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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第四章 転換
43/46

第三十九話 「恐怖との対峙」

 ポータルを包んでいた半透膜の何かをぬるりと抜けた瞬間、俺たちは度肝を抜かれた。


「あっつぃ! なにここ~!?」

「科学技術って、すげぇな……」


 そこに広がっていた光景に、ロズとグリドは同時に呟いていた。それは噴火している火山。あろうことか俺たちは、川のように溶岩が流れるような過酷な環境に立たされていた。あちこちから火山ガスが噴出し、独特な臭気が漂っている。脇に流れる溶岩からは、確かに熱気を感じられた。これが現実ではなく、科学的に作られた空間であることに驚かされる。

 そして、このシステムが革命軍に導入されるまでにかかった時間は、たったの2週間。この試験が行われることになったのは、このシステム始動の目処かだったからだろう。コージが革命軍に来てからこのシステムの導入が検討され、親父が飛びついたってのが目に浮かぶ。何せ安全に味方同士で殺し合わせることができるというのだからな。

 裏を返せば、このシステムのような画期的なモノが世界政府にはいくつもあるということだ。噂にあった人造覚醒者もしかり、コージが長い時間をかけて作り上げたものがいくつも。やはり世界政府は侮ることはできない。山岳では世界政府を出し抜き、バイオスも死んだ。幹部数名に勝てたとはいえ、底は全く見えない。


「視界は一見開けているようで、そうでもないな。ざっと見た感じ50m。なによりガスが邪魔だ。慎重にいくぞ」


 そう口にするグリドを戦闘に隊列を組みながら前進する。このフィールドがどこまで続いているか見当もつかないが、どこかに敵がいるはずだ。

 勝利条件は敵の部隊のうち二人を倒すこと。つまり、俺たちの中から2人が敗れれば、その時点で負けとなる。単独行動は得策ではないという考えからの隊列である。

 戦闘にタンクであるグリドを置き、しんがりは中距離ガンナーのロズを据える。俺は遠距離攻撃を持っていないが、先陣を切るほど堅くないためその中間にいる。


「俺が先手を取られて死ぬことはあり得ないが、2人は必要以上に気をつけたほうがいい。半端な皮膚硬化じゃ意味を成さない。相手は覚醒者だからな」


 グリドはずんずんと歩を進めながらアドバイスをくれる。わかっているつもりだが、確認しすぎて困るものじゃないだろう。このルール上、いくらグリドの耐久力が高くても、俺とロズの二人がやられたら負けなのだ。

 ところで、このフィールドはどこまで続いているのだろうか。本物の火山を模しているのであれば、ひたすら歩き回っても出会えない広さかもしれない。しかしそんな予想とは裏腹に、邂逅の時は訪れた。


「おー、いやがった」

「案外、近いところに配置されていたようですね」


 聞きなれないふたつの声が、敵の存在を知らせる。俺は目を凝らして、ガスの向こうから鮮明になりつつあるその姿を見る。

 現れたのは、色黒の男性と、小柄の女性。男性の方は派手なジャケットとダボダボのパンツを身にまとった、いかにもヤンキーみたいな雰囲気で、眉間に寄ったシワと口元に3つあるピアスがそのいかにも感を増長させている。ジャケットの内側にはさらしが巻かれていて、鍛え抜かれた肉体が容易に見てとれた。女性は細く、低身長ではあるが鋭い眼光と、タイツを纏ったふくらはぎは引き締まっていて、俊敏さを想像させる。短くカットされた茶色の髪には、金属質のカチューシャが埋まっている。腰にはナイフが差されていることから、やはり近接タイプの、暗殺者(アサシン)ってとこか。前衛だが耐久力はなく、その代わり得た機動力と瞬間攻撃力が売りだ。

 これから闘おうとしているからか、その姿に恐ろしさを覚える。これから、あのきつく結ばれた拳が、鋭いナイフが、俺に向けられるのだ。幸いなことに、姿を現しても先制攻撃を仕掛けてくる様子はない。


「隊長、はじめていっすかね?」


 男がそう呟いた瞬間、それまで直立していたグリドが咄嗟に構えをとった。遅れて俺も、その異質な存在に気付く。


「マァ、待ちなサイ」


 ぬっと、ガスに曇った空間を割って長髪の男が現れた。猫背なせいもあるが、その髪は異常に長く、膝まで垂れている。皮膚は青白く、体は異常なほど細い。小枝のような骨に薄い皮が張り付き、血管が脈打っている。髪の隙間からは、吊り上がった目がこちらを覗いていた。


