第四十話 「思考の末に」
考えてもいなかった。
俺たちのチームは、グリドありきの作戦を立てていた。本人もそれが1番だと考えていたし、それ以上に「やられはしない」という自信があったのだろう。俺たちもそのグリドの殺傷力と防御力を信じていた。
だからこそ、俺は時間稼ぎに終始していた。レシアを抑えることで、グリドが先に2体倒す。おそらく、ロズもそう考えていたことだろう。
だからこの状況は、圧倒的にまずい。グリドありきの作戦を持ちながら、そのグリドが真っ先にやられたのだから。
「フッフ♪ こと硬さにオイテ自信があったようですが、それだけジャこの世界は戦っていけないのデスよ?」
レシアは上機嫌に笑い、ピピルスはそのそばで表情ひとつ変えずこちらを見ていた。ロズはピピルスの相手をしていて相当疲弊している。背水の陣、とはこのことだ。
だが、このままただで負けてられるかってんだ。なんとかして敵の鼻を明かしてやる。……といってそんな術があるわけでもなく……。どうすればいい。考えろ、考えろ……!
俺は何か策が思いつかないかとひたすら頭を捻ってみる。じっくり考えている余裕はない。敵は目前だ。その緊迫感に気が狂いそうなその時だった。
『エルさん』
――!?!?!?!?
突如、女の子の声が聞こえた。あまりの驚きに一瞬思考を停止したが、聞き覚えのあるその声だと気付き落ち着きを取り戻す。声の正体は、リルーネだ。
辺りを見渡してみると、景色が一変していることに気付いた。ここは、瞑想空間だ。
「時間がありません。端的に話をしましょう」
戦闘中での瞑想はどれだけがんばっても30秒程度。リルーネから継承した知識を思い出した。それ以上長く深く潜ってしまうと、当然現実世界での数秒を浪費し、無防備な肉体がやられてしまう。幸いレシアは追撃してくる様子もなく笑っていたので、30秒瞑想する時間は許されているはずだ。
「私たちの能力は対覚醒者戦においては非常に強力です。なんたって能力に頼って戦っている彼らが、一時的とはいえ生身に戻るわけですから」
「そりゃそうなんだが、あいつらはそう簡単に触れちゃくれないぜ」
「ええ、ですから、考えなければいけないポイントはまずそこ」
「どうやって光を相手に届けるか、か」
俺は拳をあごに当てて考えてみる。それだけに的を絞れば、いくつか案はある。成功するかは別として。
「そしてもう一つ考えるとすれば、こちらの強みは何なのか、です」
「強み……」
「グリドさんが無き今、戦う手段は限りなく少ないと思います。ですが、それを思いつく思考力があなたにはある。そしてその実行力も、成功させる運も」
俺の強み…。敵の能力に配慮し、対応手段を考え抜く思考力。そしてやるとなったらやりぬく実行力。そして、結果的に何とかなってしまう、親父譲りの成功運。
「わかった。やってみるよ」
俺の声に、リルーネは笑顔で頷き返してくれた。先ほどまで俺を追い詰めていた緊迫感はとうに消え失せていた。やるしか、ない。
「――オヤ? 顔つきが変わりましたネェ」
現実に帰ってきた俺はちら、とレシアとピピルスの姿を見る。まだ動きはなさそうだ。
(ロズ、あのピピルスって女の能力ってわかるか?)
俺は小声でそう訊く。ロズは小さく頷いた。
(えと、色欲の覚醒者。ナイフをたくさん投げてくるんだけど、そのナイフを別のものに見せることができるみたい。幻覚ってやつ?)
(ナイフと、幻覚か。なんでナイフなんだ?)
