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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第四章 転換
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第三十八話 「希望へ」

 

「うし、じゃあそろそろ行くわ。エルのこと、頼んだぜ」

 その言葉を最後に、家から居なくなった親父。家を空けること自体はめずらしくなかったから百歩譲って許しても、二度と戻ってこないとは思っていなかった。

 母さんは愚痴一つ零さず俺を育ててくれた。俺がバイトを始めるまでは家計も苦しかったことだろう。

 さらには何だ、犯罪者だと? あらかた世界政府にたてついたってんだろうが、おかげさまで息子の俺は犯罪者扱いを受け、家を出る羽目になった。俺はテラやグリドたちの支援があってこうしてピンピンしているが、幾度となく死線をくぐってきたんだぞ?

 そして何より、一番イラッとするのが、この状況だ。


「おい、誰だよあいつ……」

「きいてなかったの!? ほら、噂のあの子よ! シンさんの、息子さん!」

「あいつが……!」


 ざわざわとした喧騒が生まれ、好奇に満ちた視線が俺たちに集まっている。

 それもそうだろう、本部の人間はいざ知らず、普段お目にかかることのできない革命軍の頭領たる男が現れた。それだけでもさっきのインパクトだというのに、その息子の登場だ。そしてなにやら久々の再会。親子愛故に零れ落ちる涙……ほろり……


「――ってなるかぁ!!!!!!」


 俺は頭の上におかれた親父の手を払いのけると、溜まり溜まった鬱憤をぶつけるべく前のめりになる。


「ど、どうした」

「どうしたじゃねぇだろ!」


 きょとんとした親父の表情を舐めるように舌から睨みつけると、俺はすぅっと息を吸った。


「なぁにがでかくなっただこのクソ親父! 当たり前だろあんたが家を空けている間に母さんと俺は必死に働いて必死に飯食って生活してきたんだ! ぶっちゃけ苦しい時はめちゃくちゃ苦しかったね! 

 そんな時に肝心の親父は何してた? 革命軍!? なんだそれ。最近になってようやく知ったわ! おかげさまで世界政府に追われるわ片耳は吹っ飛ぶわ女子トイレに駆け込む羽目になるわ死にそうになるわで大変だったんだぞ!?

 ど・れ・も根本的にあんたのせい! 母さんは器が広いから平気そうにしてたけどなぁ、俺はそうじゃないぜ? 一言世界のためにがんばってます、しばらく帰れないから頼むな、くらい言っとけよ! 何がそろそろ行くわ、だ! 軽すぎるわッ!

 大体なんでこんなところで再会してへらへら笑ってんだよ! もっと申し訳なさそうにしてほしかったわ! んでわざわざ人目につくところで話しかけることはねーだろ! あん!?」

「お、おう……なんかすまん」

「なんか!? すまん!?」

「……申し訳ありません」


 どよめきが走る。

「おい、あのシンさんが謝ったぞ!?」

「息子こえぇ」

「あの人も人の親なんだねぇ」

 ……なんだか外野がぼそぼそと言っているが、これはただの親子喧嘩だ。見せモンじゃねぇ。


「まったく……母さんに合わせる顔がないぜ。息子も犯罪者集団の仲間入りしちまったってんだからな……無事かなァ」

「ああ、それなら大丈夫だ。ちゃんと保護した。今は本部に居るよ」

「へ?」

「なんつーか……色々誤解しているみたいだが……母さんには全て伝えてあるぞ。俺が革命軍として活動していることも、しばらく家に戻れないこともな。あとあれだ、テラが監視役やってたのも知ってる」

「へ!?!?!?!?!?」

「気付いてなかったのか……やけに物分りがいいと思わなかったか? 政府の声明が出された時も、真っ先に逃げるように言ったろ? それもテラと、な。いくらサバサバしているとはいえ、そこまでテキパキ動けんぞ、普通の母親ならな。ま、俺が選んだ女だから当然だけどな!」


 親父はにっこりと微笑んだ。この笑顔にだけは、憎しみを抱こうとは思えそうにない。

 そういえば、母さんは俺が家を出る直前に言っていた。エルには言っていなかったけれど、と。つまり知っていたんだ。それもそうか、まったく知らないとすれば、親父が犯罪者であることも知らないはずで、ともすれば俺は普通に家でごろごろしていて、訪問してきたバイオスに捕まってたわけだ。


