第三十五話 「一縷の望み」
ドクターコージに話を聞く。その目的を果たすために、俺は案内されるがまま地下を歩いていた。
彼は、何らかの理由で世界政府に要人として抱えられていた。
酒場で出会ったときも軍総動員で彼を探していたようだし、先の世界政府との衝突の際もバイオスクラスの役人が2人も同行していたことから、その重要度を示している。
だがしかし、コージの話す内容は不可解極まりなく、ここまで2度接触をはかっている俺でさえその重要度の片鱗を感じられない。支部長やここの研究員からすれば、何かわかるのかもしれないな。
とはいえ、疑問がひとつある。
「ところで支部長、私の力を借りるというのは一体……」
支部長は言ったのだ。エル坊の力を借りなければいけない状態であると。
はっきりいって俺にはコージの話をきいても理解できる脳を持ち合わせていないし、何の力を貸せばいいのか見当もつかない。
「そりゃぁ俺にもわからん。ただ、ご所望なんだよ、エル坊をな」
「へ?」
「ま、行けばわかる。なぁに、噛み付くことすらできん状態にはしてある」
よくわからないまま、俺はある一室に足を踏み入れた。
そこには鎖を両腕につながれ、うなだれたコージの姿があった。体中に傷や腫れがあり、流血もある。誰が見ても凄惨な状態であり、拷問を受けてますって感じである。
「ひっひ……ようやく連れてくる気になったか」
コージは、俺の来訪に気がついたのか、少しだけ頭を上げて視線を俺に向けた。
「どういう状況だ」
「はっ。しばらくの間痛覚を中心に揺さぶりをかけてはいるのですが……どうやら痛覚がまともに機能していないようで、一切の情報が出てきません。精神状態も常に不安定で……まったくどうしていいか。
今は指示がありましたので休憩させていますが……相変わらずに青年と氷を所望しています」
「わかった。ご苦労ぅ」
支部長は傍に居た拷問を行っていたのであろう研究員から進捗を聞き出すと、俺の背中をポン、と押した。
え、と言葉を漏らした俺を横目に、支部長は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「さ、お望み通り連れてきたぜぇ? これで、協力する気になったか?」
「バカ言えやい。生き別れた恋人でも親子でもあるめぇし、会うだけで気が変わるわけねぇだろう? ひっひ。それよりだ」
コージはそこでめずらしく真面目な表情を浮かべた。
「氷だ。キンッキンに冷えたやつをもってきてくれや。今すぐにだ」
そういい終えた瞬間、鈍い音がした。気付けば支部長の大きな足がコージの腹部にめり込んでいた。あれを受けたことのある俺は、思わず目を逸らしてしまう。流石に生身であろうコージに、本気で蹴りを見舞うなんてことはないよな?
「拷問を受けてるって自覚、あんのかよおめぇはよぉ」
その言葉に、口元から鮮血を垂らしながらコージはただ笑いながら言う。
「協力っつーのは、こうやって苛め抜いた先に生まれるモンなのかねぇ、ひっひ。オイラぁ協力するつもりがないなんて一言も言ってねぇぞ? ただ、どちらにしろ要るんだよ。氷がよぉ。じゃねえと――」
突如、コージが言葉を止めた。真面目な顔は無表情へと変わり、見る見るうちに顔面が赤く染まっていくと、額には血管が浮き出ていた。
「け、血圧が急上昇! 明らかに異常な状態です!」
「くっ! 早く氷を!!」
研究員の慌てた声に俺は咄嗟に叫んでいた。支部長は舌打ちをすると、傍に居た研究員に指示を出す。
「拘束も解きましょう! このままじゃ命も危ないかもしれない!」
「しかし、それでは……」
「それではってなんだよ! 逃げるかもしれないか!? この状態で!? 俺には拷問が何たるか知らねーけど、死んだらお終いだってことくらい知ってる!」
研究員は俺の言葉に一瞬たじろぎ、支部長の方を見た。とがめられないのを確認したのか、すぐさまコージの拘束を解く。
