表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第三章 遠征
31/46

  閑話 「俺の名前」

グリドは、険しい山岳の道を走りながら、舌打ちをする。

「ちっ、面倒くせぇ……」

一度憑依したはずの男が、覚醒した。

長い間革命軍として遠征を行ってきたグリドでも、初めての現象だった。

急がなければいけない。

おそらく、奴の狙いはネイヴィだ。

彼女はかなり脳を酷使している。気丈に振舞っているが、副作用も出始めている頃だろう。

これはただの勘だが、逃げ込んできたあのチビも、なんだか胡散臭い。

とにかく、急いで助けに向かわないといけないのだった。

”怠惰”のグリドにとって、それは面倒で面倒で仕方が無かった。

だが、体の奥から力が沸いてくるのを彼は感じていた。

(ふっ……面倒なことほど、燃えるタチ、ね……)

彼をそうしたのは、他でもない、幼少期の経験である。


これは、グリドが革命軍に入ることになるまでの話である。

 

 俺の名前はグリド。

 といっても、これは本名ではない。


 俺はいわゆる戦争孤児だ。


 まだ物心もつかない頃からだ。

 俺はとある辺境の村に住んでいた。

 先進国や発展途上国という枠組みから外れた、時代遅れの村だった。


 戦闘民族、というのがいい表現だろうか。

 皆俺と同じように青い髪をしていて、身体能力に秀でていた。

 身長が高く、体格がいいのが特徴で、持ち前の怪力で獲物をしとめる。

 村の男達は皆素手で森へと繰り出し、それぞれ一頭の獣を背負って帰ってくるのだ。


 俺は男達を尊敬していた。

 いずれはああなってやるのだと、幼くして意気込んだものだ。


 まずは男達の技を盗もうとした。

 体格は歳をとるとともについてくる。

 だから先に頭で理解しようと思った。

 まずはその動きを、スキルを、見て学ぶのだ。


 男達が狩りに出掛けようとすると、いつもつれていってくれないかとせがんだ。

 だが必ず断られた。危険だからだ。

 わかっていた。

 大人たちがなぜ俺を拒むのか。

 だが、幼かった俺は、安易な考えで男達に黙って後ろをついていったのだ。


 村の外は、おそろしかった。

 見たこともない植物が俺を見下ろしていた。

 昆虫達はまるで弄ぶかのように視界の外から現れ、その度に驚いて転んだ。

 鳥達はそんな姿をあざ笑うかのように鳴いていた。

 そして、そんな無謀で隙だらけな俺を狙うモノもいた。獣の群れだった。


 奴らは狡猾だった。

 男達が通り過ぎるのを茂みでやり過ごし、

 後ろをついてくる弱者を餌にしようと待ち伏せていたのだ。


 俺は腰を抜かしていた。

 声を張り上げて、助けを求めた。

 だが、恐怖にしぼんでしまった肺は、ひゅうひゅうと情けない音を出すだけだった。


 獣達は鋭い眼光で俺を睨みつけた。

 ゆっくり、ゆっくり、近づいてきた。

 あの恐怖は今も忘れない。


 獣うちの一匹が、何か合図のようなものを出した。

 声というか、音というか。

 とにかく、そのタイミングで一斉に襲い掛かってきたのだ。


 終わりだ、そう思った。


 無意識に閉じた目。

 いくつもの牙や爪が、体に食い込む感触。

 だが、いつまでたっても体に痛みはなかった。

 反面、薄れ行く意識の中で、声が聞こえたのだ。


「オイッ、音がしたと思ったら獣が集まってるぜ!」

「なんだ? チビじゃねえか!」

「まずいッ だいぶやられてる!」

「まってろ、今助ける!」


 安心できる、男達の声だった。

 それからの記憶は曖昧だったが、これだけは覚えている。


「面倒を、かけやがって」


 男はズタボロになった俺を抱きかかえて呟いた。


 獣達は一網打尽とはいかなかった。

 かねてから屈強な男達でも手を焼いていた、森の主がいたからだ。

 体長は軽く五メートルを超えていたそうだ。

 鋭い牙と、太い脚、過去の時代で言うマンモスのようなイメージだ。


 男達はこの主に出会うと、まず逃走するらしい。

 相手にするのは得策ではないそうだ。

 なぜなら、過去村の男達が何人もコイツに殺されている。


 だから今回も、周りの雑魚を片付けた後、逃げるはずだったんだ。


 ――俺という荷物さえなければな。


 主は一度逆鱗に触れると、森を出るまで追いかけてくるらしい。

 木をなぎ倒し、岩を砕き、猛スピードで追ってくる。

 男達は蛇行しながら全力で走って、ようやく逃げおおせるのだ。


「本当に、面倒だ」


 男達は声を揃えて、呟いた。

 そうだよな。

 だから来るなと言ったんだ。

 俺が居ると逃げられないから。

 文字通り荷物になるから。


 ……俺さえいなければ。

 幼いながらも、自分を責めることを知っていた。

 そして自分を責めたところで、俺達は助からないであろうことも。


 だが、男達はその後予想だにしないことを言ったのだ。


「だが、俺達は……面倒なことほど、燃えるタチなんでね」


 その言葉を最後に、俺は意識を失った。