「おいおいマジかよ。俺はこいつが必要悪だって言われても驚かないぜ」


 グリドがそう言うのも頷ける。言ってしまえば、それだけにそいつの見た目は“ 気持ち悪い”のだ。


 かち、と異様に細長い指と爪が絡む。奥から現れた男はほんの少し胴体を持ち上げると、口を開いた。


「挨拶くらいはシテおかないとネ、怒られチャウよ。なにもこの人達ハ憎き世界政府というわけジャないんだカラ」

「そーっすね!」

「……了解」


 じゃり、と靴が地面の小石を転がすと同時に、ヤンキーみたいな男がドンと胸を叩いて言った。


「オレの名はマサムラ! 年齢24歳彼女募集中! ちなみに今朝のうんこはバナナで上機嫌! いい果し合いにしようぜぇ!」


 ……ヤンキーもといマサムラ。威勢のいい声に迫力のある表情、ましてや果し合いときたもんだ。こいつは間違いない。マサムラもといヤンキーである。

 そんなマサムラの隣でため息をつく女性も、少し間を置いて口を開く。


「わたしは、本部遠征第三部隊・リ隊所属、ピピルス」


 女性もといピピルスの言葉に俺は目を見開いた。確かに言ったのだから。本部、と。そう、先ほど話題に上がった、俺の親父が籍を置く、革命軍本部。支部よりもはるかに実力を持つメンバーで構成され、革命軍の主要な任務を担っている連中だ。


「あちゃー、だれですかーそこら辺の雑魚って言ったのー」

「……るせぇ」


 ロズは言葉では茶化していたが、顔は笑っていなかった。事実、彼女は彼らと出会ってから構えを解いておらず、こめかみには汗が滲み出ていた。


「俺はグリド。フォッド支部所属隊長。後ろの赤い方がロズ。もう1人がエルだ」


 グリドは律儀にそう紹介を兼ねた挨拶を終える。グリドはロズほど気負ってはいないようだが、少なからず本部の人間であることに動揺しているようだった。


「キミがエルさんね。会えて光栄デス。ワタシ、リ=レシアといいマス。あなたのお父さんのトコで隊長やってルヨォ」


 こういうときに、なんて言えばいいか、俺には適切な言葉の持ち合わせがなかった。もし俺と親父が逆の立ち位置なら、いつも息子がお世話になっています、と言うだろう。じゃあ父がお世話になっています、が正しいのだろうか。しかし実質は、この人は親父の部下にあたるわけだから……。


「……こちらこそ。お手柔らかにお願いします」


 そう考えるのも嫌になって、おざなりな返事をしておく。今から戦う相手には違いない。変に気を使うのも、親父を立てることも野暮ったい。


「お手柔らかに、ネェ」


 ピン、と空気が張り詰める。リ隊長の口元がゆっくりと持ち上がり、不気味な笑顔ができあがる。


「シンさんには、遠慮せず叩きツブセと言われてるヨ?」


 ――ドッ


 その言葉が聞こえた瞬間、歪な音が聞こえる。突如繰り出されたマサムラの拳がグリドの腹部を捉えていた。


「るぅぅぅぅらぁぁっ!」


 勢いよく振り切られた拳に、グリドは地面を削りながら大きく後退した。マサムラは煙を上げるこぶしをパキと鳴らしてみせると不敵に笑って言った。


「自己紹介は、済んだよなぁ?」


 その瞬間、戦いの火蓋は切られた。グリドが後ずさったことによる隊列の乱れを直しながら、俺はマサムラを睨んだ。


「不意打ちかよ……グリド、平気か!?」


 心配したのも束の間、土埃の中から鼻で笑う音がきこえてくる。


「俺があんなパンチでやられる玉かよ。それよりエル、本当だったらここは戦場だぜ。命が懸かってる。正々堂々なんて考えは捨てろ。不意打ち上等卑怯上等、死ぬよりはマシだ。じゃないと――」


 ふっと視界に陰がかかる。気付いた頃にはもう遅く、上空から鋭いナイフがすぐそこまで迫ってきていた。回避行動をとるには遅すぎ、防御できたとしても大怪我は免れない、そんな状況。

