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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第三章 遠征
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第二十三話 「氷を食う男」

 グリドとロズと分かれた俺たちはまず町を一周してみることにした。

 目的地は酒場だが、ここは酒で栄えた町だ。酒場はくさるほどあった。


 こういうときにどこの酒場へ入ればいいものかと考えていると、テラがひとついいことを教えてくれた。


「当然、活気がいい場所のほうが情報が集まりやすいとして、噂になってる店のほうがいいんだよ。事前に情報が集まるからね」

「事前に?」

「そう。僕らの求めている情報のことじゃないよ。その酒場の情報さ。聞き込みをするってんなら、その場所の情報が必要。どんな店主で、どんな人が出入りしていて、とかね」


 確かにそのほうが効率がいいか。

 ただ無作為に聞き込みをするよりも、情報を持っていそうなところを絞ったほうがいい。

 そこらの酒場に入るのではなくて、情報を持っていそうな酒場に入るべき。

 そのために事前に情報を集めようということだ。


 テラに言われるがままに、少し時間をとって酒場について聞いてまわることにした。

 目立つことは避けたいところだ。

 しかしまぁ、いい酒を求めて旅をしている人間だと思われることだろう。

 この町ならばめずらしくも無いはずだ。


 こうして二人で聞き込みをしたところ、ひとつの酒場に焦点が当たった。

 どんな酒場かというと、


 ・二、三年前になって急にうまい酒を出すようになり、かなり評判がいい。

 ・酒蔵と併設しているようである。(つまり酒をつくりつつ、それを売っているわけだ)

