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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第三章 遠征
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第三十話「破られた約束」

「まったく……なんてすばしっこい男だこと!」

「覚醒する前から……よっと! 脚力には自信があったんでね!」


 棘路の山岳、奥地に当たる開けた場所で、俺の戦いは続いていた。

 開けた場所、と言ったが、最初からそうだった訳ではない。

 初めてこの場所にたどり着いたときは、あたりは岩の棘でいっぱいだった。


「ほいっと」


 メディアが放つ光の矢。

 弾速が目にも留まらぬので、発射を見てからでは回避は不可能。

 だが能力発動の影響か、予備動作がわかりやすい。

 瞳に宿る光が強くなることに加え、指先に向けて光が集まっていき、そこで初めて放たれるからだ。

 冷静にさえなれば、回避は難しくなかった。


「これでは埒が明きませんよ? 私はあなたに近付かれまいと攻撃をしますが当たらない、あなたも近付こうにも近づけないのですから」


 そう、問題はそこだった。

 回避の性質上、左右に大きく跳ぶ必要がある。

 体勢を整えて、前進をしようにも、次の予備動作に入られる。

 もし俺にグリドのような攻撃を弾くほどの皮膚硬化ができれば話は別だが、俺はそこまで硬くない。

 次々と放たれる光の矢。それは俺の体を掠めては岩場に直撃し、土地を削っていく。

 これを繰り返している間に、地形は大きく変わってしまったということだ。


 だが、これを繰り返していれば必ず勝機はある。

 確かに奴の言うように近付くこともできない状態だが、相手からすれば捉えることもできていないし、攻撃を止めれば距離を詰められるということ。

 見方を変えれば、距離を詰めようとしてくる俺を、”かろうじて能力を用いて阻んでいる”状態だ。

 なら、いけそうだろ?


「おかしいね」


 ぼそり、と胡坐をかいていたテラが口を開いた。

 敵を目前に何をしているんだ、という状態だが、どうにも彼は無敵状態らしい。

 ”色欲”の能力だとは思うが、あらゆるものが彼をすりぬけていくのだ。


「目の光からすると、あれは中級解放に匹敵するくらい脳を使ってるハズ。飛ばしている弾も、ロズと同じメカニズムなら、限りがあるはず」


 テラの言葉に、以前したロズとの会話を思い出した。

 ”暴食”は”細胞を分け与える”ことができるが、それは治療にだけ使えるわけではない。

 体の一部を切り離し、弾として放つこともできるのだとか。

 中級解放を習得していくと、どの属性であろうと肉体変化をすることができるが、それはあくまでも”変化”に過ぎず、もともと無い器官を作り出したり、体から切り離したりすることはできないのだという。

 つまり、人間には無い翼や尾なんかは、肉体変化を用いても生み出すことはできないのだ。

 また、変化を応用しても、変化する細胞は体から離れることは無い。無理やり切り離しても、それはバラバラに消えてしまう。

 だが例外として”暴食”だけは、体から変化させた肉体を切り離しても、それを維持できる能力がある。

 だからこそ可能なのが、細胞を用いた”弾”だ。


 メディアは”暴食”の覚醒者であることは間違いない。よって、奴の放つ攻撃は、今述べた”弾”であることが推測される。

 だからこその破壊力だと、心底納得していた。

 だがその攻撃も、無限に行えるはずがない。肉体を切り離す、つまり能力の行使をするにも脳はダメージを負うはずだし、材料とする細胞も限りがあるからだ。


「食べてるんだ……」

「は?」

「見てよ、あれ」


 テラはすっと腕を伸ばし、削り取られた大地を指差した。

 俺はメディアの攻撃を回避し、地面を滑りながらその先を見た。

 破壊痕……であるはずのそれは、あまりにも綺麗に抉り取られているのだ。

 まるでアイスクリームを専用のアイスディッシャーですくった時にできる、丸いへこみのような……!