俺はコージを抱きかかえると、すぐに運ばれてきた氷を一粒掴んで口元に放り込んだ。
「おっさん! 大丈夫か!?」
反応が無かった。口の中に氷を入れたのに、コージの顔はゆでダコのように真っ赤なままで、目を見開いて固まっていた。もう、手遅れかもしれない。そうよぎった瞬間だった。
――ガリッ。
コージの口から氷が砕ける音が鳴った。すると驚くことに、顔色はみるみるうちに肌色へと戻っていき、コージは表情を取り戻した。
「助かったぜぇ、青年。よっこらせ、もうちっともらうぜ」
コージは俺に礼を言うと、何事もなかったかのように脇にある氷を掴んで口に入れる。
「ガリッ。んひー、なかなかにつめてぇ。たまんねぇなぁオイ。質はイマイチだが、限界まで我慢した後の氷は格別だ」
コージはビールのように氷のお味を語ると、すくっとその場に立った。研究員が身構えるが、コージには暴れる様子も逃げ出そうとする様子もない。支部長もそれをわかっているようで、研究員を静めさせた。
「まずは自己紹介からだなぁ。ひっひ。オイラぁコージって言うんだ。コージ・ヒラモト。ドクターコージって呼んでくれや」
「やっと協力する気になったかぁ、ドクター、コージよぉ」
自己紹介を済ませたコージに対して支部長は嬉しそうに言った。
「けっ、お前さんには協力してやんねーからな。おーおー、誰かさんにやられた腹が今も痛いぜぇ」
コージはにやりと笑いながら支部長に言った。支部長はまた舌打ちをすると頭を掻きながら困った表情を浮かべる。
人心操作についてはプロフェッショナルであるはずの彼だが、この変人には手を焼いているようだ。テラも、こいつの心情を読み取ることが出来なかったことだし、支部長にとっては心が読めぬ厄介な相手に違いない。
「まぁ、命の恩人である青年の顔に免じて蹴りはチャラにしておいてやーよ。身の安全と、安定した氷の供給、それさえあれば研究に協力してやんぜ」
支部長が渋々ながら頷くのを見て、コージはにっと笑った。ついでにひょいと氷を口に投げ入れる。
「ところで、さっきのは何だったんだ? 病気かなんかか?」
俺は先程のコージの身に起きた現象について尋ねた。
彼はひたすらに氷を求め、そして表情を固めては顔が真っ赤に染まっていった。見るからにあれは、普通の状態じゃない。放置しておけば、命に関わっていたことだろう。
「あー、そっから話しとくか。オイラぁなぁ、アタマんなか中におーきなおーきな腫瘍があるんでぇ」
「腫瘍?」
「あぁ。ピンポン玉くれぇのやべーやつだ。お陰様でオレはいわゆる障害者ってのになった。感情のコントロールができねぇんだ。それに足腰もいてぇんで……あ、これは加齢か。ひっひっひ」
「それと氷に何の関係があるんだ?」
「そうそう、氷だ。俺の腫瘍はなぁ、ほっとくと牙を剥くんでぇ。さっきのがその症状だ。いわゆる発作ってやつでぇなー。ほっとけばふつーに死ぬと思う。
だが、氷を食うとそれが起きねぇ。腫瘍にたまった熱がスウッと消えんだよ。ひっひっひ。不思議なもんでぇな、このメカニズムに関しては俺すらわかんねぇ」
なるほどな。つながった。だから彼は氷を執拗に欲したのだ。革命軍への協力を拒んでいたわけではなく、とにかく氷が必要だった。協力しようにも氷がなけりゃ死ぬだけだからだ。
「そんな不幸な人生を送ることになったオイラだが……実におもしれぇことが起こる。元来俺は研究者だったが、大した成果も出せねぇ下っ端だった。
だがこの腫瘍が出来てからはちげー。次から次へと答えが出てくるんだぁよ、頭ん中にな。自分でもわかんねーが、覚醒した、と思ったね。ひっひ、障害者も捨てたもんじゃねぇ」
なるほど……。確かに、一般的に知的に障害を持つ人はある一定の分野におそるべき才能を発揮すると言われている。有名な科学者たちも、一般的な目線から見れば、かなりの変人だった。彼らは今で言う、障害者という位置づけだったのかもしれない。
