第三十六話 「光の解明」
遠征部隊選抜試験。
グリドはその存在だけを伝え、さっさと行ってしまったが、概要は以下の通りである。
①期日は今から二週間後。
②一部隊4名までのチーム戦。
③電脳結合会場において行われる。
④対戦の組み合わせは当日発表される。
⑤相手部隊のうち、先に2名を倒す(ダメージを負わせ、結合を解除させる)ことのできた部隊の勝利。
⑥勝敗のみならず、勝負の内容等を総合的に判断し、部隊を選抜する。
⑦選抜された部隊は革命軍上層会議に出席し、今後の作戦の主要任務を担う。
チーム戦ということなので、俺はテラ隊、もといグリド隊として参加することになる。連携がカギになると思うのだが……肝心の残る二人は俺を置いて鍛錬に行ってしまった。
新参者である俺に連携というものがあるわけもなく、そこを詰めていくべきかと思えるが、ベズニットの挑発にのったのか、前のめりのグリドである。
まぁ、2週間という短い期間での付け焼刃よりも、長年組んでやっている二人の連携を調整した方がいいのかもしれない。たとえ俺が退場しようとも、二人が残れば部隊は勝利するからだ。
気になる組み合わせだが……当日まで発表されないので、対策もなにもないということになるか。
というか、対戦相手は俺たちのような遠征部隊になるんだよな。今遠征部隊ってどれくらいあるんだ? ベズニット隊と、クロシェル隊と……他にもいくつかあったが、ここから選抜するにしては若干狭い気がするが。
……そんなことを考えていても仕方が無いか。兎にも角にも、いい結果を残し、主要任務を受ける権利を得なければ。でないと、この革命軍において必要悪と交戦できるという思っても無いチャンスを失うことになる。
「ほれ、青年。さっさと連れてってくれや。もう興奮して夜も眠れねーんだよ。へっへ」
「ここへ来てまだ一度も夜を迎えてないだろ……」
コージはアトリエルさんの案内で施設を一通り見回りながら、各所でアドバイスを行っていた。素人の俺には全く理解できない話だったが、研究者たちは誰しも驚いた表情を浮かべていた。
一仕事終えたということで、コージは兼ねてから興味を持っていた”俺”の研究を進めようと躍起である。
俺はため息混じりにコージを案内する。その先は、鍛錬室だ。以前グリドとロズが結合し、勝負を繰り広げた場所だ。
鍛錬室は、計16箇所設置されている。2名用のものもあれば、大きいもので8名用まである。グリドとロズのようにペアで鍛錬するのであれば前者を、部隊同士で鍛錬を行うのであれば後者を使用する。
入り口付近のモニターを見てみると、16箇所のうち、すでに14箇所が使用中になっていた。普段はそんなことはない。多くの遠征部隊は外に出ていることや、それに伴った休息時間であるからだ。
だが今は全ての部隊が帰還しており、そして先の選抜試験の通達があったことから、誰もがこうやって腕を磨いているのだろう。自分も例外ではない。
俺たちは空いていた2名用の鍛錬室に入室すると、部屋に取り付けてあるコンピューターがブン、と音をたてて起動した。
「へっへ、ここの施設で再現できるレベルにしちゃあ上出来だな。鍛錬室ってのはよ」
「そうなのか?」
「あぁそうだ。いくら結合して脳の中へ行こうが、肉体はここにあるわけだ。呼吸もしている。この部屋は、少しでも長く瞑想空間に滞在できるよう、脳の活動を活性化させる小さな仕組みが施されている。照明、換気システムからイスの構造までな。ま、向こうでは当たり前のレベルだが」
初耳だった。細部にわたって、俺たちがよりよい鍛錬を行えるような気遣いがされている。思えば、ここを利用していて、困るようなことが思い当たらない。設計者に感謝だな。
「で、おっさん。とりあえず案内したけど……こっからどうするんだ? おっさんが覚醒者じゃない以上、結合はできないし」
「いや、できる」
「へ?」
「結合とは、他人の瞑想空間に侵入する行為のことでぇ。本来、個々の瞑想空間にはロックがかかっていてな、覚醒者本人しか入ることができなねぇようになってる。
が、本人が許可をしたり、気を失っていたりなどして、そのロックが外れていてれば、侵入が可能になるってこった」