「奴の放った細胞は、その場を破壊してるんじゃない。食べてるんだよ。“暴食”のチカラなのだから、合点がいく」

「まてまてまて、確かに食べてるとしてもだ、それが……」


 そこまで言いかけて、はっとした。

 破壊するのであれば、それには膨大なエネルギーを消費するため、燃料切れもするだろう。

 頑丈な大地も、脆いところとそうでないところがある。爆薬で削り取ろうにも、ああも綺麗に削れるはずが無い。

 だが、“食べる”のであれば。食べたモノは分解され、エネルギーとして吸収される。

 破壊ではなく、分解だとするのであれば、あのような痕になってもおかしくないのでは?


「まじかよ……」

「ようやく気づいたようですね」


 メディアはふっと口角を吊り上げながら、容赦なく攻撃を繰り返す。

 回避。

 回避。

 回避。

 幾度なく回避しようが、攻撃は一向に止まない。奴は吸収したエネルギーを再利用して放っているのだ。止まるべくもない!



「うーん。作戦変更かなぁ」


 テラは顎に手を当てながら、困ったように口を開いた。


「おや、諦めるのですか? このまま消耗戦を続けるつもりだったのでは? それなら勝ちの目があったと思いますが」


 消耗戦……相手が本当に”食べている”とするのであれば、燃料切れはあり得ない。

 しかし、相手は攻撃ひとつひとつに能力の発動をしている。とすれば脳には少しずつ疲れが蓄積していくはずだ。

 副作用が出るレベルまでいけば……。


 俺はあの強烈な筋肉痛を思い出していた。中級解放の副作用。

 防御どころじゃない。その場で寝そべっていることしかできなくなるあの状態。

 そう考えると、こちらは頭痛、吐き気で済む分、利があるってもんだ。

 だがテラは、そんな俺の読みを振り払うように、首を横に振って見せた。


「お姉さん、嘘つきだね。そんなこと微塵も思っていない。心を覗いても一切の焦りが見えないし、あれだけの回数矢を放っているのに、汗一つかいていない。副作用はかなり軽減していると見ていい」

「フフ」


 軽減……!?

 俺なんてちょっとネコと戦っただけで、あんなけの筋肉痛に襲われたというのに、あれだけの能力行使を行いながら、全く問題ないって言うのか?

 確かに、副作用は脳の許容量を増やせば軽減することが可能である……。しかしあれだけの連続行使をしても問題ないという段階に達するには、どれだけ脳を広げればいいってんだ?

 初級解放の頭痛でさえ、”ちょっとはマシ”な状態にするのにアレだけの苦労をしたのに、更なる上の中級解放の副作用を、軽減?

 まともに動けなくなるようなあの筋肉痛をもってしても、汗一つかかないだと?


 にこり、と不気味の微笑むメディアの表情に背筋が凍った。

 ずず、と彼女の体が巨大化していく。

 俺の中でのイメージが、彼女の強さが、覚醒者として格上であることが、俺を押しつぶす。


 ――一体、どこまでのレベルに達しているんだ。”必要悪(ネセサリービル)”は。


「メディアよ、もう時間もない。手を貸すのを拒むのであれば、それなりにさっさと終わらるべきだ」

「……わかっています」


 アルギエバもテラと同じように岩陰に腰を下ろしていた。退屈そうに欠伸をしながら、こちらを見やる。

 メディアはひとつため息をつくと、指をこちらに向けた。攻撃再開か。どちらにしろ、慣れてしまった今、その程度は余裕で対応できる。


「ごめんなさいね、私、男性が嫌いなので」


 指先に光が集まる。俺は回避行動に出る、が……心なしか発射のタイミングが遅い!?


