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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第三章 遠征
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第二十五話 「棘路の山岳②」

 なんて可憐なんだ。


 第一印象はそんな感じだった。

 颯爽と現れ、今にも暴れんとする憑依体を一瞬にして切り伏せた。

 腕に付いた返り血を振り払いながら、伏せ気味にこちらを見るその視線。

 誰がドキリとせずにいられるだろうか。


 ロズやセレンをかわいい系と言うのであれば、この人はきれい系である。

 目から光が消えると、そこから淡い水色の瞳が見えた。

 口ぶりからもクールそうな印象を受ける。


 彼女が、ネイヴィ。

 行方不明だった、クロシェル隊の覚醒者であった。


「ネイヴィ! よかった! 無事で!」


 ロズがすかさず走り出し、ネイヴィに飛びついた。

 短めに切りそろえられた紺の髪を揺らしながら、ネイヴィは少し驚いたような表情を浮べた。


「ロズか。どうしてこんなところに」

「何いってんの! 連絡もよこさないで! 行方不明だったから捜索にきたのよ!」


 ロズはゆさゆさとネイヴィの身体を揺らして感情をぶつけている。

 色んなものが揺れている。

 ネイヴィもロズほどではないが、立派な兵器をお持ちである。


「む、謝罪しよう。無線は故障していてな。無事だったものはセレンに持たせたのだ」

「それだったらすぐにでも帰還すればよかったのに! なんでこんなところで……」


 ネイヴィが無事であったことの安心感からか、ロズは少し感情的になっているようだ。

 それも心配していたからこその感情であるが。


「あ、あの」


 そんな話の鼻を折ったのは、そこに居合わせた少年だった。

 憑依してしまった青年にひっついて逃げてきた子である。


「おーそんなビビることはねぇぜ……? 別にとって食ったりするつもりはねぇからよぉ……」

「ひっ」


 腰を抜かしている様子の彼の元に、グリドはそう声をかけた。

 不安がらせないように……したつもりなのだろうか、逆効果である。

 誰だって目の前に2m近い大男が立ちはだかったら恐ろしく感じるだろう。

 ちょうど顔にも影がかかっていい感じになってるしな。



「僕達は味方だよ。身の安全は守る。まずは色々話をききたいんだけど、立てるかい?」

「う、うん」


 すかさずテラが目線を合わしてそう手を差し伸べた。

 少年は少し戸惑いながらも、テラの手をとって立ち上がった。


「なぜだ……」

「まぁまぁ気にするなって。ああいうのはテラの十八番だろ?」


 空回りしてしまい少し落ち込んでいるグリドにすかさずフォローを入れておく。

 にしても、グリドがこんなことで傷つくなんて、意外だな。


「ロズ、今は抑えて。まずは現状を確認していきたい。場所を変えよう」

「う、うん……」


 その指示のとおり、俺達は一旦森を抜け、安全な場所を探すことにした。






 移動した先は、棘のような形状をした大きな岩が立ち並んでいた。

 棘路。その所以はその特殊な形をした岩だったのだ。

 なぜこのような形状になり得るのか。

 よく鍾乳洞など、似たような景観はあるのだが、今見ているものは明らかに不可解。

 なぜなら棘は空を向いているし、その向きもばらばらだ。

 どう考えたって自然にできるものではない。


(だからこその不可侵領域(サンクチュアリ)ってことか)


