第三十二話 「悪夢の再会」
「報告します! 第三遠征部隊が帰還したようです!」
深々と腰掛け、葉巻をふかしていたギガは、その報告を受け身を乗り出した。
「テラたちか!」
第三遠征部隊は、すなわちテラ隊のことである。ただでさえ危険といえる不可侵領域の調査、増してや必要悪活動の懸念もあり、その報告に喜びを隠すことはできなかった。
だが、報告に現れた職員の顔色は優れず、心のうちを察することのできるギガは、すぐに事態の大きさに感付いた。
「すぐに向かう」
ギガは葉巻をガラスの灰皿にこすりつけると、執務室を飛び出した。向かう先は隊員が運ばれるであろう、医務室。
専門医たちが慌てふためく脇を通り抜け、病室の一室に駆け込んだ。
「……グリドっ!」
「おー……支部長。心配かけちまったっすね……無事、じゃねえけど帰りました」
「バカ野郎、無駄口叩いてる場合か」
「俺は平気っす。寝れば治る。それよりそっちを……ふぁーあ」
グリドは大きな欠伸をしながら、ギガの背後を指差した。
「ロズと……ネイヴィか!」
無事だったのか、と胸を撫で下ろしたくなったが、容態は芳しくなかった。
ロズの方は猛毒にやられているようだが、セレンが治療に当たっていた。彼女の心情を察するに、自ら名乗り出たのだろう。毒の治療に長けているセレンなら、きっと大丈夫だろう。
問題はネイヴィだ。意識もなく、血圧が異常に高い。まるで脳を酷使しすぎた時の症状だ。いや、仮定ではない。断定できた。
見るからに激戦を繰り広げてきたことがわかった。そして、クロシェルに毒を盛った存在と対峙したであろうこと、ネイヴィが脳を酷使しなければならないような強敵であったこと、そして――。
――実の息子と、親友の息子が居ないということも。
ギガはふぅ、と深い息をついた。覚悟はしていた。だが、簡単に捨てきれるものではないのも確かだ。
「ここはまかせたぞぉ。残り2名の帰還の可能性もある。捜索部隊を出す」
「はっ! ですが、今すぐに動ける者がどれだけいるか……今ですと多くの隊員が副作用中かと思われますが」
「あいつがいるだろう。たった1人で、部隊に匹敵する力を持つやつが」
「……はっ!!」
ギガはそれだけ指示を出すと、踵を返して執務室へと向かった。
可能性は低い。部隊からはぐれた隊員が無事帰還することは少ない。集団活動が原則であるのは、孤立することの危険性を表している。
ネイヴィなどの隠密行動に長けている隊員や諜報部員などはともかく、この場合はテラとエル。両者とも世界政府に顔が割れているし、戦闘能力も高くない。
その二人がグリドたちと離れたということは、もうすでに……。
「チッ」
わかっていたことだった。いずれはこうなることを。
息子を革命軍として育てると決めたあの日から。
「そろそろ、だなぁ。シン」
どこか哀愁漂う背中を丸めながら、ギガは執務室へと消えていった。
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「なぁおっさん、いくつか疑問があるんだが」
「ガリッ! あん?」
俺とコージは、棘路の山岳を下り、カロリスの酒場に来ていた。
下る道を覚えていなかったのが幸いして、抜け道を選んでいたようで、世界政府とも遭わずにここまでこれた。
アルギエバが根城にしていたあの場所は山岳の中腹を越えたところのようで、人を背負いながら下り切るのは骨が折れるかと思ったが、なぜだか体が軽くあっさりいった。
街にも世界政府が張ってるかと思いきやそうでもなく、拍子抜けながらここに居る。
氷目当てに酒を購入すると、コージはまるでエサをもらった瞬間のイヌのように舌を出し、へっへと息を荒らしながら氷に食いついた。
そんな姿を横目で見ながら、俺はいろいろなことを考えた。考えはしたが、答えが見つからず、尋ねてみることにしたわけだ。
「年齢は?」
「103歳」
「嘘つくなよ……」
「おいらぁ嘘ついたことねぇぞ?」
「性別は?」
「おめーおいらが女だったら口説くつもりかよ、へへっ」
「もししばらく氷が食えなかったらどうなる?」
「死ぬなぁ」
「世界政府のお抱えの研究員だったんだろ?」
「へっへ、簡単に抱えられるほど軽くはねぇことはおめぇさんがよく知ってるだろう」
「何を研究してた?」
「あー……しいていうなら、世界の真理についてってとこか。へっへ」
「おっさん今話しておけば拷問されずに済むぞ」
「拷問んん!? きれーなねーちゃんにムチで叩かれるあれか? さいこーじゃねぇか」
やはりこいつはイッてやがる。
これじゃあいつまでたってもらちがあかないな。
世界政府がアレだけ血眼で捜すくらいの人物なのだから、きっと何かしらの貢献はできるんだろうが、こいつを軍へ連れ帰っていっていいものだろうか。
スパイって感じじゃあなさそうだし、いいのか……?