「別にオイラたち一般人に、瞑想空間が無いわけじゃない。ただ、覚醒者と違って自ら入る力がないだけだ。脳がある以上、そういった”思考する”スペースは誰だってもってんだよ」
「ってことは、その、一般人が気を失っていれば、覚醒者はその人の脳に入り込めてしまうってことか?」
「そうなるな。ま、実際にやってみたところ、ある問題が発生した」
「問題? 一般人に結合できなかったのか?」
……それだと、話の辻褄が合わないか。結合はできるが、その影響で何かが起きる、ということか。
「死ぬんだよ」
「……!」
「一般人の瞑想空間は限りなく小さい。狭いと言った方がいいな。人一人がはいることのできるスペースが用意されていないんだ。そんな場所に覚醒者がむりやり入り込もうとすると、体積的な矛盾が生じる。
結果的に覚醒者はその一般人の瞑想空間を破壊し、そいつから”思考する”力を奪う。ま、平たく言えば”脳死”させるってこった」
まじかよ。
「そ、それじゃあ俺がおっさんの脳に入り込もうとしたらダメじゃないか」
「あーあー、青年よ。俺の脳が一般人の脳だとでも?」
「あ、そっか」
コージの脳には腫瘍がある。特殊な腫瘍だ。莫大な思考力を得ていることを考えれば、瞑想空間が広がっていると考えられる。それならば侵入は可能か。
「つーことで、さっさと入れや。中のほうが、色々と便利なんでぇ。へっへ」
「う、うす。じゃあ遠慮なく」
俺は言われるがままコージの肩に手を乗せると、瞼を下ろして集中する。肩からだと少し時間がかかるが、やがて景色が浮かび上がってくる。
その光景を目の当たりにして俺は言葉を失った。
「な、なんだよ……コレ」
そこに広がっていたのは、壁でも天井でもなく、広大な草原と地平線だった。
「へっへ、驚いたか青年。誰もがここへ来た時に同じような顔をする」
「いや、だってこの広さは……異常だろ」
「わかってんじゃねぇか。そうさいオイラは異常なんだ」
瞑想空間の広さは脳の許容量を指す。物事を考えたり、動作を命じたりと、いわゆる脳が働くときにその容量を使う。俺たち覚醒者はこの許容量を増やすことで、色々な能力や身体能力を引き出すことができる。
そしてそれが広いということは、コージの脳はそれまでに進化していることになる。大罪因子を所持していないがゆえに俺たちみたいなことはできないのだろうが、一般人ももつ”思考する”分野において、莫大な力を発揮できることになる。
「ところで青年。覚醒者とは、何ができる存在だ?」
唐突に出される質問に、一瞬言葉を詰まらせる。が、俺は一息つくと口を開く。
「何って、脳に秘められた能力を行使できる……だろ? 理性を外すことができるため、人間の潜在能力を引き出すことができる」
「んなもん聞いちゃいねぇ……肝心なのは、なぜそれができるか、だ」
早くも俺の頭の中に疑問符が浮かぶ。わかっていたことだが、まぁとにかく最後まで話しを聞くとしよう。
「遺伝子のオンオフは、電気信号か光によって切り替わる。まぁ色々あるな、例えば人は思いっきり笑うと遺伝子が活性化して健康になる。恋人とのキスやハグだってそう。
植物人間が外界からの刺激を受けて意識を取り戻す……バカどもは奇跡というが、これは実際におきうる現象だ。
あとはあれだな、青い光を浴びると犯罪率が下がるとかもこれだ。とにかく、人は電気信号か光を受けると、本来眠っている遺伝子が目を覚ますんでぇ」
確か統計が出ていたはずだ。”いってきますのチュー”をすると、その後家を出た後の事故率が激減するとかしないとか。
「遺伝子が活性化すれば多種多様なホルモンを分泌できる。酵素も生まれる。とにかく無限大の要素をもっているわけでぇ。
これを前提に考えれば、自ずとわかってくるってもんよ。覚醒者とは何ができる存在なのか、なぁ。ひっひ」
遺伝子のオンオフ……。覚醒者は、少なくとも一般人よりは多くの遺伝子をオンにできるということだ。
そしてその遺伝子は、外界からの刺激をふくむ、何らかの影響によって切り替わる……。電気信号、そして……
そこまで考えて、俺は一つの結論に辿りついた。俺たち覚醒者は、誰もが共通して行っているんだ。あの行為を。
「光……!」
「御明察でぇ、やるでぇねぇか」
そう、光だ。覚醒者は、必ず光を放つ。能力行使はもちろん、肉体強化をするときでさえ、体を淡い光が包み込む。