「家を空けていたことは……本当に申し訳なかった。一人の父親として、失格だと思う。それでも今の俺には為さなきゃいけないことがある。エルが今、ここにいるということは、わかってくれているのだと思う」

「……まぁ、な」


 もともと俺だって、世界政府のやり方に不満を持っている一人だった。きれいごとを並べているところとか、手段を選ばないところとか……。そんな政府に立ち向かおうなんて組織があるとは思わなかったが、それを親父が率いているってんだったら、その行為自体を否定することはできない。


「さて、私情に走ってしまったな。これからは仕事モードだ。いくら身内といえど、これからのことは厳格に判断する。がんばれよ」


 親父はそれだけ言い残すと、ふわ、と宙に浮いて元の位置に戻っていった。なんか、いろいろ複雑だな、親子って。とにかく今は、これから行われる選抜試験に向けて集中しなければならない。


「うひー、エル君、すごかったね。誰もシンさんとあんなふうに話せないよ~さすが家族って感じ!」

「……そういうもんか?」

「あくまでも、トップだぞ。社長だ社長。お前は言うなれば平社員」


 グリドの例えになるほど、と相槌をうつ。目立つようなことをするなと言っておきながら、俺自身が矛盾した行動をしてしまったようだ。猛省。


「えー、ごほん。初めていいかな?」


 スピーカーから流れる親父の一言で、周囲のざわついていた人々はみな口を閉ざした。


「さて、初めてこう、一同に会することができたわけだ、せっかくだから俺だから話せることを伝えてやる」


 空気がピリ、と張り詰めるのがわかる。先ほどとは段違いの、緊張感だ。かくいう俺も思い出された。ここには、親父に文句を言いに来たわけではないということを。


「そうだなぁ、まずは、この試験によって選抜された部隊の、遠征先か」


 ごくり、と喉が鳴る。周囲もざわつきを取り戻すことは無かったが、誰しも俺と似たような気持ちだろう。


「おぃシン! そりゃあまだ言わねぇはずだろ!」

「いいんだよギガ。どうせ早かれ遅かれいつか知るんだ。だったら、こいつらのモチベーションに繋がるかもしれない情報は伝えておくべきだろ?」

「いやだがな、色々と弊害が……」

「細かいことはいい。俺が言うんだ。失敗にはならない」

「……おめぇにそこまで言われちゃあ、逆らうことはしねぇが」


 ”俺は成功を積み重ねてきた。だからこそ傲慢で居られる”。そのやりとりの中で、かつての親父の言葉を思い返していた。


「今回の遠征先は大きく分けて3箇所。所謂、三大不可侵領域スペリアー・サンクチュアリと呼ばれている場所だ。獄滝ヘザンフォール、大樹砂漠ガガン、そして嶺峰ヒマラヤだ」


 知らぬはずもない。この三大不可侵領域スペリアー・サンクチュアリは、小学生だって知ってる、常識中の常識だ。


 まず獄滝ヘザンフォール。

 この大陸は比較的温暖な気候で、海に面している土地が多く、漁業が盛んだ。しかし大陸の北東部……の海辺には、一切の港がない。そのわけはいたって明確だ。船を出せないから。

 海岸からたった数キロ進んだ先から、海抜がマイナスに達する。わかるか? 海の高さを海抜0メートルとしているのに、マイナスだ。盆地ならわかるぜ? それが海の上で、だ。

 更に言えば、波の向きがおかしい。普通、波というのは沖から岸に向かって寄ってくるものだろう。でもその逆。波は離れていく、そんな異質な土地なんだ。

 わかりやすく言い換えれば、海がくぼんでいるんだ。渦潮なんてレベルじゃない。沖に行けばいくほど、海面は下り始め、まるで、地獄へ落ちる滝があるかのような場所なんだ。

 かつて世界政府が調査団を派遣したと発表があったが、その結果は未だに公表されておらず、まことしやかには調査団が全滅しただの、帰ってきた人間は地獄の悪魔に取り憑かれて話せないだの言われている。

 とにかく、ガチモンの意味で“ 侵入してはいけない”地域ってわけだ。


 2つ目は大樹砂漠ガガン。樹と砂漠っつー、一見相反する2つが混在している場所だ。なぜ砂漠に樹が生えるのか? そんな疑問は最早ナンセンスだ。そもそも、その木が生えているから砂漠化したのだ。あらゆる水分と、栄養を搾取して。