どちらにしろ、革命軍に入って日も浅い俺が判断することじゃない。連れて行って、後は任せればいい。
「隣、いいですかねぇ」
俺の隣に、すっと一人の男が現れた。俺は咄嗟にいいですよ、と返す。
「ここの酒は、美味ですよねぇ……知る人ぞ知る、名店だ」
男は一人で現れたくせに、カウンターに腰掛けた後も話を振ってきた。こういう酒場では、初対面の相手でも交流をして、酒を酌み交わす、みたいなもんでもあるのだろうか。
面倒だな、と思いながらも、話をあわせるために体の向きを変える。男の姿が視界に入った瞬間、俺は言葉を失った。
「なんでお前がここに、とでも言いたげな顔ですねぇ、エル君?」
「――バイオスッ」
なんとその男は、俺の街へ侵略を進めてきた世界政府の男、バイオスだった。憎たらしい吊り上がった目と口元は健在で、にまにまと不敵な笑みを浮かべていた。
なんでこいつがここに、とか、世界政府に見つかった、とかいろいろな事が脳内を駆け巡る。が、咄嗟に判断した行為は、拳を振りぬくことだった。
パシィ。
脇から入った何かに俺の拳は掴まれた。バイオスは表情一つ変えずに微動だにしていない。
「はぁい♪ また会ったわね、おにーさん」
俺の手を掴んだのはあの狂った女……マリスだった。爪をはがされ耳を飛ばされ、腹を割かれた、アイツだ。
「だめじゃないですか。せっかくの再会を果たしたんですから……落ち着いて話でもしましょうよ。それとも、あの時の続きがしたくてたまらない、とか?」
バイオスは注文していた酒を受け取ると、一口含んで言った。
ぞっと背筋が凍るのを感じて、俺はマリスの手を振り払った。こいつらの目的はなんだ。何しにここに来た。いや、深く考えているヒマはない。
「おっ? どうしたんだ青年」
「逃げる。しっかり掴まれ」
俺はコージが手に持っていたグラスを奪い取ると、瞬時にマリスの顔に向かって投げつけた。マリスがそれ腕で受けると、グラスは飛散し酒が飛び散った。
「ああん! もぅ連れないわねぇ」
その隙をついて俺はコージを背負い裏口へと駆け出した。バイオスは動く気配はない。そこまではわかっていた。
「追いなさい。可愛がってあげるといい」
「や~ん、逃げるオトコノコを追うなんて、そそられるぅ」
……やはり、マリスが追ってくる。俺は肉体強化を限界まで進めると、力強く裏口を飛び出した。
外の景色が広がった瞬間、いくつもの銃口が目に飛び込んだ。裏口も包囲されていた。
だが俺は無意識の間に飛び上がっていた。まるでその銃の対応策でもわかっていたかのように、体が勝手に動き出し、突き出した両足が二つの銃を蹴り飛ばしていた。
「ぐっ!」
「なにしてる! 撃て!」
残る衛兵が咄嗟に銃を構えなおすが、俺は着地と同時に地面に手をつくと、足払いを決め相手の攻撃を阻む。
怯んだ隙に地面を強く蹴りだし、酒場の角を曲がる。銃の性質上、導線が通らないように逃げればなんとかなる。機動力はこっちの方がある分、なんとかなりそうだ。
「何あれ! 映画の撮影?」
「すごい動き! ワイヤーとか使ってんのかな」
街の住民が騒ぎに乗じてやってくるが、都合のいい解釈をしてくれている。
姿もろくに記憶しないだろうし、ここで遠慮して速度を落とす理由なんて無い。まずは一直線に街を抜ける!