「大罪因子も、いくつものプログラムが組み込まれた遺伝子の一種だ。これに、発光物質を生成する、というものがある。これによって生み出された光が、人間の遺伝子をオンにする。
あぁ、発光物質ってのはアレだ。ホタルとかと一緒だ。ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応と似たようなもんでぇ」
うんうん、発光生物学とかいうやつね。ちょっと好きだったから文献を読んだことがある。あれはなかなか不思議な世界だ。
実際に乾燥ウミホタルを水に入れると、少しの間発光物質が生成されてぼんやり光るんだ。神秘的だった。
この分野の研究が進み、青色LEDが開発された。かなり昔の話だ。
「……つまり、覚醒者は自らが生み出す特異的な光によって、眠っている遺伝子を起こし、さまざまな力を発揮することのできる存在……ってことか」
「飲み込みがはえぇな、ひっひ、見込みあるぜ青年」
科学が好きでよかった。もし俺が科学嫌いであったならば、コージの言っている話は全く理解できなかったかもしれない。いや、ただでさえ解読不能のこいつの言葉なんだ、間違いなかったろう。
「だが、こっからが本題でぇ。光には……ああ、ここでは紫外線や赤外線を除いた、可視光線な。オイラたちヒトのような、三色型色覚ってのは、緑・赤・青の原色に対応した色覚受容体を持つ。この受容体の刺激が組み合わさって、色を認識しているわけだ。もちろん知ってるよな?」
「お、おう」
光の三原色ってやつだ。黄緑色に近い緑、赤、そして青。この光を原色として、全ての色が成り立っている。
例えば、緑と赤ならば黄色、緑と青ならばシアン、そして赤と青ならばマゼンタって感じだ。今挙げた例は同量の光を重ねた場合であって、比率によって色は変化する。黄色がオレンジになったり、マゼンタが紫になったり、だ。
色覚受容体ってのは錐体細胞の種類だ。色を見分ける視細胞である錐体細胞だが、感じ取れる色が3パターンあって、それぞれが機能しあっている。ヒトは3種類、夜目の聞く鳥類は4種類も見分けられるらしい。無論、2種類の生物もいる。霊長類以外の哺乳類だ。
いわゆる色覚異常ってのは、本来別々に作られるはずの赤色錐体細胞と緑色錐体細胞が遺伝子上で変異し、ハイブリッド型になったパターンだ。赤と緑の区別がつかなくなる。なるほど、だろ?
「その影響か、RGBトライアングルってわかるか? ……覚醒者の生み出す光っていうものも、一部の例外を除いてこの可視光線の範囲内にある。
”憤怒”が純粋な赤を、”怠惰”が純粋な青を、そして”暴食”が純粋な緑の光を生み出す。色欲、嫉妬、強欲はそのハイブリッドなわけでぇ」
話が繋がってきたな。覚醒者は属性によってそれぞれ生成できる光が異なり、それによって活性化できる遺伝子も違うということになる。でも、だとすれば俺の光は……
「へっへっへ、わかったか青年。今挙げた6属性についてはそれで説明がつく。だが”傲慢”だけが腑に落ちない。当てはまる色が無い。だが青年を見てわかったぜぇ」
そう、俺の光の色は白。太陽光のような、白い光。3つの原色を重ね合わせることで生まれる色――。
「”傲慢”は、全ての色の光を生み出せる、オールラウンダーなんでぇ」
記憶がよみがえる。
初めて俺がここへ来た時、負傷していた俺をロズが治療してくれた。あの時、ロズは俺が”持っている”と言ったのだ。暴食の大罪因子を。
そして支部長が俺の瞑想空間に入ってきた時もそうだ。俺の文様が虹であることや、怒りの感情に呼応して壁が赤く染まったことも。
それらすべてが、コージの述べた内容に説得力を持たせていた。
でも、まだ納得がいかない。
「だ、だったら、俺は”暴食”の能力や、”強欲”の能力を使えるってことか? ここまでそこそこの鍛錬を積んできたきたつもりだけど、そんな感じは一切無かったぜ!?」
「そりゃありえねぇわなぁ、オールラウンダーが一点特化型にその分野で勝れると思うか? 悪く言えば平均的なんだよ、”傲慢”はな」
「だったら全ての光が生み出せたって、何の意味もねえじゃねえか……それとも、他に何か?」
「……それを今から解明しようってんじゃねぇか」
