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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第三章 遠征
32/46

第二十八話 「カストールとポルクス」

 

 とある少年の話がある。


 彼の名前はカストール。

 ある平和な国で生を受けた。

 ただ、その生まれは普通ではなかった。


 彼には兄弟がいた。

 母親の胎の中で血を分かち合った、双子の弟だ。


 彼は弟よりも先に生まれ、産婆に抱きかかえられ、元気に泣いた。

 すぐに彼はとなりの助手に渡されると、泣きながら弟を待った。


「さぁ、あと少しだよ! ふんばりな!」


 産婆は腕をまくる仕草をすると、すぐにもう一人を引っ張り出そうと意気込んだ。

 まもなく八十になろうかという、老婆であった。

 それだけに産婆としての経験は豊富だった。

 抱え上げた赤ん坊の数は千を超えているほどだ。


 それだけに、色々なものを見てきたし、手も汚してきた。

 しかしそれこそが産婆の仕事であると、胸を張っていた。


 生まれてきた弟の姿を見て、産婆は顔色を変えた。

 そして心なしか腕に力を込めて、悲しそうに口を開いた。


「だめだね、こりゃ。死産だ」


 カストールの弟は、奇形児だった。

 生まれるその瞬間まで息をしていた彼は、この世に生を受けた瞬間に、息を引き取った。


 カストールの誕生を祝う気持ちも、弟の死を悼む気持ちもあり、その場は複雑な空気に包まれたという。


 ――ただその最中、カストールだけはじっと、産婆を見ていたのだという。開くはずもないその小さな目で……。


 カストールの家族は、弟の分も愛情を注ごうとした。

 だが、悲劇はそれで終わらなかった。

 カストールの脳に、小さな腫瘍が発見されたのだ。


 そのせいもあってか、カストールは自閉傾向にあった。

 運がよかったのか、他と変わらないように成長をし、言葉も習得した。

 この不気味な腫瘍が、何を意味しているかは医者ですらわからなかった。


 カストールは人の気持ちがわからなかった。

 痛いという気持ちも、嫌だという気持ちも、怖いという気持ちも、一切汲むことができなかった。


 自閉症である子は、自分の殻に引きこもりがちであり、こだわりが強い傾向にある。

 カストールは他とコミュニケーションがとれないながらにも、ひとつのこだわりがあった。


 それは、ほんの悪戯だったのかもしれない。


 カストールは、4歳にして、幼児を一人殺した。

 これは知られていない事実だが、カストールによる犯行であった。

 ほんのいたずら心。毒のある虫をすりつぶし、食べ物の中に入れただけだ。


 苦しみながら悶える幼児を横目に、カストールはただそれを見ていたという。虚ろに開いたその小さな目で。


 不気味がられるようになったカストールは、自室で育てられることになった。

 この子はどこかおかしい。普通の自閉の子とも少し違う。両親がそう思ったからだ。


 彼のこだわり(イタズラ)は留まることを知らなかった。


 窓から植木鉢を落として通行人の頭に直撃させたり。

 料理をしている母を後ろから掴み、包丁を奪ったり。

 天井の電球を取り替えている父が乗る脚立に体当たりをしたり。


 イタズラが過ぎる。

 そういわれても仕方が無いほどに、彼のイタズラは大きな被害を及ぼした。

 いつしか両親でさえ愛想を尽かし、カストールは遂に監禁された。



 ある雪の降る冬のことだった。



 カストールは、手のひらに載せたロープを見つめていた。そのロープは天井にくくりつけられている。


 監禁されてから、かなりの月日が経っていた。

 だが彼の見た目は15の時から変わっていなかった。

 脳の腫瘍が、ようやく牙を向いたようであった。


(なぜ、僕のような不完全な人間が生まれるんだ?)


 彼は彼なりに悩んでいたのかもしれない。

 悪意の無い、純粋な興味だったからだ。

 それで誰かが苦しむということも、彼には理解できなかったのだから。

 だからこそ、自分が置かれている状況にひどくストレスを抱えていたといってもいい。


(ボクがイジワルされるのは、ボクがおかしいから?)