 未だに解明されていない人知未踏の地。

 世界各地にはヒマラヤのような謎に包まれている場所がある。


 ここも近いものなのかもしれない。


「このあたりなら安全だろう」


 テラがそう言って立ち止まった場所は、そんな岩場の一角だった。

 視界が開けており、どこかに危険が潜んでいる様子はない場所だ。


「あ、安全なんかじゃ、ない」

「ん?」


 そこで少年が呟いた。


「あ、あいつらは異能を持っているんだ。どこへ逃げたって、どこへ隠れたって、筒抜けなんだよ」


 少年はおびえた様子でその場にうずくまった。


「あいつら、ねぇ」

「心当たりあるかい、ネイヴィ」


 グリドとテラはそう言ってネイヴィを見た。

 一つの棘に背中を預けていた彼女は視線だけを動かしてテラを見た。


「無論。だからこそ私はここにいる」


 その言葉にロズはぷくっと頬を膨らませた。

 ネイヴィのことを心から心配していた彼女にしてみれば、ここに残っていた理由は気になるところだろう。


「ちゃんと聞かせてもらうからね……うそついたらおこるわよ!」


 すでに怒っているじゃないか、と言わんばかりにネイヴィはふっと笑みを浮かべると、口を開いた。


「追憶。あれは隊長が襲撃を受けた後の話だ」



 ……



「消えたか……?」


 隊長が拳を大きく振りぬいた時、確かに直撃した音が響いた。

 姿を現すことはなかったが、そこには何か異質のモノがあったことを私たちは確信した。


 謎の襲撃は、拳が当たって以降、ぴたりと止んだ。

 ダメージを与えることに成功したからかもしれない。


「今のは、詳しく調査してみる必要があるかもしれない。この先には棘路の山岳があっただろう、関連性があるかもしれない……ぐっ」


 隊長は荒れる息を整える前に、突然苦しみ始めた。


「た、隊長!?」

「ぐ……これは毒、だな。交戦中にどうやら盛られたようだ……」


 隊長の顔色は見る見るうちに青ざめていった。

 鍛えられた肉体によって、物理攻撃はほとんど意味を成さない隊長でも、毒のようなものは苦手なのだ。


「ネイヴィ、後は頼む……。正しく、導け」


 隊長は目を細めながら弱弱しく私の名を呼んだ。


「御意」


 私がそう頷いたとき、隊長は意識を失った。

 正しく導け。それは隊長無き今、この遠征を全うせよということだ。


「セレン、容態は」

「神経毒に近いものにやられてる……このままいくと自律神経までやられて、命が危ないかも」

「頼めるか」

「なんのために鍛えてきたと思っているの?」

「フ、愚問だったな」


 セレンはすぐに能力を行使し、治療に取りかかった。

 ”嫉妬”は、こういう場面で重宝する。

 ”物質の組成を変える”という能力を持つ嫉妬の覚醒者は、その力であらゆる物質を生み出すことができる。

 もちろんゼロからではなく、体内にあるものからという制限はあるが、それでもかなりの汎用性がある。

 特にセレンはその能力を治療のために磨き、”生ける薬剤”の異名を得るほどとなった。

 おそらく体調の毒は彼女によって解毒されるだろう。復帰までは時間がかかるかもしれないが。


「完治はできそうか?」

「……無理っぽい。一度戻って特殊な物質を取り込まないと治せない。命には別状のないところまではいけるとは思うけど」


 やはり、か。

 目的はわからないが、命を奪う毒を盛ってくるような敵だ。

 ここで多くの時間を割いていては、再び命が狙われかねないな。