コージはいつものようにへらへらと笑みを浮かべると、その場にどさっと腰を落とした。
「わりぃがオイラは全てを知っているわけじゃねぇ。あくまでも研究者だ。データやサンプルがなけりゃ、わからんもんはわからんし、しらねぇもんはしらねぇ。
だが、そこにサンプルがあるなら――オイラは全てを解き明かせる」
傲慢の覚醒者は個体数が少ない。研究が進んでいない。おそらく、これは世界政府においても、だ。世界政府で働いていたコージが俺に興味を示しているのが何よりの証拠だ。
だが、コージは言う。サンプルである俺さえいれば、研究は進むのだと。明らかにされていなかった”傲慢”の能力、そしてそのメカニズムの。
「さっさとやれや。長居してもいいことはねぇぞ? 副作用が増すだけだ。この場合、侵入した青年のな。ひっひ」
「やれっていったって……何をやればいいかわかんねぇだろ」
「光だぁよ光。いまここでやったことは、手に取るようにわかるんでぇ。だからとりあえず、出してみろ」
そ、そうか。よし。
俺は瞼を閉じ、集中する。能力を引き出すときのポイントは常に一緒だ。”傲慢”になることだ。
悪いな、リルーネ。また勝手に借りるぜ。
体の中心にぽっと熱の塊が宿ると、それは勢いよく二つに分かれ、両腕へと走る。ぐっと拳を握ると、熱いものが拡散した。
瞼をあげると、両腕はまばゆい光を纏っていた。成功だ。
「ひっひ、こりゃあ見事な白だな。寸分の暗さもねぇ。まぶしくて目が開けられねぇよ」
コージは本当に目を閉じながら言っている。まぁ脳内であることを考えると、直接見なくても問題ないってことだろう。
「だが、ただ白いだけじゃねぇか? 特殊な発光物質が混ざり合って白くなっているのは間違いねぇが、何かに影響を及ぼしているようには感じねぇな、ひっひ、よわ」
「弱いって……」
凹む。というか、纏っているだけではなにも効果を発揮していないということか?
「青年、それ、どうやって使った? 一回や二回はあるんだろ?」
「ま、まぁ」
「詳細を教えてくれや! な? どんなシーンでどんな現象が起きた!? はやくしろや!」
コージは目をきらきらさせながら言い寄ってくる。実際には腰を下ろしたその場から動いているわけではないのだが、圧が増してきているのだ。
「え、えーと、そうだな。初めて発動したのは、変異体のネコと戦う時だったな。ジャンプして空中にいたネコを、光を纏った拳で殴ったんだ」
「で?」
「そしたら、吹き飛んだ」
俺の読みでは、ネコにかかる重力が、俺にとって”不都合”であったから、それを打ち消した。
だがあらためて考えてみても、科学的にどうしてそんな現象が起きたのか見当もつかないな。
「はぁん。他にはねーのか?」
「そうだな、そのネコが怠惰の霧を撒いた時に、それをかき消したかな。あと、山岳で暴食の光の矢を消したぜ」
「……」
コージは少し考え込むような様子を見せた。なにかぶつぶつ呟いている。
「中和か、相殺か……少なくとも、全ての光が生み出せることにより、全ての光に対して何かしらの影響力が発揮できるみてぇだなぁ……
詳しく調べてみないとわからねぇが、現状ではかなり受身の能力と見ていいだろう」
中和、相殺。
「だが解せねぇなぁ……ひっひ。さっきも言ったが、純粋な属性に対して、平均的な青年が同属性の光をぶつけたとして、相殺できるわけがねぇ。弱める、ってんなら話は別だが」
「そうだよな……でも実際には、消えたんだよ。中級解放をマスターしているような攻撃でさえ、消せた」
「ひっひ……どーなってやがんだ」
流石のおっさんでも、お手上げ状態のようだ。
だがしばらく考え込むような様子を見せると、何かをひらめいたような顔をして、俺の目を見て口を開いた。
「これは仮定だが、聴いておいて損はねぇぜ……青年のその光は、あらゆる光の波長が混ざっているとする。”憤怒”や”怠惰”のようなタイプに対しては、同等の光をぶつけることで、打消しの説明がつく。”暴食”に関しても、遠隔で光を飛ばしていることからも、相殺できたと考える」
「ちょっとまて、話が難しすぎる。俺はそもそも、”憤怒”だとか、”怠惰”だとか、そーいったやつらの詳しい能力やメカニズムすら知らないんだぞ!?」
「ひっひ……なら丁度いい。教えておいてやる」