「拒むことを優先してしまいました。自分から、叩き潰せばいいものを」


 その言葉と同時に、光は放たれた。

 直線軌道のそれは、左右に飛ぶことで難なく回避をすることができた。

 が、直後頬に鈍い痛みが走った。勢いよく俺は転げまわり、ばっと顔を上げた。

 ズキリ、と響く頬の痛みと同時に、俺がメディアに蹴り飛ばされたことを察した。

 彼女は回避行動をとった俺の隙をつき、体勢を整える前に距離を詰めて蹴りをお見舞いしたのだ。

 女性の蹴りとはいえ、肉体強化を加えたもの、ましてや顔面だ。くらり、と視界が揺れる。


「エルッ!」


 立ち上がったエルが叫んだ時にはもう遅かった。

 メディアはよろめいた俺に光を溜めた指先を向けていた。

 体勢不十分。次の回避は、不可能……。


「ヤベ」


 無情にもその光は俺を包み込んだ。





「エル。人の上に立つものに、求められるものはなんだかわかるかい」

「はぁ?」


 俺は親父との会話を思い出していた。

 確かこれは、俺が15歳くらいの時だった。反抗期だった記憶がある。


「リーダーシップ?」

「それも必要だね」

「気配り?」

「それも必要だね」

「強さ? 優しさ?」

「それらも必要だね」

「なんだよもう」


 くだらない問答のように感じながらも、俺は真面目に答えていた。

 滅多に帰ってこれない親父にとって、息子と話せる貴重な時間だ。

 反抗期だからといって無碍にするのもかわいそうだろう。一人息子なりの親孝行。


「父さんの働いているところではね、父さんはそこそこ偉いんだ。人の上に立っているんだよ」

「働いてたのか?」

「おやおや、確かに家をよく空けるかもしれないが、お金を稼いできているだろう」

「妻にも話せないような仕事で自慢されてもなぁ」

「はは、ま、エルにもわかる日が来るよ」

「……あそう。で、結局なんなんだよ」


 親父はにっ、と笑みを浮かべて口を開いた。


「”自信”だよ」


 ほぉ、と心の中で相槌をうつ。


「自信家な人間はね、失敗を恐れないんだ。というより、失敗すると思っていないんだ。一見高慢ちきに捉えられるかもしれない。傲慢と言い換えてもいい」


 自信家、と言われて、自分を思い浮かべた。

 人間を自信家とそうでないグループとにざっくり分けるとすれば、間違いなく俺は自信家だと断言できる。

 一度思ったことは曲げたくない頑固さやプライドの高さなんてものがあるのだ。


「しかしね、それは逆なんだ」

「逆?」

「最初から自信満々な人なんていると思うかい? いないだろう? 重ねてきた成功経験が自身を肯定し、自信になる。逆に失敗を繰り返してきた奴は何事にも尻込みしてしまう。失敗が怖いからね」