俺は脚に力を込めると、銃の導線に気を配りながら走り抜けた。そこそこの速度が出る。
「ね、ねぇ。ワイヤーとか使ったらあんなけ速く走れるの?」
「さ、さぁ」
街を抜けると、大きな街道が目に入る。もう日も暮れる頃で、商人たちの姿も無い。
「青年、けっこうやるじゃねぇか、へっへ」
コージは俺を褒めてくれたが、正直に喜べない。さっきの動きは半ば無意識にやってる。鍛錬の賜物だと思いたいが、おそらく違う。”何か”に肉体を貸してから、少しおかしいのだ。
「そういうのは逃げ切ってからにしてくれ。まだまだ走るぞ」
「へっ? けっこう掴まってんのもしんでぇんだが」
「問題はアイツ」
俺は走りながらちら、と後ろを見た。やや後方だが、マリスが追ってきている。
「鬼ごっこ? いいわねぇ~」
「かくれんぼにしてくれれば助かるんだが」
俺には冗談を言うくらいの余裕があった。そこにはある嬉しい誤算が関係している。
そう、それは俺の逃げ足の速さ。
覚醒する前から足の速さには自信があったが、肉体強化もあいまってなかなかのスピードが出ている。
コージを背負いながらにも関わらず、マリスとの距離が縮まらない。マリスが覚醒者として熟練なのは察しているが、それでも追いつけずにいるというのは光明だ。
だが、これでは何の解決にもならない。
距離が縮まらないということは逃げ切ることもできない、ということだ。
どこかに身を隠そうにも、あの女に見つからないで済む確証が無い。
なら戦うか? バカを言え。俺が覚醒者として力不足なのは見えてる話だ。通用するのはこの脚力だけ。
「逃走あるのみ!」
俺はとにかく走った。己でもびっくりするくらいの速さだった。肉体強化を覚えてからというもの、殴打や蹴りはやったが全力疾走はしていなかった。これほどに動きが変わろうものなのか。
だがしかし、マリスはそれをついて離れなかった。やはり相当な使い手である。
「おっさん、もうちっと我慢してくれよ」
「お、おう!?」
俺は直線的に走っていたところを、急に角度を変えることにした。直線距離だと単純な速さの勝負になるが、くねくねと曲がると逃げる側が有利になる。誰だって経験するだろう。鬼ごっこでも、スピードは勝っているはずなのに、小回りがきくやつはなかなか捕まらない。
「あ~ん、厄介ねぇ」
マリスは後方でそんな声を出した。やはりこの作戦は間違っていなかったようだ。
「じゃあ、コレで対応~」
ちら、と後ろを伺うと、マリスの瞳が紫色に輝き始めた。”嫉妬”の能力行使である。
マリスは速度を落とさずに地面に手を添えると、そのまま爪で地面を削り取って俺の方へ飛ばしてきた。
一見砂を飛ばしているだけの攻撃に見えたが、よく見てみるとその砂は空中で形状を変え、棘のたくさんついた”まきびし”のようなものになった。
「まじかよ! まきびしを前に投げるってアリか!?」
本来まきびしは逃げる側の人間が通路に撒くことによって追っ手を遮るものだ。
だが今回は逆。追う側が逃げる側に向かって投げているのだ。
当然棘がついているので直撃すればやばいし、踏んでも終わりだ。
「ちょいちょい、俺が背中に乗ってるからって、避けるのサボんじゃねーぞい!?」
「わーってるって!」
運のいいことに、そのまきびしは回避できないレベルではなかった。右に進もうとすれば右に飛んできて、左に進もうとすれば左に。要は俺が方向転換への対策というわけだ。
――いいじゃねえか。お前はその調子で脳を使っていればいい。もしかしたら、俺にチャンスが回ってくるかもしれない。長期戦だ。