コージはそう言うと、すっと手のひらを上に掲げた。すると、何も無かったはずの空間に映像が浮かび上がる。映し出されたのは、人間の脳だ。そして脳を中心に、神経が四肢に向かって広がっていく様子が表示された。
「便利だろ? 俺の脳の中だ、思い浮かべた図なんかがこうやって表示できる。よーく聞けや」
以下、コージが説明した各属性の能力と、そのメカニズム。
初級能力までは明らかにされているようで、中級能力以降はそのアレンジや応用を効かせたものが多いという。
●原色の赤が表すのは”憤怒”。
怒りの感情にマッチした色だと俺でも思う。
革命軍ではネイヴィがあてはまる。
初級能力名”感覚を奪う”
瞳に宿した赤の光は相手の目や細胞の光受容体に作用し、主に神経系に影響を及ぼす。
一時的に対象の視力を奪ったり、筋肉を弛緩させて行動を制限させたりできる。聴覚に作用し平衡感覚を奪えば、飛ぶ鳥すら落とせるというわけだ。
コージ曰く、怒りとは視野を狭め、感覚を麻痺させるものだと言う。それを他人に強制させるというのであれば、恐ろしい限りだ。
●原色の緑が表すのは”暴食”。
憤怒ほど色のイメージは無いが、なにしろ俺が始めて目にした光だ。緑というよりは黄緑といった方が正確だろう。
あてはまるのはロズ、そして必要悪のメディア。
初級能力名”細胞を分け与える”
体内で生成した光によって細胞分裂を活性化させる。自らの傷を修復するのはもちろん、光の移動によって、自分以外の対象も修復することができる。
ただし光の移動にはその基質が必要となり、”暴食”の光を持たない場合は修復にやや時間を要する。
生成した細胞は光と共に移動できる能力を活用して、全属性の中で唯一変形させた肉体を切り離すことができる。それを弾として発射する戦い方がポピュラーのようだ。
メディアとの戦いでは、カロリー吸収という付加効果があった。これが中級能力と見ていいだろう。カロリーを吸収し、そのカロリーで細胞を生み出す、なんとも恐ろしいサイクルである。
●原色の青が表すのは”怠惰”。
青い光には人を落ち着かせる効果があるらしい。また、青い食材は人の食欲を最も殺ぐとも言われている。
このようなことから、青い光を司っているのが怠惰というのも頷けるな。
あてはまるのはグリドだ。俺が戦った変異体のネコも怠惰だったな。
初級能力名”動きを緩慢にする”
俺はコージの説明で初めて能力名を耳にしたわけだが、メカニズムが難しすぎて理解できなかった。
人の神経繊維には2種類あるらしく、主に有髄神経繊維と呼ばれる神経繊維に作用する光であるらしい。
本来、脳から出された命令は、神経繊維のランビエ絞輪を飛び飛びに伝わっていき、筋肉等に届けられる。その速度は0.1秒単位であり、これは覚醒者も変わらない。(事実、人間が視覚等から情報を得て、行動に移すまでに0.2秒を要するとされる)
怠惰の光はその神経伝達を著しく阻害する。能力を受けた人からすると、動こうと思っているのに動けなかったり、拳を繰り出そうとしているのに、とてもゆっくりと拳を突き出したりするハメになる。
更に付け加えれば、視覚の情報処理すら落ちるため、世界がスローモーションに見える。グリドがロズと戦っている時、ロズの攻撃がいきなりスローに見えたのはそのせいだ。
ただこの能力は万能ではないらしく、対象の動きを緩慢にするためにはいささか条件があるみたいだ。少なくとも、発生した青い光を対象に届けなければいけない。瞳から漏れる微弱な光量では足りないため、工夫が必要とされる。
今思えば、猫の出したあの瘴気のようなものが、そうだったのかもしれない。吸い込ませる必要はなく、俺の体を包むことで、俺の動きを緩慢にしたのだ。
●赤と緑の原色が作り出す黄は”色欲”。
黄色は有彩色の中で最も明るい色とされ、そのイメージも明るいものが多いのではないだろうか。なにより目立ち、集中力を増加させるはたらきもあるようで、注意書きとかにもよく見るな。
それだけに他者を引きつけたり、逆に警戒させたりと、人の感情を左右させるのに秀でているらしい。言葉巧みに、というように、光巧みに対象を惑わし、そして落とす。
テラ、そしてその親父のギガ支部長がこれにあてはまる。
初級能力名”感情の機微を悟る”