 キィンという音と共に、ナイフが方向を変えて飛んでいく。それは近くの岩場に落下し、金属音を響かせた。


「こんなふうに、狙われちゃうよ!」


 ナイフとは逆の方向を見ると、人差し指を立てたロズがにっと笑っていた。指先からは煙が出ており、弾を発射したことが見て取れた。つまり、俺を目掛けて飛んできたナイフを咄嗟に打ち落としてくれたのだ。

 考えが甘かった。そうだ、命のやり取りだ。半ば瞑想空間であることに甘え、緊張感を欠いていた。命を懸けている以上、生き残ることが最優先。むしろ敵の不意や死角をつくことが当たり前じゃないか。不意打ちだ、などと文句を垂れている奴がいれば、そいつは覚悟ができていない甘ったれた奴ということになる。それは真っ先に狙われて当然だ。


「あら、お上手ですね」

「どーも!」


 上空から降り立ったピピルス目掛けてロズは弾を発射する。しかし思いのほか素早く、当たる気配が無い。


「オラオラァ!」


 マサムラの追撃まで始まった。彼の放つ拳と蹴りは目に見えないほど早く、グリドのガードを突き破っては頬や腹部にめり込んでいく。


「ってぇ……おいエル、自分の身は自分で守れよ。お前を庇いながらじゃあ、到底勝てるわけがねぇ」

「……わかった」


 俺は覚悟を決め、マサムラを睨む。


「隊長、こいつ硬いっす。手ごたえナシ。ショーーーーーーック」

「殴り続けるのがキミの仕事デショ」

「うーい」


 マサムラは気を取り直して攻撃を再開した。流石のグリドもダメージこそ受けていないが、攻撃に回ることができないでいる。かなりの攻撃速度である。”怠惰”の発動条件を満たすタイミングが大切になりそうだ。


「ピピルスサン、そちらのガンナーをよろしくお願いしますヨ」

「了解」


 ロズのほうも、1対1の状況に持ち込まれそうだ。敵の狙いがばらけていることは好都合かもしれない。俺が集中的に狙われて、足手まといになることが無い。


「サテ、手が空いたワタシたちも、始めまショウかね?」

「もう、始まってるぜ」


 俺は光を纏った拳を振り上げた。



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「おらおらおら……らぁっ!」


 マサムラは連打からのアッパーカットを見舞うと、それまで続けていた攻撃を止めた。はぁはぁと肩を上下させ、息を切らしている。マサムラは内心焦っていた。どれだけ殴ろうとも、どれだけ蹴ろうとも、コイツは倒れない。どころか、手応えさえ感じないのだ。今までは、どんな相手だろうと、殴り続けることができれば息を切らすよりも先に息の根を止められたのだ。


「ってぇ、最後のは効いたぜ」


 グリドは首をこき、と鳴らすとマサムラ見下ろす。


「んなもんか? 本部の人間ってのは」

「……っしゃあ、やったろうじゃねーの」


 グリドの挑発に、マサムラの瞳が燃え上がるように光った。ゆらゆらと炎が揺れ、その熱量が拳へと集まっていく。


震怒罰賭(シンドバット)ォ!」


 その怒声と共に大きく振り上げられた拳は、グリドの腹に突き刺さった。甲高い音と共に振動が全身を駆け巡る。


「ごほっ!?」


 グリドは思わず吐血した。真っ赤な血に染まった腕をマサムラはゆっくりと引き抜いた。


「よぉアニキぃ、よけねぇのはポリシーか? それとも自分の硬さを過信してるからか? あんまりなめんじゃねえぞ」


 グリドはふらつく体を踏ん張って支えると、不敵に笑った。


「ただ避けるのがめんどくせーだけだよ……」

「へっ、どこまで強がってられっかよ!?」


 マサムラはもう一度強く拳を握りしめた。

 彼は、“ 強欲”の覚醒者である。見た目の通り、その腕っ節でヤンキー社会を渡り歩いてきた男である。回転数の多い連打に、初級能力で振動を付加することで、衝撃を内部まで届けることができる。いくら硬い男であっても、内臓までは硬くできない。


「オラッ! オラァ!!」


 鈍い音と、振動の高音が繰り返し鳴り響く。グリドは何かをする訳でもなく、攻撃を受け続け、血を吐き、倒れそうになるのをかろうじて耐える。圧倒的防御力を誇るはずのグリドがここまでダメージを負うことは稀である。それだけにこのマサムラの実力と、相性の悪さが伺える。