 ・行商の中にはこの店の酒のみを仕入れていく者もいるらしい。

 ・定休日になると、店主(マスター)と思われる人間が町の外で目撃される。


 って感じ。

 評判がいい店は他にもあったが、テラはこの店しかないね、と口にした。


「この情報だけあれば、なにかしら知れると思うよ。ま、見ててね」


 俺に向けてウインクをすると、テラは目的に酒場へと入っていった。


「うし……」


 俺はテラを追うように扉に手をかけた。



 カランコロン……。



 鈴の金属音が響くと同時に、店内から一斉に視線が集まった。

 が、すぐに興味を失ったのか視線を戻すと談笑を再開する。


ぐっと強くなった酒の匂いに顔をしかめながら店内を見渡してみる。


 店内には開けたスペースと、丸テーブルとイスがいくつか。

 部屋の隅には色々な貼り紙がしてあり、酒樽らしきものも多く置いてある。

 奥にはカウンターがあり、そこにもイスが並んでいる。


 カウンターには1人の男性が座るのみで、他は丸テーブルの方で楽しそうに酒を酌み交わしている。

 おそらくあのカウンターはマスターと雑談でもしながら、静かに飲む人向けのスペースのように感じられる。


 にしてもすごい活気である。

 まだ午前様だというのに、これだけの人間が酒を飲んでいるのだ。仕事とかはないのだろうか。


「話を聞くならカウンターかな」


 テラは目配せをしながらそう言った。

 目的は情報収集。とりあえずは情報通そうなマスターに当たるのが筋だろう。


 俺達はすっとカウンターまで移動すると、そのまま椅子に腰掛けた。

 早速話を聞きたいところだが……。


 ふぅと息をつくやいなやマスターの鋭い視線が突き刺さる。

「何を飲む」

 とでも訊かれている感覚だ。


 ここはギブアンドテイク。酒場で酒も頼まずに話だけ聞こうなんてのは不躾にも程がある。


「エルは飲めたよね」

「ん? そこそこな。成人してからそんなに回数をこなしたわけじゃないが、人並みにはいける」


 前の生活では夜のバイトが多かった。

 力仕事もあったから、同僚のおっさんに誘われて、一杯ひっかける、なんてことは珍しくなかった。酒に苦手意識はない。


「そうか、よかった。先に入っておくけど、ロズにお酒は駄目ね。すごいことになる」

「あー、弱いのか?」

「弱いっていうかなんていうか……もうほんとすごかった……思い出すだけでつらい。その分グリドは酒豪」


 言い表せないほどなのか……。

 なんとなく想像はつくが……テラが手を焼くくらいなんだ、間違えても飲ませないようにしよう。


 テラのことだからロズを酒場に行かせないために俺と組んだってのもありそうだな。

 ロズ自身が飲みたがるタイプだったら尚更だ。



「じゃ、マスターのオススメを2杯。あんまり強いのはよしてね、午後から仕事があるんだ」

「……」


 テラはそう言ってコインを2枚カウンターに置いた。それを見たマスターは無言で頷く。

 なんだか無口そうなイメージだ。こんな人から話を聞けるんだろうか。


 マスターは素早い手さばきで酒を用意していく。

 カクテルという感じではなく、クラッシュした氷にそのまま酒を注いだだけのようだ。


「……」


 すっと酒を差し出される。

 薄い水色の透き通ったお酒だ。香りは強く、この町に漂っている匂いに近い。

 おそらく、コレがこの街でもっとも生産されている、いわゆる特産品なのだろう。


「じゃ」


 テラは軽くグラスを持ち上げてみせると、すっと口に運んでいく。

 仕事中ではあるが、飲まないことには話は進まない。いただくとしよう。


 一口。

 ほんの一口だ。口に含んだ少量の酒から、ぶわっと突き抜けるかのような香りが放たれた。

 鋭さこそあるが、そこに不快さは無く、むしろ後味の清涼さもあり爽快感すら覚えるものだった。


 はっきり言っておこう。これはうまい。


「相変わらず美味しいねぇ、マスターのお酒」

「……」


 テラは2口ほど飲んで息をつくと、マスターに対してそう口にした。

 口振りからすると初めて口にしたわけじゃ無さそうだ。もしかして何度か来たことがあるのだろうか。

 しかし、マスターは怪訝そうな顔を浮かべる。そしてゆっくりと口を開いた。


「見ねぇ顔だな。俺の酒をどこで知った」


 どうやら違っていた。

 テラとマスターに面識は無さそうだ。


「知り合いが行商やっててね。ここで作られるお酒を売ってくれるんだよ。その味に惚れちゃってね」


 テラは饒舌にそう語った。

 つまり、特産品であるこのお酒を別の場所で飲んだということだ。

 ……にしては、少し言い方に違和感がある。

 これはおそらく嘘。事前に入手した情報を使っているのだ。


「話によると、ある酒場ではマスターが1から作ったお酒をそのまま提供するって話じゃないか。そこの酒は特においしく、知人はそこのお酒しか仕入れない程だ」


 マスターの耳がぴくりと動いた。

 その瞬間、テラがにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「気になるなぁ、作り方とか、ね」


 最後の台詞に、マスターは抜の悪そうな顔を浮かべた。

 ん? 雰囲気が変わったな。

 いまのやり取りだけで、テラの立場がぐんと上がった気がする。


「……何が目的だ」

「やだなぁ、純粋な興味ですよ。こんなにも美味しいお酒を作っているだなんて。ファンとしては色々気になるんですよ」

「チッ……」


 二人のやりとりでは表面上では汲み取れない何かがある気がした。

 きっとテラは何か仕掛けているんだ。マスターの不機嫌そうな反応が何よりの証拠である。


「知ってるヤツは少ないんだがな……誰だ、知人ってのは」


 マスターは観念したのか、1度大きく息をつくとそう口にした。


「彼も作り方までは知らないって言ってたけどなぁ」

「ふん、猿芝居はよせ」


 テラは飄々とした態度でものを言っているが、何故かマスターの方は気が気じゃないように見える。

 お酒の作り方ってとこで何かあるんだろうか。


「この店の水はな、全部裏山から汲んできてんだよ。それで酒を作る。氷もだ」

「ええ、知ってますとも。何たってカロリスはその水の恵みによって繁栄した町ですしね」


 カロリスは山のふもとにある街である。

 その山で汲める水ってのがこの酒の美味しさの秘密なのか。

 しかしそうであるとするならば、別に隠す必要も無いことじゃないか?