 砂漠ならではの古来種も存在するが、殆どの生物はその砂漠に立ち入った瞬間、生気を吸われていく。生身の人間ならばものの10分でミイラと化すだろう。

 かつてこのガガンに生息していた古来種が暴走して、砂漠の外に出現したことがあったらしい。まるでそれは小さな怪物で、村はその1匹に崩壊させられた。どうやったかはわからないが、世界政府が軍を派遣し、処分に成功したようだが、このニュースは一躍世界中に広まった。

 あらゆる栄養を吸われる大地と、その大地で生息できてしまう怪物。その砂漠の中心に何があるかはいまだ謎に包まれている。

 このガガンも、“ 侵入してはいけない”場所だと言える。


 そして最後が、嶺峰ヒマラヤ。俺達がアルギエバと対峙した棘路の山岳が連なる巨大な山脈だ。その高さはなんと8000メートルに達し、観測によると今もまだ地殻変動によって高くなっているという。

 飛行機なとでたどり着けない高さではないが、その特異な地形により上空は非常に不安定な気候を保ち、未だに前人未到の大地である。ああ、もちろん世界政府に認められた名だたる登山家が何人も挑戦してはいるが、踏破できたものは居ない。誰もが命を落とすか、その前に断念するか、だ。

 こちらは前項の2つとは異なり、“ 侵入できない”地区と言っていいだろう。

 だがここに、俺は一筋の光を見出している。アルギエバたちのアジト。棘路の山岳で姿を消した奴らだが、その方向はヒマラヤの方角だったのだ。あの世界政府が血眼になっても見つけられない大犯罪者。隠れるとすれば、こういった誰も寄り付かないような場所ではないだろうか。



「そして今、世界政府が本格的にこの三大不可侵領域スペリアー・サンクチュアリの調査に乗り出そうとしていることがわかった。動機は詳しくはわからないが、ここを叩かない理由はない」


 最後の作戦。世界政府との前面衝突。世界的に犯罪者集団として知られてしまった俺たちに残された手段は、国家転覆ならぬ、世界転覆だけなのだ。


「君たちは俺の自慢の仲間たちだ。いかなる危険な遠征であろうとも臆することなく出向き、そして成果を上げてきた。しかし、時に失敗することもあった。衛兵の監視、変異体との遭遇、そして必要悪の妨害によって。それだけに、今回の遠征はより慎重になりたい。失敗が許されないからだ」

「気難しく考える必要はねぇよ。ただこいつが、一番強ぇやつを知りたがっていて、そしてその強ぇやつを遠征に連れていきたいと思っているだけだ。このシンが言うってことは、それが1番“ 成功”するってこった。だからこうして、お前らには集まってもらったわけだ」

「といっても、個人の能力だけではなく、チームの能力も見ていくぞ。ああ、もちろん戦闘力だけが評価対象ではない。あの三大不可侵領域に挑むからには、様々な資質が要る。それはこちらで判断するから、副作用に困らない程度に、思い切りやってくれ。出し惜しみして、後悔することのないようにな!」


 親父は最後にそう言い残すと、ニッと笑ってこの場を去った。肝心の試験の内容が言い渡されていないんだけどな。何を思い切りやればいいってんだ。

 大きなため息の後に、ギガ支部長が前に出て話す。


「……まぁ、大抵あんな感じのマイペースなやつなんだ。堪忍してくれや」


 ギガ支部長は頭をかきながら、申し訳なさそうに言った。


「これから行う試験は簡単に言えばチームバトルだ。1部隊VS1部隊のな。先に相手チームから、2人の隊員を倒した方が勝ち。単純だろ?

 目の前の大型モニターに映し出される組み合わせに沿って行う。表示された部隊は、案内されたポータルに向かってくれ。質問は? 」


 支部長の問いかけに、一人の男性が手を挙げた。


「ミミオルド支部のジョットと申します。勝利条件の、”2人倒す”、ってのは、殺すってことですか? それとも降参をさせればいいのですか?」


 たしかに、倒すといってもいろいろある。まさか仲間内で殺し合いをしろとは言わないよな?


