡散した。


「ちっ、うちと同じ”嫉妬”!! 弱体化は受けてない!」

「女狐よ、覚悟」


 セレンに攻撃を仕掛けたのはベズニット隊の女性闘士だった。両腕を刀のように変異させており、舞いのような動きで霧にまぎれながら、文字通り手刀を浴びせる。


「『剥奪(ダイヴェスト)』」


 ネイヴィはそう呟き、敵の動きを妨害する。憤怒の能力は”感覚を奪う”といったもの。舞のような動きを止めるべく、彼女は平衡感覚への干渉を試みたのだ。案の定敵はバランスを崩し、セレンの目の前で大ぶりの攻撃を外す。


「ふんっ!」


 セレンはその隙を見逃すことなく、力強く蹴りを入れる。その攻撃は敵の横腹にめり込んだあと、激しい音を鳴らして体を吹き飛ばした。


「ただのか弱い女だって思ってくれた!? 油断したわね!」


 力が強いことはセレンにとってのコンプレックスであったが、こと戦いになるとその良さは遺憾なく発揮される。女性覚醒者は多くいるが、前線に立つものの多くはスピードやテクニックで勝負する。セレンはめずらしいタイプだった。


「油断した? こちらのセリフだな」


 吹き飛ばした方角からそんな言葉が飛んできたと思った矢先、セレンの足元で緑色の閃光が放たれた。とっさに防御姿勢をとったものの、その後発生した爆発に巻き込まれたセレンは大きなダメージを負うことになる。


「ハイブリット…いやちがう、もうひとりの仕業ね」


 口元から垂れる血をぬぐいながら、セレンは爆風で晴れる霧の向こうをにらんだ。

 セレンを襲ったのは、”暴食”の細胞爆弾。しかし、その威力は”嫉妬”の能力によって底上げされていた。舞う動きに合わせて仕込んでおいた爆弾をお見舞いする、ベズニット隊の連携パターンだ。暴食の覚醒者であるもう1名の仲間は、感知者(シーカー)でもあるため、霧にまぎれながら爆弾を生成していた。


「大丈夫か、セレン」

「うん、まだ大丈夫。いってもこっちも手ごたえあり。あばら骨の数本はやれてると思う」


 事実、バランスを崩したところに直撃したセレンの蹴りは、彼女のあばらを砕いていた。爆発に巻き込まれたセレンとダメージは互角と言ったところだ。


「この調子じゃ、暴食の方は姿を現さないと思う…なら、嫉妬の方を倒してから、ベズニットを狙う!」

「そうはさせん」


 ねらいを明確にしたセレンの目の前に、再び女性闘士が立ちはだかった。さきほどと変わらない舞うような動きに翻弄されるも、それらすべてを防御してみせる。


「失礼」


 その直後、赤黒い光を放ちながらネイヴィは女性闘士の背後に回り込み、蹴りを見舞う。それは見事に直撃し、再び吹き飛ばすことに成功する。


「見えた!」


 女性闘士を吹き飛ばした直後、キン、という音とともに、セレンによって何かが弾かれた。それは、数メートル先で閃光を放って爆発した。

 さきほどと違うのは、爆弾への警戒。敵は手刀の中に暴食爆弾を織り交ぜた連携をしてくる。しかし、一度そのタネが割れてしまえば、落とされる爆弾を起爆前にはじくこともできる。


「攻略。暴食の支援は厄介だが、その仕組みさえ理解してしまえば対応できないこともない」

「あとは単純に2対1の構図! 時間の問題よ」


 ネイヴィとセレンはそう吐き捨てた。暴食が見えないところで支援にまわる戦略を取る以上、人数不利を生むことになる。ベズニットがクロシェルと一騎打ちをしている間は、その状況は変えられない。

 だが、そんな劣勢の中、女性闘士は不敵に笑って見せた。


「貴様らの刃がベズニット様に向けられることはない」


 霧にまぎれ、ネイヴィの背後を取ることに成功した女性闘士は、腕を振り上げた。だが、その攻撃もむなしく、反射速度に秀でていたネイヴィの腕に阻まれる。


「爆弾の性質上、自身も距離を取らなくちゃいけないってのが弱点ね。その舞も、爆弾投下のカモフラージュだろうけど、距離をとる瞬間だけ警戒していればいい!」


 セレンの言葉どおり、彼女たちの戦略には弱点があった。用意した暴食爆弾は嫉妬の能力によって威力を増しているが、爆弾という性質上、自身がその爆発に巻き込まれる危険性もある。

 つまり、攻撃→爆弾投下→一時退避という流れを取らなければ、一方的にダメージを与えることができないのだ。そこに気づいたセレンは、敵の一時退避のタイミングで爆弾の位置に警戒をすることで、爆発前に弾くことを可能にしたのだ。