 正々堂々と、水の恵みを享受すればいい。何を焦る必要があるというのか。

 ここはもう少しテラの様子を見よう。


「要は、どこで汲んできてるのかなぁってね? マスター?」

「ちぃ、面倒な奴だな」


 マスターは諦めたかのように肩をすくめると、深く息を吐いて話し始めた。


「知ってのとおり、ここから少し離れた南東の山岳地帯まで出向いてんだよ。そこの湧き水はここら一帯の中でも格段にうめぇ。俺はそれに目をつけたんだ」


 ほぉー、水にもいろいろあるんだな。

 この店の酒が格段にうまいとして、そこに理由を求めるのであれば水が違う。

 そうマスターは言っているのだ。

 おそらく町の外で目撃されるのは、その水を汲みに行っているからだろう。

 別にこの時点でもやましいことなどないと思うのだが……。


 いや、まてよ。


「でも南東の山岳地帯って確か……」


 俺はあることに気付き、そう声を漏らした。

 テラはそれを手で制し、人差し指を立てる。

 小声で話そうってことだ。ここからはあまり聞かれてよろしくない話ってことか。

 それもそうだ。だってそこは……


「棘路の山岳……不可侵領域(サンクチュアリ)ですよね?」


「……なんだ、そっちの坊主は何も知らないで来てんのか?」

「まぁ、そんな感じですね」


 マスターは頷いて見せたが、俺に疑問を抱いたらしく眉をひそめている。

 ゼロからの情報収集だと思っていたが、テラは事前に得た情報を使ってマスターの罪を暴いたのだ。


 そう、罪。

 不可侵領域(サンクチュアリ)への侵入は、文字通り禁則事項。

 世界政府が定めた法に反する行為に当たる。


 それがどんな理由であろうと、侵入した者は罰せられるのだ。


 マスターは不可侵領域(サンクチュアリ)に侵入し、そこで水を汲んでいた。

 長年酒を作っているとするのならば、最近だけの話じゃないだろう。

 外で聞いたように二、三年前から人気店になったというのならばその頃からと推測できる。


 立派な常習犯である。


「で、どうするつもりだ? 俺を捕らえるか? 脅してみるか? 見た感じ政府の人間では無さそうだが」

「やだなぁ、言ったじゃないですか。お酒の作り方に興味があるだけだって。あ、でも不可侵領域(サンクチュアリ)の中がどうなっているのかは気になりますね」


 上手い。

 マスターはどうやら俺達が脅しに来たように思っているようだ。

 テラはそれを否定して見せ、本来の目的の情報収集につなげていった。


「……わかった。知っている限りのことを話そう」


 一目でわかるほどの安堵の表情。

 相当に警戒していたようだ。当然罪を暴かれそうになったわけだからな。

 テラがそれを否定したことで、マスターとしてはひとまず安心だ。


「その棘路の山岳あたりで、何か変わったこととかありました?」

「変わったこと?」

「なんでもいいんです、些細な出来事でも」

「ふぅむ……」


 テラの要求にマスターは首を捻って悩み始めた。

 パッと出てこないあたり、目立った出来事はないように見える。


「そうだ。俺が水を汲んでる時だったかな、あるはずのない人の姿が見えたんだ。それもどうやって登ったかわからない高いところだった」

「ほう?」


 棘路の山岳で人の姿。

 不可侵領域(サンクチュアリ)なのだから、本来誰もいないはずなのだ。

 野生の猿などは居てもおかしくないが、それと人の姿は見間違えないだろう。


「どんな姿でした? 性別とか、背格好とか」

「あー、それがよく見てねーんだ。一瞬だったからな。

 でも長髪ではなかったな。あまりにも一瞬だったし、おかしい話だ。見間違いだろうとは思うがな」


 あまり具体的には覚えていないようだ。

 行方不明のネイヴィは女性だったハズ。

 髪型は知らないが、短いというのなら男性の可能性が高いか。

 ショートカットの可能性もあるが。

 しまったな、セレンにネイヴィについてしっかり聞いておけばよかった。タイミングが無かったか。

 テラたちは面識があるようだし問題は無いだろうけど。


「不思議な話ですね……行ってみたいかも」

「あ? やめとけやめとけ。それとも共犯者になりてーのか?」

「あはは、これだけいいお酒が作れるっていうのなら、悪くないかもしれませんね」

「はっはっは、冗談はよせ」


 なんだか楽しそうに談笑し始めた。

 さっきまでの脅す脅さないの雰囲気はどこへ行ったのだ。


「お前さんたちは旅のもんだろ? 俺の酒だけを目的にきてるようには見えねーが」


 マスターは視線を一度俺に向けるとそう言った。

 俺が同行していることが、それを示唆しているようだ。


「ん、まぁそうですね。ある現象を研究しているんですよ。

 しばらくはこの町に滞在して、情報を集めようかなって」