「ああ、そこの心配かぁ。安心しろ、ここはあくまでも瞑想空間。痛みなどは感じるが、現実に残るのは副作用のみだ。そして、ある程度のダメージを受けたり、自ら結合を解けば、この場から消える。そこでこっちは“ 倒された”って判断する」

「つまり、どんな手段を使っても、相手を戦闘不能にすればよいと」

「そうだ」


 なるほど……。思い切りやれってのはそういうことか。ここで死のうが何しようが、現実の肉体には影響しないならば、遠慮は無用である。ただし、熱くなって脳の力を解放しすぎる場合を除いて。


「シンプルでわかりやすいぜ。あぁー、あの野郎の顔面を殴りてぇ」

「セレンたちとはやりたくないなぁ……」


 グリドとロズは思い思いに対戦相手のことを考えているようだ。


「戦闘する場所は、指定されているのですか?」

「それは違う。今は電脳チックな世界観かもしれんが、会場はランダムなツールチップから選ばれた地形だ。遠征先をイメージしてくれるといい」

「なるほど」


「何試合くらい行われるのでしょうか? 一度敗北してしまうと、もうチャンスはないのですか?」

「具体的には決めていないが、3試合くらいだなぁ。例え負けようとも、次の試合はある。諦めず最善を尽くせ」

 あらかた質問が出て落ち着くと、支部長はパン、と大きく掌を打った。


「よぉし、てめぇら、気張れよ!」


 その声を皮切りに、当たりは大きな喧騒に包まれた。殺る気で満ち溢れている感じだ。かくいう俺も滾ってきているが、クールに振舞ってみる。


「最初の組み合わせが発表されるよ!」


 ロズに袖を引かれると、俺はモニターを食い入るように見る。パッと切り替わる画面に、俺はぽかんと口を開けた。


『グリド隊 vs リ隊』


「いきなり!?」

「はーーーーーーーーーー……ベズニットじゃねえのかよ」

「よかったぁ!」


 自分たちの隊名が表示され、俺たちはおのおの声を上げる。いきなりだ。ちくしょう。心の準備ってのがあるだろ親父。


「グリド、リ隊って知ってる? 名前が1文字なんて、うちには居なかったよね?」

「あー、あんまり覚えてねーな。記憶にねーってことは、雑魚だろ。ぱっとやっちまおうぜ」


 グリドはそう言ってずんずんとポータルの方へ進んでいく。その言葉に内心ホッとしながら、俺たちはその背中を追いかけた。ポータルは4、5人が入れそうな円形をしていて、ふわふわと光の輪が囲っている。あくまでもここは瞑想空間なので、このデザインである必要は無いのだが、まるでSF世界にあるような、転送装置みたいだ。この電脳世界をデザインした人の要望なのかもしれない。


「いよいよだな」


 3人でポータルの円の中に足を踏み入れた途端、光が強くなり、上昇をはじめた。エレベーターのようなそれは加速していき、外の景色が歪んでいく。同じ速度で進んでいるからだろうか、ポータル内部のグリドとロズの姿は一切ぼやけることもなく、普通に会話することができた。


「あーめんどくせぇ。ベズニットの野郎ならやる気出た気がするぜ」

「もぉー! 誰が相手でも、本気出してよね! 隊長っ!」


 マイペースなグリドの背中を、力強くロズが叩く。


「だりー……だいたい隊長ってのはよ、色々頭使ったりするもんだろ? 作戦を考えたり、指示を出したりよ。めんどくさすぎてできる気がしねぇ」

「なんでよぉ、3人で練習したときは、ちゃんとかっこよく決めてたじゃん」

「ロズなぁ、あーいう連携ってのは、実際ハマるとは限らねぇんだぞ? 相手が変われば、こっちも対応を変えなきゃいけなくなる。臨機応変さが必要なんだ。俺にはなんつーか、まどろっこしい」

「まっすぐいってドーンって感じだもんね」

「ロズに言われたくはなかったが……やっぱり、テラがやってたことはすげぇんだよ」

「……うん」


 2人が少し静かになったところで、俺は自分の掌を見つめた。俺には、テラほどの判断力は備わっていないと思う。知識も経験も圧倒的に足りない俺がこれからの戦いを仕切れるはずもない。だが、この3人で遠征に出るとするならば、誰かが指揮を取らねばならない。今は隊長ということでグリドがやっているが、もともと彼はその硬さを利用した特攻タイプだ。出来れば距離を取りながら戦えるロズや、配列が決まっていない俺がやるべきなのだろう。これは、テラを救い出すまでの大きな課題となりそうだ。


「さ、景色が変わってきたぜ」


 ポータルが減速を始めると、少しずつ景色が定まっていくのがわかる。試合会場への移動が完了したようだ。


 いよいよ、戦いが始まる。


「勝つぜ!」


 グリドの声を皮切りに、俺たちはポータルを飛び出した。


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