「ハァッ……ハァ……」


 圧倒的有利。敵は見るからにダメージを蓄積している。なのにマサムラは、先程からの焦りを拭えないでいた。それは、一向に倒れる気配のないこの敵に対する恐れなのかもしれない。


「……どうした? もう終わりか?」

「……ああん?」


 攻めているのは自分。有利なのも自分。なのに挑発を受けていることに、マサムラは心底苛立った。しかし、攻撃を加えようにも、何故か倒せない。マサムラはある感情を抱き始めていた。


「どうだ? 殴んのもめんどくせぇだろ?」


 そう言い終えた瞬間、ゴーグルの奥で青い炎が揺らめいた。


(なっ!? ”怠惰”!? どこで条件を満たした!? 目が光ったのはこの瞬間だけのはずだろ!?)


 スローモーションになりゆく世界の中、マサムラがそう心で叫んだのにも無理もない。怠惰の能力である『動きを緩慢にする』能力を発動するには、特有の青い光を対象に届ける必要がある。しかし第三者視点で見ても、グリドが能力を発動する(目を光らせる)までに、青い光を放った形跡はない。なのにマサムラの動きは緩慢になり、隙だらけの状態となっている。


「本部の力に対してどこまで通用するのか試して見たかったんだが……まぁまぁだったな」


 グリドはその手を鋭い鉤爪に変化させると、腕を大きく開いた。


「首。守らねぇと死ぬぜ?」

「ぐっ」


 交差するように襲ってくる爪を防ごうと、マサムラは咄嗟に両腕を上げようとする。が、その動きはあまりに緩慢で、ようやく上がりきった時には、守るべき首は切り裂かれていた。


「ちっ、くしょぉ……」


 マサムラはそれだけ言い残すと、塵となって消えた。致死的ダメージを受けると、結合は強制的に解除され、電脳結合(デジタル・リンク)空間より排除される。


「あーいてぇ……本部、つよ」


 相手は、1隊員。隊長格でもなく、どちらかと言えば下っ端。実力者であるグリドが、攻撃を意図的に避けなかったとはいえ、これほどまでにダメージを負ったのは初めてのことだった。まぁまぁ、と強がって言った自分に笑いがこみ上げてくる。少なくとも、本部の1隊員は支部の1隊長に匹敵する――。ならばその隊長格は……。

 グリドは顔を歪めながら、エルとロズの方を見た。



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 マサムラがグリドを殴り続けている頃。一方でロズはピピルスの飛ばすナイフを撃ち落とし、時に回避しながら、状況を把握しようとしていた。グリドはマサムラを引き付けてくれている。ピピルスは今自分を狙っているが、いつグリドやエルを狙うかはわからない。あの不気味な隊長はエルと話をしているようで、動く気配はないが、油断はならない状況だ。


「なら、あたしのすることは……」


 ピピルスの足止め。あわよくば、彼女を撃ち落とし、倒すこと。

 ロズはグリドに絶大な信頼を置いていた。グリドが遅れをとることはあり得ない、と。しかしそれは1対1の状況でだ。マサムラを遠慮なく倒せるように、ピピルスによる援護を許してはならない。グリドが手隙になれば、あとは協力してピピルスを仕留めればいい。隊長を相手取らなくとも、残る2人を倒せば勝利なのだから。


「ナイフなんて、めずらしいねっ」


 ロズはピピルスの攻撃をいなしながら、会話を試みることにした。乗らずともよし、乗ってくれれば大いに時間を稼げる。


「あなたは、なぜそうお思いですか?」


 軽やかに着地をしたピピルスは、そんな質問を返した。ロズは少しにやりとして、会話を続ける。


「なぜって? 覚醒者の戦いにおいて、人工物ってあまり力を発揮しないじゃん。毒を塗っている感じもないし」


 ロズがそう述べたのは、覚醒者の特異性からである。ふつう、一般人は刃物を恐れる。それが自らの命を危ぶむものだからだ。しかしこと覚醒者においては、一般人をはるかに超える硬度を発揮できる。それこそ、自らの体をナイフ以上の切れ味を持つ刃に変えることもできるのだ。ならば恐れる道理もなく、故に覚醒者たちが武器を手にすることはめずらしい。例外があるとすれば、”嫉妬”の覚醒者のように自ら生み出したものを扱う場合だ。毒を付与する場合もある。