 本当のことは言えないよな。


「ある現象?」

「ええ、例えばこの町で不思議なこととかって起きてません?」

「そうだな……最近噂になっていることなんだが、もともとこの町はある被害にあっててな」

「ある被害?」

「ああ。空き巣やスリ、いわゆる窃盗の類の事件が頻発していてな。

 政府も守衛を増員して捜査に当たってるみたいだが、全く足がつかねーんだ」


 窃盗被害か。

 世界各地で発生しているポピュラーな犯罪被害だ。

 それゆえに世界政府はその捜査に力を入れていて、かなりの技術進歩が成された。

 結果的に、多くの罪人を捕らえているらしい。

 そんな政府を持ってしても足がつかないとは。不思議だな。


「もともとはそうだったと。今は?」

「それがよ、その被害がピタッと止んだんだよ。

 丁度一週間前くらいだな。

 巷ではあらかた盗り尽くしたと判断して町を後にしたんじゃないかって言われてるんだ」


 一週間前、か。

 丁度クロシェル隊が襲撃を受けたタイミングか。なにか関連性があるのだろうか。


「んじゃ最後に。目には見えないものについて心当たりはあります?」


 テラは核心に迫った。

 俺達の遠征の目的の一つが、この透明な何かの調査だ。

 クロシェル隊を襲撃してきたことから、何らかの敵と判断している。

 一応ここでは人の形をしているかも定かではないため、テラは目には見えないものと表現したようだ。


「はぁ? 目に見えない? 一体なんだそりゃ。いまんとこそんな話は耳に入ってきてねぇな……あぁ、物好きなオッサンがそんなことを呟いてたかもな」

「物好きなオッサン?」


 俺達の疑問の声に、マスターは視線だけを横にずらして見せた。

 そこには1人の中年男性が座っていた。

 俺達が店を訪れた時からカウンターに居た気がする。


「ここんとこよく来る常連なんだが、どうも頭がいかれちまってるようだ。

 話を聞いてても小難しいことしかいわねえしな。

 話半分で聞いていたものの中に、目に見えないモノの話があった気がするぜ?」


 頭がいかれている……。


 なんとなく感じる。非日常の香りだ。

 横顔しかわからないが、歳は少なくとも50を超えている印象だ。

 父さんや支部長よりやや上ってところか。


 見た目はともかく、先ほどから何をしているのか、グラスの中で氷を回転させ、それをまっすぐと見つめているのだ。


「話ぐらい聞いてみるか?」

「そうだね、マスターもこれといって他に知っている様子はないし……」

「うし」


 俺達はグラスを片手に席を横にずれ、中年男性の傍に腰掛けた。

 横目でマスターが大きく息をついた。


「すいません、ちょっといいですか?」


 俺は話を聞こうとそう声をかけた。

 こういうのはテラの得意分野だろうけど、俺も何もしないわけにはいかない。

 大きな口を叩いたくせに、仲間に頼り切りでした、じゃあ示しがつかない。


「……」


 しかし男性は俺の想いとは裏腹に一切の反応を示さなかった。

 おいおい無視かよ。

 いや、聞こえなかったのかもしれない。


「あのーすみません」


 少し大きな声で言ってみる。


「……」


 反応ナシ。

 耳が聞こえないとでもいうのか?

 いやマスターはそんなことは言っていなかった気がするが、本当に頭がいかれているせいなのか?


「皮肉だよなぁ」


 突如、男性はそう口を開いた。


「おいらの一族には遠慮の塊ってのがあってよ。こうやって最後に1つ残ったものを気軽に食えねーんだ」


 はい?


「ん? 表現がむずかったか?

 そうだな、ポテトチップスの袋にある最後の1枚ってやつだ。

 他の数ある1枚よりは価値があるもんだ。どっかのデブは鼻息を荒くして語るだろう、ひっひっ」


 急になにを話し始めたかと思えば、そんな話か。

 わからんでもないことだがなぜ急にその話をし始めたのか。


「おいらも目の前にあるコイツに似た感情を抱いちまったんだ。

 小馬鹿にしていたデブに猛烈に申し訳なくなった。

 ああああああ、今にでも謝りたい、だが謝れない!」


 男はグラスを強く握り締めると、片方の手で机をバンと叩いた。

 感情の起伏が読めない奴だ。


「いいか、俺の謝るべきデブってのは俺のイメージだからな、イメージに謝罪はできない、そうだろ?

 イメージだから実際のところどうかはわかんねーしな。

 じゃあ謝る必要あるだろうか? 自分の勝手なイメージでしかないわけだ。

 そんな自己満足のための謝罪など持ち合わせていない。つまり、どちらにしろ謝れない」

「……」


 謎の論調。

 突っ込む気すら失せてきたぞ……。


「デブのせいで俺の貴重な時間を失ったわけだ。脳を無駄に働かせた。

 むしろ謝るべきはデブの方である。豚め!!!」


 今度は逆ギレを始めた!