 私は自分の状態を確認した。


 初級能力の行使が一回。

 脳の状態も良好。

 負傷なし。


 ふむ。


「指示する。セレンは隊長の治療が済んだら支部に戻れ」

「……へ?」


 私は所持していた無線機をセレンの傍に置き、南東を向いた。

 その先には、棘路の山岳が広がっている。


「ちょ、何言ってるの。ネイヴィも帰還するのよね?」

「否。私の状態は万全に近い。遠征活動は続行できる」

「む、無茶よ。一人でさっきのような敵がいるかもしれないところへ行くなんて! 世界政府だってこの先ここへ集まる可能性が高いのよ!?」


 セレン、すまない。

 私が正しいと思ったことだ。

 隊長の指示を全うする。


「ならば逸早く帰還し、応援を頼む。しばらくは入り口付近の調査を行う。そこで落ち合えるようにしておこう」

「……本気なのね」

「憤るくらいにはな」


 私は怒っていた。

 自分でさえ感情が希薄とも思える私だが、味方がやられて平静でいわれるほど薄情ではない。

 特に隊長には大恩がある。仇はうつ。


 しかし一人で全てが片付けられると思うほど自惚れてもいない。


 だが、せめて次の隊が来るまでに、できる限りのことはしておきたい。

 所持している”感知”の能力を使えば、情報を集めることは難しくないだろう。


 セレンが堪忍したのを確認して、私はその場を後にした。



 ……



「――やっぱり! セレンは無実じゃない!」

「確かに、ネイヴィの証言があれば多少はマシだね」

「ま、めんどくせーことにあの野郎のことだ、グルだのなんだの言い出すだろうぜ」


 ネイヴィからしても、セレンが毒を盛ったような様子は無いと見てる。

 目に見えない何かからの襲撃を受け、毒を盛られた。

 この事実が証明できれば、ベズニットの鼻を折ることはできるだろう。

 しかしグリドの言うように、今の段階では引き下がってくれないだろう。


「む、何の話だ? セレンがどうかしたのか?」

「ああ、気にしないで。続きを聞かせてよ」

「承知した」


 ネイヴィが気にしそうな雰囲気だったのをテラが諌める。

 とりあえずはその後の調査の結果、そして今に至るまでを教えてもらおう。



 ……



 私はその後、棘路の山岳へ足を踏み入れ、調査を開始した。

 すぐに変異体の巣があることを感知した私は、一旦山岳の周囲を調べてみることにした。


 理由はこうだ。

 この変異体の巣を生身の人間が通ることは難しい。しかし大罪因子の反応はこの先から多く感じられたのだ。

 逃亡者たちはここからではなく別の道を通っている可能性もある、そう思ったからだ。


 数日の調査を経て、案の定抜け道が見つかった。

 そこには透明度の高い水が湧き出る泉があり、生身の人間が来ているところも確認した。

 その人間は引き返していったが、逃亡者たちはここから奥へ進んだ可能性が高い。


 こちらの道は安全だった。

 ストレスも少なく走り抜けられる。

 憑依の可能性はないと判断し、再び巣へと戻ることにした。


 タイミング的に考えて、セレンたちは帰還したことと思う。

 ならばすでに次の遠征部隊が来ていてもおかしくは無い。


 だが出会うことは無かった。

 私が巣に戻ったとき、そこは大きく荒れていた。

 戦闘があったと考えられる。

 それも明らかに覚醒者のものと思われるものだ。



 ……ん?

 ベズニット隊?