 なぜ、障害を持って生まれてしまったんだろう。

 こんな苦しむ生活を送るために生まれてきただろうか?



(ボクがおかしいなら、なぜ生んだ? なぜ育てた?)


 カストールは健常者を妬ましく思うようになっていた。

 そして、障害を持つ自分を呪うようになっていた。


「はじめからあってはいけないんだ……この世には、産まれてくるべきでない命が、たくさんある」


 自分もその一つなのだと、悟った日だった。

 カストールはゆらゆらと動き出し、ロープを首に回して、小さな台を蹴った。

 がくんと体勢が伸び、動脈が絞められる。

 一瞬で視野が真っ白に変貌し、カストールは瞼を落とした。


 その時、朦朧とする意識の狭間に、カストールは見たのだ。


「兄ちゃん」


 それはこの世にいないハズの、(ポルクス)の姿だった。

 カストールはもし今頃弟が生きていれば、こんな姿だろうと思い描き、

 そしてまた、自分を一人にして閉じ込める事はないだろうと信じていた。

 その弟が、思い描いたままの姿で現れたのだ。


「兄ちゃん、死ぬのはまだ早いよ」


 そう言って、ポルクスは微笑んだ。


 カストールは思わず涙を溢れさせた。

 最早、この世なのかあの世なのかもわからなかった。

 だが、監禁され孤独を味わっていたカストールにとって、弟が見せてくれた笑顔は、彼が最も求めていたものであった。


「楽にしてあげないといけない命が、たくさんあるんでしょ?