(あ、たしか、こういってた。あたしには、ナイフを恐れた頃の記憶が残ってるって。あなたは惑わされる側の人間だって)
(ナイフを恐れる……そして色欲の覚醒者……ね)
大体わかってきた。そして気になるのが、レシアの能力。グリドの全身から、骨が飛び出してきた。トリガーは、レシアが触れたことだろう。
瞬時の出来事に、光の色を見ることはできなかったが、おそらく”暴食”のものだろう。対象に触れ、細胞を分け与える。骨細胞だ。分け与えられた人間は内部から骨が急激に成長し、体を突き破る。いくら皮膚が硬くても、内側からでは意味を成さない。
そう考えて振り返ってみると、俺はレシアに一度触られている。しかし、体には何の異変も無い。
そこで、俺の思考力を存分に発揮し、いくつかの仮説を立ててみる。
仮説1。奴らは俺の傲慢の能力を知らない。
本部には俺と同じ傲慢の覚醒者である親父がいる。なので初めは知られていて当然だと考えていた。しかし、よく考えてみると、奴の対応には少し違和感がある。
俺の攻撃は光で無力化した肉体に拳を繰り出すものであって、光を当てること自体は付加効果でしかない。例えば拳そのものをガードしたり、弾いてしまったりすれば、意味をなさない。
しかし奴等は光そのものを回避した。まるで、未知の能力を警戒するがごとくな。このことは、奴らを出し抜くチャンスになり得るだろう。
仮説2。ピピルスの能力について。
ピピルスは色欲の覚醒者ということで、幻覚を用いてくるわけだが、そのトリガーは”恐怖”だと考えられる。
敵がナイフを用いていることから、潜在的な刃物に対する恐怖心を利用して、能力を発動しているのだ。つまり、ピピルスは刃物を違う何かに見せることができる。
であればどうだ。他にも、恐怖を抱いてしまうような存在があれば、その存在上手く利用できるのではないか。
そう、レシアだ。奴はその佇まいや仕草、話し言葉に至るまであらゆるものから得もいえぬ恐怖を感じる。いや、感じてしまう。
それゆえに、ピピルスの能力発動条件を達成してしまったのではないだろうか。もしそうであれば、あたかもレシアが瞬間移動したように見せることができることになる。
やはり、考えられる勝ち筋はひとつ。
レシアかピピルスのどちらかに光を当て、そのタイミングでロズの弾を当てる。ロズの弾は一種の爆弾のようなもので、生身の状態であれば、流石に一撃で仕留めることができる。生憎、肉体強化しかできない今の俺に攻撃力はほとんどない。ロズ頼りになってしまう状況だ。
問題は、ロズの弾数が限られているということ。チャンスは2度もない。敵の幻覚と攻撃を捌き、一瞬の隙をついて俺の光を当てる。そしてそのタイミングで、ロズの弾を当てなければならないという、かなりシビアな勝利条件だ。
「じゃ、早速、作戦通り頼むよ」
「う、うん。でも、ホントに平気なの……?」
「なんとかなる……いや、なんとかするさ」
俺はそう言ってロズの手を取った。ぎゅっと握ると、冷たかったそれが熱を帯びていく。
「団結の握手デスか? いいですネ。ワタシたちも」
レシアはそう言ってピピルスの手を取った。
「ロズッ! 来てる!!」
俺は嫌な気配を察し、声を発した。ロズが咄嗟に横に跳ねる。
「おやァ?」
すると、先程までロズがいた場所にレシアが手を伸ばして立っているではないか。視線をピピルスに移すと、彼女はまるでレシアの手でも握るかのように、ナイフを握っていただけだった!!
「先程とは違い動きが良くなりましたねェ。こちらの能力を察したというワケですカ」
「くっ!」
すぐにレシアに手を伸ばして見るも、簡単に躱されてしまう。やはり、一筋縄では行かない。
「ピピルスサン、アレでいきますヨ」
「……承知」
ピピルスがナイフを上空に放つ。それを追うように、彼女も地面を蹴って空に消えた。
「来るっ! 分身するやつっ!」
上空のナイフを目で追おうとすると、そこに既にナイフはなかった。代わりに、ピピルスが分身して、落下してきていた。降り注ぐナイフを、本体の姿に見せる幻覚――!!