「つまり、成功し続けてきた人間こそが自信家ってことか?」

「そうだね。中にはもっとすごい人もいるよ」

「すごいやつ?」

「うん、失敗を知らない人間だ」


 そんなやつ、いるのかよ、と思った。

 誰だって一生のうちに何度も失敗を重ねるものだ。それを乗り越えてこその成長だと思う。

 失敗を知らない人間がいるとすれば、それは成長していない人間なのではないか。


「息を吸うように、成功を重ねる。どんな困難にぶつかろうとも、なんとかなってしまう。

 面倒なことは勝手に片付き、ことが思うがままに進んでいく。エル、君がもしそんな人間だったら、謙虚でいられるかい?」

「……」


 無理、だろう。謙虚である必要がない。

 謙虚さは一種の保険だ。自信満々に事を起こして、失敗しましたってのじゃ洒落にならないから、少し自信なさげに保険をかける。

 失敗の経験があるからこそしり込みして、他に先を譲る。

 だが失敗を知らなければ、そんなものは必要ない。

 どんなスタンスで過ごそうが、順風満帆に物事が進んでいくんだからな。


「傲慢であれば傲慢である人ほど、天性の能力やセンスが備わっているものなんだ」

「ふぅん、会ったことないから何とも言えねぇな」

「そんなことはないだろう、あるよ、エル」


 親父はもう一度にっと笑って、指先を自分に向けた。

 俺は横目にそれを見ながら、あたたかいお茶の入った湯飲みを口につける。


「父さんが、そう」

「ぶっ!?」


 あまりの発言に、俺は口に含んだお茶を吹き出した。


「さっきも言ったろう? 父さんは今偉い立場にある。成功を続けてきた。息を吸うように成功をしてきた」


 正直、親父のことをあまり知らない。

 小さい頃愛情を注いでくれたことは覚えているが、こう大人に近付いてからは、会う機会も減り、こうして少しの会話だけの関係だ。

 なんの仕事をしているかもわからないし、そんな成功してきた人間だと言われてもわからない。


「あんなにも美しい妻を迎え、そしてお前が生まれた。全てが成功だと思わないか?」

「俺たちを置いて居なくならなきゃいけないことが、成功かよ」

「ははは、一本とられたね、これは」

「……笑えねえぞ」


 親父は愉快そうに笑う。その表情だけは、どうしても嫌いになれなかった。

 じっと横目にその笑顔を見つめていると、すっと表情が硬くなった。


「――父さんは失敗しない。だからこれは成功だ。エル、いつかわかるよ」


 そういい残して、父さんはその場を後にした。


 今の今まで、あの言葉の真意がわからなかった。

 なぜあの時、自信家の、傲慢な人間のことを話したのか。

 なぜあの時、自分がその傲慢な人間であることを打ち明けたのか。


 でも、そろそろ知らなきゃいけない時が来たんだと思う。

 父を追うように革命軍に入り、父を追うように鍛錬を重ね、父を追うように”傲慢”に目覚めた。


『エルさん』


 突如、リルーネの声が脳裏に響いた。

 昔の思い出の映像はぐにゃりと歪み、現実へと引き戻される。

 走馬灯にしては短い。一生のうちのほんの1シーンだ。だったら俺は死んではいない。


『エルさんは、失敗しません。もし何かがあなたの自信を壊そうとするのであれば……』


 胸が熱くなった。




『私がそれを消し去りましょう』




 ――その言葉と同時に、視界がクリアになる。

 メディアの放った光は俺の肉体を包み、皮膚をめりめりと剥がし始めた。

 まさに分解だ。焼けるような痛みとともに、果てしない喪失感が襲ってくる。

 このまま分解が進めば、俺は奴の栄養となってしまうのだろう。楽観視などできるはずがなかった。死は目前だった。

 なのに、どうしてだろう。さっきから胸が熱く、その熱さからか、不思議と焦りは感じていなかった。


 これか。この感覚か。親父の言っていた、失敗しないってのは。

 俺は親父のように成功体験を積み重ねてきたわけじゃないし、失敗しないなんて言い切れるような自信家じゃない。

 でもこの場に立つ今も今まで、できる限りのことをやり、困難を乗り越えてきたつもりだ。

 その自分が、どうにも誇らしい。こんなところで終わりを迎えるなんてことが、信じられないくらいに。


 何度だって言える。俺はこんなところで死なない。俺ならこの状況を……乗り越えられる。


 そう思った瞬間、胸にあった熱は全身に広がり、光に変わった。

 全身を包む黄緑の光が塗り替えられるように白へと変わり、キィンと甲高い音をたてて消えた。


「ふぅ」


 俺はそこに立っていた。

 直撃したはずのメディアの弾は俺の皮膚を数ミリ削っていったものの、軽い火傷程度しか与えられていない。


「な、なんです、それは」

「何って言われても、なぁ……」

「おどけないでください! 確かにあなたは、私の攻撃を受けた! それも正面から! 耐えられるはずが無い!」

「よくわかんねーけど……」


 俺は両腕に光を纏うと、口を開いた。


「あんたの能力が、俺の成功に都合が悪いから、消えてしまった、みたいな?」