「……と、こうして口にしている間にも、この最後の1個が終わりを迎えようとしているわけだ。

 遠慮の塊であるコレは誰にも食べられることなく消えていくのだ。ポテトチップスと違ってな」


 男はグラスの中でもう1度氷を回転させた。心なしか小さくなったように感じる。

 ……氷は時間が経てば水に戻る。

 遠慮の塊としてのそれは、遠慮している間に消えてしまうのだ。


「皮肉だろ? へっへっへ。ほいっと」


 ガリッ。

 男はグラスを勢いよく持ち上げ、中に浮き出した氷を口に含んで奥歯で噛み砕いた。

 結局食べるんかい。


「で、おいらに話をききにきたんだろお? あの現象について知りてえようだ。目をみりゃわかるぜ」


 ……!?

 こちらが本題を切り出す前に、男は意図を汲み取っていたようだ。


 目を見ればわかる、だと?

 実際にはそんなものはありえない。

 ここまで断言できるというのならば、何かの能力か!?

 テラやギガ支部長のように、心の内を悟る覚醒者なのかもしれない。


 だとしたらこれは大問題。

 こんなところに革命軍に所属していない覚醒者がいることになれば、一刻も早く正体を掴む必要があるのだ。

 世界政府お抱えの戦力か、あるいはネセサリービルか。

 ……場合によっては交戦も有りうる。


「目には映らないモノ、教えてやろうか?」


 ……!

 やはり。この男は確実に普通じゃない。

 なんらかの能力を行使しているに違いない。


 情報を……集めなければっ。


「なぜ僕たちの目的がわかったんです……? 目を見たら、心の内が読めるとでも?」


 喋るとは思えないが、ここから相手を探っていくしかない。

 なにか反応があれば横にテラが控えているわけだ。対応できるはずだ。


「は? 目? なにいってんだおめーさんは。

 さっきまでマスターにそう聞きこみしてたんだろーが。

 おいらぁ耳はいいんでさぁ」


 ……こ、こいつ。

 なにが目を見ればわかる、だよ!!!

 余計なことを言いやがって!

 無駄に警戒しちまったじゃねえか!!!


 く、くそ。

 本当にコイツのペースにのまれっぱなしだ。

 言ってることに一貫性がないし、行動も伴わない支離滅裂タイプ。

 頭がいかれてるとレッテルを貼られても文句は言えないレベルだ。


 この男から果たして有意義な情報を得られるのだろうか。


 ちら、とテラを見ると、似たようなことを考えていたのか肩をすくめて苦笑いを浮べた。


「おいらの見解を教えてやろう、ただし――」


 男はぴっと指を突き出した。

 その先には空になったグラスがある。


「それ、寄越しな」


 要求か。

 まだ酒が飲みたりねーらしい。

 1杯分の金額で済むのならいいんだが……。


「マスター、これと同じのを……」

「ちげえちげえ、そうじゃねえ」

「はい?」


 思わぬところで静止された。

 お酒を要求したくせに、なぜそれを止める?