ピピルス自身もそこに飛び込んだということは、幻覚の中に本物のピピルスが紛れているということ。しかしそれを暴く術はひとつしかない。
「今だッ! 頼む!」
「いいの!? やっちゃうからね!」
ロズはそう言い放つと、全身を丸めて力を溜めた。ぷくぷくと肌が膨らむ。
「全銃奏!」
ロズの全身から弾が打ち出され、ピピルスたちに直撃した。その爆煙が晴れると同時に、力なくナイフが落下するのを確認する。やはり幻覚だ。
「も、もうだめ……」
「!?」
このタイミングで、まさかの頼りであったロズが力なく倒れ込んでしまった。当初の計算では、技を放った後、1、2発分のカロリーが残るはずだった。しかし最悪なことに、残弾はゼロで、行動不能のおまけ付き。意識を失えば電脳空間から弾かれ、俺たちの敗北が決定する。きっとロズは意識を保つのに精一杯で、弾を放つことはおろか、動くこともできないのだろう。
つまり今は、攻撃力を持たない俺一人で、動けないロズを守りながら戦うという、背水の陣だ!!
しかし、諦めることだけはしてはならない。なんとかすると言ったのは俺だ。
目をこらすと、晴れていく爆煙の中に、1本だけ速度を失わないナイフがあることに気づいた。
「そこか!」
俺はそのナイフを目がけて力強く飛んだ。光を纏った左手をナイフに伸ばす――。がし、と確かにそれを掴んだ。驚いたのは、他でもないピピルスだった。
「――んぐ!?」
俺は彼女の首根っこを掴んでいたのだ。光に触れたナイフは、ピピルスの姿に戻っていた。運のいいことに、掴んだ場所が急所だった! 俺はすかさず光をピピルスの頭部まで広げる。脳を光で覆ってしまえば、生身の人間に成り下がる! このまま地面に叩きつければ、生身の人間ならひとたまりも無い!
幻覚が掻き消されたこと、首を掴まれたこと、そしてこのままバランスを崩して落下した先のことを考えたのか、ピピルスの冷静であった表情に焦りが浮かんだ。もがいて俺の体に拳を突き立てるも、強化してある皮膚にダメージは通らない。やはりスピードタイプの女性だ。捕まえてしまえば、俺程度の肉体強化でも戦える!
「イイですねぇ、光に触れるとそうなるんデスカ」
いけると思った瞬間、不気味な声が真下から聞こえた。落下地点でアイツが笑っている!!
なんとかしようとするも、俺自身も落下中に過ぎず、ただ重力に身を任せるのみだ。落下のダメージは肉体強化により無いだろうが、レシアの攻撃を防ぐ算段はない!!
レシアは落下するピピルスの袖をくいっと引きながら、一方の手刀を彼女を掴む手首に振り下ろした。手首に鋭い痛みが走ると同時に、俺は地面に落下した。激しい振動と共に、ふわりと着地するピピルスが視界に入る。その首元には、血を垂らしながらぶら下がる手首があった。
意識した瞬間、激痛が走る。光をピピルスの方に移動させていたため、俺の手首は光でコーティングされていなかった。俺の光の総量には限度がある……敵の肉体に送り込めば、その分自身を纏う光は無くなるんだ!