 それは兄ちゃんだけじゃ、ないんだ。みんな、待ってるよ」


 ――ああ、そうか。

 ここで自分が死んでも、何にもならない。

 精々両親にとっての荷物が消え、煙たがっていた奴らがほくそ笑むくらいだろう。


 これは、使命だ。

 生まれてくるべきでない命を、この手であの世に返してやる。

 自分が、今も苦しんでいる障害者たちを楽にしてやらなければいけないのだ。


 カストールは強く頷いた。

 ギリ、とロープが首に当たる感触を覚え、我に返ったカストールは己の状況に驚いた。


 ロープは首に巻かれ、足は地についていない。

 まさに首を吊っている状況であるのに、苦しさは微塵もなかった。


 ――この瞬間、覚醒者カストールは誕生した。


 彼の皮膚は恐ろしく硬くなり、ロープはギリギリと軋みながらも皮膚にひとつの傷も付けられないでいた。


 宙に浮いたまま、カストールは目を閉じた。

 数秒後、彼は目を開けて行動を開始する。


 彼は色んなことを悟った。

 目を瞑れば、いつでもポルクス(大罪因子)と会えるということ。

 弟は、異能の使い方を教えてくれること。

 異能を用いれば、もっともっとイタズラができるということ。

 そして、そのイタズラで、簡単に命を奪うことができることを。



 カストールは監獄の中で黙々と脳を鍛え、覚醒者としての力を溜めていった。


 明くる年の晩。

 カストールは監獄を抜け出した。

 彼にとってはたやすいことだった。


 カストールは嫉妬の覚醒者である。

 彼は健常者に対する妬みのエネルギーを用いて、ひとつの人形を作り上げた。

 目に見えないほど細かい磁石の粒子をエネルギーで繋ぎ合わせ、ひとつの塊をつくり上げた。

 目には見えないが、力を及ぼすことのできる、彼の分身が完成した。


 分身は、作り出すのに時間がかかったが、一度作り出せば長時間機能した。

 一つの塊ではあったが、もとは細かい磁石の粒なので、少しの隙間さえあれば分身を壁の向こう側に移動させることも容易い。

 カストールは分身を用いて、閉じ込められていた部屋から飛び出した。


 カストールが真っ先に向かったのは、ある病院だった。

 病棟の明かりは消え、患者は寝ている時間帯だ。

 彼はその外壁をよじ登り、とある部屋に忍び込むと、ひとつのベッドをのぞき込んだ。


 そこには1人の老婆が横たわっていた。

 数々の装置を繋ぐことで、かろうじて生命を維持しているようだ。


「やっと、来てくれたのかい」


 老婆はうっすらと目を開けて、カストールの姿を見て弱々しく呟いた。


「死神なんかじゃあないよ。天使でもないけどね」


 カストールがそう返すと、老婆は口元を少し上げて言った。


「わかってるさぁ。あんたらは、あたしが取り上げたんだ。カストール、だったかね。大きくなったねぇ」


 老婆は大きく成長して姿もわからないはずのカストールの名を呼んだ。


「これでも、成人してるんだ。障害があって、僕は成長できない」

「ああそうかい。それはぁ、すまなかったね……障害を持って生まれること以上に、不幸なことは、ない」


 老婆は悲しそうな顔をして、謝った。

 なぜ一人の産婆でしかない彼女が、カストールに謝ったのか。

 カストール本人はわかっていた。


「ごめんねぇ、あんたを殺してやれなくて。弟のように、ね」


 ポルクスは生まれたとき、実は生きていた。

 明らかな奇形児だったが、息はあった。

 ゆっくりと口を開け、産声を上げる瞬間。

 産婆はぐっと手に力を込め、命を奪ったのだった。

 カストールは、それを見ていた。開きもしないはずの、あの目で。


「あたしを、恨むかい?」

「ううん。感謝してる。ポルクスは生まれなくて済んだし。ボクは生き残ってしまったけど、これからさ。

 婆さんの代わりをやろうと思う。僕のやり方で」

「……ああ、そういうことかい」


 産婆の、代わり。

 生まれてはならない命を、絶つ。

 生まれるべきでなかった命を、絶つ。

 その、汚れ仕事を。


「じゃあ、頼むよ……」


 産婆はにこりと微笑んで、もう一度だけ口を開いた。


「――あたしを、殺してくれ」

「うん。そのために来た」


 カストールは、老婆の命に終止符を打った。

 感謝していたあの老婆を、一番に楽にしてやったのだ。

 カストールはすっと病院の中へ姿を眩ました。


「病気で苦しむくらいなら、楽になった方がいいよね?」


 ぼそり、と声を漏らしながら。


 夜明け。

 その病院にいた患者たちは、冷たくなった状態で発見されたのだった。



 カストールはそれからも意欲的に活動をした。

 障害者を殺し、病人を殺し、邪魔する者も殺した。

 中には助けを請う者も、まだ死にたくないと意思を表した者いた。

 だが、カストールにはその気持ちがわからなかった。

 彼にとって、障害や病を持っているものは、平等だった。

 平等に、殺すべき対象だった。


 彼はそれから同志(アルギエバ)達に出会うわけだが、それはまた別の話である。


 そのカストールが、ロズ達の前で牙を剥いたのだった。



 -----------------------------------------------------------------------------



「ねぇ、おねえさん? なんでわかったの?」


 ナイフをくるんと指の上で回転させながらカストールは尋ねた。

 彼は能力発動中、常に顔を伏せていた。

 よって目が紫に灯るのも見られてはいなかったハズだ。

 そして、自分の身なりもある。

 誰が見ても、15そこそこの容姿である。間違っても成人しているようには見えないハズだ。

 よって、覚醒しているわけがない……つまり、警戒に値しない人間なのだ。

 だがロズは、初めからわかっていたように即座に反応し、立ち上がったカストールの奇襲を防いだのだ。


「教える義理、ある?」


 ロズは両腕を銃に変異させ、構えを取る。


 カストールの正体に気付いていた訳ではなかった。

 ただテラとの別れ際に、こういわれたのだ。

「その子、演技してる。それと、覚醒してるからね」

 ロズはその言葉を受けてずっと考えていた。

 なんでこの身なりで覚醒者なの?

 という疑問は投げ捨て、とにかくテラの言うように捉え、警戒を怠らないようにした。

 少年が顔を伏せた辺りから、最警戒。

 目が見えないということは、能力行使のタイミングがわからないからだ。


(やっぱ、透明な敵の正体ってのはコイツだった……!)