 自分で言ってて恥ずかしい。

 が、俺自身よくわからないのだから仕方が無い。

 ネコの時のように、俺にとって障害となりうる現象を排除した感じだ。


「とにかく、ようやく反撃できる」

「ち、近寄るなッ!」


 俺がそう呟きながら一歩前に出ると、メディアは怯んだ様子で叫びながら光を放った。

 光は直進する……ならばそこに合わせればいい。

 不明瞭な点が多い俺の能力だが、わかることとすれば、この白い光は相手の能力を打ち消せるようだ。

 飛んできた光は俺の腕を纏った光に触れると、高い音と共に消えた。

 発動の条件はわからないが、少なくともメディアの能力は打ち消しの対象のようだ。


「ぐっ……近寄る……なぁ!」


 次から次へと放った光が、ことごとく打ち消されていくのを見て、メディアは怯えきっていた。

 心なしか彼女の頬は細く痩せこけている。つまり、彼女の食事は成功をしていないのだ。無限とも言えた攻撃のサイクルが途絶えたことを表す。

 だからこそ彼女は能力を行使すればするほど細胞を失っていくのだ。


「女を殴るのはつれぇけどッ」


 震えきっていたメディアの懐まで入ると、強く握り締めた拳を振り上げた。拳はメディアの腹部にめり込み、鈍い音と共に体を吹き飛ばした。


「ガハッ!」


 メディアは宙に舞いながら血を吐き出すと、背中から地面に着地した。様子を見るが、ぴくりとも動かない。


「わぉ、一撃とは、やるねぇエル」

「自分でも驚きだ」


 テラはその場をすっと立つと、俺の方を見て微笑んだ。


「覚醒者ってのは皮膚硬化を持っているから、普通の打撃じゃあそこまでダメージを与えられない。彼女が皮膚硬化の得意ではないタイプだったか、その光のせいか、だね」


 テラが指差したのは俺の腕を纏う光だった。肘から指先までを漂うように揺れている。


「はっはっは」


 突如、低く重い声がのしかかるように響いた。


「白か。記憶の片隅に、見たことがあるくらいか……面白い」


 その声の主がアルギエバであったことを知ったその瞬間、俺は宙に浮いていた。ぐり、とものすごい力で頭を掴まれ、持ち上げられていたのだ。


「エルッ」

「静かにしたまえ」


 アルギエバは片足を軽く持ち上げると、地面を強く踏みつけた。

 たったそれだけの動作なのにも関わらず、まるで地震が発生したかのように周囲は揺れた。

 テラの姿はゆらりと揺れて消えてしまった。やはりアレは幻覚だったようだ。だが、この地震によってそれがかき消されてしまったようだ。


「これならどうかね」


 アルギエバは持ち上げた俺の目をまっすぐに見て微笑むと、目を橙に光らせた。

 じわり、と熱が頭に集まってくる。

 この感覚、前にも体感したことがある。クロシェル隊長に施された、荒療治。

 ”強欲”による振動破壊が来る前兆だ。

 俺は反射的に腕の光を移動させていた。今にも襲い来る振動を守ろうとするかのように、掴まれている頭を光が覆った。


「”頭震(ヘッドクエイク)”」


 頭の熱が最高潮に達した瞬間、アルギエバはそう口にした。来る、そう思った瞬間、あの甲高い音が鳴った。

 思わず目をつぶっていた俺はゆっくりと目を開けた。そこには異形とも思えるほど歪んだ表情があった。

 アルギエバは、笑っているようだった。厳密に言えば、あまりの嬉しさに、堪えきれないほどの筋肉の震えを無理やり押さえつけているような、顔。

 ゾッと鳥肌が立つと同時に、腹部に激痛が走った。アルギエバのもう一方の拳がめり込んでいた。喉に熱いものがこみ上げてきた。


「お前は()()()側だ、どうだ、付いてこないか」

「へっ」


 俺はこみ上げて来たものをぐっと飲み込んで息を吐いた。


「くそくらえ」


 俺がそう呟いた瞬間、上空からひとつの影が垂直に降りてきた。


「むっ」


 それを回避するようにアルギエバは俺の頭を離すと、着地したそれを見てふむ、と息をついた。


「うちの部下を勝手にスカウトするのはやめてもらえます?」


 テラはアルギエバの前に立ち、そのまま距離を取るように俺を掴んで後ろに飛んだ。


「私の心を覗いておきながら歯向かうことができるか。君もこちら側かな?」

「こちら側ってなんだよ……」

「ふぅむ。もう少し戯れていたいところだが、彼女もご立腹のようだし、時間も時間だね」

「彼女?」


 アルギエバはすっと横に移動すると、その背には立ち上がったメディアがいた。

 頭を垂れ、前髪が顔を覆うようにして揺れていた。足は震え、今にもバランスを崩しそうだ。


「触れた……」


 小さな声が、すっと通り抜けた。


「触れましたね!!!!」


 ばっと顔を上げた彼女の顔は、悲惨なものだった。それは表情が、ではなく、皮膚にぷつぷつと異様な模様が現れていたからだ。まるでアレルギー反応でも起きたかのようなその皮膚は、真っ赤に変貌していた。


「コレだから男は……ああ、鬱陶しい。くそ、くそ、もっと間引かなくてはいけない……」


 間引く……?