「なるほど、ではあなたはなぜ、先ほどからナイフを恐れ、かわしているのでしょう?」

「――!」


 ピピルスはどこからか一本のナイフを投げつけた。ロズはそれを咄嗟に叩き落す。意図的にではなく、咄嗟に。その瞬間、ロズは気付く。


「私たちは初めから超人ではない。赤子の時は、ナイフをも恐れたでしょう。あなたはその記憶が、意識が、強く残っている。あなたは惑わされる側の人間です」


 そう言い終えた瞬間、彼女は煙のようにその場から消えた。


「なっ!?」


 ロズが驚きを声に出すと同時に、ピピルスは上空からロズをめがけて落下してきていた。すぐさまロズは銃を上に構えるが、あまりの光景に目を大きく見開いた。ピピルスの姿が幾重にも重なって見えたからだ。それはそのまま5人に分裂し、落下を続ける。


「まずいっ!」


 最初は宙に浮いた的を打ち落としてやろうと構えたロズだったが、その出来事に退避姿勢をとることにする。落下地点から少しでも離れるべく横に飛ぶ。反撃の姿勢を取るべく受身を取って落下地点を見る。するとそこにはピピルスの姿はなく、かわりにナイフが突き刺さっていた。


(しかも5本……)


 ロズはそこで気付く。敵は”色欲”の覚醒者だ。物体を違うもののように見せる力を、テラが使っていた。おそらくピピルスはナイフを自分自身の姿に見せることができるようだ。先述したとおり、ただのナイフではダメージを追うことはない。しかしその実態が覚醒者であった場合、ダメージは免れない。


(ナイフは軽く、そして扱いやすい。本能的に恐怖を与えられるのもいい……!)


 色欲の中級能力は、“ 幻覚を見せる”というものである。感情に関与できる彼女らは、対象の脳波に大きな影響を与え、認知能力に誤作動を起こさせる。発動条件や範囲など覚醒者によって様々であるが、こと発動に成功した時の厄介さは相当である。

 ピピルスは相手に恐怖の感情を抱かせ、それを認知させることによって幻覚を見せられるようになる。感情の機微を悟ることができ、言葉巧みに感情を揺さぶる色欲の覚醒者に、会話という戦法をとってしまったことが愚策と言えるだろう。


「さぁ、囲んだぞ」


 ロズ視点、それはあまりに絶対絶命の状況だと言えた。ピピルスは9人という数に分裂し、ロズを取り囲んでいた。


(やば。どれが本物!? どれがナイフ!? それとも別の何か!? わかんない! こわいこわいこわい)


 幻覚を見せられている彼女は、最早恐怖に取り憑かれたか弱い女子である。

 ピピルスは好機と言わんばかりに口元を吊り上げると、一斉に飛びかかった。四方八方からの攻撃を、銃二丁で防ぎきれるよしもない。


「もう頭きたーっ!」


 そのとき、ロズはそう呟いた。恐怖のあまり気が狂ったとか、少しお腹が減ってイライラしてきたとかそういうものではなく、考えるのが嫌になり、全てを投げ出したい状態であった。ぷつぷつと全身に鳥肌が立っていく。


全銃奏(テュッタ・フォルツァ)! 』


 ロズがそう叫んだ瞬間、粒だった肌が膨らみ、全身から小さな弾が飛び出した。あらゆる方向に放たれたそれは迫ってくるピピルスを捉える。


「ぐっ!」


 9体のうち、1体だけがその弾に反応し、持っていたナイフでそれを強く弾いた。残る8体は弾に衝突すると、力なく地面に倒れ込み、ナイフに戻った。


「威力も弾速もないけど、ナイフを落とすには充分っ……」

「強がりですね、それは。あなたは今のであまりにも疲弊した様子です」

「……」


 事実、ロズの息は上がり、肩を上下させていた。ロズの放った技、“ 全銃奏(テュッタ・フォルツァ)”は、全身から細胞を切り離す荒業である。あらゆる方向に攻撃できる長所があるが、反面消費する細胞が多く、カロリーを浪費してしまう。


「あなたはもう詰んでいるようなものです」


 ピピルスはそう言いながら、ナイフを上空に投げる。それはロズの周囲に落ち、地面に刺さると、ぐにゃりと姿をねじ曲げた。気づけば再びロズはピピルスの分身に囲まれていた。