 警戒しているタイミングでの透明な何かからの襲撃。

 十中八九覚醒者の能力であることはわかった。

 だが周囲を見渡してもそれらしき存在はいなかった。この少年以外に。


 ロズは彼の目の色を見て全てを悟った。

 ”嫉妬”は”物質を再組成する”能力を有する。

 何らかの手段を用いて、目には見えない物質を作り出したのだ。


「おかしいなぁ……あっ、そうか」


 カストールはぽん、と手を叩き、何かを思いついたように言った。


「エスパーなんだね!? おねえさん! なにかすごい能力を持っているんだね!?」


 ロズはおもわず、ぽかん、とした。

 直後、ロズは緊張を取り戻す。

 カストールの顔色が変わったのだ。


「それは病気だ」


 カストールは前傾姿勢をとりながら、ロズを睨んだ。


「かわいそうに! 楽にしてあげるよ!」


 その声と共に、彼は地面を蹴った。


「ネイヴィっ、挟撃するよ!」


 ――ガキンッ


 ロズは突き出されたナイフを硬化した銃で受け止める。

 ギリギリと音が鳴るが、皮膚には傷がつかない。


「だめだよ、だめなんだ。もう一人のお姉さんは、もう動けない」

「――!」


 カストールの脇から、ネイヴィが膝から崩れ落ちるのをロズは見た。


「ネイヴィッ!?」

「ちょっとした毒だよ」

「ぐっ!」


 ロズは腕に力を込め、カストールを押し返した。

 カストールに物理的な力はない。肉体が成長し切れなかったという、致命的な弱点である。


「なんで! ナイフは振り落としたのにっ」

「――毒はナイフだけじゃない。当たり前でしょ?」

「ああっ、もう!」


 ロズはすかさず距離を取ると、銃を構える。


「手加減しないよっ!」


 光を溜め、弾を放つ。

 その瞬間、左から衝撃が加わり、弾道が大きく逸れる。


「やだなぁ、ソレ。怖いから、こっちに向けないでね?」

「思ったよりも面倒……」


 透明な物体は、今もロズの周囲のどこかにいる。

 直接的なダメージは与えられなくとも、今のように弾道をずらすことはできる。


「ナイフは通らないってわかったし……やっぱりこれかぁ」


 カストールは手のひらに光を集め始めた。


「させないよ!」


 ロズはすっと距離を詰めると足を大きく振り上げた。

 銃撃が逸らされるなら、近接。

 パワーなら勝てると踏んだロズの咄嗟の判断だった。


「わっ……」


 カストールはそれをしゃがんで回避すると、手の上で妖しく光を放つ針を生み出した。


「まだまだっ!」


 振り上げた足の先から勢いよく光が放たれると、その反動で踵が垂直に落ちる。

 踵は屈んでいたカストールに直撃し、ぐん、と上向きの力を得たロズは飛び上がった。


二銃奏(デュエッタ)!』


 踵落としに怯んだカストールに、空中で銃撃を浴びせる。

 近接の連続蹴りから銃撃に繋げる、ロズの編み出した秘技である。


「ぐふっ……」


 土ぼこりが晴れると、カストールは血を吐きながら膝をついていた。

 カストールは力は無いが、皮膚硬化は身に付けている。

 それでいても、ロズの銃撃をまともに食らえば、かなりのダメージを受けるのは当然だった。


「とどめっ!」


 ロズは両腕を組み、一際大きな銃を作り出し、カストールに狙いを定めた。

 カストールはうずくまっている……あの状況では、透明な物体の操作もできない。


「だめだよ……」


 直後、がくん、とロズの肘が下がる。

 ぐらり、と頭が落ちるのを、足を踏み出して留める。


「な……」

「ボクは毒使いだよ? 肉を切らせて骨を断つ……毒を盛らせてもらったよ」


 カストールはすっと指を刺すと、ロズの外腿に一本の針が突き刺さっていた。

 針はふわりと気体に変わると、できた傷口からロズの体内へと吸い込まれていった。


「覚醒者って、皮膚が硬いからね……そこらの武器じゃ傷がつかない。だから作らせてもらったよ」


 ロズの銃撃がカストールに有効であったように、能力攻撃は皮膚硬化では防ぎきれないところがある。