 その言葉を聞き取った瞬間、頬を何かが通り抜けた。背後で緑の光が膨れ上がり、地形が大きく変化した。

 まさか、撃ったのか? あの光を? 彼女の腕はぶらりと下がったままだ。予備動作もなにもなく、光の矢を撃ったのか!?


「私たち女性は弱い。男性に比べれば、圧倒的に力がない。だから抵抗することができないのです、その牙が突き立てられようとも」


 メディアは語り始めた。


「おかしいとは思いませんか……女性は腹の中で丁寧に子を育てるように作られた。莫大なエネルギーと時間を引き換えに、ようやく子を産めるのです。それに比べて男はその子種を提供するだけで済む。時間もエネルギーもそう要らないのです」


 彼女はすっと手を自分の腹に添えた。


「女性は子を選べない。なぜなら、男は非情で醜い存在だからです。力が強いことをいいことに、無理やり押し倒し、拒む私たちを抑えつけ、子種を植えつける」


 ……強姦ってことか。


「私はこのシステムに納得ができない。子孫を育む上で、女性も男性も平等に子を選ぶ権利がある。より有能な子孫を産むために、そこは平等であるべきです……だがそうじゃなかった」


 力の優劣という概念がある以上、どれだけ劣った子種であろうと、女性は拒むこともできずに孕まされることがある。そこには、女性の意思は反映されない、か。

 その上、その子を産むにも降ろすにも、莫大なエネルギーを消費するのは女性だけだ。そのとき男は何をしていようと関係ない。もしかしたら別の女性に種を植え付けることだってできるかもしれない。

 そう思うと、優秀な子孫を残していく必要がある生物にとって、その力の優劣だけあきらかにおかしい。優秀なものは優秀なものと結ばれ、子を育むべきのように思えるが、それが成り立たない。


「だから、間引いたんだね。多くの男性を、手にかけた」


 テラは静かな声で呟いた。

 覚醒して力を身に付けた彼女ならば、その力の優劣は覆せる。

 だから彼女は選んできたはずだ。その目で定め、優秀か無能かを秤にかけた。優秀であれば生かし、無能であれば――。間引くってのは、そういうことだ。


「あはは! 察しがいいのはいいですね、生かす価値がある。あなたも、あなたも、優劣で言えば優れた男性なのでしょう」


 メディアはふつふつと荒れる皮膚を指でなぞりながら、俺たちを見た。


「ですが、私たちの行動を阻むというのであれば、同じです……間引くべき、劣った男!!!」


 メディアの周囲に、光の弾が出現した。その数、百はくだらない。

 まさかあの弾が発射されるというのか? そんなことをすれば、回避どころじゃない。確かに俺の能力を使えば弾は消せる。だが、俺の能力が発動するのは光を纏ったところだけ。

 さっきまでは直線的で、予備動作もあったため的確に対処できたが、今回は無差別砲火ってやつだ。無傷の保証がない。また、テラも無事ではすまないだろう……!


「落ち着きたまえ。やりすぎだ」


 トン、と音がした。


「そこまで脳を酷使する必要はない。いくら君でも、上級となれば副作用を生むだろう。時期尚早だよ」


 素早い手刀がメディアを捉え、彼女は太い腕に抱えられるように倒れた。メディアを止めたのは、あろうことかアルギエバだった。


「すまないね、このままでは山岳が消し飛ぶところだったろう。ここは重要な地だ。さて……」

「アルギエバぁぁぁぁレオック! 見つけましたよぉぉぉ!」

「時間が来たようだ」


 道の向こうから大声を上げながら走ってくるのは、紫の髪を持つ眼鏡の男だった。服装からするに、世界政府の男……!