 なるほど、それではすれ違いになったようだな。

 お前たちが始発の援軍だとすれば、遅すぎると思っていたところだ。



 話を再開しよう。

 私はしばらくそこで様子を見続けた。

 山岳の奥から感じられる大罪因子の反応は少しずつ増え、逃亡者が裏道を使って逃げ込んだことが感じられた。

 山岳の奥で何が起きているのか、何があるのか、そこが一番の疑問ではあったが、そこは単身で乗り込むべきではないと判断した。


 援軍が来るのを待ちつつ……しばらくして二人の逃亡者が辿りついた。

 様子を見ていたが、案の定カラスにやられてね。

 骨が折れたが、その二人を奥へ逃がすことはできた。


 それからしばらくしてお前たちが現れたわけだが……それと同時に、逃がしたはずの男が戻ってきたわけだ。

 その後のことは記憶に新しいだろう。



 ……



「という感じかぁ……」


 テラは全ての話を聞いた後、ふぅと息をつきながらそう言った。


「ということは、山岳の奥に多くの逃亡者が入ったわけだけど、何かが起きて、後戻りしてきたことになるね」


 逃げてきた男。

 彼はしきりに兄貴、と叫んでいた。

 おそらく奥でその兄貴の身に何かが起きたということか。


「じゃ、落ち着いた頃合だと思うし、聞いてみようかな。話せる?」


 テラはうずくまっていた少年の傍に腰を落とすと、優しく声をかけた。

 少年はゆっくりと顔を上げると、目に涙を溜めながら弱弱しく頷いた。


「山の奥で、どんなことがあったの?」

「お、大男が、いて。すごい異能を持ってたんだ。すごかった。それで、僕たちが一箇所に集まっている時に、誘われたんだ」

「誘われた?」

「う、うん。世界政府がもうすぐここへ来るって。でも、僕たちには異能を操る資格があるから、それで世界政府に仕返ししようって」


 大男、ね。

 話をきくに、間違いなく覚醒者だろう。

 大罪因子の秘密を簡単に話してしまうってとこが、相容れなさそうだが。

 だが世界政府に敵対しているところを聞くと、対話の価値はありそうだな。


「で、力を得るための儀式を始めるって、大男が大人たちの肩を掴んで……」


 少年は俯いてしまった。

 その後ことはうまく言えないらしい。


「ひどいことをされたんだね? それでさっきのお兄ちゃんと逃げてきたわけだ」


 テラの言葉にこくりこくりと反応が返ってきた。


「間違いねーな、”選別”してやがる」

「選別?」


 グリドの言葉にとっさに訊く。


「確かめてるんだよ。覚醒者となれるか、憑依体になるか」


 ……な。

 そんなことができるというのか。


「お前も体験しただろ? 世界政府の施設の先でだ。極度のストレスを与え、理性を飛ばす。その瞬間に決まるからな」


 グリドの言葉に記憶が鮮明に浮かび上がる。

 拘束され、視界を奪われ、何がなんだかわからない状況で長い間放置される。

 次から次へと人が殺されていき、自分の順番が何時来るかに怯えるしかないあの時間。


 そうか、あれは大罪因子を持つ人間に極度のストレスを与え、

 憑依する人間はあの狂った女(マリス)が処理をし、

 覚醒すれば傘下に加えていくという効率化された作業。


 似たようなことを、この奥で逃亡者たちに行っているというのだ。


「一体何の目的で……」

「んなもん知るかよ。わかることは、このままじゃあぶねーってこと」


 グリドはぎり、と歯を食いしばると山岳の奥を見やった。


「急ぐ必要があるね。ロズ、ちょっと耳貸して」

「え?」


 言われるがままにロズはテラに耳を向けると、テラはすっと何かを耳打ちした。


「え!?!?!?!? ほんと!?!?!?」

「しっ、大げさにしないで。じゃ、任せたよ」

「う、うす」


 ロズは大きく驚いて見せたが、すぐにごくりと喉を鳴らして押し黙った。


「じゃあ、この奥へ僕はグリドとエルを連れて行く。場合によっては戦闘になるよ、いいね」


 うぐ、覚悟してきてはいるが、いよいよ緊張してきたな。


「私とロズは?」

「ここで待機。その子の護衛と、世界政府の動きに目を光らせていてほしい、そこからなら見晴らしがいいと思うし」

「……御意」


 女性二人はここで待機か。

 ネイヴィはかなりやり手の覚醒者のように思えるのに連れて行かないんだな。

 ベズニット隊がやられた変異体の巣も一人で片付けた様子だし、先の憑依体を両断する手際もなかなかのものだった。

 もしかするとそれだけに、脳をすでに酷使しているかもしれないのか。


「あーめんどくせー。ま、久々に骨がありそうだな。退屈はしねーで済むだろ」

「はは、頼むよー、僕とエルはまともに戦えないし~」

「ぬかせ」


 グリドとテラは緊張感の無い様子で歩き始めた。

 あれ? こんな雰囲気で行っちゃっていいの?

 奥には少なくとも覚醒した大男がいるわけで……。


「あー……」


 なんたってやるしかねーんだよな。

 同じやるなら、がっちがちなるよりはリラックスしてやったほうがいいってことか。

 なるほどね。


 って、場数を踏んでいる君たちと違って、俺は初陣ですからね?


 ――俺はがちがちになった足を必死に動かしながら二人の後を追った。





「ロズには何て伝えたんだ?」

「んー」


 道中、テラに聞いてみた。

 明らかに動揺していた様子だったし、内容が気になるところである。


「内緒」

「は?」


 がっくし。なんだよそれ。


「エルはさぁ、色んなことに深く考えちゃうでしょ? もっとすっきり思うがままに行動すればいいのに、ね」

「いやいや、そうもいかんだろ……」

「そのために僕がいるんだから」


 ……!