レシアはそれを見逃さず、落下する俺の手首を狙って手刀を振り下ろしたのだ。
「幻覚を解く能力……ニシテハ、いささか限定的過ギル。ワタシタチのチカラを封じるようなもの、と解釈シマスカ。マ、それもこうしてしまえばオワリ」
レシアはそう言いながら倒れ込む俺に跨った。残る片腕を押さえ込まれ、身動きが取れない。細く小枝のような肉体なのに、その重量感はあまりにも大きかった。この体は、どれだけの密度を持っているというのか。狡猾で賢い、それでいて強かな、レシアという男の強さと恐ろしさを改めて痛感した。
レシアは抵抗を示さない俺を見て少し残念そうな顔をした。そしてゆっくりと、俺の胸に向けて手を伸ばす。アレに触れれば、十中八九、死ぬ。かといって、がっしりと押さえつけられている現状、触れずに済む方法など無かった。
「……暴食の覚醒者」
ぼそ、と呟くと、レシアはピクと反応して伸ばす手を止めた。
「その多くは、”細胞を分け与える”能力を応用して戦う。一部は治癒能力として、一部は遠距離攻撃手段として。しかしあなたは、そのどちらでもない。いや、強いて言えば前者かな。対象に細胞を分け与え、異常な速度で成長させる。行き過ぎた成長は肉体を滅ぼす。オスグットみたいな感じかな。
まぁ結果はさっき見たとおり、体の内側からその組織が皮膚を突き破って死ぬ。防御力を無視できるところとその威力は圧巻だけど、発動条件が難しい。”細胞を分け与える”ってチカラはなにも一瞬で行使できるわけじゃない。光の移動には時間が要る。つまり、対象に2,3秒、触れ続ける必要がある。
それをカバーするために、”色欲”の能力と組み合わせてるって感じかな。もう一人は特攻役、かな? ”強欲”の能力によって、比較的硬い相手にもダメージが通りやすい。無視できない攻撃力もあるから、そっちに意識を割かざるを得ない。今回の場合、グリドの正常な判断を奪い、2,3秒をうまいこと稼ぐことに成功してる。
圧巻のチームプレイだよ」
やはり、この人は……。
俺の長い台詞にも、レシアは顔色一つ変えず最後まで手を止めていた。別に最後まで聞く必要もない。そのまま手を添えて、2,3秒待てばいい。片腕も無く完全にロックされている俺に抗う術は無いのだから。
「なにか手でもアルのかと期待して聞いていましたが……その考察はスバラシイの一言デス。シカシ、この状況では……タカガ感想でしかないデスね」
「あ、やっぱ2,3秒ってのはあってんだな」
「? それがどうかしましたか?」
「いやいや、それだけが不安材料だったんだよな」
「この期に及んでナンデスカ? もう少し期待していたんデスガ……お終いデス」
レシアは俺の胸に手を押し付ける。ぐっと肺が押しつぶされ、熱を帯び始める。骨がミシミシと軋み始め、激痛が走る。このまま数秒たてば、俺は死ぬ。
――でも、その数秒があれば大丈夫!
俺はレシアに触れられると同時に、拳に纏っていた光を、押さえ込まれている手首まで少しだけ移動し、びくともしなかったレシアの拘束を解く。
「ナニ!?」
確かに重量感のある腕だったが、遺伝子をオフにしてしまえば密度は低下する。見た目どおり細い小枝のような腕だ。俺の生身の腕でも難なく払いのけることができる。
完全に押さえ込むことができていると思ったのだろう、虚を突かれたようにレシアは目を見開いたが、一瞬で冷静さを取り戻し、下半身の固定を強めた。そう、いくら片腕の拘束を解かれたとしても、マウントポジションを取り、胸を押さえつけている今、逃げ切られることはないのだ。
だが、俺の狙いはそこじゃない。
俺は解かれた手をレシアの胸に押し付け、光の移動を試みた。俺の光は触れてさえ居れば、体外にも移動可能。これは実験済み。手を離してしまうと、消えちまうけどな。
「!? 何の真似事デスか?」
「……チームプレイ」
レシアの言葉にそう返した瞬間、俺の手から閃光が放たれた。ドカァンという爆音と共に、俺の腕は飛び散った。
「レシア隊長ッ!?」
ピピルスが叫んだ。そこには、爆発により左胸に風穴を空けたレシアが居たからだ。幸いなことに、先に致死的ダメージを与えることに成功したからか、レシアの能力行使は中断され、俺は助かっていた。