つまり、後天的な障害であれ、コージも例外ではなかったってことだ。変人であり、だからこそ天才であるというロジックに。
「それからはまぁー研究の毎日よ。結果は次から次へと出せた。気付けば世界政府に引っ張られ、奴隷のように働かされたぜぇ。VIP対応だった。奴隷VIPすげぇ。ひゃーっ!」
コージはそこまで言うと急にテンションを上げ、天を仰いで叫び声をあげた。無機物に囲まれた部屋に音が響く。情緒が不安定なのも、障害から来るものだと捉えると、少し可愛そうである。
「本題に入るぜぇ、ドクターコージ。俺たちは革命軍だ。世界政府による時代を転覆させたい」
「あん?」
「世界政府の目的を知っているか?」
「……」
コージは少し間をおいてから、一度氷を噛み砕く。冷気を口からふぅーっと吐き出すと、ゆっくりと話し始めた。
「ある地質学者がいてな。オイラのダチだ。そいつは長年ある研究をしていた。地球の運動についてだ」
「それは、自転とか公転とかか?」
地球の運動と聞いて想像したのが、地球自らが1日に一周回る自転と、1年かけて太陽の周りを回る公転が思い浮かぶ。
「……オイラは風呂が好きだ」
はい?
「オイラの文化では、でっかい水槽にお湯をはって、そこに体ごとどっぷり漬かるんでぇ。たまんねぇなあれは。体の垢や汗と一緒に、体の老廃物が抜けていくんだぁ」
風呂ってのは、俺たちで言うシャワーってことか。どこかでそういう溜めたお湯に体を入れるという文化を聞いたことがあったが、はて。
というか、それと今の話はどういう関係があるというのだ。
「つまり、地球も風呂に入りてぇんじゃねえかな」
「がくっ」
その突拍子の無い言葉に、思わず肩を落とす。いや、わかりきっていたことだ。コイツに真面目に話を聞こうにも、例えというか、もろもろが理解できないのだ。
「それは、地球にとっての”汚れ”を洗い落とす、というニュアンスですか」
傍に居た研究員があごに手をやりながら呟く。同じ科学者だからこそ伝わったのか、その言葉を受けたコージは嬉しそうに頷いた。
「だが、オイラみてぇに、水を使って流すことなんざ地球にはできねぇ。重力があるからな。例え大量の水が地球の汚れを浮かしたとしても、それは肌にひっついたままだからな。ひっひ」
「じゃあ、一体どうすると?」
「脱皮だ」
だっぴ?
あの、爬虫類や甲殻類が行う、脱皮。地球がするというのなら、今俺たちが立っている地表が剥がれることになる。
「しかし、重力がある関係で剥がれた体表は張り付いたままになりませんか? 流石に宇宙空間に地表を吹き飛ばすエネルギーなど今の核にはないはずです」
「ひっひ、頭がかてぇなぁ。地球は回ってるんだぜ」
話が難しすぎる。
「回ってるってのは、回転って意味じゃねぇ。循環だ。地球上の物質はすべて循環している。宇宙空間に飛ばさない限りなぁ、ひっひ。オイラの言う運動ってのはそういうこった」
整理しよう……。
コージの言う循環というのは、いわゆる質量保存とか、エネルギー保存とか、そういう話だろう。
水で例えるなら、地上から蒸発した水は大気中で雲となり、やがて雨として地上に戻る。これを繰り返すため、理論的には地球上の水の総量は変わらない。
同じように、どの物質も宇宙空間へ運ばない限り、地球という入れ物の中で総量が変わらない、循環しているだけである。
――だから何って話なんだが。ここからどう世界政府の目的に繋がるのか想像もつかない。
「一度全て溶かすんだ」
疑問符か浮かび続けている我々の表情を見てか、コージはため息混じりにそう言った。
「正確には地殻よりも下に沈めるんだ。マントルの奥底にな。そうすれば、あらゆる物質はマントルと同化するか、大気へ変換される」
「ちょ、ちょっと待ってください。地球は確かにそういった運動をしています。ですが、動きの早い海洋プレートでも、年に10cm程度しか沈まないんですよ? 地表全部が入れ替わるには、途轍もない年月がかかります!」