「――それを、油断というのだ」


 そんなセレンの思慮とは裏腹に、女性闘士は笑みを止めていなかった。あろうことか、彼女はその場に留まりながら、爆弾を投下していたのだ。


「くっ」

「無駄よ」


 敵は、咄嗟にバックステップを図るネイヴィの腕を引きながらそう言い捨てた。先ほどの背後からの攻撃の真の狙いは、防御にまわったネイヴィの腕を掴むことだったのだ。

 刹那、三度目の閃光とともに、ネイヴィは爆発に巻き込まれた。


「ごほっ……!」


 巻き上がる土煙の中、ネイヴィは自分の身に降り注いだ異様なダメージに意識を回していた。


(あの爆弾……起爆力は暴食のカロリーそのものだが、中に細かな放射性物質を織り交ぜてあるな……)


 敵が嫉妬の能力によって爆弾に与えたのは、放射能である。放射線は非常に周波数の小さな電磁波であり、覚醒者の細胞を通過して内臓に直接ダメージを与えることを可能にしている。威力に特化したため、その放射線は爆発範囲を超えると急激に減衰するため効果範囲は狭いが、範囲内ではあらゆる皮膚効果を無力化できる。セレンやネイヴィが血を吐いたのは外傷というより内臓へのダメージが原因である。

 防御ではなく回避するしか防ぐ手段がないが、女性闘士はネイヴィを掴むことによって無理やり爆発に巻き込むことに成功したのだ。


(だが、そんなことをすれば…)


 土煙が晴れると、そこには同じように大きなダメージを受け、口元から大量の血を垂らす女性闘士がいた。

 当然、ネイヴィを逃すまいとその場に留まる自身も爆発の影響を受ける。相手にダメージを与えられる一方で、自分自身も不可避のダメージを受ける、自爆戦略。

いやむしろ、爆弾により近い位置に留まることになるため、ダメージは自身の方が大きいと言える。


「そ、それだけのダメージ……結合解除(リンクアウト)してもおかしくない……のに」


 セレンとネイヴィの渾身の蹴り。そして至近距離の高威力爆発。女性闘士の受けているダメージは、誰が見ても致命的だった。

 致命的なダメージを受け、意識を失えば強制的に結合(リンク)状態は解除される。2名を結合解除(リンクアウト)させることが勝利条件になる。

だが、彼女は尚も不敵な笑みを浮かべ、そこに留まっていた。


「私はベズニット様に痛覚を遮断していただいている身……。脳に異常が伝わらない以上、結合(リンク)に影響は生じない……知らなかったか?」


 なんと彼女は、事前に”憤怒”の能力で痛覚を奪われている状態にしていたのだ。これにより脳がショック状態に陥ることを防ぎ、結合(リンク)を維持できる。


「っ! いくら痛覚を遮断してたって、そのダメージ……まともに体を動かせる状態じゃない!」

「ええ、そうね。痛覚はなくとも、この身はすでにボロボロ。でも構わない」


 本来、痛覚とは身体に生じる異常を脳に伝えるためのシグナルだ。皮膚を切ればその皮膚から、骨を折ればその周りから、全身に張り巡らされた神経が常に身体を見張っている。では、その痛覚を遮断すればどうなるのか。シグナルは脳に届かなくなる……が、異常が無くなったわけではない。痛覚がダメなら違う方法で、身体は脳に悲鳴を届けようとするであろう。

 女性闘士はセレンの言葉に頷きながら、ネイヴィの腕を強く握りしめた。あろうことか彼女は、ネイヴィの拘束を解かず、再び爆発を見舞おうとしている。


「疑問。なぜそこまでする」

「なぜかって……? 愚問だな」


 女性闘士は息を切らしながら答えた。激しい攻防の中で、彼女の肉体はずたずただった。にも関わらず、目の光だけは灯したまま、ネイヴィをまっすぐにとらえていた。


「配下が主君を守るために、最善を尽くすのはあたりまえではないか」

「忠義か。私が尋ねたいのはそこではない。なぜそこまでして、あの男に忠誠を誓うのかだ」


 ネイヴィは拘束を解こうともせず、女性闘士を見つめ返した。


「ベズニット様は、心優しい方だ。私達は、それを知っている」


 ネイヴィは眉間にしわを寄せた。他者から見るベズニットは常に高慢で、周囲を見下しては汚い言葉を吐き捨てる。ネイヴィにとっての彼のイメージはそうでしかなかった。


(いや、それはない。奴は、配下など駒としか思っていない。優しさなど……)


 先刻のベズニットの言葉を省みるに、そのような優しさがあるとは、到底信じようもなかった。


「だった、と付け加えるべきだったな。変わってしまわれたのだ。あの日から……」

「あの日……?」

「だから私たちは忠義を尽くす。たとえどのように変わってしまわれようと、ベズニット様と共に!!」


 女性闘士の体から、緑色の閃光があふれ出した。爆弾の投下ではない。持っている爆弾をそのまま起爆させるのだ。


「ネイヴィ!!!」


 セレンは瞬時に距離をとって叫ぶ。しかしその声が届くころには、爆発は二人を飲み込んでいた。


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