レシアの心臓はすでに吹き飛ばされ、即死ともいえる状態だった。しかし、ここが電脳空間であるからか、レシア自体のしぶとさからか、レシアは倒れることなく、ぎろ、と俺を睨んだ。まるでなにをしやがったとでも言いたげそうな目でな。
「ってェ~~~~、意識飛びそうだぜ。ん、何をしたかって? ま、感謝の気持ちも込めて話してやるよ」
俺は右腕を掲げ、既に飛び散ってしまった、手があった場所を見る。
「気付いたと思うけど、ロズの弾は時限爆弾なんだよ。時間が経てば爆発するし、何かにぶつかっても爆発する。これであんたのとこのナイフを防いでいた。それを、握手した時、手につけてもらった」
「テ……ニ!?」
「そう、ロズもあんたと同じ暴食だからね。体から切り離した細胞はしばらく息をする。つっても、爆発しちゃうから保存は無理だけど」
「ナラバ……」
「まぁ普通なら俺の手は吹き飛ぶ。だけど俺の光は、一時的に大罪因子による遺伝子覚醒を無効化できる。つまり、一時的に時限爆弾のカウントをストップできる」
「……!!」
「わかったか? つまるところ俺は、爆発する寸前の爆弾を手に抱えたまま戦ってたってわけ。あとはカンタンさ、持ってる爆弾の光を消せばいい。いつでも爆発できる」
レシアは言葉を発することができなかったのか、全てを悟ったように目を閉じた。肉体が粒子状になって消えはじめている。
その姿を見ながら、ピピルスは焦りを含んだ声で言った。
「しかし! その爆弾には、それほどの威力はなかったハズです! 何度か私も受けましたが、これほどの威力などなかった!」
「まぁ、そうだな。俺もそれはわかってた。普通に爆発させただけじゃ、覚醒者を一撃で仕留めることなどできない。でも生身なら別」
「……まさか」
「そ、だからあんたのところの隊長の真似事をさせてもらったわけ。爆弾に纏った光を、相手の肉体に移動させる。爆弾は起爆し、肉体は大罪因子による強化を失い、生身に戻る」
「……わかりました。でも、そんなことをすれば、あなたの腕も生身になるのと同じ。恐ろしくはなかったのですか」
ピピルスは全てを納得したように大きく息をつくと、そう尋ねてきた。
「へっ、こちとら痛みには耐性があるんでね。こんなの、|筋繊維や骨がズタボロな≪イッちまってる≫腕があるよりはマシだぜ」
俺はクロシェル隊長の試練を思い出しながら、皮肉混じりに言った。
「――完敗です」
ピピルスは最後にそう言うと、レシアと同時に空間を去った。
「ふぅ。立てるか、ロズ」
「む……むりぃ。え、勝ったの?」
「センキュー、おかげさんでね。まぁ、見ての通りだけど」
俺は飛び散った両手、ないし両腕をロズに見せる。
「――ヒィ!?」
ロズは奇声を上げ、意識を失った。
「あ」
空間に取り残された俺は、頭をポリポリかいてから考える。
この場合、どうやって戻るの? ポータルまで歩くの?
と、そこまで思い立ってから、視界が歪むのを感じた。お迎えが来たようだ。
「よぅ、お疲れ」
「……グリド。お疲れさま」
目を開けると、俺はカプセルの中に居た。電脳空間からは一度弾き出されたようだ。試合には勝利したわけだが、このあとの動きはよくわからない。
「こまけーことは後で話す。とりあえず、よくやったよエル。俺も、反省しねーとな」
「はは、たまたまだよ」
「とりあえず、行くぜ」
グリドはくい、と親指で背中を指した。気付けば、ロズがぐったりしているではないか。
まさか、思ったよりも重症だったのか!? それはいけない。すぐさま病室に連れて行かなければ。俺はがばっと体を起こすと、すぐに立ち上がって歩き始める。
「ばか、そっちじゃねえよ」
「え、だって病室は……」
その瞬間、大きな音が鳴った。
ぐ~~~~~~~~~~~~~~。
その音は、聞きなれた音。ロズの腹の虫。
「食堂だよ、食堂。カロリー不足じゃこいつあぶねーだろ。ま、祝勝会だな」
はは、そうか。電脳空間もとい瞑想空間での肉体ダメージは残らない。残るのは、脳の酷使による副作用と、カロリー不足……。栄養失調でトイレの水を飲もうとした事件を思い出すぜ……はは。
俺は振り返り、グリドを追った。
「もぐもぐもぐもぐ」
――がつがつがつがつ!