これは、プレートテクトニクスという理論だ。地球上の表面を見ると、厚さ100キロメートルにも及ぶ岩盤が何枚も組み合わさっている。このプレートがお互いに動きながら循環していると考える理論。
新たに生まれるプレートもあれば、沈み込んで無くなっていくプレートもある。だがその速度は、研究員が言うように極めて遅い。脱皮や風呂といった、汚れを落とす動きとはかけ離れている。
「これだから常識に囚われている奴は新たな理論を生み出せねーんだ。いいか、とにかく地球はそれを求めているし、繰り返していると考えられるんだ」
細かい理論は置いておいて、地球はそういった動きをしている、ということか。
何か、記憶の片隅に引っかかるものがあるが……今は思い出せそうに無い。
「わーったわーった。流石だコージィ。そろそろ結論を聞こうか」
痺れを切らした支部長はずい、とコージに向かって歩み寄る。コージはそれを嘲笑うように、冷気を顔に吹きかけた。
「早漏かぁ? はえーやつはモテねぇぞ、ひっひ」
「あぁん??」
一触即発。数十人の妻を持つ男に対して、早漏だのモテねぇだの言うとは、恐ろしい。
「おっさん、今はそんなことしている暇はねーんだ。支部長も、抑えてください」
俺の言葉に、おおう、と中年二人は我に返る。コージは少しだけ間をおくと話を再開した。
「――スポット理論」
その口調は今までにない鋭いものだった。
「俺が導き出した理論だ。地球の循環から、一切影響を受けない場所が存在するというモノ。噛み砕いて言えば、地殻変動が起きて世界中がマントルに沈もうとも、地球上に存在し続ける場所があるってもんだ。
あいつらは、俺の理論を聞いてから、必死にスポットの探索・調査をやっているぜ」
世界政府は、スポットを探している……? 地殻変動を受けない場所を……一体、なんのために。
「もともとあいつらは、地球上で異変が起きている場所をコントロールしていた。スポット自体は安全地帯だが、なんの因果関係かその周囲に異変が起きるんだ。俺が理論を組み立てちまったもんだから、ウハウハだろうな」
「チッ、”不可侵領域”か」
「あぁ、そんな名前だったなぁ、ひっひ」
話が繋がってきた。世界政府は元から地球上の異変のある場所に目星をつけていた。そこにコージの理論が重なり、更なる調査に踏み出した。何を目的としているかは定かではないが、不可侵領域の調査をし、そのスポットとやらを見つけ出そうとしているのだ……!
「その情報だけありゃぁ十分だぁ。世界政府は、不可侵領域に集う。虱潰しにそこへ行けば、奴らの思惑を潰せる。あわよくばそこで衝突も起こせるってわけだ。それに……いや、いいか」
支部長はにやりと笑いながらそう言った。最後に何かを言いかけたようだが、思いとどまったようだ。
「なんだぁ、おめーらはガチンコやろうとしてんのかぁ? おもしれーじゃねぇか! ひっひ!」
コージは愉快そうに笑った。これから戦争が起きようとしているというのに、それを笑うのか。
「だがぁ、まだ早い」
「あん?」
コージの思わぬ静止に、支部長は視線を鋭くした。
「ここへ運ばれるまでに施設や調査書をちらっと見ておいたが……圧倒的に遅れている。これじゃぁ世界政府が本気を出せば、おめーらなんかひとたまりもねぇぞ」
コージは真面目そうな顔でそう述べた。支部長は黙っている。
つい最近まで世界政府での研究に努めていた本人が言うのだから、事実だろう。革命軍の覚醒者研究は、世界政府に遅れをとっている……。
「とんでもねぇもんを残してきちまったしなぁ、俺が居なくても完成させるだろう、ありゃ。だが安心しやがれ、俺が来たからには、五分まではもってってやる。じゃねぇと、俺が楽しめねぇしなぁ!」
「……助かる」
「へっへ、氷、忘れんなよ」
流石の支部長も状況を飲み込んだのか、コージに頭を下げて礼を言うと、コージはへらへらと笑い返した。