「また撃ち落としてやる……!」

「……いつまでもつでしょうか?」


 ロズは分かっていた。このまま攻撃を防ぎ続けていれば、やがて自分はカロリー不足で動けなくなってやられる。ピピルスにもその事実を悟られた。おそらくこれから、少しずつ自分は追い詰められ、負けるであろう。

 でも、それでいいと考えていた。目的は、時間稼ぎ。


全銃奏(テュッタ・フォルツァ)!』


 これは、グリドがマサムラを倒す5分前の出来事である。




 --------------------------------------------------------------------------



 クロシェル隊長を加えた“ 傲慢”の能力解明実験で分かったことは2つある。


 1つ目は、光の効力について。『 不都合を排除する』というチートじみた能力は、紐解いて見ると『 遺伝子をオフにする』というものらしい。そもそも人間の持つ遺伝子はほとんどが眠っている状態らしく、乗じて脳の力も大半が眠っている。大罪因子というのは、この眠っている遺伝子を起こすことができるようになるものだ。これによって、潜在的な脳の力を発揮することができるようになり、超人的な力を得る。この一連の流れを、根本的に断ち切ることができるのが俺の光のチカラである。

 つまり、

 遺伝子をオンにする>>>>超人的な力を発揮する

 ところを、

 遺伝子をオフにする>>>>超人的な力を封じ込める(排除する)

 ことができるわけだ。これは、ネコの変異体のときに顕著に見て取れた。遺伝子をオンにすることで異常とも言える質量を持っていたネコが、俺の光に触れてリセットされ、ただのネコの質量になった……って感じだ。

 クロシェル隊長の振動を消したのも、メディアの光の矢を消せたのもそう。クロシェル隊長の手を常人の手に、メディアの放った矢をただの細胞の塊に、という感じだ。


 さて、ここでそれを確かめるために、クロシェル隊長の腹を、光を纏った拳で殴ることにしたんだ。もちろん、瞑想空間の中でだぞ。どうなったかというと、俺の拳がバキバキに砕けたんだ。あまりの激痛とショックで、俺は一瞬にして消し飛んじまった。

 コージが考えてくれた、ある仮説がある。この光は、俺自身の遺伝子をもオフにしているというものだ。つまり、俺の拳は光を纏っているため、生身の拳と見ていいわけだ。しかし、光を纏っていない肘から上、すなわちパンチを繰り出す時に使われる筋肉はバッチリ強化済み。加えてクロシェル隊長の腹筋は、強化や硬化をするまでもなく純粋に硬く、まるでコンクリート見たいな感じだ。

 想像して欲しい。ボクサーのジャブに匹敵するスピードで、グローブもなにもはめていない拳でコンクリートを撃ち抜くんだ。……わかるだろ? この光は、諸刃の剣なんだ。

 幸い能力の効果継続時間は短いが一瞬ではなく、少し持続する。つまり、光を灯した左手で触れ、その後数瞬の間に強化した右手で攻撃すれば、かなりのダメージが出せることになる。


 2つ目は、光の移動について。

 この光は、意識したところに灯すことができる。光をどこかに灯すなど、能力を発揮すると目にも光が自動的に灯る。

 ほぼ無意識だったと思うが、両腕に灯ったのが最初だったな。腕と言っても肘より先なので、二の腕まではカバーできない。

 多くの覚醒者がこのように意識的に能力を発揮する部位を変えられるようだが、やはり1番やりやすいのが手らしい。振り返って見れば、殆どの覚醒者が手を変化させて戦っていたな。一般的に末端組織ほど操作しやすく、中枢組織の操作は難しくなるそうだ。

 ということで、俺も練習をしてみた。結論、全然できない。指先第1関節分の光が二の腕の方に伸びた程度か。雀の涙である。どれだけ移動出来るようになるのか、そもそも光の総量はかわらないのかなど、まだまだ研究することは山ほどある。


 この2つの事実を踏まえた上で、俺が選択した攻撃手段――とにかく殴る!!