食堂の席につき、テーブルに料理が並んだ瞬間、ロズはがばっと体を起こし、おもむろにナイフとフォークをとってはカロリー摂取を開始した。その表情はあまりに幸せそうで、本当に食べることがすきなのだと感じられる。おいしそうだな、と声をかけてみたが、反応がない。グリド曰く、意識は戻っていないそうだ。このようにしばらく無意識で食べ続け、いつか目を覚ますのだという。
「なんつーか、すまん。よくやったな、エル」
グリドはばつが悪そうに頭をかきながら言った。おそらく先の試合で真っ先に脱落してしまったことを言っているのだろう。脱落した後の対決の様子はモニターを通して見ることができていたようだ。
「いや、謝らなくてもいいよ。グリドはグリドで一人倒してるわけだしさ。グリドとロズが相手の能力の情報を集めてくれたから、あの作戦を考えられた。ロズとの連携だって、思いつきさ」
俺はそう謙遜する。事実、俺だけの力で勝ったわけではない。止めを刺したのはロズの爆弾なわけだし、あの作戦だってリルーネがアドバイスをしてくれなかったら、考えもしなかっただろう。俺はただ諦めなかっただけだ。
そして何より、相手が相手だった。
「きっと、わざとあのような戦い方をしたと思うんだよな、あの人」
「はぁ? あのような戦い方ってなんだよ」
「グリドを真っ先に落として、ロズを疲弊させて、俺を窮地に追い込む戦い方?」
グリドは俺が何を言っているかわかっていないようで、俺は説明を加えることにする。
「なんか、違和感があったんだよ。あれだけの実力者が俺にやられてるってこともそうだけど、本当だったら俺たちは一瞬で負けてる。冒頭からレシアに恐怖を感じていたわけだし、グリドじゃなくて俺とロズをやればよかった。わざわざグリドにダメージを重ねてまでやるよりは簡単じゃないか?」
「まぁ、そうかもしれねーが……」
「冒頭だけじゃないよ。例えば、ロズがカロリー切れで意識を失った。でも、レシアの狙いは俺だったんだ。あと一人倒せばいいという状況で、健康な俺を狙う必要はない。ピピルスを助ける前に、倒れているロズを仕留めればよかった。
俺が押さえつけられたときに、即能力行使するんじゃなくて手を止めたのもそうだな。終始、俺を追い詰め、あえて殺さず、教えてくれてたんだ」
「何を?」
「チームプレイだよ。能力を組み合わせて、臨機応変に戦う手段。リ隊にはあって、グリド隊にはなかった。グリド任せだった俺に、考えさせたかったんじゃないかな。あえてグリドを真っ先に落とすことでね」
「ほぉー……プラス思考だなぁ、お前は。大体、レシアにそんなことするメリットがあるか? 結果負けてんだぜ?」
グリドは一度驚いたような素振りを見せていたが、内心あまり信じていないようだった。まぁ確かに、俺の考えはプラス思考過ぎる。
「レシアは本部の隊長だろ? だから親父が噛んでるんじゃないかってさ。俺の対決に茶々入れてきそうだし。俺を鍛えるためなのか、いたぶって楽しんでるのかはわかんないけど」
「あー、そうか。確かにそう言われると説得力増すな。……まぁどっちにしたって、チームプレイが大切だってことはわかったよ。でだな」
グリドは手に持った携帯端末を俺に差し出した。手のひらに収まる程度の装置で、小さな液晶に数字が表示されている。
「これが、次の試合までの待機時間。一時間前にアラームが鳴るらしいから、それまでは脳を休めることになる」
「あと、3時間か……」
ちら、とロズの方を見る。以前食事続行中で、意識は戻っていないようだ。3時間もあれば確実に復帰するだろうが、鍛錬をしている余裕はないな。かく言う俺も筋肉痛がきてる。動けないほどじゃないが、しばらく安静にしていたい。
「ああ。その時間、ここでこーやって時間を潰すしかないわけだが……やることはある」
「ん? ここに座ったままやること?」
「ああ」
俺の問いかけに、グリドは一呼吸置いて、静かに言った。
「――お前が隊長をやれ」
「――ふぇ!?」