支部長が何か指示をすると、脇から何かカプセルのようなモノが運ばれてきた。
「飲め。傷が治る」
「へっへ、いいもんがあるじゃねぇか」
コージはそれを疑うこともなく、水も無しに飲み込んだ。するとすぐに、全身が黄緑色の光に包まれた。みるみるうちに全身の傷がふさがっていく。
どうやらあのカプセルには、”暴食”の能力が関係しているようだ。即効で傷を治すというのも、それなら頷ける。
「当面はこの施設でやれることを指南してやろう。だが、追いつこうと思ったらもっと上のレベルが必要だなぁ」
「それなら、本部にいい施設がある。ここより4、5倍はでかい最新鋭のモノだ。まぁ、それでも世界政府には及ばないだろうがなぁ」
「ひっひ、十分十分、オイラぁ研究さえできればなんでもいいさね、例えば……」
コージは笑いながら俺の傍まで寄ってくると、バン、と背中を強く叩いた。
「こいつの研究とかな」
「は? 俺!?」
「あぁ、そうさね。長年覚醒者の研究をしているが、白の光の研究は進んでねぇ。サンプルがすくねぇんだ。俺個人として、青年に興味があるんでさぁ」
そ、そういうことか。だからコージは俺を呼んでいたわけだ。
研究員が言っていたが、”傲慢”の覚醒者は個体数が著しく少ない。それゆえに、世界政府レベルでも研究が進んでいないということだ。
「まぁ、それが結果的に世界政府のためになるというのなら、かまいませんが……」
俺はそう言った。というのは建前で、俺自身、色々自分について知らないところが多い。能力のこともそうだし、何よりあの黒い霧の正体についても。
個人の戦闘力を上げ、いつかテラを取り戻すためにも、この話に乗らない理由が無い。
「ひっひ、ありがてぇ。オイラも努力を惜しまねぇと約束しよう。とりあえず、一通り施設の案内をしてもらおうかね」
てくてくと、独りでに部屋を出て行くコージを俺は手を伸ばしながらあっ、と声を漏らした。
「にげねぇにげねぇ。ここがどこかもわからねぇんだ。脱走して氷切れで死ぬなんてゴメンだぜ」
入り口の奥からそんな声が聞こえてきて、俺は安堵の息を漏らした。
「案内はアトリエルにさせる。研究施設についてはディスパ、エル坊、同行しろ。アドバイスも受けておけよ」
「はっ」
「俺は本部に報告をする。丁度方針も定まる頃だしな」
支部長は俺と研究員――ディスパに指示を出すと、コージとは反対方向に消えていった。執務室へ戻るのだろう。
「参りましょう。アトリエルさんが来る前に、基本的なことを私から説明します」
ディスパはかけていた眼鏡の位置を整えると、コージの後を追った。
「ふぅ」
これで、少し希望が見えてきた。
テラの件に対する不安や焦りは拭えないが、しかし自分にできることをしなければならない。
俺は胸の奥から湧き上がってくる熱を感じながら、2人の後を追った。
一通り施設の案内が済むと、最後に食堂へと訪れていた。
「あ、ロズ、もういいのか?」
そこには、赤い髪を揺らしながらスパゲッティーを口に頬張るロズの姿があった。テーブルの脇にはいくつもの大皿が重なっており、傍には財布を見つめながらどんよりしているグリドがいた。心中お察しである。
「ふも!? んぐっ、ごくん! エル君! ありがとうっ、もう平気だよ! 肉まんをたっぷり食べたら元気になって、元気になったらお腹がすいちゃったの!」
流石のブラックホール。
しかしまぁ、体調が良くなったようでよかった。”暴食”の覚醒者は、文字通り食べることによって回復するようだ。
「うっひょーーーーーーー! パイオツねーちゃん!」
するとそこで、食堂をきょろきょろ見回していたコージがロズの姿を見て、鼻血を噴出しながら叫んだ。
「……誰この変態」
「あぁ、すまん……捕虜……いや、ゲストだ」
ジト目で俺を見るロズ。俺が変なことをしたわけではないのに、なぜか俺が責められているような感じだ。