……30分くらいが経過した。カロリスを離れて相当な距離を進んだが、ざっと30キロ、というところだ。
その証拠に、テラたちと寝泊りをした第一ポイントの岩場が見えてきたのだ。
「はぁ、はぁっ」
だがそれは、不吉なことを示していた。
覚醒者も永久機関じゃない。
あくまでもヒトの延長線上にある存在。
コレは俺がテラから教えてもらった言葉だ。
遠征に出る前に、第一ポイントを設定する理由として述べていた。
覚醒者も人だ。当然、疲労する。腹も減る。睡眠も必要とする。
俺は山岳に上り中級解放を使っている。激しい動きも何度もした。
そして今。時速60キロ近くで人を背負いながら全力疾走を続けてきた。
本来常人ならば全力疾走なんて200メートルももたないだろう。それを無理やり続けてきたのだ。
――だから、限界がくる。
「く、くそっ」
「ど、どうした青年」
俺は急激にスピードを落とし、岩場の影に身を潜めた。コージも察したのか身をかがめている。
まずい。足が動かない。咄嗟に身を隠したが、全身の倦怠感が激しく、頭痛も始まった。
完全に副作用が発症しているのだ。もうまもなく筋肉痛も現れるだろう。そうすれば終わりだ。
「見つかってくれるなよ……」
俺の最後の祈りは、皮肉にも一瞬で打ち砕かれた。
「――愚かですねぇ、エル君。やはり犯罪者どもはそうやって、私の前でもがき苦しむ姿がよく似合う」
目の前に現れたのはあろうことか、バイオスであった。
「な、なぜお前が」
「くっくっく! くはははははははは! 本当に滑稽ですねぇ! その台詞は今日で2回目ですよ? 訊いてどうなるわけでもなし!」
「くっく、まぁ私は機嫌がいいから教えて差し上げますがね。簡単な話ですよ。マリスを使って、この場所に誘導しただけのことです。
振り切れず、だが決して捉えられずの速度で、ね。君はこう思ったんじゃないですか? 思ったよりも俺は足が速い、とねぇ!!!」
これまでの時間がフラッシュバックする。光明が見えた、気になっていた。
なんてことだ……俺は手のひらの上で踊らされていたってことか。あえて一定の距離を保ったまま、ここに誘導するために……あのまきびしの攻撃も、外していたんじゃない。俺がこの場所にまっすぐ来るように、仕向けていたんだ。
「君の最も愚かなところはこの私から2度も逃げおおせると思ったところでしょう。この私が、あのような屈辱を二度も受けるはずが無い!」
バイオスは無防備な俺の髪を掴んで引っ張り上げると、勝ち誇ったような笑みで続けた。
「私はあれから慎重に考え続けた。どうやって革命軍に復讐をしようかとね。そこでいいところに、君たちの目撃情報が入った。カロリスの酒場に私兵を置いていたものでね。棘路の山岳へ向かうこともそこで知った。
あとは逆算ですよ。シバーたちに博士の居場所を知らせ、棘路の山岳へが向かうよう仕向けた。君が覚醒者として成長していることも考え、今このように、脳を酷使させる算段を立てた!」
バイオスは俺から目線を切ると、チッと舌打ちをした。
「……唯一の誤算は、金髪の少年……テラがいないことですね」
俺の体が、テラの名前を聞いて強張るのをバイオスは見逃さなかった。
「んん? どうしましたかぁ? まさか、彼の身に何かが?」
くそ。前々から感付いていたが、こいつは読心術に近い何かを持っている。話術に長け、相手の心の隙を暴いてくる。