いきなりの提案に、変な声を出してしまった。何をいきなり言い出すんだ。
「あー言い方悪かったな。手続きとかもあるから、代表は俺のままでいいんだ。この部隊の、リーダーを、エル、お前に任せたい」
「リーダーを? いやいやいやいや、一体どういうわけだよ」
「テラが居なくなって、俺が代理で隊長を担ってるが、もとから俺は柄じゃねーんだ。戦うことは得意だが、戦略とか、チームプレイとか、そういうのを考えるのが苦手だ。というかめんどくせぇ。かったりぃ」
「う、うん」
「ロズも似たような感じだ。頭使えるタイプには見えねーだろ? だからお前しか居ないんだよ」
「消去法!?」
「あーあーあー、わりぃな口下手で。消去法って意味じゃねぇ。今回の試合、見てて思ったんだよ。お前のその思考力と行動力は、すげぇ。機転のよさと言えばテラだったが、お前も相当だよ」
グリドに褒められた。
もともと、考えるのは好きだった。科学が大好きだったし、好んで勉強もしていた。自分では頭の回転が速いとは思ってなかったが、幼い頃からテラと一緒に過ごしていた分、あいつの機転のよさを学んでいたのかもしれない。
結果、今回の試合は極限の状態から戦略を見出し、レシアを欺いて勝利をつかみとった。レシアが油断、もとい手加減をしていたとしても、だ。
「だから、これからはお前が指揮を取れ。俺たちに指示を出せ。俺たちの能力を、うまく使ってくれ。お前なら、できる」
「さんせ~~~~~~~~~~~~~~~い!!!!!!」
グリドの言葉に続くように、隣のロズが立ち上がって大声を上げた。意識を取り戻したらしい。
「エルくんがリーダーがいい! 私に指示してくれたときのエルくん、本当に頼もしかった! かっこよかった!
意識が朦朧としてて良くわかんなかったけど、勝ったんだよね! それってすごいよっ、エルくんの才能だよっ!」
ロズは俺の手を強く握り締め、ぶんぶんと揺さぶった。色々なものが揺れ、色々な照れくささで、俺は色々なものに目線を逸らした。
「いや、でも」
「いーの! ハイッ、多数決!!」
「ちょっ!?」
3人で多数決って意味ないだろ! これはいわゆる不可抗力! いじめだいじめ!
「まぁ真面目な話、これしかねーよ。次の試合まで時間がねぇ。テラを見つけるまで、チームプレイが必要になる場面は絶対にある。お前の力を貸してくれ」
「貸してください!」
グリドとロズのまっすぐな視線が、本気であることを伝えていた。ここまで頼られて断るなんてできやしないな。
「わかった。やるよ。こちらこそ、力を貸してくれ」
「やったぁ!! 良かったね、グリドっ」
「ああ」
俺の返答に、ロズはぴょんぴょんと跳ね、グリドは目を伏せて一度だけ頷いた。リーダーか。グリドやロズの能力を上手く使って、勝利への手段を考え抜く……決して簡単ではない立ち回りだ。でも、やるしかない。
「じゃあ、ロズも目を覚ましたことだし、色々と考えて見たいと思う。ちなみに、次の対戦相手ってわかるのか?」
「ん? あーそういや確認してなかったな。たしかこの端末に表示できると思う。見てみてくれ」
俺はグリドから端末を受け取ると、小さなボタンを押してみる。ふむ、こんな感じか。操作は簡単だったので、対戦表を表示することにした。
「おっ? 次は、まだ決まってないみたいだな。E3の勝利チームって書いてある」
「どゆこと? あ、勝った方と戦うってコトね!」
「みたいだな。E3、E3、どれどれ……あ、あった」
端末の小さな画面を見つめ、俺は言葉を失った。冷や汗がたらりと垂れていく中、口元を引きつらせた。
やはり、この対戦組み合わせは、恣意的なものがあるんだ。親父の、各支部長たちの。そう思わざるをえない、そんな組み合わせだった。
「うそ、でしょ?」
「ちっ、めんどくせーが、おもしれぇ」
二人は思い思いに呟いていたが、俺は言葉を発する気にはなれなかった。
『E3――クロシェル隊 VS ベズニット隊』
親父、ギガ支部長。わざとだったら、俺はあんたらを恨むぜ。