これはどこかで聞いたことがある話だが、人間は抱いている感情によって脳電位が大きく異なる。例えば喜怒哀楽でいう喜ぶ、という感情は興奮状態+快状態を表す。
”色欲”の光は、ほんの微弱な光の量でさえ対象の脳電位を測りとることができ、感情を読み取ることが可能となっている。わざわざ目に光を灯すまでもなく、少し意識すれば感情が読めるのだとか。
コージは自慢げに笑っていたが、脳電位が初めから狂っていたり不安定な場合は、色欲持ちは皆不快な顔をして諦めるそうだ。
気になるのは、テラが見せたあの幻。俺の目からはテラはそこに座り込んでいるように見えるのに、そこに実体はないという、不可思議な現象だ。
コージ曰く、色欲は対象の感情に大きな影響力を持っているらしく、その影響で幻覚を見せることが可能らしい。ただし幻覚と言っても錯覚のようなもので、自由に何かを見せるというよりは、思い込ませたり、思い出させたりと、対象の記憶やその場にあるモノに限るようだ。
●赤と青の原色が作り出す紫は”嫉妬”。
紫色は神秘的なものを感じさせる一方で、不安を募るような色であると言えるだろう。赤と青の間で不安定に揺れるこの色が”嫉妬”であることは納得できる。
あてはまるのはセレン、そして必要悪のポルクス。そしてあの女……マリス。
初級能力名”物質の構造を組み替える”
簡単に言ってしまえば、体内もしくは体の周囲で、化学反応を起こすことができる能力だ。自身の持つカロリーと、自身の摂取した成分および周囲にある物質を利用して、新たな物質を作り出す。
質量保存の法則等の科学の基礎は忠実に守っているらしく、根本的に無から物質を作り出すことは不可能のようだ。錬金術みたいな感じかな。
かなり汎用性に富んでいて、セレンのように仲間を回復させるために物質を作り出せるし、カストールのように敵を失神させる毒のようなものも作り出せる。マリスがやった”まきびし”もそうだ。
●原色の赤と黄色で表される橙、”強欲”。
ポジティブなカラーとしてよく扱われるのがこのオレンジという色である。
光の三原色、という意味では青と緑の合成色であるシアンがこれに当てはまりそうではあるが、そうではないらしい。逆に、水色の光を作り出す属性は無いのだろうか。
あてはまるのはクロシェル隊長、そしてアルギエバ・レオック。
初級能力名”高速振動を与える”
身をもって体験した能力である。触れた対象に組織を破壊できるほどの振動を与えることができる。粒子レベルの話で言うと、振動=熱でもあるため、熱を操ることができるとも言われている。
物質によって振動数は決まっているため、その振動数をうまく合わせることによって部分破壊を行うことができる。クロシェル隊長が実践で使用していた様子は無いが、アルギエバは大地を揺らしていた。地震人間かってんだ。
「そして全ての原色が合わさって生まれる白色、が”傲慢”か」
「ひっひ……当初は水色じゃねぇかって考えられてたんだよ。ま、実際にいねぇわけじゃなかったが、そいつは”怠惰”だった。青年という個体を目にするまでは俺も白とは思ってなかったぜ。ま、これである程度は理解できただろ」
コージが言っていた、打ち消しのメカニズム。ネコから放たれた怠惰の光を相殺した。放たれる暴食の光を相殺した。だがこれだけじゃ、説明しきれないことが山ほどある。
一通り説明を終えたコージは、生み出したイスに深く腰掛けると、膝に頬杖をついてため息をついた。
「しっかしまぁよくわかんねぇな”傲慢”もよぉ……。実際に青年が言うように、相殺の瞬間に立ち会えるってんだったらいいんだが」
「ん?」
そうか。コージはその目で見た事象を解き明かす脳を持っているのだ。俺の経験則からでは推測に留まっているが、実際にそれを見せれば何かわかるかもしれない。
しかし、都合よく相手になってくれる奴なんているだろうか。
忙しそうにしている科学者から貴重な変異体サンプルを借りるわけにもいかないし、グリドとロズは鍛錬中だ。このタイミングで他の部隊に力を借りるわけにはいかないしな。……あ。
「どーした青年」
「ちょっと心当たりがある。ダメもとで聞いてみるよ」
もしかしたら、だけど。付き合ってくれるかもしれない。
コージが頷くのを見て、俺は瞼を下ろした。