「まさかぁ、あのシバーたちに殺されちゃいました? で、君はその死体とお別れして、あの酒場にいたと? 儚い友情ですねぇ、ええ」
「てめぇ……」
「おっとぉ。怒らせるつもりは無いんですよぉ。ただ君がどういう反応をするかを見たかった。どうやら、彼の助けはなさそうですねぇ」
バイオスは今のやりとりでテラがここへ来れる状態じゃないことを察したようだ。
グリドたちも先に山岳を降りたところを見ると、相当疲弊したに違いない。誰かが支部に戻れたとしても、帰還したのが今から1、2時間くらい前……。この岩場までは3時間はかかる。援軍も期待できない。
今回ばかりは威勢を張れる状況じゃないな。誰も助けに来ない。信じられる自分も、最早こんな状態だ。
「さて、絶体絶命ですねぇ。もう打つ手なし、という感じでしょう。さぁ、観念してください」
俺は拳を握り締めた。
もし俺がここで諦めて、こいつの言うとおりにしたら、その先は地獄でしかない。テラを助けるどころか、革命軍の足を引っ張ることになる。
ならば俺にできることはひとつ。
「う、うおおおおおおおおおお!!!!!!!」
――今ここで限界を超え、華々しく散ることだ!
脳の酷使がなんだ。いいじゃねえか。脳がオーバーロードして死ぬのも悪くない。一矢報いることができるかもしれないし、死んでしまえば情報も外にはでない。
額の血管がぶちぶちと破裂し、脳に血が上っていく。視界が暗転したかと思うと脳裏で虹色の光が瞬いた。
あの時の感覚。これは、脳の許容量を広げた時の――。
脳が振動する。大量の映像が俺の脳を揺らす。
バイオスは驚いたような顔をして俺の頭から手を離した。
「な、なんですかコレは?」
「止めたほーがいいかも? やっちゃうね」
うっすらと瞼を開けると、マリスの足が見えた。くそ、何かつかめそうだってのによ。せっかく、もう少しで戦えるようになるってところで……
「追い込まれたときの人間の行動って、本当にそそられるものがあるけど、でも残念でした★」
チャラ、と鎌についている鎖の音が鳴る。最後のチャンスが断たれる――
――ゴキッ。
鈍い音がした。鎌の音……にしては鈍いな。脳が振動に耐えられず、頭蓋骨でも砕けたか?
にしては、俺の意識は少しずつ戻ってきている。相変わらず脳の状態は最悪だが、それ以外の変化は無い。
「それ以上はやめておけ。急すぎて体がついていかんぞ」
ああ、この声は。
「いった~い。腕折れちゃった~」
「な、誰だコイツは! マ、マリス! え、衛兵!」
どうやらマリスは彼の攻撃によって腕を折られたようだ。さっきの音は、そういうことだ。
「さて、ウォーミングアップも済んだ。リハビリってとこだな。フン……!」
俺は体をかろうじて起こし、その勇ましい姿を目に焼き付けた。
「フンフンフンフンフンフンフンフン!!!!」
急ピッチで陣形を組もうとする衛兵を恐ろしい速度でなぎ倒していくと、ものの数秒で十数はいた衛兵が地に這いつくばった。
腰を抜かすバイオスの目の前に一瞬で現れると、ギリ、と拳を握り締めた。
「ひ、ひぃ」
バイオスは情けない声を出し、失禁した。
地面をすくうように振り上げられた拳は、庇うように入ったマリスの交差する腕に直撃した。
「フンっ!!」
ボッ。
空気が破裂するような音と共に、マリスの体は宙に浮いて吹き飛んだ。数メートル先にある岩に背中をぶつけると、大きな音と共に土煙の中に沈んでいった。
「――よくここまで持ちこたえたな、元もやしよ」
絶望しかなかった戦場に、戦神は降り立った。