 一度バキバキになった拳だが、拳は拳。強化ナシの生身だったとしても、人体における攻撃部位として秀でている部分だ。砕かれたのはクロシェル隊長が異常なだけで、見るからに筋肉のなさそうなコイツには、相当のダメージを負わせることができるはずだ。


「おっとぉ……アブナイアブナイ」


 不意をついたつもりだったが、レシア(リ隊長)は身を翻して俺のアッパーを回避する。


「不意打ちは悪くねぇんだよな!?」


 俺はそう吐き捨てながら、拳を繰り出し続ける。一発でも当たれば、ダメージを負わせられるんだ。


「ダレもキミを攻めてなんカァいません……よっ。ほっ。……ヒィ、アブナイですねぇ」


 レシアは飄々とした態度で返答しながら俺の攻撃を回避し続けた。ガードは一切してこない。これは大きな誤算である。

 俺の能力ってのは、能力自体が不意打ちみたいなものなんだ。なぜかって、そもそも認知度が低い。少しでも皮膚の硬さに自信があるやつなら、あえて食らってくれるかもしれない。もしくは、俺の拳に触れて攻撃をいなすとかな。そのパターンなら、俺の能力が影響して防御を貫くことができる。しかしレシアはそのどちらでもなく、触れようとしない。

 一縷の望みにかけて攻撃を繰り返すが、一向に触れる気配はなく、さらに言えば、反撃してくる気配もない。俺程度の体術なら、いくらだって隙があるだろうに。もしかしたらコイツは近接攻撃が不得意なのかもしれない。


「用心深いんだな」

「トーゼンですよ! 世の中それで即死ってコトがたくさんある! 奥が深いデスからねぇ、このセカイは!」

「本部の人でも知らないことってあるんだな」

「ええ、ええ、そうなんデスよ、だから知りたくてネェ、――アナタのその光」


 その瞬間、レシアは俺の頬に触れていた。一瞬で距離を詰め、優しく、その気色悪い指で。


「ああああああああああああああああ!!」


 俺はそれを振り払うように腕を大きく振った。レシアはそれにすら触れず、気付けば距離をとっていた。目で追うのも大変なくらいの速度だ。


「楽しいデスねぇ♪」


 レシアの言葉は、体の芯からゾッとさせる何かがあった。風貌や声の一粒一粒が気持ち悪く感じられる。一秒でも早く、こいつの相手をやめたい。

 そう思った瞬間、ぱっと一つの光が辺りを照らした。


「ありゃマ」


 光が放たれた方を見ると、マサムラと思しき人間が光の粒子となって散り散りになっていくところだった。グリドが勝利したのだ。ロズの方は……いまだ戦闘中。かなり疲弊している様子が伺えるが、なんとか間に合った。

 作戦通りだ。このルール、いかに早く敵を二人殺すかがミソだ。敵がどこに隠れているかわからないような遭遇戦ならともかく、今回のようなお互いに揃って対峙する場合は、戦力バランスを把握した方が優位に立てる。なぜならこのチーム戦、隊長とされるリーダーの実力が圧倒的に高いからだ。

 そもそも遠征部隊の隊長は実力者・経験者が務める。うちで言うと、テラやグリド。ロズも俺からすれば相当強いが、特にグリドはそれ以上だ。

 結論を言うと、そのグリドがさっさと二人倒せば勝ちなんだ。俺やロズが勝つ必要性はない。俺やロズのどちらかがやられようとも、その間にグリドが勝てばいい。

 もちろん、これは相手チームにも言えることだ。リ隊長がさっさと俺とロズを殺せばいい。だが、なぜかマサムラはわざわざ実力者であるグリドに立ち向かい、自身は俺に()()()されている状態になっている。しかし結果的に、先にこちらが一人倒すことができた。このままグリドがロズと組んでピピルスを倒せばいい。


「これは困りましたネェ……仕方ナイ」


 レシアは、それだけ言い残すとその場から姿を消していた。気付いた時にはもう遅く、その姿はグリドの背後にあった。


「いい体してますネェ……」

「あん?」


 レシアはグリドの背中に手を乗せていた。グリドはそれを感じ振り返るが、払いのけることはしなかった。グリドは、先述した”自信があるタイプ”だから。

 生半可な打撃は通用しない。だが、異変はすぐに現れた。


「ぐっ!?」


 グリドは急に苦しみ始め、体を丸めてしまったのだ。


「グリド!?」


 俺はそう叫び、駆け寄ろうとしたその瞬間だった。

 グリドの丸まった背中から何か白いものが飛び出し、皮膚を突き破っていた。それは俺の目の前まで伸び、気付けば尖った先端が俺の頬を掠めていた。そして察する。それは、骨だった。誰のものでもない、グリドの。


「……んだ、それ……」


 グリドは力なく崩れ落ちると、細かい粒子となって退場した。


「これでお相子デスねっ♪」


 レシアは、気色の悪い声で、嬉しそうに言った。

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