 同じように、カストールは自らの能力で、皮膚硬化を通すような針を作り出した。たっぷりの毒を含み。


「く、くっそぉ……」


 どさり、とロズは倒れこんだ。

 この毒はまずい、と本能で悟る。

 咄嗟に傷口に光を集め、毒に染まった細胞をまとめると体外に排出した。


「器用だねぇ、でももう眩暈も来てるでしょ。毒は回ってる」


 カストールはすっとナイフを取り出すと、ロズの元へと歩み寄る。

 皮膚硬化は脳が正常だから機能する能力である。脳にまで毒が回った現状、ロズは生身の人間と変わりなかった。


「苦しいよね。楽にしてあげるから」


 カストールはにっこりと微笑むと、ナイフを振り下ろした。


『”剥奪(ダイヴェスト)”』


 ひとつの声が響いた時、カストールの上はぴくりとも動かなくなる。

 徐々に力が抜け、ナイフはするりと抜け、ロズに刺さることなく地面に転げ落ちた。


「うぐっ……”憤怒”ッ、なぜ動けるッ」


 体を震わしながら、カストールは振り向く。

 そこには二つの瞳が赤く輝いていた。


「怠慢。だめだろう、()に背を向けては」


 ネイヴィはすっと髪をかきあげると、不敵な笑みを浮かべた。


「なんでだ……吸っただろ! ボクの毒だ! まともに吸えば、しばらく動けないはずだ!」

「ちょっとした呼吸法だ。まともに吸わなければいいのだろう?」


 ネイヴィも、ロズ同様に警戒を怠らなかった。

 少年が覚醒していることは知らなかったが、透明な敵が現れた瞬間に、呼吸法を変えた。

 クロシェルは毒でやられた。この敵は、毒を用いる敵なのだ。

 ならばできることはある。ガスに対する対策だ。


「さて、こういう場合は生け捕りだったかな」


 ネイヴィは拳を握り締めると、思い切り振りかぶった。


「や、やめっ――」


 カストールは頬に拳を受け、吹き飛んだ。

 山岳の棘にその体を激突させると、力なく倒れた。


 ネイヴィは勝利の余韻に浸る間もなくすぐさまロズに駆け寄った。


(これは、まずいな。隊長と同じ毒だ。ほとんどを体外に排出したお陰か進行は遅そうだが、時間が経つと危険だな)


 撤退するべきか?

 ネイヴィの脳裏に隊長の言葉が浮かぶ。

 テラたちが無事に帰還できれば、この地区の調査は無事終了である。

 この少年とロズを抱えて撤退するには骨が折れそうだが、やるべきであろう。


 ――ズキン


 くっ、とネイヴィは痛みに表情をゆがめた。

 頭痛。初級解放の副作用が出始めたのだ。

 彼女は少々の焦りを感じていた。

 中級解放の能力行使も多く行った。脳の疲労は甚だしい。


「だが、やらねばならぬ」


 ネイヴィは覚悟を決めた。

 ぐっと背筋を伸ばすと、ロズを抱える。

 その時、山岳の奥から怒号が響いた。


「お前かああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 現れたのは、命を救ったはずの男、ダッドだった。

 その瞳は赤く燃える光を放ち、その怒号は山岳中に響き渡った。


 ダッドがものすごいスピードで迫ってくるのを見て、ネイヴィはふぅ、と息をついた。


「すまないな、ロズ」


 ネイヴィはロズを一度寝かせると、ダッドと向き合った。


「弟を、よくもおおおおおおおおおおおお」


 彼は我を忘れているようだった。

 見た感じ、覚醒しているようだが、明らかに様子がおかしい。

 実力的に見ても、上級覚醒者と大差なさそうだった。


「私も、それなりのものを賭けようか」


 ネイヴィはゆっくりと手を額に添えると、ビキビキと、血管を浮き上がらせた。


「上級、解放――」



 彼女は、追い込まれていた。


 脳は限界まで酷使していた。

 許容量を一時的に跳ね上げ、次なる能力を得る、上級解放。

 更なる副作用のリスクともうひとつ。


 世界政府が、山岳の入り口に到着していた。

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