「それだよそれ! 俺が欲しいのはそのグラスの中のもんだ! 頼む!くれたらちゃんと情報やるからよっ」

「グラスの中?」


 グラスの中には酒は残っていない。

 残っているとすれば、マスターによって砕かれた氷だけ。

 まさか……。


「氷?」

「へっへっへ、そうさぁ。早くくれよ」


 なんなんだ本当に。

 さっきからこいつは氷に価値を置きすぎな気がする。

 まるで氷を食べないと生きていけないとでもいうように。


「そう、おいらぁ病気なんだよ。氷を食わねぇとやってけねーんだ。まるでアル中みてーにな」


 男は俺の疑問を見透かしたかのように呟きながら、グラスを傾けて大量の氷を流し込んだ。


 眉間にしわを良せざるを得ない。

 知覚過敏というわけじゃないが、あれだけの氷を口にしてかみ砕こうものなら、その冷たさに頭がやられちまう。


「氷食症ってやつだね」


 テラが後ろで呟いた。

 どこかで聞いたことがある気がする。


「異食症の一種で、1日に数キロの氷を食べてしまう障害。原因は多々あるとされているけど、明確にはわかっていない……」


 テラの補足にうなづいて見せる。

 そうだ、そんな感じだ。

 氷だからまだマシだが、異食症には土を食べたり紙を食べたりと色々あるんだった。


「で、何の話だったか」

「目に見えないモノについてです」

「ああ、そうだったな」


 男は指をこめかみに添えて何かを考え始めた。


「考えられるのは2つってとこだぁな。

 周囲の脳に干渉してそこにモノがあるように思わせる幻覚タイプか、実際にそこに目では視認できない細工を含んだブツか」

「……はい?」

「前者は比較的簡単そうではあるな、ヒトの脳は複雑だがそれゆえに混乱も引き起こしやすい。

 外からの刺激で幻を見るなんてこたぁよくあるわな。問題は後者だが……」


 ちょっとまてちょっとまて。

 唐突に何を話し始めたんだコイツは?

 いや、目に見えないモノについて、だ。うん、確かにそうだ。

 だが返ってきた話は途方もない話だった。


「こっちは骨が折れるな。

 ヒトの目に映らないだけならば手段はいくらでもあるが、透過性を持ちつつ固体で有り続けるのは単一物質じゃあ無理だぁな。

 幾つかパターンを挙げるなら、重力フィールドを展開して光を迂回させるとか、もしくは単純に表面に背後の景色を投影するとかだな。夢の車が誕生するぜぇ、へっへ」


 脳?幻覚?重力フィールド?

 とんでもないことを適当に言っているだけ?

 それとも俺のレベルが低くて話が理解出来ないだけ?

 ……真偽はともかく、コイツの口から出てくる超絶理論は、常人には全く理解できそうにない。


 マスターは横目で俺を見ると肩をすくめて見せた。

 だから言ったろ?って感じだ。

 博識なテラでさえきょとんとしている状態だ。


 これは話を聞くだけムダだったかもな。


「おおっと、こりゃあかん。追っ手の臭いがぷんぷんしやがる。マスター! わりいな! 裏口借りるぜ!」

「……好きにしろ」


 男は俺たちの反応を見るまでも無く、一方的に話し、そして去っていった。


「なんだったんだ、あいつ……」

「いやあ、内心驚いたよ。変人ってのはああいうのを言うんだね……」


 俺とテラは目を見合わせてそう口にした。



 テラは己の能力をうまく活用していた。

 マスターも見知らぬ顔の俺たちを見て、あからさまに警戒していた。

 テラが言うには、あれは隠し事をしている感情。


 そこからはうまいこと話題をコントロールし、罪を暴露したわけだ。

 まったく、便利な能力だ。


 だがそんな能力をもってしても、さっきの変人の感情は読めなかったらしい。

 なんというか、定まっていない、喜怒哀楽がごちゃまぜになっていると言うのだ。


 まったく、いろんな意味でおそろしいやつだった。





 酒場を出て、数時間が経過した。


 あれから情報収集を続けてみたものの、これといって有意義な情報はない。

 不可解な窃盗被害ってのはどこでもあったが、やはりここ最近ではないようだ。


「やっほ、どうだった?」


 待ち合わせ場所に設定していた宿へ歩を進めると、一足早くロズたちが戻ってきているようだった。


「これといってはいい情報は無いね。

 不可侵領域(サンクチュアリ)で人影を見たって情報くらいかな。ネイヴィかもしれない」

「お!」


 確認していなかったが、人影はネイヴィの可能性がある。

 長髪ではなかったわけだ。


「めんどくせーが、直行しか道はねーな。世界政府の軍も数が増えてきた」


 グリドは大きく伸びをしてそう言った。

 そういえば、朝方よりも軍の人間の姿をよく見るな。

 心なしか焦っている様子だ。何かを探しているような感じ。


「集めた情報だと、人を追ってるらしいぜ。軍で囲ってた重鎮らしいが、最近逃走したらしい」

「人を追ってる……? 世界政府が?」


 グリドたちは町の周囲を探ってくれていた。

 おそらくそこで世界政府が進行してきているのを察知したのだろう。

 最悪のケースは目的地が同じ不可侵領域(サンクチュアリ)であることだが、人を探しているようだ。


 そう、人を。


「まさか、ね?」


 テラがそう呟いたと同時に、一抹の不安がよぎる。

 不安というか、疑惑というか。

 いやまさか、本当にまさかなんだが。



 あの氷食症の男が、世界政府の追う重鎮ってことは……あるはずないよな?

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