 俺が目を覚ましたのは、何日後なのかわからない。

 相当の数の傷。出血もひどかった。


 だが確かに生きていた。


 痛みを堪えながら、体を起こしてテントを出た。


 俺は思わず震えた。涙が溢れてきた。


 村の中央に、主の屍が掲げられていたのだ。


 男達は、勝ったのだ。


 俺の姿を見てか、宴をしていた男達が集まってきた。

 皆嬉しそうに、俺の頭をなでてくれた。


 見上げた男達は、ボロボロだった。

 下手したら俺なんかよりも大怪我なんじゃないかってほど。

 腕が片方無い男もいた。


 途端、申し訳なさが込み上げてきた。

 感謝の気持ちよりも何よりも、後悔の念と、謝罪の気持ちが溢れていた。


 でも皆声を揃えて言うのだ。

 屈託の無い、笑顔で。


「次は、お前が誰かを守ってやれ。たとえ、どれだけ面倒であってもな」


 ああ、これだ。

 これが理想の大人の姿だった。

 肉体の強さだけではない。

 すべてを受け入れ、許せる器の大きさが、そこにはあった。


 俺も、いつかはこんな風に――。


 その瞬間、目の前の器たちは砕け散った。

 聞いたことも無い音と同時に、目の前の男が血を吐いて倒れた。

 ビチャ、と血液が俺の顔面を汚す。


「何が起きた!?」


 村は騒然としていた。

 その後も、バンという音と共に村の人間達が倒れていく。

 今だからわかるが、飛んできたのは鉛弾だ。

 いくら素手で獣を殺せる肉体を持っていても、科学の兵器の前では成す術も無かった。


「――!……―――――――!」


 よくわからない叫び声と共に、大勢の大人たちが村に入り込んできた。


「―――! ―――!!」


 すぐに、それが外国の言葉であるとわかった。

 何を言っているかは全くわからなかったが、とにかく、殺意のこもった怒号のようなものだということだけは伝わってきた。

 そして、まともに抵抗できない村の人たちを蹂躙していく。

 戦意を喪失し、頭を垂れた女たちを、奴等は見下ろしながら撃ち抜いた。

 足をもつれさせながらも逃げ出そうと必死の子どもの背中を、奴等は笑いながら撃ち抜いた。



 まったく、わけがわからなかった。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 俺は叫んだ。

 憧れが、散っていく。

 あれだけ優しかった母達が、殺されていく。

 あれだけカッコよかった男達が、死んでいく。


 まさに、地獄絵図だった。


「―――!? ―――ッ!」


 突如、奴らのうちの一人が叫んだ。

 苦しみにも似たような声だった。


 俺はそちらをおそるおそる見ると、打たれて死んだはずの男が、太く歪んだ腕を掲げていた。

 その腕は、体を突きぬけ、まるで杭に刺された生贄のように、奴らを高く晒し上げていたのだ。


 その姿は、もう俺の知っている男たちではなかった。

 だが、心の底で希望が生まれた気がした。

 反撃のチャンスがやってきた。


 そうだ、あれだけ強かった男達が、そう簡単にやられるわけはないんだ。

 はやくやっつけてくれ。

 そしてもう一度、笑って宴をしよう―――。


 だが、現実は非情だった。

 正気を失っていたその男は、白目をむいたまま俺の方を振り向き。

 その太い腕を。

 振り下ろした。




 そこからの記憶はない。


 だが、俺はこうして生きている。

 後から聞いた話だが、村を襲った奴らは世界政府の息がかかった軍だった。

 この村を領土にもつ国が、世界政府に反抗姿勢を示したこと。

 そしてあの村の男たちは皆、大罪因子を所持していたこと。


 その二つが重なって、世界政府は軍を派遣した。

 奴らは武力にモノを言わせ、全領土を焼き尽くしたのだ。


 運がよかったのは、革命軍のメンバーが世界政府の動きを察知し、俺達の村へ来ていたことだった。

 一歩遅く、人々を救いきることはできなかったが、かろうじて制圧作戦を行っていた世界政府を止めてくれたようだった。


 その時、俺は拾われたのだ。

 目が覚めてから、とにかくうろたえる俺を皆は優しく慰めてくれた。

 涙を流す俺の頭を撫でてくれた。

 少し……あの男達の屈託の無い笑顔を思い出して、安心した。


「―――? ―――」


 しかしその人たちでも、何を言っているかわからなかった。

 言葉は通じない。けれど、その感情は伝わってきた。

 俺の身を案じる、暖かい想い。

 そして、もうひとつだけわかったことがある。


「――。よぉし、お前はこれから、グリドだ!」


 ……その日、俺の名前はグリドになった。



PCの故障により、本来しようとしていた28話の投稿を遅らせることにしました。

次の日曜日までには更新したいと思います。


代わりといっては何ですが、ひとつの閑話を紹介しました。

これからも「気づいたら犯罪者だった」の世界を楽しんでいただけると光栄です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