「まずいねぇ、これ」


 テラの額に一筋の汗が垂れた。

 目の前には、強大な力を持った必要悪(ネセサリービル)

 背後には、目をぎらつかせた世界政府。今は一人だが、すでにここは包囲されていると見ていい。やがて援軍が到着するとも読める。この男はアルギエバを追ってきたようだが、アルギエバたちは逃走する構えだ。ここに居座るのはよくない。


「カストール。片方でいい」

「はいはーい」


 その声が聞こえた瞬間、テラの背後に少年の姿が現れた。すっと差し出された先にはナイフがあった。


「ぐっ!?」

「不意打ちっていいよねぇ。硬いハズのおにいさんの体もさくっと刺せちゃう」

「テラッ!?」


 テラはそのままぐらりと倒れ、カストールと呼ばれた少年はその体を支えて、素早くアルギエバの下へと運んだ。

 その表情には見覚えがある。山岳入り口の森へと逃げ込んできた少年だ。まさか、必要悪(ネセサリービル)の一員だったのか!?


「よっこらせ、僕には重いよ」

「ふむ、貸しなさい」

「ほい」


 テラはぐでっとした状態で、まるで荷物のように軽々しく扱われていた。

 刺されたナイフに毒でも塗ってあったのか、体に力が入らず、瞼も今にも落ちそうな状況である。


「メディア、ねてるの?」

「ちょっとやりすぎてな。ところでカストール、戻りが遅かったね」

「へへ、遊んでもらってた。病気の人がいてねー楽にしてあげようかと思ったんだけど、ちょっと叩かれちゃった」

「はっはっは、おいたが過ぎたな」


 くそっ、のんきに会話しやがって。

 とにかく、テラが捕らえられた。大問題だろ。こういう時はどうすればいい。助けるか?

 いや、無理じゃないか? メディアは気を失っているといえ、向こうにはアルギエバがいる。例の少年も加勢したわけだ、今の俺が飛び込んでなんとかなる状況じゃない。

 どうすればいい、どうすればいい。こういうときに頭が回らない自分が情けないッ!

 くそ、頭を使うんだろ、指示を出すんだろ、テラッ! 何寝てんだよ! お前が指示を出せば、俺が動くからッ!


「では、諸君。生きていればまた会おうじゃないか」

「く、ま、まてっ!」


 俺は力なく腕を伸ばした。足が震え、上手く前進できない。

 その様子を見たのか、アルギエバはにっと笑って背を向けた。


「エ、エル……」


 肩に担がれたテラが何かを口にした。

 まかせろ、お前を救うためなら、どんな無茶難題だってやってみせる! だから、早く! 


「――約束、守れなくてごめんね」


 は?

 なんだよそんなこと。謝ったってこの状況を打破できるわけじゃないだろ?

 なぁ、お前ならいい案、思いつくはずだろ。それがお前のいいところじゃないか。



 ――おい。



 テラは、そのまま山岳の奥へと連れ去られた。

 追わなければ、もう見つからない。

 世界政府が本気になっても見つからなかった、諸悪の根源。

 テラを取り戻すチャンスはここしかない。


 ……なのに、俺の足は震えて言うことをきかなかった。あの大男に歯向かうことを、肉体が拒否していた。


 どんな困難だって、二人で協力しながら乗り越えてきた。

 世界政府に捕まった時はやべぇと思ったけど、テラは思った以上にすごいやつで、なんだかんだうまくいった。

 これが親父の言う失敗しない、ってことなんだって思ったよ。


 なぁ、親父。


 失敗しないってなんだよ。

 成功しかしないってなんだよ。


「く、くそぉ……」


 山岳の奥を映した景色が歪んでいく。

 友の姿は、もうどこにもない。


 ――これが成功だって、言うのかよ。





第三章「遠征」完。

更新まで時間がかかってしまい、申し訳ありません。

第四章の方も鋭意執筆していきます。末永くお付き合いください。

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