俺は簡単にコージの紹介をすると、ロズはあまり興味なさそうに返事をして、食事を再開した。
「――おや? おやおやおやおやぁ!?」
すると突然、食堂の入り口付近から不快極まりない声が響いてきた。ベズニットだ。
「お揃いのようだなぁ、貧乏人ども。俺様が来たのだ、そこをどいてくれないか」
「なによ。他の席が空いているじゃない」
その横暴極まりない言葉に、ロズはむっとして答えた。
「なんだ。俺様のために席を温めてくれていると思ってしまったよ。すまないね、あまりにも下品なため、食事中だとは思わなかった」
「カチン」
ロズは食器を置くと、口周りにべっとりとついたソースをふき取って、胸を張った。コージがうひょ、と声を漏らす。
「これでいいでしょう。目障りだから、消えてくれる? 王子様?」
「はっはっは、威勢がいいな。いいだろう、俺も最後の挨拶をしにきただけだ」
「最後の挨拶?」
ベズニットは白髪をすっとかきあげると、口角を吊り上げながら言った。
「おっと、伝達が無かったのかな? いやいやいや失礼、君のところは隊長がいないんだったね、無理もない! ハッハァ」
俺は流石に許せないと思い、拳を握り締めた。それを静止するかのように、グリドが立ち上がり、間に割って入った。
「伝達なら俺が受けている。それと、今は俺が隊長だ」
「! それはそれは失礼したね、グリド隊長。ならば話は早い」
何時の間にやら、グリドが隊長になっていた。というのも、テラがいない今、もともと隊長になるはずだったベテランのグリドがその任を継ぐのも当たり前か。
「ねぇ、グリド、伝達って何?」
「ああ。”遠征部隊選抜試験”が行われる」
遠征部隊……選抜!? 試験!?
「具体的には、これから覚醒者を集って、日ごろの鍛錬の成果を試すんだ。その結果次第で、次の作戦の遠征が決まる。世界政府や必要悪と衝突する恐れの大きい場所へは、実力ある部隊が選ばれなければならない」
グリドは淡々とそう説明した。
ちょっとまてよ。つまりこういうことか?
これから俺たち覚醒者はそれぞれで戦って、実力を見せ付けあう、と。そして選り抜かれた優秀な覚醒者は、優先的に重要な場所へ派遣される。
重要な場所……不可侵領域”。
「俺様は嬉しいよ! こうして目障りな連中を蹴落として、次のステージへ進めるのだからな! 裏切り者も、加担者もすべてなぁ! ハッハァ!」
べズニットは大笑いして言う。だがすっと表情を戻すと、グリドをまっすぐ見て低い声で言い放った。
「あいつを殺すのは、俺様だ」
「……」
グリドは何も言わなかった。
ベズニットは満足そうに鼻で笑って見せると、踵を返して食堂を出て行った。くそ、何をしにきたんだあいつは。本当に、それだけを言いにきたってのか。
「グリド?」
ロズは、黙り続けているグリドの様子に異変を感じたのか、心配そうに声をかける。
「ロズ、もう満足したろう。行くぞ」
「へ? へ?」
「鍛錬だ」
グリドは半ば強引にロズの手を引くと、食堂を出て行った。最後に見たグリドの瞳は、何かを決めたような、熱いものを秘めていた。
「ドクターコージ、俺たちも行こう」
「へっへ、研究か? 鍛錬か? それとも青春か?」
コージはにっと笑って俺に言う。
「――全部だ」
俺も、やるしかない。選抜試験。選ばれなければいけない。
自ら危険な場所に配置されるなんて馬鹿げた話かもしれない。だけども、きっと誰もが望む場所だろう。なぜなら、誰しも覚醒者は、世界政府を潰したいと思っているからだ。自らの手で。
どんな恨みかなんてわからない。両親を殺された? 住む場所を奪われた? それとももっと別の理由? とにかく、譲れない思いがある。
でも、俺だって負けられない理由がある。
不可侵領域”に行く。
世界政府や必要悪との衝突?
望むところだ。
俺は、俺の目的は。
必要悪に囚われた、親友を、救い出すことなんだから。