「考えるのは僕の役目。指示するのも僕の役目。僕は戦闘には不向きだしさーやれることはやりたいよね。隊長として、親友としてね」

「テラ……」


 確かに俺はいろんなことに思慮を巡らせすぎているのかも知れない。

 経験不足から来るものが多いが、色んなことに疑問を持ち、そこに思考を割いてしまっているようだ。


「ということで、余計なことは考えなくていいよ。この先のことだけを見てて」

「……おう」


 頷いておく。


 本当にそれでいいのだろうか。

 今はそうするしかない。

 今はそうしていればいいのかもしれない。


 でもいつ何があるかわからないだろう。

 テラがいつだって傍に居てくれるとは限らない。


 ここで甘えてはいけないような気がするのだ。


「――約束するから」


 小さな声で、そう聞こえた。


 わかったよ、親友。

 心を読んでまで言うんだったら、今回は甘えさせてもらうよ。


 俺は心の中でもう一度頷いた。



「反応が近けぇ、もうすぐだ」


 額に手を下ろすと、グリドはそう言った。

 いよいよだ。

 誰がどのような目的で選別を行っているかわからないが、阻止する必要がある。


「この先だ。潜むぞ」


 ひとつ大きな棘を曲がると、そこには一際巨大な岩の棘がそびえ立っていた。

 その真下にできた洞穴に近い場所に、人影が見える。

 少し遠くてわからないが、その中に圧倒的な体躯をもつ人間がいた。


「あれが例の大男か」

「大きいね……グリドよりあるよ」

「へっ」


 遠目からでもわかる。

 2mを優に超えている身長。

 幅もあり、身に付けた鎧の上からでもその筋肉のすごさがわかる。

 獅子のたてがみにも似た橙の髪と連なる髭が印象的である。


 その大男が、あろうことか片腕で大の男の頭を掴み、持ち上げていた。


「さぁ、ダッド君、これで最後だ。これで君も晴れて異能を手にすることができる」

「あ……ぐ……」


 気づけばそこには複数の人が転がっていた。

 どの人も口から血を垂らし、全身ずたずたにされた状態だった。

 奇跡的にも息はあるらしく、震えながら地面を這っている。


「なんつーことを……っ」


 俺は憤りを覚えた。

 おそらく彼らは逃亡者たちだろう。

 選別の末に、あのような状態にさせられたのだ。

 強いストレスを与える……それは瀕死の状態まで肉体を痛めつけることで容易に可能なのだ。


「準備はいいかね」

「はっ、好きにしやがれ。政府から逃げ続ける人生に懲り懲りだったところだ」


 今まさに、大男は最後の一人の肉体を壊そうとするところだった。


「止めるか?」


 グリドがそう呟く。


「ストップ。この距離だと、能力発動までに間に合わない。グリドの能力もあそこまで届かないでしょ」

「だろうな」

「それに遠くて良くわからないけど、奥に女性が控えてる。多分大男の仲間だと思う……見た感じ”感知者”じゃない? こっちの動向は割れていると思ったほうがいい」


 そうか、こっちにも敵の位置を知る方法があるということは、敵側にもあって当然なのだ。

 だったら何故複数の反応があるのにも関わらず奴等はなんの反応も見せないのだ?


「罠か、自信か、だね」


 罠はわかる。気づいていないフリをして、飛び込んできたところに返り討ちにする術があるとか。

 自信ってのはどういうことだ。

 なんの準備をしなくても、対応できるということか?


 それは自信ではなく過信だ。



「ではいこう」

「……」


 大男は目に光を宿した。

 能力行使。色は橙……”強欲”だ!


 キィィィィィィィィィン


 甲高い音が鳴る。

 ぞく、と寒気がした。

 この音、そして強欲の能力……


 俺が受けた、クロシェル隊長の試練と同じだ。

 振動を操り、筋繊維や骨組織を破壊していく技……。


 奴は生身の人間に、強力な振動を加えるつもりなのだ。



 めきょめきょめきょ。


「ぐああああああああああああああっ!!!!!!」


 掴まれていた男から歪な音が鳴ると、小刻みに震えながらその場に膝をついた。


 これで彼は瀕死状態になる。

 痛みによる強いストレスで理性を失った時、大罪因子は顔を出す。

 それに打ち勝てば晴れて覚醒者、敗れれば憑依体となる……。


「これで最後かね、メディア」


 大男は掴んでいた男を投げ捨てると、背後に居た女の方へと振り返った。


「いえ、新たな反応があります。新たに4名の反応……逃亡した彼は消えたようです」

「どこにいる、ここへ向かっているのか」

「いえ」


 メディアと呼ばれたその女は、すっと立ち上がり腕を持ち上げた。


「そこに3名」


 瞬間、メディアは指先をこちらに向けた。

 瞳に光が宿る。黄緑……”暴食”か!


「横に飛べ!!」


 グリドの叫び声で咄嗟に俺は真横に飛びのいた。

 直後、メディアの指先から光が放たれ、一つの岩が吹き飛んだ。


「回避されました」

「ふむ、並みの人間じゃないか」


 大男はずんずんと歩みを進め、姿を表してしまった俺たちに近づいてくる。


「おーおー、大層な挨拶じゃねえか」

「はっは、すまないね。何、当てるつもりは無かったさ」

「嘘つけ、回避されたって言ってたじゃねえか」


 グリドはすぐに立ち上がり、大男に対面していた。

 二人並ぶと良くわかる。170近くある俺でさえ見上げるグリドが、大男の前では小さく見える。


「さて……何用かな、覚醒者諸君」

「むしろそっちこそ何をしているんだ? ここは不可侵領域(サンクチュアリ)だろう」

「はっはっは、世界政府の人間でもない君たちにそこを突かれるとは思っていなかったよ」


 グリドの言葉に大男は両腕を大きく広げると、悪気無さそうに言った。


「見ての通り、仲間を増やしているだけだ」

「逃げ込んできた罪なき人を痛めつけることがか?」


 おいおい、グリドさんかなり喧嘩腰じゃねえか。

 いや、いつもそんな感じだったか。


「我を止めてみるか? といっても選別は済んでいるがな」

「ウチの隊長がOKを出すようなら、今にでもドンパチやりてーとこだがな」


 一触即発。

 二人の大男が今にも殴りあいそうな雰囲気を醸し出している。


 だがその時、テラは口を噤んでいた。


「テラ?」


 テラの額には、じんわりと汗が浮かんでいた。

 明らかに様子がおかしい。


「見覚えがある……」


 テラはゆっくりとそう言った。


「このたてがみの男……間違いない」



 次に聞くその言葉に、俺は戦慄を覚えた。



「こいつは……世界的連続殺人魔……アルギエバ・レオック」



 これが”必要悪(ネセサリービル)”との、最初の出会いだった。

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